第25話王に仕えた者達5
王に仕えた者達5
ベルゴの体が光ったことにノエルはルシウスに何かあったのではないかと心配になり、ルシウスとの約束を破ることにした。主人の命令に逆らうことになるが、ベルゴもノエルの提案をすんなり受け入れ、二人はヨミナン魔国の方に引き返す。道中骨型の馬が砂となり消えたことに、不安が増し胸騒ぎが止まらない。
真っ暗な森を夜目の利かないノエルを担ぎ、ベルゴが走る
「お願い…無事でいて!」
「縁起でもないことを言うな!主人様があの程度の者達に負けるはずはない」
ヨミナン魔国に到着すると少し前とは風景が全然違っていた。月明かりでぼんやりと影としか見えないが、廃墟に無かったはずの無数の巨大な柱が道を塞いでいる。ここで何があったのか見当もつかないが、ルシウスと別れた場所に向かうため鉄臭くなった周りをベルゴについて行く。月明かりがあるとはいえ暗いことに変わりはなく、ノエルが何かに躓き転んでしまった。
「何これ…?」
「何をしている!早く主人様を見つけないと」
「はい!」
むにゅっとした何かと鉄臭くべっとりとまとわりつく嫌な感触だが、今はそれを気にしている余裕などない。巨大な柱の近くを歩くとジャブジャブと水たまりの上を歩くのとは違う感じがする。そして、より鉄臭さが増したことに立ちくらみがしそうだった。そんなノエルを置き去りにし、ベルゴが急に走り出した。
「待ってください!私はあんまりよく見えてないんですよ!」
ノエルはベルゴを見失い焦って追いかけようとしたが、視界が悪く引っかかる何かで何度も転んでしまった。匂いと服がびっしょりとなり不快感が湧き上がる。なんだかこんな自分が嫌で涙が出そうになったが、 ベルゴの「主人様」と叫ぶ声に立ち上がり声の方向に向かう。ベルゴの元に辿り着くと、ルシウスが着ていた鎧がなくなり骨の姿で倒れていた。
「主人様!」
「ルシウス様!ベルゴさん…ルシウス様は死んで…いるんですか?」
「貴様!何を言っている!」
ベルゴとノエルはいつまた敵が現れるかわからないため、一旦ルシウスをオークのところまで運ぶことにする。移動手段がなくなってしまい、ルシウスはベルゴが背負っていくことにし、ノエルはその後ろに続く。
「はぁ…はぁ…」
「大丈夫か?」
「はい…はぁ…気にしないでください」
こんなときでも空腹感と喉の渇きがノエルを襲う。森のぬかるんだ道で体力も底をつき、倒れてしまいたくなるが、それでも踏ん張ってベルゴに付いて行く。体の感覚がなくなるような感じと
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地下牢を歩く豪華な服に身を包んだ男がいた。その指には色鮮やかな宝石の指輪をいくつもしていた。男はある牢獄の前で足を止め、後ろを付いて来ていた者達に開けるよう命じる。牢の扉が開けられると男は中に入り、汚い床など気にせず両手を壁に縛られている男と向かい合う形で座り込む。
「下がれ」
「はっ!」
中年の男の言葉に二人は来た道を戻っていく。男の名はライオネル・ルイ・クリストーファ五世、ブリュレ王国の国王である。
「リカルド、戦争は終わった」
「結果はどう…なりましたか?」
ブリュレ王国最強の騎士であり、国王親衛騎士団団長のリカルドはライオネルと目を合わそうとせず、俯いたまま質問する。ライオネルは深いため息の後、重く口を開ける。
「街の外には住人の死体はなかった。恐らく、街の中で皆殺しにされたのだろう」
「結局、援軍は送ってないのですね…」
「いや…送ったが一足遅かった。せめて、死んだ住人を弔うため街の中央に慰霊碑を建てるつもりだ」
ライオネルは援軍をわざと遅く向かわせたことは伏せておく。リカルドの体が震え、床を濡らす水滴が落ちた。
「嘘だ…何故!何故!自分を行かせてくれなかったのですか!」
縛られた鎖の限界まで体をライオネルの近くまで運び、涙が流れるその顔でリカルドは叫んだ。
メレンシアにより虐殺があった二日後
十万のブリュレ王国の兵が北門の前に到着した。
「城門が閉まっているな。それに酷い悪臭がする」
指揮官と思しき馬に乗って一番前にいた男が、鼻を摘み眉間にシワを寄せる。北門が閉まっているなら、交戦が行われたのは南門と考え兵を連れ南門の方に進路を変える。
「ワイマン将軍閣下、これは一体…」
「ああ…兵はここで全滅したようだ」
南門は城門ごとなくなり、城壁が崩れた場所の先からは兵士の死体の山だった。南門周囲には敵兵であろう者達の人間とは思えない骨も転がっていた。
「骨となった者が多いことから死体の匂いに釣られ、野生動物やらモンスターが入ったようだ」
「全軍警戒レベルを最大まで引きあげろ!野生動物やモンスターに注意しながら進軍せよ!」
平和ボケしているブリュレ王国の兵達はこれから死体の山の中を歩くと思うと顔色が悪くなる者達が急激に増えた。悪臭に胃の中身をぶちまける者も続出する。それでも命令に逆らう訳にはいかないため、息を止めつま先立ちで足元を確認しながらゆっくり進軍する。
「これが我が国の現状か…」
ワイマンはその後ろ姿を見ながら情けないと額に手を当て首を横に振る。兵が半分程街の中に入ることが出来た頃、戦闘開始の笛の音が聞こえた。ワイマンと補佐官を務める魔道士が急いで馬を走らせる。
「全軍突撃!いつまでもちんたら歩くな!」
「仕方ない。我々は先を急ごう」
残りの肉片や骨を踏むまいと進みが鈍い兵を置き、ワイマンと魔道士は交戦が始まった場所に到着した。
「ハウンドドッグのようだが、何だこの数は…」
「それに妙な個体がいます」
六百匹程のハウンドドッグの中で魔道士が指差す方向には、ハウンドドッグの三倍程の大きさで、額に魔導石らしきものが剥き出しになっている個体がいた。普通は心臓の役割をしているはずのものが、額にあるなどあり得ないことだ。異常個体の額の魔導石が光りを放ち、カマイタチが発生する。
「ハウンドドッグが魔法を使うなど…」
「将軍閣下!「マジックシールド」」
兵士を切り裂きワイマンを襲うカマイタチを魔道士が魔法で防御する。
「ありがとう…このままじゃ兵の被害が増大する。クェイロス、あの個体をやれるか?」
「初級の風魔法しか使えないのなら、そう難しくはないかと」
「兵士では少々厳しそうだ。頼む」
クェイロスはワイマンに援護を頼み異常個体に「ファイア・ウォール」という魔法を唱え、三メートルの炎の壁で異常個体の周囲を囲む。周囲に何重にも「炎の壁」を重ねカマイタチの無力化と範囲を狭め、熱で蒸し殺す作戦に出る。高温の暑さで異常個体が飛び出るが、魔法が重なったことにより一度で抜け出せず、焼け死ぬことになる。
「流石に王国五本指に入る魔道士だな。あれを簡単に殺せたのはお前のおかげだ」
「異常個体の魔法能力が低くて助かったようなものです」
「そう謙遜するな。もう魔法を使える個体はいない!残りの殲滅を優先する!」
ただのハウンドドッグでは、百倍を超える兵士の数にかなうことは出来なかった。万が一に備え、警戒を怠らず、街の様子を確認しながら悪臭が酷かった北門に向かう。街の中央にはあまり死体がなかったが、北門はワイマンの予想より遥かに悪かった。街の住人全員と思われる見たこともない数の死体がそこにあった。完全な骨になっている者はいないが、腐敗したとしても数日で姿形もわからない程にはならない。信じられない光景に静まり返るワイマンや兵士の耳に虫の羽の音が聞こえた。死体にも群がっている虫の大群が地獄絵図を連想させる。
「どうすれば、大勢の人間をこんな風に殺せるのだ…」
「もう我が国も戦争と無縁な国ではなくなりました。このままでは、本土がこのような事態になる可能性も…」
「ああ…言わんとすることはわかる。国王陛下に伝えねば」
地下の空間に叫び声が響き渡る。
「私も辛いのは同じだ。リカルド…メレンシアはそこまで恐ろしい女なのだ」
「陛下…俺はもう何もわからなくなってしまいました…陛下や国民を守りたい一心で、剣を振るい自分を鍛えて来ました…なのに…国民を守るどころか、俺は今ここに縛られています」
「まだ、私と他の国民がいるではないか…」
「俺は…心が折れてしまいました…民がそのような無残な姿で死んだというのに…」
リカルドはライオネルから聞いた話で絶望した。自分に絶望し、国王に絶望し、この国に絶望した。糸の切れた人形のように座り込むリカルドを見て、ライオネルは大体の事情を話してやっても察してくれないリカルドに怒りが込み上げてきた。
「まだわからんのか!貴様一人で何が出来ると言うのだ!勇敢なのとただ殺されに行くのは違うのだぞ!頭を冷やせ、また来る」
リカルドは今の状態ではまだ騎士団に復帰できそうな感じには見えなかったため、ライオネルは立ち上がり地下牢を後にする。
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