第23話王に仕えた者達4

 王に仕えた者達4


 思念体の一つと名乗る体の元主人らしき存在の話をルシウスは理解できなった。暗い空間で何も見えず、ボスである女と会話した後の状況も全くわからない。殺されてしまったのだろうか?


「私は、永遠に滅ぶことのないこの肉体という名の檻の中で、和らぐことも、慣れることも、取り払うことも出来ない苦痛に、ただ耐えてきた。そして、その苦痛から解放される唯一の方法は肉体を捨てる事だった」

「肉体を捨てる?どういう意味だ」

「この肉体は物理的な方法では滅ぼすことなど出来はしない。偶然発見した儀式で肉体の中身を放出し、肉体を滅ぼせる方法を見つけた。その儀式の影響で肋を一つ体から切り離すことが出来た。それを使い特殊なスケレトンであるベルゴを創造し、私はかつての配下をベルゴの中に一体化させ私が去るその瞬間、ベルゴも滅び共にこの世を去るつもりだった。気の遠くなる程長い年月の間、生み出され続けた思念体の放出が終わり、最後の私が放出される前に貴様が私の中に入ってきたのだ」

「肋…?俺はたまたまお前の体に入ったということか?」

「貴様が入ってきたことにより、私はこの空間に閉じ込められていた。しかし、貴様の心が崩れ始めたことで私はこの空間から出られることができた。そして、貴様が私の体で何をしたのかも知った。私とは違い、貴様は血の通う者と一緒になれたようだな」

「俺はあんたの記憶をすこし見たことがある!何がそんなに苦しいんだ?人間になりたかったのか?」


 ルシウスはアックスの寝床で、突然見えた椅子に座り勇者の本を読んでいた記憶のことを思い出す。


「さあ…どうだろうな。私の選んだ道は間違えていたかどうかはわからない。しかし、貴様なら違う道も選べるやもしれん。その前に私と同じく、心を失うにはまだ早い。私が貴様の苦しみと罪悪感を背負って行くとしよう。そろそろ貴様も感じられるはずだ」


 思念体の話が終わると、アックスの寝床で感じた頭が狂いそうな精神的な苦痛を何億倍にも増幅させたような感覚が押し寄せてきた。ルシウスは耐えきれず意識が遠くなるのを感じる。


「気を失ってしまったか…目が覚めた頃には全て忘れているであろう。ベルゴを必死に助けようとしたその気持ち…礼を言わせてもらおう。貴様もいずれ、私の記憶の断片を探し出せるだろう。そのとき、自分が選んだ道と照らし合わせて見るといい」


 思念体は暗い空間の中で眩しい光を放つ。


「その行く末を見届けないのは残念だが、私はもう限界だ。違う可能性を見せた貴様に配下を、ベルゴを預けよう。そして、見上げに私が去る前に貴様を助けてやろう」


 光は徐々に輝きを失い、暗闇だけが残った。

 ルシウスの周りに急激に大気の流れが変わるような感じがした。白かった骨は漆黒の色と変わり、鼻の辺りと口の辺りを除き青い炎が頭を包む。


「失せろ」


 ルシウスであってルシウスでない者が発する一言で、上に乗っかっていた大勢の亜人達が赤い飛沫となり飛び散る。


「なんじゃ?何が起きたのじゃ?!」


 ウルベンが突然起きたあり得ない事態に思考が追いついていけなかった。千近い亜人兵が見る影もなく消え去る異常事態にメレンシアとて驚きを隠せない。


「ミフネ、ペロ」


 思念体が異様な青い炎を頭に纏い、ぺったんこになった鎧も全身を包む青い炎の鎧で溶け、神秘的な姿へと変わる。スケレトンとは思えない美しい姿で誰かの名を呼ぶ。暗くなった周りが濃く禍々しい魔力でより暗くなり、巨大な魔法陣とそれに比べればかなり小さい魔法陣が出現し、黒き閃光を放ったのちその姿を現す。

 三十メートル近い上半身しかない巨大なスケレトンと、長い刀を腰に差し武士が着るかみしものような袖と裾がボロボロな服装をした、ルシウスと変わらぬ背丈をしたスケレトンが現れた。


「久方ぶりに主人様に名を呼んで頂き、このミフネ、喜んで参上つかまつった!」

「主人様!会いたかったペロよ!」


 召喚された二人は相当長い間呼んで貰えなかったことから、その声はとても喜びに満ちていた。


「ミフネ、ペロ。この二人を除き滅ぼせ」

「承知したでござる」

「皆殺しにすればいいペロか?わかったペロ」


 思念体の命令に従い、ペロが両手を合わせる。手のひらより五倍ほど大きい魔法陣が手と手の間に現れる。合わせた手を離すと両手に魔法陣がついていた。それを地面に当て魔法を唱える。


「アース・ボイル・ブレイク」


 激しい地揺れと共に亜人兵に向かい十メートルを超える尖った大地の柱が交互に地面から湧き出る。亜人兵の体の幅より遥かに太い柱に貫かれ、そこから流れ出た大量の血で柱が赤く染まる。

 今度はペロが大きな口を開け、赤い宝石のような巨大な舌を出す。その舌の上に魔法陣が光を放つとペロが吐き出すようにスケレトンが湧いて出てくる。一分も立たない内に五千程の色なスケレトンがペロの口から出てきた。


「爺…これは…妾は夢でも見ているのかぇ?」

「儂にもわからん…なんだこれは一体!伝説に伝わるアンデットの軍勢とでもいうのか!」


 メレンシアとウルベンの目の前には滅多に見ることも出来ないスケレトンキングが、軽く数百体は見える。その他にスケレトンウォーリアー、スケレトンナイト、スケレトンファイター、スケレトンローグなど上位のスケレトンで溢れかえっていた。四メートル以上のスケレトンキングが他のスケレトン達を率いり、亜人兵に襲いかかる。


「なんなんだ!テメェらはよ!」

「こうなりゃ…骨如きぶっ壊すまでだ!」


 亜人兵を連れて帰還したミノタウルス二体は自分達を攻撃するスケレトンキングに大きな斧で反撃してみるが、スケレトンキングにかすり傷一つ付けられず、多くのスケレトンキングに捕まり体が引き千切られる。


「ペロ!全部倒しては困るでござる。拙者は空中戦があまり得意ではないでござるよ」

「関係ないペロ。先に倒したもん勝ペロよ」


 ペロは再度「アース・ボイル・ブレイク」唱える。大地の柱が廃墟になった家やスケレトンキング達ごと巻き添いにし残りの亜人兵を殲滅する。ミフネは左には赤い光を、右目に黒い宝石が埋め込まれているその目で、ペロの出現によりかなり上空を飛んでいるミノタウロス達を見ながら、困ったような表情を浮かべる。


「女。あれはお主の部下なのではござらんか?降りて来いと言っては貰えぬでござるか?」


 メレンシアにミフネが話しかけるが、メレンシアは遠くを見つめミフネの声が届いてないようだった。


「参ったでござるな…拙者の見せ場がないでござる」

「そこの方…儂は関係ないのじゃ…あのアンデットがそんなにすごい方とは知らなかったじゃて」


 ミフネが一瞬ものすごい殺気を纏ったが、殺気すぐに消えた。ミフネは指一つ動いてないように見えたが、刀が鞘に収まった音がした。ミフネに命乞いをしようと近づいたウルベンが、縦に斬られ体が二枚になっていた。


「主人様をアンデット呼ばわりするなど、その価値のない命では到底償えることではないでござる」

「主人様があの二人は除くと言ったペロよ!」

「しまった…だが、拙者はあの者を許すことは出来なかったでござる…」


 空を飛んでいたミノタウロス達は前代未聞の危機的状況にそのまま主人を捨て逃げることにする。


「誠に申し訳ないでござる。拙者は空中戦が苦手な故、主人様の御期待に添えることが出来なかったでござる」

「ペロも同じペロ…」


 久々に名を呼んでもらえたのにペロよりなんの活躍も出来なかったミフネは、自分の無能さを恥じ思念体に顔向け出来なかった。ペロは何かに気づいたようで、廃墟の破片を持ち投げようとしたが、思念体の言葉でそれをやめる。


「構わん。後は私が自ら片付けるとしよう」


 ルシウスがスケレトンを創造するより比べ物にならない程の速さで、瞬きする時間で一万のスケレトンを創造する。弓兵五千、クロスボウ兵五千の一万のそのスケレトン達は、三メートルの骨で出来た身長よりずっと長い弓を持ち、自分の身長程の大きな矢筒を背負い、腕が膝辺りまでくる程長かった。また、三体のスケレトンが巨大な骨のクロスボウを担ぎ、一体がその矢を持つ係をし、一体が発射するという五体がチームのようなスケレトンだった。ベルゴより遥かに強そうなスケレトン達は、空を飛んで逃げるミノタウロス達を狙う。


 隊列を組み整列した弓兵は、重さ三十キロは超えるだろう太い骨の矢を軽くセットし射撃の準備をする。クロスボウ兵も数百キロはありそうな極太の丸太のような矢ををセットし、全身を使い弦を引っ張る。思念体の合図に一斉に放たれた矢は、飛んで逃げるミノタウロス達に雨のように降りかかる。弓の矢は瞬く間にミノタウロスを簡単に貫き、クロスボウの矢はその重さと速さ、そして圧で貫くというより破裂させながら遠くに消える。

 ミノタウロス達は、全員が見た事もない骨の鎧で身を固めたスケレトンの軍勢が放つ、矢というよりバリスタが放つ鋼の弾のような。そして、クロスボウというより城門も一発で壊せそうな攻城兵器とも呼べそうなものにより全滅した。


「主人様が戦場を指揮なさるその姿。このミフネ、二度と拝めることは出来ないものとばかり思っていたでござる」


 思念体はミフネに反応を見せることなくメレンシアの前に立つ。


「ああ…素晴らしい…妾が見た事もない最強の軍勢…それなら妾も力を示そう!」


 メレンシアが突然そう叫ぶと、「魂の鳥籠」を発動させる。周囲に人の心を蝕むうめき声が響き渡り、黒いローブで全身を包み身長より大きな鎌を持った者達が現れる。


「これが妾の固有魔法「魂の鳥籠」じゃ!見よ「生贄錬金召喚」発動じゃ!」


「魂の鳥籠」の扉が開き、集まっていた物凄い数の魂が鳥籠を出て一箇所で一つの塊となりその下に魔法陣が現れた。魂達は小麦粉のように練られて姿が変わりつつあったが、それをペロが両手で魔法陣ごと潰す。召喚に失敗した魂は消え、上空に浮いていた「魂の鳥籠」もペロが両手で両端を引っ張ると鳥籠の柵が壊れ、歪な形に歪んでしまった。


「妾の最高の魔法に物理的に干渉するなど…」

「王の御前でござる」


 ミフネが刀の鞘で信じられないという表情を浮かべ、呟いていたメレンシアの腹部を強く打つ。上に立ち誰かを痛めつけた経験はあっても、誰かに痛めつけられた経験がないメレンシアは苦痛で唾液を垂らし、前の方に膝をつき倒れ込む。何となく平伏しているような姿に見えることで、ミフネは満足そうな表情を浮かべる。


「ペロ様。隠れていたネズミを捕らえました」


 生き残っていたスケレトンキングの一体が、タキシードを着た男を手に持ってペロに報告する。男はメレンシアに求婚を迫っていたあの男だった。


「主人様、どうするペロ?殺すペロか?」

「ま、待ってくれ…僕は一応魔王だ!僕の国は交易で繁盛しとても裕福な国だ。それを全部やってもいい…だから…」

「虫ケラが…王の御前で王と名乗るでござるか!」


 魔王と名乗る男の頭が、地面に押し付けるミフネの刀の鞘で、押し潰されそうになる。硬いはずの頭蓋骨が陥没し顔が歪んでしまっているようにみえた。


「言い直せ。虫ケラであると」

「ぼ…ぼくは…虫ケラで…ござい…ます」

「よくやったでござる」


 男が改めて自己紹介し直すと、ミフネは刀を腰に差し直す。黙って見ていた思念体がメレンシアと男に話しかける。


「貴様らは私の名前をよく覚えておけ。私の名はルシウス・ヴァーミリアンだ」

「はい…絶対忘れません…」

「女、貴様も今殺しはしない。だが、誰のおかげで生かされているか忘れるな」


 男はすぐに答えるがメレンシアは腹部を打たれてから一言も発してはいない。殺気を纏いミフネが近づくと思念体が止める。


「お前達にも話がある」

「何ペロか?」

「私は一時的に記憶が戻ったに過ぎない。私がまた記憶を失うと、いつまたお前達を思い出せるようになるかはわからない」

「ベルゴ殿が負傷したあの時感じた違和感は…記憶を失うことで主人様の苦しみが少しでも和らぐものなら、拙者はいくらでも我慢できるでござる」

「私がベルゴと一体化させたことで、お前達は自由に動くことすら出来なくなってしまった。私の過ちを許し、また付いてきてくれるか?」

「勿論でござる!忘れられたとしてもいつまでも…我々は…主人様にこの命を捧げるでござる」

「ペロも同じペロ!いつかまた呼んでくれペロよ!」

「ああ…また…な…」


 ミフネとペロは、足元から徐々に消えていった。そして、創造した一万のスケレトンを解除すると霧となり消える。思念体は最後に見ることになろう月を静かに見つめる。


「どうやら時間のようだ。最後に貴様のために布石は打っておいた。我が…………………達を頼んだ。さらばだ」




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