第18話 魔王の侵略7

 魔王の侵略7


「俺らも何も感じない訳ではない。ここまで助けを求めに来たということは負けているんだろ?」

「我々冒険者にも夢や目標がある。負けている戦争に命を捨てる覚悟までして助ける義理はない」


 街に残っていた冒険者の話を聞いていたオルクスが補足説明をする。


「冒険者やギルド会館が戦争中でも無事でいられる理由は、中立機関として確固たる中立の立場を維持しているからこそです。それを破れば、冒険者一個人の問題ではなく冒険者ギルド全体を巻き込めかねない大問題となってしまう程重大で敏感な案件なのです。申し訳ございませんが、どんな事情であれギルドの選択は変わりません」

「じゃ、俺達が黙っていれば問題ないのではないか?」

「それでも支部長である私が聞いてしまったからには、黙って見過ごす訳にもいかないでしょう」

「王国の援軍を待てばいいじゃないですか。事情はわかりますが、私はこの国の人間でもありません。死ぬ確率が高い戦場に私達を巻き込もうとしないでください」


 ローマンとブセスは他の代案が全く思い浮かばない。ギルドがローマン達の最後の希望だったのだ。正直なところ冒険者が問題を解決してくれるとは思っていないが、モンスターや命をかけた実戦経験が兵士よりは多いことから単なる頭数増やしに過ぎなかった。


「無理を言ってすまなかった。それに嬢ちゃん、援軍は来ないぜ。この街は捨てられたのだ」


 ブセスの言葉に冒険者達は断られた腹癒せに痛い嘘をついていると眉をひそめる。


「この街には十万人を超える人達がいるんですよ?断られたからてそんなタチの悪い嘘をつくとは…呆れてしまいました」


 そのとき、ギルド会館内に苦しそうなうめき声が流れてきた。ブセスは嫌な予感しかしなかったがそれでも話を続ける。


「ふん、嘘じゃね。この街の偉い連中は平民だけを残し、昨日全員街を出て行っちまったよ」

「そうです。今この街には部隊長以上の階級の者はいません」

「例え援軍が来るとしても、この街が滅んだ後だろうよ。そしてこのうめき声、人を尋常じゃないくらい嫌な気分にさせるな。こんなことをする相手から精々テメェらだけでも生き残れるよう神様に祈ることだな」


 ブセスはその捨てセリフだけ残し、ローマンを連れギルド会館を後にした。得体の知れないうめき声に冒険者達の顔には先より余裕がなくなったようにも見える。


「何だこの無数のうめき声は?精神系の魔法か?」

「わからね…思ったよりヤバイ事態かもな…」

「本当にこの街は捨てられたのか?」

「そんな訳ないだろ!あいつらの嘘だよ嘘」

「他にも気になるのが、相手はヨミナン魔国だということだ」

「魔国でも国際条約を破ったりはしないと支部長さんが言うのを聞いたじゃないですか」

「それもそうだが、ヨミナン魔国は国民が奴隷しかいないとか、敵は皆殺しにされるとかいい噂は聞かない」

「僕も聞いた事があります…ヨミナン魔国の魔王は"魂を狩る魔女"だとか…」

「やっぱり生き残るにはあの兵士達の言う通り戦うしかないのか?」


 このままでは冒険者の中でただ殺されるより、戦って死ぬという戦争に参加意思を示す者が出そうな気がして、オルクスは皆を落ち着かせる事にした。


「皆さん!大丈夫です。再度言いますが、魔国とはいえ国家として認められた以上、国際条約を誠実に移行する義務があるのです。ギルドは全て中立国に認められた中立機関です。だから安心してください」


 オルクスの説得により冒険者達が心の平穏を取り戻そうとした寸前、ギルド会館の壁の破片が襲って来た。冒険者達の視界には土埃つちぼこりの中に、見るからに巨大な影が見えた。


「こんなところにも人間共が隠れていたのかよ」


 オルクスは影が発した言葉から、ここがギルド会館ということに気づいてないようだったため、攻撃が開始される前にここがどんな場所か知らせることにして影に近寄る。


「もしや、ヨミナン魔国の兵士の方ではございませか?」

「あん?!何だそのヨミ…なんたらは?」


 影をヨミナン魔国の兵だとばかり思っていたが、知らないという雰囲気にオルクスや冒険者達の肝が冷える。まさかとは思うが、オルクスは慌てて言い方を変える。


「あなたは"魂を狩る魔女"と名高き、メレンシア魔王陛下の配下の者ではございませんか?」

「人間共奴!メレンシア様に妙なあだ名つけんじゃね!」

「これは…失礼致しました。メレンシア魔王陛下が支配なさるヨミナン魔国の方で間違いないようですね。ここは中立機関でございまいして、王国とは直接的に関係がない場所でございます。手出しは御遠慮願えないでしょうか」

「めんどくせぇ言い方しやがって。それがどうした?」


 オルクスはローマンとブセスのときとは違い腰の低い態度で丁重に話をしたが、中級悪魔はそのオルクスの顔を手の甲で強くはたいた。すると、オルクスの頭が数回回転した後、背中の方を向き倒れる。ギルドの支部長であるオルクスの死に、冒険者達の顔にはもはや余裕などどこにも残っていなかった、


「あれは…迷宮の守護者ミノタウルスじゃないか…」

「上級悪魔だと?無理だ…俺には倒せね…」

「やだ…私はまだ死にたくない!」

「誰か、上位の冒険者がいるならあいつを倒してくれよ!」


 ミノタウルスは元々上級悪魔だが、ウルベンが勘違いをしていたのだ。メレンシアに至っては自分より弱いということ以外全く知らない。下級悪魔だと思っていたミノタウロスは中級悪魔で、ミノタウルスとは違い身長は二十センチ以上低く、上半身と頭はまだ人間のものと大差はない。ミノタウルス程の怪力はないが、空を飛べる翼を持っている。その悪魔達はメレンシアが「魂の鳥籠」に捕らえられた魂を「魂練金召喚」という邪法で召喚した者達だ。


 召喚魔法は高等魔法だが、普通は術者の魔力が尽きれば召喚は解除される。しかし、多数の魂を対価として召喚されたものは術者の魔力に関係なく、生命と呼ばれるものが尽きるまで制限なく留まる事ができる。


「ごちゃごちゃうるせーな。メレンシア様が殺し尽くせとおっしゃった、ならばテメェらに生き残る道はねんーだよ!」


 冒険者を取り込むことに失敗したローマンとブセスは南門の状況を確認すべく、うめき声と北門に向かう人混みの街中を走っていた。


「街の住人が北門に向かうということは、南門はもうダメなのか?」

「俺らも逃げた方がいいんじゃないですか?」

「いや、確認してからでも遅くないだろう」

「逃げましょうよ!俺はお袋や妹のことも心配なんです」

「生きている兵士達がいるなら、北門の突破も楽になるかもしれないだろ?」


 ローマンとブセスの淡い期待は南門に近づくにつれ、粉々に崩れ落ちた。そこには恐らく、この街の全てかも知れない程の兵士の死体が転がっていた。多くの視線を感じ、無意識に城壁の上の方に視線を向けると、そこには一瞬絶世の美女がカラスの群れに囲まれているように見えた。しかし、それはカラスではなく兵士の血を浴び、時間が経ったことにより血が黒く変色したミノタウロス達だった。


「綺麗だ…あれは…人間なのか?」

「馬鹿野郎!人間ならあの化け物達に殺されるはずだ!生きているということは、あいつも人間の皮を被った化け物ということだよ」

「酷いことを言うのう…妾はこの姿が本当の自分であるぞぇ」

「聞こえてたみたいですよ…」

「話が通じるなら丁度いいだろ。誰だ貴様は!王の女かなにかか?」

「笑わせてくれるのう…妾がその王であるぞぇ」


 ブセスはそれが冗談であって欲しかった。化け物のを束ねる化け物に殺されたのなら、ここまでショックは受けなかったのだろう。しかし、人間の姿をした女が敵の王と名乗り、兵士を皆殺しにし、あまつさえこの王国の王がこの女を恐れ、街を捨てたというのだろうか?


「貴様が王…だと…?貴様はなんでこんなことをする!」

「何のことかぇ?」

「とぼけるな!貴様は何故この街を襲ったのだ!」

「貴様、貴様と失礼な人間よのう。妾は正式に宣戦布告の書状を主らの王に送ったぞぇ」

「じゃ…カルメン部隊長の話は…」

「主らの王はこの街を妾に差し出したようじゃがのう…」


 メレンシアはローマンとブセスを哀れむような目で見ていたが、口は満面の笑みを浮かべていた。ブセスはそれが我慢出来なかった。平和な日常を壊し、尊敬できる上官だったカルメンを殺し、多くの人間を殺して置きながら罪悪感の欠けらも感じられないあの女が。


「貴様!降りて来い!俺が殺してやる!」

「ブセスさんやめましょう!逃げましょうよ!」

「この国の人間は礼儀も知らぬようじゃのう」


 ブセスの首にまな板のようなブラックキューブが出現し、ブセスの頭が地面に転がり落ちる。状況を一瞬にして理解したローマンに残された道は、死ぬ気で逃げることしかなかった。


「うああああああわっ!だから俺が最初から逃げようと言ったじゃねーかよ!」

「如何致しますか?メレンシア様」

「まぁ…いいわ。北門に配置した者達の仕事が終われば、今宵の宴は終了じゃ」


 メレンシアは思ったより張り合いのない戦争ではあったが、この戦争で鳥籠の完成が目前まできたことに満足くすることにした。鳥籠さえ完成すれば、奴隷など集める必要もなく永遠に戦争を楽しめると思っている。だからこそ今日のメレンシアは慈悲深い。


 北門では閉鎖された城門前で、ミノタウロスの部隊が集まった住人を進軍しながら殺していた。北門から引き返そうとする住人達、北門から逃げようと向かう住人達で方向転換しようにも渋滞で身動きが取れない。老若男女を問わず住人達の色んな感情を表す声が不協和音を奏で、うめき声と混ざり聞くだけで苛立ちや殺意が湧く。十分な負の感情が溜まっと判断したミノタウロスがメレンシアにそのことを伝えに向かう。


「メレンシア様!準備が完了致しました」

「北門の兵は直ちに南門に来るよう伝えなさい」

「畏まりました」

「死霊魔法:ヘルゲート 生きている者に安らかな死を…」


 北門付近の街中に直径二十メートル程の魔法陣と魔法陣ギリギリに収まる大きさの剛鉄の両開き扉が現れ、空と向かい合うように扉が開く。その中から黒い靄の手が無数に現れ街の住人を次々と殺し始める。握り潰されたり、地面に押し付けられ圧死されたり、いくつもの手に捕まり頭や手足を千切られたり、住人達は逃げ出す事も出来ず恐怖と絶望の中でもがくことすら許されなかった。


 この魔法は特定の条件下でしか発動できないが、代わりに術者が魔法を解いたり、倒されたりしない限り消して消えることはない。「魂の鳥籠」に捕らえた魂の怨念と一定の数を超える負の感情を餌に、無限に出て来る死者の手が生者を殺し尽くすまで止まることなく虐殺は続く。


「ファイア・アロー」

「アッパースラッシュ!」

「小賢しい!そんなもん俺には効かねーよ」


 弱い冒険者達が見守る中、中級冒険者と戦っていたというより、遊んでいたミノタウルスの元にミノタウロス五体が状況を知らせる。


「ここにおられましたか。メレンシア様が「ヘルゲート」をお開けになられました」









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