第17話 魔王の侵略6
大砲や弓、魔導銃の攻撃によりヨミナン魔国は、あっという間に5分の1程の兵を失っていた。
それを黒い羽を広げて上空からメレンシアとウルベンが眺めていた。
ウルベンは空を飛ぶことが出来ないため、乗っている駕籠を4体のミノタウルスが担いで飛んでいた。
「流石に小国とは違い対処が早いのう…」
「メレンシア様、このままじゃ城門を破る前に兵の半数以上が死んでしまいますぞ」
「問題ないぞぇ。それより爺、北門の配置はどうなったのかぇ?」
「ミノタウルス一千とミノタウロス一体の配置が完了したそうじゃ」
「そう…ならば妾が少し手を貸すとしよう」
「ブラックキューブ」
メレンシアが魔法を唱えると高さ八メートルはあろう城門を余裕で囲み余る程の黒いキューブが現れ、豆腐を切ったように綺麗な断面だけを残し城門が跡形もなく消えた。
「なんだ…?城門が消えたぞ!」
「おい!そこから離れろ!上が崩れる!」
城門が突然消えたことにブリュレ王国の兵士達に動揺が生まれる。そして城門が消えたことにより重さを支え切れず城門の上の城壁が崩れ落ちた。そこには先までカルメン部隊長が軍の指揮を執っていた場所でもあった。城壁崩壊により落下したカルメンをローマンやブセス、他の小隊長達が発見し駆け寄る。
「カルメン部隊長!大丈夫ですか!」
「救護班は早く部隊長の手当てを!」
「まずは後ろに避難した方がいい」
「そうだな。他の負傷者も一緒に後ろに運べ!」
「私は…大丈夫だ…誰か指揮を頼む…」
幸い、カルメンは打撲傷と足や腕を骨折しただけで命に別状はなさそうだったが重傷だった。軍の指揮は今の状態では無理と判断し他の部隊長に任せ、ローマンとブセスがカルメンを持って後ろの市街地まで運ぶことにした。
「うっ…」
「部隊長!すみませんが少し我慢してください!」
カルメンを市街地に運ぶと、今まで市街地で様子を伺っていた人達が集まって来た。皆戦争を経験したことがないため、不安や恐怖で理性を失いかけていた。
「ちょっとどうなっているんですか?」
「誰か説明しろ!」
「敵が攻めて来たのか?」
「私たちはこれからどうなるんですか?」
「なんとか言えよ!」
集まった人だかりのせいで救護班がカルメンに近づくことが出来ず、カルメンの様子や不安を口に出したことで人々の恐怖が増し、辺りはパニック状態になっていた。
「部隊長の治療をしなくてはいけません!少し離れてください!」
「その前に今どうなっているのか説明しろよ!」
「我々が勝っているのか?負けているのか?どっちだよ!」
「我々は税金を払っているんだ!知る権利があるだろうが!」
「穀潰し共が!早く教えろ!」
ブセスは理性の手綱を手放した民衆に喝を入れる。
「黙れ!この方は真っ先に陣頭に立ち、敵の兵力削った勇敢な指揮官だ!そんな方の治療を邪魔するなど恥を知れ!それにこの声が聞こえんのか!」
ブセスの一喝に静まった民衆の耳に城門辺りから大砲や銃声、兵士達が上げる雄叫びが聞こえて来た。その機にカルメンの治療に当たる救護班を確認し、ブセスは話を続ける。
「我々はブリュレ王国の誇り高き兵士として勇敢に戦っています。まだどうなるかは俺にもわからないが、これだけは言っておく!我々は絶対に負けない!」
民衆の外側でただブセスの話を聞いていたローマンは、この状況で自分だけ何も出来ない不甲斐なさに恥ずかく思っていだ。そんなローマンの横を北門の兵士らしき者が慌てた様子で通っていくのをローマンが捕まえる。
「北門の兵士か?どうした?」
「俺は今忙しいんだよ!」
「話せ!俺は小隊長だ!」
「は…はっ!失礼しました!小隊長殿!」
「何があった?」
「はっ!北門より人間ではない空を飛ぶ者達が攻めて来るのを確認し、状況を知らせに行くところであります!」
「なんだと?!北門の兵士はどれくらいいる?」
「はっ!南門からの敵襲に北門の兵士も全て援護に向かってしまい、自分一人が見張り役をしておりましたであります!」
「何故敵襲を知らせる鐘を鳴らさなかったのだ!」
「わ…忘れておりましだ…」
「クッソー!わかった…早くいけ!」
南門に敵襲の鐘が鳴っていた頃は北門では敵の姿がいなかったため、他の部隊長が南門の援護に北門の守備隊を全て送り込んだのだ。当時はまだ薄暗かったことで識別が難しく、街から少し離れたところにメレンシアが二千の下級悪魔の内、一千の下級悪魔と一人の中級悪魔を指揮官として目立たぬよう
ローマンはカルメンとブセスに北門の兵士から聞いたことを知らせる。
「ローマン!それは本当か?!」
「はい…逃げ道を塞がれました…」
「そういうことだったか…」
「カルメン部隊長!どういう意味ですか!」
「平民の我々だけを残し、騎士やら貴族達がこの街から離れたのは…我々を…この国が見捨てたということだ!」
大声で叫んだカルメンの話に民衆は完全にパニックに陥り逃げ出すべく慌て始める。誰かに押され転んでも構うことなくその上を大勢人々が踏み潰しながら通って行く。街中はたちまち阿鼻叫喚の巷と化した。まだ街中で敵の姿も確認できていないのに親を見失い泣きじゃくる子供や、何か理由は知らないが包丁でお互いを殺し合う人達や、踏まれ大怪我をした人など周りは悲鳴や罵声、絶望に溢れていた。
「私の治療はもういい。お前達もこれからどうするか決めろ…戦うか逃げるか…な」
「しかし…許可のない戦線離脱は重犯罪です…」
「我々は特に見捨てられた…こんな国に忠義を尽くす必要はあるまい…」
「それでも部隊長を置いてはいけません!」
「ありがとう…けど、私は歩くことすらできない。足手まといだ、置いていけ」
「しかし!」
「行け!命令だ!私の人生は全て間違っていた…こんな…こんな…こんな国を守ろうと兵士になるとは滑稽滑稽っ!ハハハハハハッ!」
カルメンは心の底からこの国に忠誠を誓っていたのだろう。その国から裏切られ、見捨てられたことに相当ショックを受けたのか泣きながら笑っていた。そんなカルメンもすぐに押し寄せる人々に踏まれ、無残な姿でその人生を終えることとなった。
「クッソ!クッソ!クッソ!カルメン部隊長が…」
「仕方ない…今は俺らが生き残る道を探さねばいかんのだ!」
「ブセスさん南門の兵士達と合流しますか?」
「いや…その前にギルド会館で助けを求めることにする!」
「ギルドは戦争には関与しないのではないですか?」
「お前が言っただろ!人間ではない者が北門から攻めて来るとな!人間ではない者を倒す助けを求めるのだ」
ローマンとブセスはギルド会館に向かい全力で走る。一方南門では死を恐れず突っ込んでくる、人間の力を遥かに超える獣人の亜人兵に押されていた。
「怯むな!敵の攻撃は単調だ!槍を構え地面に固定し、相手の力を利用しろ!槍のバリケードを作るのだ!」
他の部隊長が敵を食い止めようと必死に策を練るが、槍に体を貫かれても苦痛を感じる素ぶりすら見せず亜人兵の進軍は止まらない。槍が折れ体に何本もの槍が刺さっていても、人間を容易く切り裂くであろう鋭い爪を振るうことを辞めない。ブリュレ王国の兵士に異様な敵の雰囲気に臆し逃げ出す者が出始めた。
「そろそろ良い頃合いじゃのう」
メレンシアが下級悪魔に皆殺しにされた城壁の上から楽しそうな笑みを浮かべながら「魂の鳥籠」を発動する。すると、街の中心部の上空に巨大な鳥籠が出現した。鳥籠内には既に七割くらい白く透き通った何かが沢山捕らえられていた。鳥籠の周辺に黒いローブで全身を包み身長より大きい鎌を持つ者が数十体飛んでいた。その者達はゆっくり動き出したかと思ったら街の人間に襲いかかる。
鎌で斬られても傷は付かなかったが、体から白く透き通った魂が鳥籠に吸い込まれるように消えて行く。鳥籠が出現してからは鎌に斬られてないとしても死者から魂が鳥籠に全部吸い取られ、鳥籠内からは数を数えることも出来ない程の苦しそうなうめき声が街中に響き渡る。その鳥籠にいた魂は以前の戦争でメレンシアに捕らえられた魂なのだろう。
「感じるわ…怒り、悲しみ、不安、恐怖、絶望、死が…妾を優しく包み込むのを感じるわ!」
メレンシアは絶頂を迎えているような恍惚な顔を浮かべ体を抱きしめながら呟いた。その口からは唾液が顎に流れ落ちる。
「もっと…もっと…もっともっともっともっともっと殺せ!そして、殺し尽くせ!妾が主演の血の宴じゃ!」
メレンシアの美しい瞳に命への渇望と狂気が宿る。
「メレンシア様が喜んでおられる!俺もメレンシア様のために人間共を皆殺しにする!」
南門の亜人兵の中から闘牛のような二メートルを超える中級悪魔が手に巨大な斧を持って現れた。斧の一振りで十人近い兵士が手も足も出ず体が真っ二つになって殺される。聞くだけで身の毛がよだつうめき声と勝てそうな気がしない中級悪魔の出現で、見捨てられたことも知らずに劣勢でも勇敢に敵に立ち向かっていた兵士もすへて逃げ出し始めた。
「逃げんじゃね!大人しくメレンシア様の生贄となりやがれ!」
中級悪魔は姿勢を低くし、頭を突き出し人間ではありえないスピードで突進しながら王国の兵士達を飛ばしていく。物凄いパワーと突進の圧力に大きなツノに当たった部分は水風船が破裂するかのように血肉が飛び散る。家や建物に当たっても突進のスピードが落ちることなく家や建物の方が崩れて行く。
「つまらないのう…ブリュレ王国とはここまで弱いのかぇ?」
「これは恐らく王国の策じゃろて」
「挑発に乗らず、この街を妾への生贄として差し出す…不愉快だがこの国の王は頭がキレるようじゃのう」
メレンシアはこの街に騎士といった兵を引っ張れる指揮官がいなかった事に気付く。それはこの街を放棄し、中の人間だけで満足しろというブリュレ王国のメッセージと感じた。ブリュレ王国の苦肉の策にメレンシアは足かせをされてしまった事に不愉快に思ったが、鳥籠が完成されていない現時点ではこれ以上の強気には出られない。
ローマンとブセスはなんとかギルド会館に辿り着くことが出来た。扉は閉まっていたが、兵士であることを伝えると中に入れてもらえた。中には戦争でも中立の立場であるギルド会館に手を出してはいけないため、まだ街に残っていた冒険者達が集まっていた。慌てて入って来た王国の兵士にメガネをかけた中年男性が話しをかける。
「王国の兵士さん方がギルドに何か御用ですかな?申し遅れました。私はここの支部長を勤めるオルクスと申します」
ローマンとブセスは今の状況を細かくオルクスに説明する。
「なるほど。話は理解できましたが、人外の者であれ国家間の争いにギルドが力を貸すわけにはいかないのです」
「そんなこと言ってる場合じゃねーよ!」
「あんたらだって殺されるかもしれないんですよ?」
「ほっほっ。流石に魔国とはいえ国際条約を破ることはしないでしょう。むしろこっちが手を出せば狙われるかもしれませんがね」
「目の前で人が殺されているんだぜ?助けたいとは思わないのかよ!」
いくらローマンとブセスが切実に助けを求めても、冒険者達の視線は同情はするが冷ややかなものだった。
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