第16話 魔王の侵略5

 魔王の侵略5


 俺の朝は早い。農家の長男としてまずは畑の仕事から始まる。


「おはよう!兄ちゃん」

「おはよう。お袋、マリエル」


 マリエルは俺の妹で可愛くて優しく家族思いのとてもいい子だ。言い寄る男もそれなりにいるが、周りにある農家の息子ばかりで俺は認めない。俺が出世したら商人やもっと良い家の出と結婚させ、不自由なく暮らせるようにするつもりだ。


「お袋、今日は芋の植え付けだけでいいのか?」

「そうよ。仕事があるんだから手伝わなくてもいいのに…」

「いいんだよ。オヤジが死んでから男手が足りないだろ」

「悪いね…お手伝いを雇いたいけどお金がなくて…」

「泣くなよ…もう少しなんだ。後数年以内に部隊長までのし上がって見せるさ」


 俺の家は芋農家をしている。オヤジも祖父も曽祖父も家業を継ぎ農業をしていた。俺はそれが嫌で兵士となる道を選んだが、兵士はいつ死ぬかわからないと家族は誰が守のかとオヤジは猛反発した。オヤジの気持ちも理解できるが、この国は平和で戦争とは縁遠い国だ。


 俺は国のため死ねる覚悟をして兵士になった訳ではない。それに農家の出の者が良い職に就くのは難しく、農業でも家族くらいは食わしていけるけど貧しいことに変わりはない。結局、選べる職が限られていることから農家の出の者は農家を継ぐという、血筋が途切れるまでその悪循環から逃れることはできない。


 だが、俺は違う。兵士となり給料の半分以上を上官に賄賂わいろとして渡し、靴底を舐めるような家族には見せられない事までして入隊から四年で小隊長となった。俺程早く昇進出来た者はいないだろう。昇進してオヤジもやっと認めてくれたが、病で倒れ死んでしまった。金さえあれば治せたはずなのに、高額過ぎる治療薬を買う金がなくてただ弱って死んでいくのを見ているしかなかった。


「お兄ちゃんもそろそろ結婚した方がいいんじゃないの?」

「バーカ。俺は部隊長になるまでその気はないよ」

「仕事の方はどうなの?」

「昨日お偉いさん達が本土で何か用があるみたいでな。今じゃ俺は部隊長の次に偉いんだぜ?」

「どうせ、お偉いさんが帰ってくればまた下っ端じゃない!」

「それを言うなよ…折角いい気分だったのによ…」

「ごめんごめん!それでもお兄ちゃんはすごいよ」

「もう少し待ってろ。部隊長になれば給料も高くなるし、楽にしてやるよ」

「首を長くして待つことにするね」


 朝の畑仕事を片付け、シャワーを浴び駐屯兵の鎧に身を固める。芋を茹でただけの質素な朝食を終えると職場である駐屯所に向かう。


「おはようございます!小隊長」

「おう!お勤めご苦労さん」

「小隊長、お偉いさん方がいつ戻って来るか知ってますか?」

「俺も知らん。部隊長なら知ってるんじゃないか?」

「そうですか…」

「どうしたんだよお前」

「いや…今までこんな事はなかったから妙だなと思いまして…」

「我々のような下っ端が気にしても仕方ないよ」

「ハハッそれもそうですね!僕は騎士になれる人が羨ましいです。僕もなれたらいいのになー」

「寝言は寝て言え。平民が騎士になるのは不可能に近いぞ?」

「わかってますって。夢見るくらいはいいじゃないですか」

「まぁなーじゃあ俺いくから」


 この国は平和だ。駐屯所の入り口で一般兵と軽く談笑を交わし、自分の階級の方が高いことに優越感に浸る。今日は夜に街の警邏があるが、警邏中朝までやっている酒場で飲む一杯は最高なのだ。


「ローマン来たか」

「ブセスさん。おはようございます」


 ブセスさんは俺と同じ小隊長だ。俺はまだ二十六だが、ブセスさんは四十を超えている。俺が一般兵の頃からよく面倒を見てくれてたから、いずれ俺が部隊長になったら補佐官にして恩返しをしようと思っている。


「今日は部隊長が駐屯所の指揮を執る。俺らは訓練の指導係だ」

「なんか偉くなった気分ですね」

「俺も長く兵士やってるがこんなの初めてだ。駐屯所に隊長やら騎士が全員いなくなるのはよ」

「本土で何かあったんですかね?ブセスさん何か聞いてます?」

「いや、俺もさっぱりだ。戦争でも起きるのか?」

「悪い冗談辞めてくださいよ」

「ウハハハッ!冗談だよ。戦争なんか起きてたまるかてんだ」


 訓練の指導は部隊長が行うものだ。俺もそれに交じり教わる側だが、今日は俺が教える側になってしまった。自分でも認めたくはないけど武の才は俺にはない。いわゆる凡人ってやつだ。それでも今までやっていた感じに騙し騙しやるしかない。


「部隊長!朝の訓練と午後の警邏編成も完了し皆、任に就きましたであります!」

「任務ご苦労。ローマン小隊長、夜の警邏に備え少し仮眠を取るといい」

「はっ!後…失礼ですが部隊長殿。質問あります」

「何かね?」

「ブセス小隊長も言ってましたが、駐屯所にお偉いさん方が全員いなくなるのは初めてと…」

「私も詳しくは知らないが、本土で何か大事な用があると言っていたな」

「それは知ってますが…やっぱり戦争…ですか?」

「そんな事はないよ。もし戦争が起きたのなら、なぜ軍の駐屯所に秘密にする必要があるのかね?」

「た…確かに。実のところ戦争が起きるんじゃないかと心配になりまして…」

「その気持ちもわからなくはない。だが、誇り高きブリュレ王国の兵士としての自覚を忘れるな」

「はっ!ありがとうございました!」


 誇りだ?自覚だ?俺にはそんなもの最初からない。生まれたのがたまたまブリュレ王国だっただけ。平民の俺が這い上がることができる道が兵士しかなかっただけのことだ。そんなものは名誉とか金とか地位が高いやつしか持っちゃいねーだろうよ。平民はそんなもの思ってる暇があるなら、今日どうやって食い繋いでいくか考える方が一万倍マシだ。


「小隊長!ローマン小隊長!」

「あん…?何だよ…人が折角気持ちよく寝てたのによ」

「警邏の時間ですよ!今日も行かないと!」

「うわっ!忘れてた!フフフ…今日も行くか」


 夜の警邏は兵士の仕事の中で一番好きな仕事だ。朝や昼や午後の警邏とは違い、皆寝静まった時間だから人目もほぼない。朝までやっている酒場で気の合う部下三人と堂々とサボれる最高の仕事なのだ。


「オヤジ!もう一杯!」

「偉いやつらがいねーからもっとうまいな!」

「そっすねー!」

「しかし、なんでいないんですかね」

「それはな、本土でなんか大事な用があるってよ」

「大事な用ってなんすっか?」

「そこまでは俺も知れねーよ」

「なんだか、嫌な予感がします…戦争でも起きるんすかね…」

「プハーッ!うめぇなおい!」

「ちょっと…聞いてます?」

「聞いてるよ。それは俺も思ったことだが、部隊長の話だと戦争が起きるんならなぜ軍の駐屯所に秘密にするんだよって言ってた」

「まぁ…確かに…」

「俺が部隊長になったらおめーらの面倒も見てやるよ」

「またその話ですか?百回は聞きましたよ…」

「兵士さん達さ、こんなところで油売ってていいのか?」

「オヤジ!大丈夫だよ!今日はもう休みだからさーゲホッ」


 あれ…?いつの間にか寝てしまったか…なんだ…?鐘が鳴る音?


「ハッ!これは!敵襲を知らせる鐘の音!皆んな起きろ!」

「なんですか…?」

「敵襲だ!早く皆んなを起こして駐屯所にいけ!」


 ローマンは急いで鐘が鳴っている方の城壁に向かう。街の中は、まだ薄暗い朝から何が起こっているのかと心配そうに見守る人達で溢れていた。


「おいっ!何があった?」

「前方に敵の軍勢が現れました!」

「なにっ?!部隊長達はまだ来てないのか?」

「はっ!小隊長殿しかまだ来ておりません!」


 城壁の上から前方にいる敵を目の当たりにして、ローマンは昨日戦争が起こるのではないかと冗談半分で心配していたが、まさか本当にそうなってしまうとは考えもしなかった。


「ローマン小隊長!何があったんだ?」

「カルメン部隊長!自分にもよくわかりません。鐘の音を聞き今ここに来たばかりです」

「誰か!現状を報告せよ!」

「はっ!つい今しがた、敵軍を視界に捉えた次第であります!」

「敵の正体は?どこの国だ?」

「はっ!国の旗はどこの国かはわかりませんが、敵であるという赤い旗を掲げていましたであります!」


 カルメンは警備兵から双眼鏡のような物を受け取り敵の旗を確認する。


「あれは!ヨミナン魔国か!」

「部隊長殿!ヨミナン魔国とは一体…」

「今は時間がない!城門を閉じろ!そして弓と魔導銃隊はここに来い!」


 城門を閉鎖し弓兵と魔導銃兵が城壁の上で指定の位置にて構える。魔導銃とは魔法が使えない人間でも魔導石の力を利用し、魔法弾を発射する武器である。殺傷力は弓より高いが、魔導石のエネルギーチャージまで時間がかかるため連射はできない。


「大砲の弾装填開始!」

「弾装填開始!」

「ローマン小隊長。お前は下に待機してある兵の他にやってくる歩兵師団を他の部隊長や小隊長達と一緒に指揮しろ!」

「はいっ?いえ…はっ!」


 この街の兵士は二万五千程だ。階級は国によって異なるが大まかに班長、小隊長、部隊長、中隊長、大隊長の第二次指揮系統があり、貴族の出なら中隊長から軍生活を始めるのだがこの街には平民出身の中隊長はいない。そして王、将軍、騎士、将校順の第一次指揮系統に分類される。将校や騎士にも才ある平民が少数ではあるがいる。しかし、それはほんの一握りで大多数は貴族が占めている。


 ローマンは小隊長で、精々五百程度しか指揮を執った経験がない。師団クラスは騎士が指揮を執るのが普通で、師団を一人でどうにかする訳ではないにしろローマンの力量を遥かに超えてしまう程数が多すぎるのだ。閉鎖された城門の内側には既に八千人程の兵が集まっていた。


「ブセスさん!助かった…」

「ローマンか。やべーことになったな」

「それもそうですけど、小隊長の俺がどうにか出来る人数じゃないですよ…」

「仕方あるまい…城門が破られるまで一旦待機だな」

「もし…破られたらどうするんですか?」

「考えたくはないが、破られたら入ってくる敵を叩け!それがシンプルで一番わかりやすい」


 ローマンは全身の震えが止まらない程怖いと思っていた。人を殺したことも本気で殺し合いをした経験もない。せめて家族が鐘の音を聞き北門から逃げる時間くらいは稼がなくてはいけないと自分に言い聞かせる。


「敵を引きつけろ!大砲の射程圏内まで引きつけろ!次弾をすぐ装填出来るよう準備しとけ!」


 カルメンが声が枯れてしまう程大声で叫んでいた。遠くにいた敵が段々近づいてくる足音だけが静かに攻撃開始の合図を待つ兵士達に聞こえる。


「大砲!撃て!」


 カルメンの号令に城壁内の至る所に設置されている大砲が城壁の穴から顔を出し火を噴く。敵兵が砲弾の爆発に巻き込まれ木っ端微塵になるが一切怯むことなく突撃を開始した。


「弓、魔導銃兵構え!大砲!次弾装填開始!」

「次弾装填!」

「放て!」

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