第14話 魔王の侵略3

 魔王の侵略3


 所々崩れ落ちている古城のある室内に、胸元のラインが丸見えになる程緩く、背中と足首から腰の辺りまで開いた肌の露出が目立つ黒いドレスを着こなしている女性と、ローブに身を包み顔のパーツが大きな目玉一つと口しかない老人が会話をしていた。


「そう…オウガキングは死んだのかぇ?」

「儂の「死念探索」を欺くことはできはせん」

「それで誰にやられたのかぇ?」


 女はオウガキングを倒した相手に興味が湧いた。玉座に座り、組んでいる足を変えると艶かしい白い足がその妖艶な姿を現す。


「儂が見たものじゃと炎系の魔法にやられたようですぞ」

「妾の元から去った報いというわけじゃな…」

「メレンシア様。あやつを失ったのは痛い損失じゃよ」

「それより、オウガキングを倒した相手の顔は見れたのかぇ?」

「残念じゃが、儂の「死念探索」も万能ではないのじゃ。炎系魔法による死じゃと考えるなら、オウガキングに匹敵する敵か強い冒険者の仕業じゃろて」


 老人が使う「死念探索」とは、死ぬ直前までのイメージを覗き見ることができる能力だ。それでも、すへての状況まで見ることはできず、強烈に残っているイメージしか覗くことができない。


「確か、オウガキングが隠れていた場所近くに街があったのではないかぇ?」

「ブリュレ王国が治める街があったはずじゃ」

「そう…今回の妾への生贄はそこなのじゃな…」


 メレンシアが指を鳴らすと扉の外にいた、メレンシアの部下らしき者が入って来た。


「失礼致します!」


 入って来たのは身長百八十センチ程で、上半身は人間で頭にはツノが生えており、下半身が毛に覆われ馬のヒズメのような足をしていた。その者は下級悪魔の一種でメレンシアが使役している。


「ブリュレ王国に宣戦布告の書状をだせ。妾への生贄の地とするのじゃ」

「はっ!」


 下級悪魔が退室すると老人が浮かぬ顔でメレンシアに話しかける。


「メレンシア様。それは我々の立場的にも良くないかもしれないですぞ」

「爺、主も心配症やのう…」

「と言いますと?」

「オウガキングは逃げたとはいえ、妾のしもべじゃ。一国の軍の指揮官を討たれたのじゃ、理由としては充分ではないのかぇ?」

「確かにそういう見方もあるのじゃが、強引過ぎますぞ」

「くどい!妾はくどい男は嫌いじゃ。爺、忘れたのかぇ?」


 メレンシアから発せられる肌を刺す「王の威圧」 に、爺は意見を続けることが出来なかった。彼女はヨミナン魔国の魔王であり、戦争狂でもある。何かきっかけさえあれば、どんな小さなことでも宣戦布告の材料にされるため、周辺国はあまり関わろうとしない。


「爺の心配も妾はよく理解しているつもりじゃ。宣戦布告の書状さえ届けば、中立国の介入は心配ないぞぇ」

「おっしゃる通りじゃて。それでも中立国は人間ではない者を目の敵にしておるのじゃ」

「自分達で定めた掟を破る姿も見て見たいとは思わぬのかぇ?」

「お戯れを。中立国には公には出来ぬ、闇の組織がおると聞いたことがある。相当危険な連中という話じゃ」

「もし、妾がそいつらに狙われるとしたら、爺くらいは守ってやると約束しよう」


 メレンシアが吸い込まれそうな笑みを浮かべ老人を安心される。普通の男ならその笑みに見惚れ、性的欲求を抑えることが出来ないだろう。しかし、爺はこの世のものならざるその笑みに心を動かされることなく、仕事に取り掛かると言い残し退室する。


(そんなことになれば、儂は逃げさせてもらうとしますぞ)


 崩れ落ちたところが目立つ古城の螺旋階段からは、雲一つない晴天と街の様子がよく見える。街と言っても無事なところが少ないほど廃墟となった家が並んでいた。それに街の住人は下級悪魔と獣人種の亜人しか見当たらず、人間やそれに近い種はいない。


「相変わらず奴隷集めに熱を上げるものじゃて」


 このヨミナン魔国の国民は三万人弱で、下級悪魔を除けば全てが奴隷なのだ。メレンシアが親切心で奴隷を解放している訳ではなく、人間より生まれながら戦闘能力の高い獣人種の亜人を戦争の駒として集めている。


「廃墟もお……」


 外に出た爺が、誰かにぶつかり地面に尻もちをつく。立ち上がると下級悪魔が持っていた手斧を奪っては、ぶつけた相手に投げた。


「このクズが!儂に触れおって!殺す!」


 背中に手斧が刺さりうつ伏せに倒れた亜人の頭を何度も踏みつける。爺の非力な力ではそこまで傷を負わすことはできずとも、痛いはずだが亜人は反応を見せない。


「ウルベン様!落ち着いてください!」

「なんじゃと?儂に歯向かうというんじゃな?」

「そんなことではありません。奴隷を傷つけてはいけないとメレンシア様から命を受けてます」

「こんなもんまた買えば良いじゃろて!」


 まだ怒りの冷めぬウルベンではあったが、これ以上騒ぐ訳にもいかない。それがメレンシアの命令なら尚更だ。ウルベンはメレンシアに絶対の忠義を言葉では誓ったが、本音はそうでもない。三百年もの間、それなりに使えそうな者を見つけては配下となり、知識や能力でそれなりの役職に就き自分の身を守って来た。


 戦闘には向かない能力を持つウルベンは、メレンシアに「死念探索」の能力を買われ配下となり、小国を二カ国程滅ぼす手助けをした。ヨミナン魔国はその小国の跡地に国を建てたに過ぎない。隣国との交流もなく、唯一奴隷とその食糧を高値で買い取る魔国に金に目が眩んだ商人が訪れるだけだ。商人も魔国内に入ることは出来ず、城門の前で金を受け取り奴隷や食糧を渡すだけとなっている。


(儂の感じゃが、そろそろ動き出す頃じゃ。ここももう潮時じゃな。やつらに狙われたら、流石にメレンシアも無事ではすまんじゃろて)


 ウルベンは今回の戦争まで楽しんだ後、雲隠れすることにする。このいさぎよさ故、長生き出来たのではないだろうか。


「新しい奴隷は入ったか?」

「はい。いつものところに集めて置きました」

「魔王様のために人肌脱ごうかのう」


 ウルベンにはもう一つ、メレンシアから評価されている能力があり、それは死兵をつくる古い禁呪のことだ。

 戦争で一番恐ろしい敵は死に臆することなく攻め続ける兵士である。戦争に参加する誰もが命を捨てる覚悟をし、勇敢な訳ではないため死兵に臆したそういうところから戦況は変わるという訳だ。死兵をつくるにも他の感情だけを消し、戦い方や戦う本能といったものを増幅させる必要があり、経験とかなり繊細な作業を要する。


 死兵にはアンデットが一番適任ではあるが、使役することは出来ず感情がないため飼いならすこともできない。上位アンデットともなれば感情というものや知性が生まれるが、そこまでいくとそうお目にかかれるものでもないし、既に脅威的な存在となっているため迂闊には手が出せない。


「これだけ買い取れば数も少なくなるもんじゃな」


 獣人種の亜人はヨミナン魔国が市場に出回っているのを全て購入しているので、もはや捕獲するスピードが購入するスピードについて来られないのだ。このヨミナン魔国だけで二万八千弱の獣人種の奴隷がいて、ここ十年間集め続けていた。戦争は二十年に一度のペースで行うが、奴隷が少なくなって来たのと今回はいい大義名分を得たことで、ペースを上げることにしたのだ。


 禁呪を施した四体の奴隷がゾンビのように歩き出す。合図を送るまでは戦闘スイッチがオフのような状態でただ歩き回るだけの肉袋となる。ウルベンにぶつかっても、手斧が背中に刺さっても、頭を踏みつけられても反応を見せなかったのはそのためだ。


「これはいつ見てもすごいですね」

「今回が恐らく最後じゃろて」

「どういうことですか?」

「いや…なんでもない」


 ウルベンは裏切りがまだバレる訳にはいかない。雲隠れする前に殺されたら元も子もないのだ。メレンシアは中立国の闇の組織を侮っているようだが、見たことない能力を使う彼の者達への恐怖が未だその大きな目玉に焼き付いている。


(愚かな女だ。儂の忠告を無視しおって…死に様を見られぬのは残念じゃのう)


 いくら美しくても生きている女には興味がなく、男だろうと女だろうと美しい者が無惨に殺されることでしか性的欲求が湧かないウルベンは、メレンシアの死に際に立ち会えないのを残念に感じた。


「ジジイ!ここにいたか」


 闘牛のような姿をした中級悪魔がウルベンに声をかけてきた。中級悪魔分際で舐め腐った態度しか取らないこの者がウルベンはあまり好かない。舐めている態度を取るのは自分より戦闘能力で劣るためのことだろう。


「これはこれは司令官殿ではないか。儂に何の用じゃ?」

「メレンシア様から聞いたぞ。今回はブリュレ王国が治める街を滅ぼすとな」

「そうじゃのう。儂は止めたかったじゃがな」

「腰抜け野郎だな。俺はなんでお前をメレンシア様が気に入っておられるか理解できん」

「用心するのも大事じゃ。中立国の警戒も怠ってはいけないじゃろて」

「そんなもん!俺が皆殺しにしてやる」

「頼もしいことじゃ。では儂はまだ仕事が残っておるでのう」


 メレンシアの配下となってそれなりに年月が立つが、ここまで自分の話に耳を傾けない者達は初めてだ。今までは自分の誘導でなるべく安全な選択をして来たが、こいつらにはそれが通じないことに少々苛立ちを覚える。


(どいつもこいつも、危機感が足りないのう。特にこいつは馬鹿過ぎて話にならん)


 出陣のときを楽しみに待っているメレンシアがいる室内に、影からタキシードのようなものを着た気品を感じさせる男が現れた。


「淑女の部屋にノックもなく入るとは無粋じゃないのかぇ?」

「それは失敬。君に早く会いたくなってしまってね」

「口がお上手だこと」

「僕の話は考えては貰えたのかね?」

「まだ考えてないわ」

「君が僕と結婚すれば、もっと豊かな暮らしをさせてやるさ」

「言葉はとても嬉しいけど、今は断らせてもらうわ」

「そうかい…僕は一日でも早く君を僕の元に迎えたい。一ヶ月待つよ。良い返事を期待している」


 そう言い残すと男は地面に潜るように消えた。メレンシアに数年前から求婚しているが、良い返事は貰えず焦らし続けている。正直メレンシアは男に興味はなく、血生臭い戦場の方が好きなのだ。


「馬鹿な男よのう…けど、金の援助は助かったわ」


 再びメレンシアが指をを鳴らすと同じ下級悪魔が入って来る。


「準備が整い次第、街に向け進軍を開始するのじゃ!」








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