第13話 魔王の侵略2

 魔王の侵略2


 ギルド会館と思しき六階建ての建物は、昔の西洋のデパートの様な立派な感じだった。白いレンガ造りで渋いその建物の外にはテーブルがいくつも置いてあり、冒険者らしき色んな装備で身を固めた者達が会話をしながら、泡立った黄色い何かを飲んでいた。緊張するが、その素ぶりを見せず冒険者を横切り建物内に入ろうとしたとき、歴戦の戦士みたいな顔が傷だらけのヒゲを生やした男が話しかけてした。


「おいっ!あんた、骨の剣と盾か…変な趣味してんな。でも、俺はそんなやつ嫌いじゃないぜ!グハハハっ!」


 ベルゴには騒ぎを起こすなと言ってある。だから無難に男の言葉に一回だけ頷く。話しかけてきた男は酔っているのかどうかは知らないが、如何にも冒険者って感じがした。刀身が大きなカーブを描く大剣を背中に装備し大声で笑う男に視線が集まるのを感じ、急いで今度こそ建物の中に入る。


 ギルド会館に入ると、依頼の成功確率を上げるためパティーを組んでいるのか、あちこちで役割分担など打ち合わせをしている声が聞こえてくる。中二病を患ったことがある者なら、誰しもが一度くらいはこういう場面を妄想した事があるだろう。三十一になっても中二病を患っていたルシウス安藤は胸が熱くなるのを感じる。


(くぅうー!オラ、ワクワクしてきたぞ!)


 いつまでも扉の前で突っ立っているわけにもいかないので、依頼が貼り出されている掲示板の一つに近づく。何か色々書いてあるようだが、全く読めない。


「ノエルよ。お前は字が読めるか?恥ずかしながら、私は記憶を失い字が読めない」

「え?いいえ…私も読めません」


 ノエルは何か気になるようだったが、字を学んだことがないため読めないそうだ。頼りはベルゴしかない。ベルゴに読んでもらった話では、この掲示板は最下級冒険者用のもので、依頼内容は迷子探し、薬草の採取、雑務のお手伝い、ハウンドドック退治などがあるようだ。


 ルシウスはハウンドドックと聞いて、いいアイデアを思いついた。自分達の旅は急ぐ旅でもない。安全なところで、ノエルに少しは戦いに慣れてもらう必要がある。戦闘の戦力として数えるためではなく、最低限自分の身は自分で守れるようにさせるためた。


 ルシウスはハウンドドック退治依頼の依頼書を持って、受付カウンターと思われる所に持っていく。カウンターの受付嬢は普通美人というイメージがあるが、そこにいたのは五十代くらいのおばさんだった。少しだけかなりものすごくショックを受けた気がしたが、自分の勝手なイメージにこのおばさんを巻き込むのは、失礼というものだろう。


「この依頼を受けたいのだが」

「依頼カードは持ってますか?」


 おばさんからは営業スマイルとか愛想というものは全く感じられない。むしろ、早く家に帰りたいという雰囲気まで醸し出している。


「いや…持ってないが」

「じゃあーあそこのカウンターで作ってから、また来てください」

「ああ…」


 イラっとしてくるのをルシウスは感じる。丸で、コンビニのギャル店員が自分の前のイケメンには小銭を渡すとき両手で手を覆い、丁寧に渡すのに自分には片手で、朝の料理番組で塩コショーを高い所からふりかけるように落とす感じがした。意味は違えど感覚が似ているイラつき方だ。そのとき自分は小銭をばら撒いてしまい、一円玉を拾うのに苦労した。恥ずかしさで身悶えそうになるが、我慢してババが指差したカウンターに向かう。


 向かったカウンターには若い娘さんが対応したいた。ババとは違い、この娘さんは営業スマイルというものを心得ているようで親切に対応してくれた。娘さんの話では最下級冒険者は白いカードで、下級冒険者は緑、中級冒険者は青、上級冒険者は赤、最上級冒険者は金色、超級冒険者は黒のカードを持つそうだ。依頼を受けると魔法のハンコをカードに押され、倒したモンスターに当てる数が記録される仕組みらしい。


 ルシウスはしっかり体制が整っていることに感心する。ギルド会館は大陸ごとにある中立国家に本館を置いてあるそうで、中立国家はどの国も中立国と宣言出来ないらしい。理由としては、中立国家にはなれないということを当たり前のように誰もが知っている。そして、中立国家は人間の争いには一切関与しない。魔導石が取れなく冒険者に|忌避(きひ)されやすい対象だが、充分世界の脅威になりうるアンデットを殲滅する専門の国というより組織のような感じだからだ。


 どんな理由があろうと中立国に戦争を仕掛ければ、たちまち全世界の敵と認定されるそうだ。それは誰がいつ、何の為に決めたルールかは知らないが、そうでなくとも中立国の聖騎士と神官は相当強いらしい。それに上級冒険者ともなれば、好きな国で無試験で騎士になれるメリットがあるそうだ。でも、普通は自分が生まれた国に志願するそうだ。他国だとスパイとか信用できないとか、ややこしい問題があるのだろう。その話を聞いたルシウスは身の振り方には気をつけることに決めた。


(聖騎士に神官か…中立国恐るべし!アンデットである俺の天敵だな)


 近づく事さえしなければ問題ないと自分に言い聞かせ、発行してもらったカード三枚にババからハンコをもらいギルド会館から出る。ここで|些細(ささい)なことだが、大きな問題に直面する。受けた依頼のターゲットであるハウンドドックの居場所がわからない。


(参ったわ…冒険者達はどうやってターゲットを探しているんだよ…)


 ギルド会館の前には、先話しかけてきたヒゲオヤジがいたので聞くことにする。


「失礼する。ちょっと尋ねたいことがあるのだが」


 ヒゲオヤジは問題ないという素ぶりを見せる。ルシウスはハウンドドックの居場所と、冒険者達はどうやってターゲットの位置を探すのか尋ねる。


「それはな。ギルド会館内の情報屋から買うか、街の情報屋から買うんだよ。情報屋も冒険者から買ったり、人脈があるやつなら他のやつから聞いたりもする」

「なるほど…助かった、礼を言おう。ありがとう」

「いいってことよ。それに俺はあの骨装備を持ってるあんちゃんが気に入ったんでな。グハハハっ!」


 納得のいく説明だった。冒険者には情報はとても大事なはず、獲物の位置とか希少なモンスターの情報なら金になるだろうし、持ちつ持たれつということだろう。ヒゲオヤジはハウンドドックの情報なら価値もない情報だし、タダで教えてくれた。ハウンドドック退治依頼の報酬は銀貨三十五枚と銅貨八十枚、平民の月給を考えれば結構な額に思える。命をかける分、プラスアルファされているということだろう。


 ルシウス達にはまだ金貨四千四百枚以上残っている。一応落とす訳にはいかないので、ルシウスの鎧の中に入れてある。それに今は金が目的ではなく、ノエルの鍛錬の旅といったところだ。街付近で、ハウンドドックだけではなく弱そうなモンスターには手当たり次第挑み、経験を積ませる予定だ。ルシウスとて鍛錬する必要があるのだが、キング級との戦いで得た経験で全力を尽くせば倒せるという自信がついた。


 街を出てヒゲオヤジが教えてくれた、ゴブリンの村から来た方向の逆の方向に進む。一時間程歩くと情報通り、モンスターがいそうな森が見えた。こんな街の近くにオウガキングに匹敵する強敵がいるはずはない。油断は出来ないが、いつかルシウスが庇いきれない状況になる可能性もゼロではない。だからこそ、ノエルに先を歩かせる。


「なんか出そうな気がします…」

「案ずるな。ここに強いモンスターはいないそうだ。もしもの時はベルゴと私が助けてやろう」


 ノエルは頼れる仲間を信じることにして先を進む。そう遠くない場所から、縄なり内に敵の侵入を知らせている感じの犬の遠吠えが聞こえて来た。最初にハウンドドックを見たのは沼地帯を出てすぐのことだった。ゴブリンに飼われてるくらいだから、そこまで強くはないのだろう。六匹に噛まれたベルゴも無傷だった。


(ノエルは生身だ。噛まれたら血が出るし、大型犬だから食い千切られるかもしれない!)


 娘を持つ親の気持ちとはこんなものだろうか?ノエルの心配が頭から離れない。ルシウスの心配とは裏腹にノエルはルシウスとベルゴが一緒にいるということでエストックを持つ手ももう震えてない。そんなノエルに藪の影に潜んでいたのか一匹のハウンドドックが噛みつこうする。とっさに腕の防具をしているところを噛ませ、手に持つエストックをハウンドドックに刺し込む。


「大丈夫か?!」

「防具のおかげで無傷のようです」

「ちょっと休むか?」

「大丈夫です!まだやれます!」


 息が荒くなったノエルを見ていると、ルシウスは自分達が守るからもう何もしなくていいと言いたくなってしまった。何か役に立ちたいと思っているノエルにそんなことは言えない。それに、今回ノエルの意気込みは相当なものと感じた。ルシウスはそれを応援するしかないのだろう。


 仲間がやられても次々と、ハウンドドックの攻撃が続く。ベルゴのとき同様、腕や足を抑え倒してから息の根を止める習性があるのだろう。幸い、防具を装備しているところであるため無傷ではあるが、四匹のハウンドドックを振り払うことが出来ない。ノエルが倒れそうになり、ルシウスは殺意を抑え込むことなく「王の威圧」使用する。


「犬っころが、離れろ!」


 殺意を抑え込んでない「王の威圧」は、威圧し敵をビビらせるものではなく、見えざる手が雑巾を絞るかのようにハウンドドックの骨が折れまくる嫌な音がした。言葉通り絞られた雑巾のようなハウンドドックの死体が転がる。ルシウスは街中で人間相手に本気で試すことは危険だから、モンスター相手に試そうと考えていたが攻撃系のスキルとは思わなかった。でも、力加減でビビらせる用途でも使える。


「ノエル、すまない。危険だと思い、私の独断で手を出してしまった」

「すみません。助かりました」


 ノエルも倒されそうになり、危機感を感じていたそうで、結果的にはナイスタイミングだったようだ。いつ襲ってくるのかという緊張感で、精神的にも肉体的にもかなり疲れてきたようだ。初陣にしては上出来と言ってやるべきだろうか?今日いきなり急成長を遂げるとは思っていない。それでもルシウスはノエルが頑張った分だけ成長して欲しいと思っている。


 ルシウスはノエルが疲れているようなので、少し休憩を挟むことにする。ハウンドドックは複数で行動するため、初陣の相手としてはよくない気がした。鈍くて単体でも、複数体で相手しやすいスライムというモンスターがいれば、最初の戦いを苦なく勝利を収め、自信をつける事が出来たのではないかと。


 ノエルに対しルシウスは甘い事ばかり考えているが、当のノエルの目からは闘志のようなものが消えていない。それを察したルシウスは、自己満足で甘やかすような甘い考え方は捨てることにした。

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