魔王の侵略編

第12話 魔王の侵略1

 魔王の侵略1


 ゴブリンの村から近くの街までは凡そ六時間程かかるらしい。昼飯を食べてから出発し、日が暮れそうなので後少しというところだろう。朝の打ち合わせではノエルが魔導石を換金所でお金に換え、そのお金でベルゴに着せるための鎧とヘルム、そしてルシウス用のヘルムを購入する手筈になっている。


 人間の街に入る前にスケレトンであることを隠す必要がある。このままの姿で街に入ると冒険者やら警備兵やらに囲まれ、大変なことになってしまう。


 それに無益な戦いは避けたい。ルシウスに人間は敵対し、殺そうとするかもしれないが、顔や姿を隠すだけで避けられるのなら、それはそれでいい。


 街に到着すると周りはすっかり暗くなっていた。夜目のあまり良くない人間から身を隠すには、夜は好都合なのだ。街から少し離れた場所でルシウスとベルゴは待つことにし、鎧が重いかもしれないがノエルには一人で頑張ってもらうことにした。ノエルは「任せて!」という顔で布に包んだ魔導石を持って街の方に走る。


 しばらくすると、ノエルが鎧を持って帰って来た。そこまではいい。ノエルの顔が、頬が少し赤く腫れていた。ルシウスはノエルを打ったであろう者に殺意が湧いた。


「ノエルよ。その顔はどうしたのだ?」

「魔導石の査定額があまりにも低い気がして…」


 ノエルが俯きながら、悔しさで言葉を濁す。


「そうか…話は理解した」


 ルシウスは全てを理解した。ボロ雑巾のような服装をした奴隷が主人も連れず、高価なものを持ってきたことで騙した。そして奴隷の分際で口答えをするものだから打った、そんなところなのだろう。それに持ってきた鎧の質も悪いことから、相当低い金額に査定したようだ。一応鎧は全部装備するが、無いよりはマシレベルだ。目的としては姿を隠せるなら、質は問題ではない。


「すみません…もうお金が残ってないです…」


 この世界の金銭感覚はよくわからないが、オウガキングはかなりの強者だった。それなのに、この程度の鎧を買うだけで無くなるはずはない。


「ノエルよ。私を換金したところへ案内しろ」


 鎧で身を隠した、ルシウスとベルゴはノエルに付いて街の中に入る。夜だが街の中は明るく活気付いていた。奴隷を連れて歩く偉そうな人間もチラホラ目に入る。この街は人口十五万人程で、ブリュレ王国が治める街らしい。街角の景色を眺めていたら目的地に着いたのか、ノエルが石つくりの建物の前で足を止める。二階建てでそこまで立派な感じではない。そして、まだ明かりがついていることから、営業中のようだ。ルシウスは扉を開け中に入る。


「いらっしゃいませ!」


 店の中は魔導石を買い取るだけじゃなく、販売もしているようだ。中年で人相の良さそうな店の主人が愛想よく挨拶したが、ノエルの姿に顔つきが変わる。


「何だまたテメェか!査定額に問題はない!奴隷如きに何がわかるというんだ」


 店主の怒鳴り声にノエルは、街に戻ったことで奴隷としての習性が出てしまったのか、萎縮していることをルシウスは感じ取る。それに、店主の怒鳴り声を聞いたのか店の裏側からガッツリした、厳つい若い男三人が出てきた。男達は恐らく、クレーマー対策の用心棒なのだろう。ルシウスはお金がまだ少し残っているなら、目を瞑ってやってもいいが宿代や食事代、ノエルの衣服を買うためのお金が必要なのだ。それでも騒ぎを起こさぬよう丁重に話しかける。


「私の部下がここに換金しに来たのだが、どうも金額が少ないようだ。オウガキングの魔導石の査定を間違えたのではないのかね?」

「間違えてなんかいねよ。オウガキングの魔導石だ?国が討伐した訳でもないし、普通の人間が手に入れることができるわけねーだろ」


 店主はルシウス達の装備を見ながら、飽くまでもシラを切る。それにはルシウスも我慢の限界がきた。ノエルを打った上に、嘘をつき、逆ギレをするクズ共に。


「臭い口を閉じろ。今すぐ素直に話すのなら許すが、二度目はない」


 店主に近づきルシウスが脅迫じみた言い方で話すと「王の威圧」が発動した。周りの空気が凍りつき、ルシウスの周辺だけ景色の色が違う。殺気が目に見えるようだった。店主は胸を掴み、厳つい三人の内一人が泡を吹きながら倒れる。ルシウスはこのままでは殺してしまうと思い、頭の中で「解除」の文字を浮かばせる。無事「王の威圧」は解除され、周りの空気が元に戻る。


「最後にもう一度問おう。間違えてはいないのか?」


 店主は股から汁をたっぷり垂らしながら、ルシウスの問いに答える。


「す…すみません…嘘をつきました…」


 アンモニア臭がルシウスの気分を悪くさせる。早く解決して外に出たくなってきた。


「オウガの方はいい。どうせ、オウガの分しか査定してないはずだ。オウガキングの魔導石は返してもらおう」


 店主はとても困ったという顔を浮かべては、申し訳なさそうに話す。


「既にとある貴族の方に売ってしまって…」

「それなら、その金全てよこせ。言っておくが私には嘘は通じない。万が一嘘をついたら、その対価はお前の命ということだけ忘れるな」


 ルシウスに嘘を見抜くことはできないが、ハッタリでも言った方がいいと思っただけだ。店主は店の裏側から小さな袋を三つ持ってきた。どう見ても薄っぺらい。店主が嘘をついているのか、もう一度確かめる。


「これで全部です!本当です!だから許してください!」

「よかろう」


 店主の態度からして、嘘とは思えない。ルシウスはノエルの衣服代だけでもあるなら、今はそれで満足するとして店主から袋を受け取り、店を出る。体がスケレトンである事を考慮しても、袋が軽すぎる。なぜこんな物を三つもくれたのか考えていると、ノエルがルシウスに謝ってきた。


「気にするな。私はお金のことより、お前が打たれたことに腹が立ったのだ」


 ノエルはルシウスの言葉に嬉しそうな顔をする。そして、何かを発見したらしくそれをルシウスに教える。


「ルシウス様!すごいです!これ三百キロの魔法の袋です」


 すぐにその言葉の意味を理解する。多分、ゲームでいうアイテムインベントリの様な物だと。それにノエル話では、百キロ以上の袋からはとても高価らしい。三百キロともなると荷馬車も入れることが出来るほど、制限が広がる訳だ。袋を開けてみると詰まっている大量の金貨で目がチカチカしてきたように感じた。


 金貨の重さは、多少誤差はあるが大体二百グラム前後なので、袋を三つ合わせて金貨四千五百枚になる。これなら軍資金として十分な量のはずだ。


(キング級になるとその石ころがこんなに高いのか…強敵だったし、それに見合う報酬だろ)


 魔導石は装備の錬金とか、薬、魔法道具の燃料など様々なところで使用されているそうだ。使い方を知らないルシウスが持っていても宝の持ち腐れというものだ。


「まずはノエルの衣服を買いに行くとしよう」


 近くの適当な服屋でノエルに自分が着たい物を選ばせると、とても楽しそうな顔でルシウスに話しかけてくる。ボロ雑巾しか着てこなかったノエルは、街で見た人間達と同じ服が着たいという欲求があったのだろう。


「ルシウス様!これなんかどうですか?こっちがいいかな…」


 服屋で騒いでいる奴隷らしき者に、通りすがる人間達は眉間にシワを寄せるが、ルシウスにはどうでもいい。ノエルの喜ぶ顔が見れるだけで充分なのだ。ヒラヒラな服を選んだノエルだったが、旅をする服装には相応しくないと思ったのか、丈夫な革製のズボンと白いシャツを選んだ。ルシウスは黙ってノエルが手に持ったことのある服を全て購入し、ノエルに渡す。


「ありがとう…ございます!」


 ノエルが涙目になる。それになぜか、「これは嬉し涙です」とノエルが言い訳をする。たかが金貨三枚でノエルに喜んで貰えるなら安いものだろう。それに悲しい涙は流させないという約束も、そこそこ守れている気がする。ベルゴにも何か買ってやろうかなとも思ったがスケレトンだし、ベルゴには服より鎧や武器とかのほうがいいだろう。


 服屋を出た三人は宿に向かう。店じまいするところも目立ってきたということは、今日はこれ以上活動する必要はないのだろう。街に来た目的の一つは達成できたし、ルシウスの足取りは軽い。それなりに高級そうな宿に入り、金貨二枚を払って最上級の部屋に案内された。この街の平民の所得が月、金貨一枚と銀貨五十枚ということを考えれば、相当高い。


 前の世界ではお金がいっぱいあればいいなと思っていたが、この世界では金の使い所に困る。ルシウスも物欲がない訳ではないが、今のところ欲しい物もない。それでも、お金はあるに越したことはない。


 深夜、夢の世界に誘われたノエルの側で、ルシウスは声の主達のことを考える。


(あの悲しそうな声…長い間呼んでもらえてないんだろうな…この体の主同様、孤独なのかな?)


 白昼夢でも見たのかと思いたいが、ベルゴを治してもらったのだから現実なのだろう。しばらく考えた後、今日何をするか決めることにする。


(ノエルの防具と武器、後ギルド会館というところにも行ってみよう)


 朝、朝食を食べたノエルを連れ、ルシウス達は鍛冶屋にいた。ノエルはボロ雑巾を脱ぎ捨て服装も変わり、もう奴隷には見えない。ルシウスは鍛冶屋に陳列されている品を眺めながら考える。防御力を優先するなら、革製の防具より金属製の防具の方が良いと思っている。しかし、体力の限界があるノエルが、重い金属製の防具で身を固めると防御力はあるとしても、無限の体力を誇るルシウスとベルゴについて来られるかが問題となる。


 ノエルも金属製の防具よりは、革製の防具の方がよいのではないかと考えているらしい。鍛冶屋のオヤジに店の中で一番高い革製の防具を頼んだ。安物でもいいと言うノエルに命にかかわる物には、お金と妥協してはいけないと告げる。


「旦那、これがうちの店で一番高い革製の防具だ。そんじょそこらの物とは比べもんにならないぜ!」


 鍛冶屋のオヤジがスネイクゲイルの革で作られた防具を差し出す。スネイクスゲイルは下半身が蛇で、上半身はトカゲのモンスターだ。非常に硬い皮膚をしているが、柔軟性にも優れている。その蛇部分を使用しているせいか、ツヤツヤして爬虫類感が半端でない。鍛冶屋のオヤジの言葉を信じ、金貨四十枚で購入しノエルに装備させる。体のプロポーションが良いからか、様になっている。


(後は武器だな。ベルゴも骨の剣じゃなく他の物がいいのかな?)


 ルシウスはベルゴに他の武器を勧めてはみたものの、ベルゴは骨の剣と盾で充分らしい。確かに、オウガ戦で目にした骨の剣の斬れ味は、それこそそんじょそこらの物より良さそうだった。盾の耐久性も問題無さそうだったし、今はノエルの装備だけに集中することとする。


「ノエルよ。どの武器が気に入ったのだ?」


 ノエルは少し迷う様子だったが、決心したのか細く長い、斬れ味も良さそうなエストックを選んだ。エストックを手に持っている姿をみると、軽装に身を包み長剣を持っている如何にもエルフらしい姿に見えた。弓だけあれば完璧だなと頭の中で、ルシウスが知っているエルフのイメージを浮かべる。エストックの代金を支払い、ノエルは背中にエストックを装備する。


 これで下準備は済んだ。鍛冶屋を後にしたルシウス達は、冒険者が所属するギルド会館という場所に寄ってみることにして歩き出す。






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