第11話 スケレトンキング4

 スケレトンキング4


 ノエルの目からルシウスへの恐怖が伺える。そのノエルの目にルシウスは我に返り、死体となったアックスを静かに見つめる。記憶が所々途切れていて、自分が何をしたのかあまり覚えていない。確かなのは、このような酷い殺し方をしたということだけだ。


「ベルゴ!」


 アックスにやられてしまったベルゴのことを思い出し、ノエルに「すまない」と一言だけ告げてはベルゴの方に駆け寄る。土となり消えてないことから、まだ死んではないようだが重傷だ。


「大丈夫か?!ベルゴ!」


 慌てる声でベルゴに話しかけると、ヒビが入った頭蓋骨を上げ主人の声に反応を見せる。


「申し訳ございません…主人様に恥をかかせてしまったこの罪、自分の命にて償わせて頂きます…」


 ベルゴからは勝手に飛び出した挙句、敗北した自身を許せないという気持ちが伝わってきた。そのベルゴの目に宿る青い輝き段々弱まっていくように見えた。


「何を言ってるんだ!俺はお前を責める気はない!それよりも早く体を治さないと」


 ルシウスはベルゴの心配で主人を演じることも忘れ、素が出ていることにも気がついていなかった。


「主人よ…我輩のことを呼んではくれぬのか…」

「……様…拙者の事をお忘れになられたか…」

「我らは主人様といつまでも…」

「………イツノヒカ…」

「……こと……」

「…………………ペロ………」

「…」


 頭の中に無数の声がテレパシーのように流れてくる。聞こえてくる声はどの声も儚く、とても悲しみに満ちていた。ルシウスには気になるが声の主を考える余裕などなかった。ベルゴは愚直で堅物で融通が利かなくて、自分安藤に向けるものではないにしろ忠義心が強くて、ルシウスがこの世界で唯一百パーセント信用出来る存在だ。その存在を自分で治す方法が何も思いつかない。


「誰かは知らないが、お願いだ!ベルゴを治してやってくれ!」


 ベルゴが仮に死んだとしても肋骨を使ってもう一度創造する方法もありかもしれないが、それが今まで自分が知っていたベルゴではなくなるかもという可能性を考えると、心臓が握り潰される感覚がした。その可能性に、ルシウスは声の主達ならベルゴを治せるのではないかというわずかな希望にすがるしかなかった。


「忘れてしまったか…悲しい…だが、配下を想うその気持ちには応えよう」


 すると、ベルゴの体が時間を巻き戻したかのように治っていく。ベルゴの目の光りも元通りに戻ってルシウスは安堵のため息をもらした。


「再び、名を呼んでもらえるその日を………」


 そう言い残すと声が徐々に小さくなり、やがて何も聞こえなくなってしまった。完治したベルゴに、ルシウスは体の具合の方を尋ねると問題はなさそうだったが、何が起こっていたかまでは知らない様子だった。それにまだやられた事を引きずっているのか、自害する勢いなのを何とか食い止めノエルの方に近く。


「ノエルよ…すまなかった。怖い思いをさせてしまったな…」


 ルシウスは自分の非力さを痛感した。調子に乗った結果自分の命はともかく、部下が命を落としかけてしまったことに。それでも、ノエルは無事で良かったと笑って見せる。ノエル自身も初めて気を許し、一緒にいて楽しいと思える相手を失いかけた痛みは、殴られることよりもっと痛いものと感じたのだ。


 ノエルとベルゴに集まってもらい、ルシウスが今の気持ちを伝える。


「二人とも何も答えなくていい。ただ聞いてくれ。私は自分の非力さ故に、二人を危ない目に合わせたことにとても後悔している。その上身勝手だが少しの間ここで待っててくれ。一人で考えの整理がしたい」


 ルシウスの言葉に二人は何も言わずにただ頷いた。そして洞窟内部の方に足を向ける。洞窟内部にはまだ生き残っているオウガ達がいたが、自分達の主人より強者に立ち向かう勇気があるものはいなかった。


「あの二人に手を出したら、ぶっ殺す」


 我に返ったときに元に戻っていた目からまた、炎のようなものが溢れ出た。その炎がルシウスの言葉の威圧感を増幅させる。オウガが何度も頷くのを確認しアックスの寝床と思われる方に進む。ここは廃鉱山のようで途中で撤収したのかそこまで深くはなかった。平べったい岩盤が恐らくアックスのベッドなのだろう。周囲には動物の骨らしきものが散乱している。


 ルシウスは岩盤に座ると考えを整理する。


(この体は確かにすごい。オウガキングを倒せたことから、同格かもしくはもっと上位の存在なんだろう」


 体がいくらすこくても使いこなすことができなければ強敵がまた現れたとき、きっと今回と同じことになりかねない気がした。初めて同格と思われる相手を前にしたとき、身がすくむのを感じ迷ってしまった。謝ってその場から逃れるか、戦いを挑むかのどちらを選べばよいのかと。


 結果、迷っていた自分に代わりベルゴが飛び出しそしてやられた。自分がヘタレている間、ノエルも殺される寸前だっだ。大将が迷うと多くの者が死ぬという言葉を聞いたことがあるが、多くどころか二人でもその言葉は当てはまっていた。


 前の世界では、現実だろうと非現実だろうと「自分の力を信じろ」というセリフをよく耳にしていた。みんなはそのセリフを聞けば、自分を信じられるのだろうか?ルシウスにはわからないことだ。自分を信じられなくても、もう二度と迷うわけにはいかない。


 二人を守ると決めたはずだ。一人になりたくない。死にたくない。


 急にルシウスが経験したことのないイメージが頭の中に流れる。気が遠くなるような昔という感覚と、スケレトンの大軍勢と人間の大軍勢が激突するイメージが。それに自分が最初に目が覚めたあの場所で、椅子に座り勇者の本を読んでいた。帰還した勇者を歓迎する大勢の人間が歓声を上げているようなシーンにページをめくる手が止まっている。それを眺めている気持ちは言葉では形容しがたい程の孤独を感じているようだった。


 何故自分は骨であるのか、何故自分は人間ではないのか、何故自分は人間に恐れられるのか、何故自分は人間の敵なのか。前の体の主人の記憶が叫んでいる気がした。憎悪や愛しさ、悲しみが混じり合う妙な気分に駆られる。複雑な色んな感情が多すぎて頭が狂ってしまいそうになる。何百年もこのような感情に耐えながら生きて来たのだろうか。


(この体の元の主人は、人間に囲まれたかったのか?人間になりたかったのか?)


 記憶を覗いたところで知るすべはない。一つ言えることは正気でいられたのが奇跡だということだ。


「パッシブスキル:王の威圧」「パッシブスキル:配下の召喚」


 アックスとの戦いで初めてパッシブスキルを得たが、また増えたようだ。


(王の威圧はわかるが、召喚はアクティブ系じゃないのか?この世界の能力の仕組みはなんだかゲームに似ているな…)


 しかし、ゲームと違う点はスキルの説明を見る事が出来ないということだ。例え間違っていたとしても、ただの感で理解するしかない。


(召喚か…創造系のスキルの補助スキルなのか?それとも…)


 浮かんだ疑問を口に出してみる。


「召喚:ベルゴ」


 地面に色鮮やかな文様の魔法陣が出現し、そこから鉱山の外で待機しているはずのベルゴが現れた。姿形が同じだけのスケレトンである可能性があるため、一応確かめてみる必要性があった。


「外の様子はどうだ?」


 ルシウスの問いに、本物のベルゴだからこそ当たり前のことを当たり前に答えた。


「オウガも姿を現さず、以上はございません」


 これで召喚スキルのことは理解出来たと同時にベルゴを救ってくれた声のことが頭をよぎる。


(呼んでくれないとか、忘れたとか言っていた…そいつらも俺の部下なんだろうな…けど、名前を知らないことには…)


 ルシウスは一つ大きな勘違いをしているのかもしれないと思った。今まで習得したスキルは経験で学んだものではなく、元々前の体の主人が使えた能力であるということに過ぎないのではないかと。


(それが、体の扱いに慣れて少しずつ使えるようになっただけなら辻褄が合うな)


 ルシウスが考えていたことも強ち間違いではない。レベル上げをして習得しないと使えないのと同じく、体が教えてくれるまでは使えない。この二つは似ていて非なる感じだが、この体がそんなにすごい代物かと思うとルシウスは自分を信じることができそうな気がした。


(俺はもう怖気付いたり、迷ったりしない)


 考えの整理がついたルシウスは、一人にさせてしまったノエルの元へ急ぐ。案の定、横にいたベルゴが急に消えたことで自分を警護していた者達のように土に還ってしまったのかと思ったのか、ベルゴが立っていた場所らしきところの土をかき集めていた。


「ノエルよ…何をしているのだ?」

「すみません…ベルゴさんが…土に…」


 ノエルの涙が土を濡らす。ルシウスはその仕草が可愛いから見ていたい気もするが、流石に黙っているのも可哀想なので、咳払いで視線をルシウスの方に向けさせる。すると、死んだと思っていたベルゴがルシウスの後ろに立っていた。


「え…?どういうこと…ですか?」


 ノエルの何が起こったか理解出来ないという顔に、ルシウスが事情を説明する。


「もうっ!酷いです!私はベルゴさんが死んだとばかり!」


 ノエルの頬を膨らませたプンプン顔に、アックスとの戦闘で溜まった精神的疲労が癒されるのを感じた。


「すまない。ゴブリンの村で食料調達と休憩を取って、次のことを考えるとしよう」


 ルシウスは忘れていたあることを思い出しベルゴにはオウガ達の方を任せ、アックスの死体に近づき心臓辺りから黒々とした何かを引き抜く。


「これが魔導石か…黒いな。売れば金になるだろう」


 今のルシウス達は無一文だ。ノエルの服装もボロ雑巾のままにして置くのも問題がある。ベルゴが持って来た魔導石は緑色だった。大きさはオウガの方は大人の拳程で、オウガキングはその三倍程だった。数は全部で二十個。手で持つのは多少量があるため、鎧のグローブに緑の魔導石を入れるとギリギリだが全部入れることができた。オウガキングの方はノエルが持つことにし、ゴブリンの村に向け歩き出す。


 日が暮れた頃ゴブリンの村に到着した。オウガを始末することに成功したと告げるとゴブリン達は大喜びし、宴が始まった。ノエルもお腹が空いていたのか、ガツガツと肉に食いつく。


(そういえば…ゴブリンに手を出すなとは言ってないんだよな…知能も低いんだし大丈夫か!)


 ゴブリンにとってはとても大事なことだが、ルシウスは敢えて伏せて置くことにする。カクにもう一度街の位置を確認して、明日の分の食料も頼んでおく。街の位置はノエルが知っているということで心配はなさそうだし、ノエルには休息を勧める。


ルシウスとベルゴは二人で誰もいなくなった村の広場に立っていた。


「ベルゴ、お前の他に配下はいなかったのか?下位スケレトンではなく」


 声の主の名をベルゴが知っているかもしれないと淡い期待を抱く。


「申し訳ございません。自分以外は…」


 ベルゴは唯一主人の側にいた者。そんな自分がやられたことに情けなく思えた。


「そうか、知らないならよい。記憶が少し戻っただけだ」

「誠でございますか!」


 入れ替わる前のスケレトンキングらしき人物の記憶を思い出したのは事実だ。しかし、あの声の主達の情報は何も得られなかった。今は名も知らぬ部下に頼るより、自分で切り抜けていくことにする。



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