スケレトンキング編

第8話 スケレトンキング1

濃い霧の中、会話をしている無数の影がそこにはあった。

その影の大きさは様々で、大きいものは30メートルを優に超えていた。


「どうしたのだ主人よ」


 誰かが理解出来ないという声をあげる。


「主人様、我らもお供いたします」


 他の誰かは寂しく、そしで悲しげな声で何かの覚悟を伝える。


「その必要はない。お前達は、自分の意思で自由に生きるといい」


 影の中で一番位が高いと思われる影が、重厚感溢れる声で皆に語りかける。


「ペロは主人様が呼んでくれないと、この場から動くことも出来ないペロ」


 30メートルを超える影の話に、位が高そうな影が少し考えに浸る素振りを見せる。そして、自分の肋骨を一本へし折る。


「なにを?!」


 影達が声を揃え驚きの声を発する。


「私が………時は一緒についてきてくれるか?」


 低く重厚感のあるその声が、微かに震えるように感じた。


「もちろん!我らは主人と共に行く!」


 皆の声に位が高そうな影がへし折った肋骨で一体のスケレトンを創造すると、影が光りに包まれそのスケレトンに吸い込まれるように消えた。


「ありがとう……我が…………私はもう、孤独ではない」





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 カクに通された村の中で一番大きな家にルシウス、ベルゴ、ノエルの三人がいた。部屋の中は綺麗とは言えないが、いかにもゴブリンの家という感じがした。木で作られた物置のような家の中には、松明の明かりが暗い部屋の中を照らしている。

周りに物は殆どなく、ベルゴが洗ってきた金属プレートの鎧とロングソード、ボロい衣類が何着、十冊程の本と乾いた木の葉をふかふかに敷いたベットがあるだけ。


「ノエルよ。明日に備え、今日はもう休め」


 ノエルの向かい側に座っていたルシウスが、ノエルに休息を勧める。

ルシウスとベルゴはアンデッドであるため休息が必要ない。しかし、エルフのノエルは肉体を休めてやらないといけないのだ。


「ルシウス様。見てもらいたいものがあります」


 おもむろにノエルが何かを決意したかのように立ち上がると、いきなり服を脱ぎ出しては裸になる。


(えぇぇぇぇぇぇぇー???なんだなんだ?)


 男としては喜ぶべきこのシチュエーションに、ルシウスは戸惑いながらも視線を逸らすことなくノエルの体に固定する。


 胸やお腹、太ももにも鞭に打たれた傷跡が、鞭の形に沿って盛り上がっている。

最初はルシウスも如何わしい気持ちでノエルの体は見つめていたのも事実だ。

しかし、そのなんとも言えない姿に、立ち上がってはノエルの体をよく観察する。

腕や脹脛ふくらはぎといった人目につきやすいところは傷跡がない。


 ルシウスは無意識に胸の上に盛り上がっている傷跡を、人差し指で斜めに撫でる。すると、ノエルが体を震わせているのが感じられた。


(しまった…居た|堪(たま)れない気持ちについ手が勝手に…)


 固定していた視線を逸らしそうになったがアンデッドで、スケレトンである自分が恥ずかしがる訳にはいかない。

正面は気まずくて耐えられそうになかったため、背中の状態を見ようとするふりをしながらノエルの後ろに回り込むと、前よりもっと酷い有様だった。

背中は盛り上がった傷跡だらけで、無事なところを探す方が難しいくらいだ。


 ルシウスは完全に言葉を失ってしまった。毎日どれだけ鞭で痛めつけられればこうなるのかと。

安藤として生きていた世界でも、害虫のような他人に害をなす人間は沢山いた。自分もくだらない理由で被害にあった経験もそれなりある。

しかし、これはあまりにも酷過ぎる。


ルシウスは、悪事に上だとか下だとか順位をつけること自体おかしな話だが、この世界には前の世界とは比べものにならない程、悪質な人間が多いかも知れない気がした。


「お前の"見せたい"理由はよくわかった。だからといって、それは私がお前の処遇を考え直す材料にはならない」


 ルシウスは多分、ノエルは怖いのではないかと思っている。今までずっと奴隷として生きてきて、優しくされたことなどなかっだのだろう。

そして、体の事で色々と言われた経験からもし、その体を自分に見られると初めて優しくしてくれた相手から捨てらるのはないかと。


「服を着なさい。そして今日はゆっくりと休め。もし、お前のその体を綺麗に治せる方法があるならば、必ず治してやろう」


 優しいルシウスの言葉にノエルが涙を流しながら服を着ている間、ベルゴの方に視線をやると、扉の横で門番のようにただ立っているだけ。

ノエルに対し哀れむような感情も、不憫に思う気持ちも一切感じられない。

 アンデッドとしてはベルゴの方が正しいのだろう。

どうしても前世での、人間としてでの感情から解き放たれ、完全なアンデッドにはなれない。その点もいずれ、ベルゴに気づかれるのではないかと心配になる部分ではある。


「ありがとうございます。失望させないよう努力します」


 今日は前の主人の死やらで疲れているのか、すぐにノエルが寝息をたてる。

深く眠ったようだが、目にはまだ涙が乾いていない。

何度か夜を迎えたことはあったが、物置とはいえ家の中で落ち着いた状態で迎えるのは初めてのことだ。


ルシウスは静かに思考の海に浸る。


 死んでこの世界に来て日は浅いが、色々あった気がする。

全てが経験したこともないものばかりだ。

 アンデッドであるスケレトンになり、芝居をして、部下ができ、旅に出て、31年分と同じくらいに感じる程長い距離を歩き、魔法を使い、ゴブリンを殺し、人間を殺し、エルフと出会い、そして仲間が増えた。

この世界は、前の世界より不便であることは確かだが、とても心地が良い…

初めて出来た自分の手の中にあるものを守りたい。


 ガラスのない窓の外が明るくなり朝を迎えると、家の外からはゴブリン達が立てる物音がガチャガチャと聞こえてくるが、ノエルにまだ起きる気配はない。

ルシウスは無理に起こさず、自分で起きるまで待つことにした。


 数時間後、日は完全に昇った正午頃にやっと目が覚めたのか、ノエルが体を起こす。

頭はまだ完全に冴えてないのか、見慣れぬ景色にキョロキョロし始めたが、ルシウスを発見してからようやく全てを理解したらしく慌ててひれ伏す。


 それを目にしたルシウスの心は痛む。

確かに同格ではないにしろ、部下であり仲間だ。自分で作り出したらしいベルゴとは、仲間としての意味が違うのだ。一々ひれ伏す必要などない。


 これはルシウスのただの予想だが、奴隷扱いしかされたことのないノエルには、仲間といってもどう接していいのかわからないのだと。

正直ルシウスとて仲間がいたことがないから、仲間というのはどういうものなのかよくはわからない。

確かなのは、この姿は仲間に接する態度ではなく奴隷としての態度であると。


(奴隷卒業から一日も立っていない。今多くを望むのは酷というものだろう。こういうことは時間が解決してくれるはず)


 ルシウスは焦らないことにした。


「ノエルよ、楽にしてもよい」

「し…しかし…」


 ノエルが戸惑っていることをルシウスが察する。


「私は言ったはずだ。お前を奴隷扱いするつもりはないと」


 ルシウスの言葉に従いノエルが先よりは楽な体勢をとる。

そして、顔にはまた涙を流している。


「ノエル、何故お前はそんに泣くのだ?」


 母親を除き、女とは無縁で生きてきた安藤にはその理由を予想することも察してやることも出来ない。


「申し訳ございません…見苦しいものをお見せしました…」


 そう言いながら慌てて手の甲で涙を拭うノエルをを見て、ルシウスは心の傷がどれ程深いか改めてわかった気がする。


「そんな事ではない。何故泣くのか、その理由を聞いているのだ。もしかして、アンデッドと一緒にいるのが嫌なのか?それなら、エルフの里を見つけたらそこに戻ってもよいぞ」

「そんな事ではありません!嬉しくて…つい涙が…」


 ノエルの言葉にルシウスは安堵した。

自分の今おかれている状況を嘆き、悲しむ涙じゃなくてよかったと。


「それならば、よい。これからは、お前に悲しい涙を流させたりはしない。流させる涙は嬉し涙だけと約束しよう」


 キザキャラが口にしそうな、顔から火が出るどころか食ったもののリバースもありうるセリフをここまで自然に言えるとは、ルシウスは自分でも驚きだった。


「はいっ!」


 その薄っぺらく聞こえるかも知れないセリフに、ノエルは笑って力強く答えた。初めて見た彼女の笑顔はとても綺麗で、しばらく見惚れてしまった。

ポカンと、人間ならヨダレが垂れてたかも知れない程大きく開いた口をに気づき、顎の関節にチェックを入れるふりで誤魔化す。


「ゴホン…では、外に出るとしよう」


 ルシウスは男から剥ぎ取った鎧を身につけ、ロングソードを腰に装備しては二人と家を出る。

村の広場には沢山の木ノ実や、なんの動物かわからない丸焼きの肉料理がテーブル代わりの木の板の上に並んでいる。

家を出たルシウスを発見したカクが、昨日負った傷をものともせず猛スピードで走って来ては、地面に平伏する。


(スライディング土下座!!初めて見たわ。だけど面倒だなこういうの…もし、オウガ共が服従すると言ってきたら断ろう)


 ルシウスは誰かひれ伏す度に「楽にせい」とか「面をあげよう」とかそんな事をいうのが面倒になってきたのだ。恐らく昨日だけでゴブリン共に百回は言った気がする。


「よく聞け。これからが一々ひれ伏すな、命令だ」

「ははっ!」


 カクに命じ他のゴブリン共にも伝えさせる。そして、木の板の真ん中辺りに木の葉特盛のクッションが三つ用意されていたので、そこの真ん中に座る。二人に視線を向けると、座ることなくルシウスの後ろに立っている


「そうか、座るのを許可する」


 そう言うとベルゴはすぐに命令に従うが、ノエルはまだ迷いがあるようだ。


(いや…食べなくても生きていける二人だけ座ってどうするよ…)


 ルシウスは再びノエルに告げる。


「ノエルよ、座ってよい」

「しかし…私のような者が、ルシウス様と同席するなど…」


 身分制度のあるらしいこの世界では、確かにノエルは間違ったことは言っていないのだろう。


「私とベルゴは食べなくても生きていける。これはお前のための席だぞ」


 ノエルは頷き、残った最後の木の葉クッションに座る。視線を正面に向けとカクが「ええ~?そうなんですかー?」みたいな顔している。


(見てわからないのかな?消化器官が一つもないやんけ。そもそも、頬がないから噛んだだけで全部こぼしてまうわいっ!)


 ルシウスは頭の中で突っ込みを入れる。


「全員集まったようだし、食事にするとしよう」


 その言葉を機に、三人近くの食べ物以外にゴブリン達が群がる。ルシウスは食事の間、カクから少ないが情報を得る事が出来た。


  死の壁には骨の化け物がいるとか、近くの街の位置とか、冒険者のこととか、モンスターと生物の違いとか。


 死の壁は恐らく沼地帯のことで、そこにいるという骨の化け物はルシウス自身のことだろう。

街の位置や冒険者のことは有益な情報ではあったが、何よりモンスターと生物の違いが一番重要な情報だった。

生物は心臓があるが、モンスターは魔導石なる物が心臓の代わりをしているらしい。

その石は等級により呼び名や価値が違うらしいが、それ以上はカクもノエルも知らないようだった。


 食事を終えたルシウス達は、案内係のゴブリン一匹とオウガの住処に向かって出発する。















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