第7話 知らない世界6

新たに浮かび上がった魔法の中からどれを使用するか少し悩んだ末


稲妻の槍ライトニング・スピア


 と魔法を唱え終えると、左手にバチバチと大きな音と共に稲妻の球体が集まり、それが3メートル程に伸びては槍の形へと姿を変える。


「なん………ま……と?!」


 高価そうな鎧の男が何か言っているみたいだったが、その言葉は電流が流れる音で掻き消され上手く聞き取る事が出来なかった。


ルシウスは手に持つ激しい稲妻を纏う槍を眺めた後、ゲスい男目掛けて槍投げ選手のように全身を駆使して力強く投げた。

力を出すための筋肉やそれを制御する大脳も存在しない、骨しかない体とは思えない程の力をスピアを投げたその瞬間、指先から腕に渡り伝わってくる。


放たれたスピアは革とはいえど厚みのある鎧や胴体を何の抵抗もなく空気のようにポッカリと大穴を開けては、後ろに建てられたゴブリンの家を巻き添えにしながら瞬きする合間に遠くへと消えて行った。

 

自分の体に一瞬にして出来た大きな風穴を視認すると、体の力が抜け落ちる気がして立っていられる事すらままならない。何とか手を伸ばして横にいた高価そうな鎧の男の肩を掴み、助けを求めようとしたが寄りかかる形ですぐに崩れ落ちる。


穴の開いた胴体から流れ出た大量の血により土が赤黒く染めるその姿を目にしたゴブリン達は、泣き喚きたい表情になっていた。

それは高価そうな鎧の男も同じ。


「きひいぃっ…」


 鎧の男は高威力の魔法を使える自分より強者と思われるルシウスに対する恐怖で、後ずさりしながら数歩後ろに下がると逃げ出そうとする素振りを見せる。


「うむ…見る目のある者に、褒美として楽に殺してあげたかったのだが、少しの間苦しめてしまったか」


 言葉では何ともない感じで喋っているものの……見るのとやるのとでは精神的にくるダメージの量が違う。見た目はアンデットだが中身にまでアンデットに成り切れてないため、今のは精神にクリティカルヒットしたのだ。


「見事な魔法でございます!主人様」


 スケレトンの気も知らぬベルゴが、尊敬の意を込め主人を褒め称える。


テレビで誰かが言っていた記憶がある。

殺人が難しいのは一人目だけで二人目からは簡単だど。

それはやった事のない者の真っ赤な嘘だ。そう言えるのも今、一人殺したのだが二人目も全然難しい。


警察が来たらどうしようと無い筈の心臓が踊りまくる感覚に見舞われたルシウスは、ベルゴにバートンをタッチすることにした。


「ベルゴよ、私はあの鎧が欲しい。私が魔法を使うと穴が開いてしまう可能性がある。取ってきてはもらえぬか?」


 ベルゴは「御意」と一言だけ答えると鎧の男に近く。

男は「来るな!」と叫びながらベルゴに向けてロングソードを振り回がしかし。剣が当たっても岩を叩くが如き金属音が響くだけで、ベルゴを傷付けることはできなかった。


首を掴まれ持ち上げられた男は最後の手段に出る。


「ま…待て…れ!お…は貴族…のむす…だ!金な…らある!だ……い…ち」


 首を絞めつけてくる物凄い握力で命乞いの言葉も上手く喋れない。

ベルゴは男の腰あたりに地面から浮いたことで生じた鎧の隙間を目掛け骨の剣を突き刺す。


何度も何度も。


ゴブリン達が怯えながら黙々と刺し続けるベルゴから視線を逸らし目を瞑る。

何度刺したか数えてはいないが、突き刺し過ぎてボロボロになった胴体の肉片が下半身の鎧の重さに耐えきれず、千切れては内臓を打ちまけながら地面に落ちた。


鎧が傷付かないようそっと上半身を地面に置くと、目と口を大きく開き血や唾液塗れの苦悶に満ちた表情で絶命している男の顔がルシウスの空洞に宿る青い光に映る。


(見る方がマシと思ったらやるよりくるものあるよこれ……でも俺……もう人間じゃないんだよな………)


 いくら言葉が話せても人間にとっては珍しい喋れるスケレトンで、ただのアンデットに過ぎない。自分が知る限り、人間とアンデットが共存しているという話は聞いた事がない。ゲームだろうとアニメ、漫画だろうとアンデットは人間の敵として描かれているものが9.5割以上を占める。

あの男の反応からしてもルシウスの予想の範疇を超えない。間接的に知らされた感じではあるが、改めて自分の立場を理解する。


 ベルゴが男から剥ぎ取った鎧を持って来ては主人に差し出す。


「申し訳ございません、主人様。鎧が汚れてしまいました」

「よい、洗えば済むことだ。よくぞやってくれたな」


 残虐過ぎる方法としか言えないが、自分が命じたことを忠実に遂行したベルゴを心から褒めてあげる。

ふとベルゴの後ろに未だ逃げずに座ったままの女が視界に入る。


ベルゴを待機させ、ルシウスが女に近づいても女はその場から微動だにしない。


「女、鎖は切れた。逃げぬのか?」


 身なりからして見れば当たり前と思えるその問いに、女はうつむいたまま答える。


「私も殺してください」


 返ってきた意外な言葉にルシウスは驚く。

女は耳が長いのを見るとエルフのようだが、ボロい布地で出来た衣類の隙間からは無数の傷跡が伺える。

衣類と呼ぶのも躊躇われるそれはゴブリンの物とそう変わらず、どっかでよく出る典型的な奴隷の姿だった。


俯き長い髪で顔が隠れて見えないが、エルフだからきっと美人なのだろう。

エルフの態度からして、もしやそんな酷い事をした相手でも愛してしまったというのかと、悪い男はモテるという言葉を思い浮かべる。


「あの者を愛していたのか?」


 一応中身は人間だが、アンデットと同じく"愛"といものを知らない。

愛故の死の選択なのか、好奇心が湧いた。


「いいえ。そんなことではありません」

「ならば、何故だ?」


 ルシウスは益々理解に苦しむ。助かるかも知れないにも関わらず"殺して"とお願いする相手の気持ちが。


「私に行く場所など、どこにもありません」

「エルフの里があるだろう」

「私は幼い頃から奴隷でした。なのでエルフの里も、ある場所も知りません」

「そうか…」

「街に戻ったところでまた誰かに売られてしまう。それならここで死んで楽になっだ方がマシです……」


 交わした言葉は少ないが会話の感じと衣類の隙間から覗き見える体にある無数の傷跡、ペットのように首輪をされて繋がれていたそれらのことから彼女がどんな人生を歩んできたのか容易に想像できる。


流石にこのエルフを殺す気にはなれない。


「名はなんと言う?」

「奴隷に名などありません」


 ルシウスは何かを考える。


「面をあげよ」


 エルフが俯いていた顔をあげる。

人間と違いエルフという事で確かではないが、年齢は二十歳そこそこに見える。顔には色艶はあるが生気が感じられない。恐らく人目を気にして窶れない程度には食事を与えていたようだが、精神的な意味では既に死んでいるように見えた。

それらを考慮しても、初めて見る生のエルフはアニメなどと比べるまでもなく綺麗だった。


「行くところがないなら、私に従え。悪いようにはしない」

「私は結局、死ぬまで奴隷でいるしかない運命のようですね……」


 エルフは何か勘違いをしているようだ。まぁ…自分なら1日も耐えられそうにない人生を送って来たのだ。そう捉えるのも無理はないだろう。


「違う、私はお前を奴隷扱いするつもりはない。仲間になれと言っている」


 焦点も合わず、遠くを見ているような死んでいたエルフ目から生気を感じる。


「お前がアンデットであるスケレトンの仲間になりたくないのはわかる。だが、行くところもないのだろ?少しの間でも行動を共にするのはどうだ?」


 常識的に考えれば骨と一緒に旅したい物好きなやつはそうはいないだろ。それでもルシウスは優しくエルフに語りかける。


「そのような言葉を言われたのは初めてのことですので…その…あの…私のような|下賤(げせん)の者でよろしいのですか…?」


 初めての経験に戸惑いや不安、喜びといった色んな感情が入り混じって、エルフがもじもじしながらルシウスに尋ね返す。


「そう自分を卑下ひげするでない。そうだ、名がないと言ったな…」


 ルシウスは生気が宿り始めたエルフの顔をじっくりと見つめる。そして


「綺麗な顔に見合う綺麗名がよいな」


 罵倒や暴言を言われてばかりの人生に褒められた記憶などない。言われたこともなかった言葉に照れてしまったのか、エルフが頬を赤く染めた。


「ノエル、これが今日からのお前の名だ」

「ありが…とうございま…す」


 奴隷である自分を仲間として迎い入れてくれた上に名まで貰えたのが嬉しかったのか、感極まったノエルが大声でわんわん泣き始めた。


(こういう時はそっと肩を抱きしめてやるべきなのか?)


 ルシウスは勇気を目一杯振り絞ってさりげなくノエルの肩を抱く。


(ウヒョッー!柔けーな…これが女、もとい女エルフの体か……)


 今まで女の子に触れたことのないルシウスは先とは違う意味で、ないはずの心臓から激しい鼓動を感じるようだった。

しばらくノエルに付き合い、泣き止むのを確認すると立ち上がる。

今まで静かにこっちの様子を伺っていたゴブリン達は、今度は自分達が殺される番だと思い恐怖でその身を震わせていた。

 その時、ルシウスの前に切傷を負った年老いたゴブリンが飛び出して来ては平伏する。


「私はこの村の村長であるカクと申します。我々は貴方様に服従を誓います。どうか…どうか命だけは…」


 ルシウスは考える。そもそもこの村に来たのはゴブリンを皆殺しにし、主人としての威厳を取り戻すためだ。

当初の目的とは違うがそれなりの装備に身を固めた人間を、新たな魔法でアリを踏み潰すかのように簡単に殺せた事により、威厳を取り戻せた気もしなくはない。


(うん…ゴブリンを配下に入れたところで、使い所もないしな~でも、これもまた、主人としての度量を見せるチャンスかも)


 ゴブリン達を殺したところでアイテムドロップや経験値が入るという保証はない。それに、敵でもない無抵抗の者を無闇に殺すのも気が進まない。


「よかろう」

「ありがとうございます!」


 年老いゴブリンが頭をより深く下げた後、ゴブリン語で皆に何かを伝える。すると、あちこちから聞き取れない言葉が聞こえてくる。


「何を騒いでおる?」


 許した途端に緊張が緩んだのか、私語をし始める者達にちょっぴりイラつく。


「皆、貴方様に服従を誓うと言っております」


 村長ゴブリンの通訳を聞き納得はしたものの、今更だがゴブリンと会話をしている自分に気が付いた。


「何故、お前は人間の言葉が喋れる?」


 他のゴブリンの言葉は理解できないのに村長ゴブリンの言葉は理解できる。つまり、人間にも通じる言葉を使うルシウス達は、スケレトン語ではなく人間の言葉を使っているし理解できるということだ。


「それは、狩猟に出た者達が拾ってきた本を、独自に勉強をしたからでございます」

(ヘェ〜それってかなり難しいこのなんじゃないの??こいつ…ゴブリンのくせに相当知能が高いんだな)


 ルシウスはカクの知能の高さに、自分なら絶対にそんな事出来そうにないと素直に感心し、次の疑問をぶつける。


「何故人間に襲われたのだ?たまたまここを通った人間に村が見つかってしまったのか?」


 雰囲気が可笑しい……地雷を踏んだのか、その問いにカクのシワシワでゴブリン特有の醜い顔がより醜く歪み…ものすごい憎悪の心が感じ取れた。


「オウガのせいでございます」


 カクが重々しくそう口を開けては話を続ける。


「オウガ共が我々を喰らわない代わりに、大量の肉を要求して来ました。しばらくの間は村の近くの獲物で十分収穫出来ましたが、やがて獲物が減って行き人間の縄張り近くで獲物を狩るようになりました」

「うむ…」

「その事で冒険者なる者に、我々の退治依頼が出されたとあの人間に聞きました」


 カクは上半身と下半身が分断され、内臓を打ちまけて死んでいる男の方に目をやる。


「なるほど、理解した。お前らはオウガが憎いか?それなら私がオウガ共を滅ぼしてやってもよいぞ?」

「誠でございますか?」


 カクには、ゴブリン達には願っても無いことだ。本当は様子を伺い、自分から駄目元でも頼んでみようかと考えていたのだ。


(色んな相手で力を試す必要があるし、オウガ程度ならお手頃な相手だろう)

「うむ、今日はもう日も暮れて暗い。明日案内してもらうとしよう」


 カクから聞かされた信じられない話にゴブリン達は最初、疑うような顔をしていたが肯定する仕草見せると、日が暮れた草原にはルシウスを称えるゴブリンの歓喜の声で溢れ返る事になった






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る