第4話 知らない世界3


 イカした男などと自分でほざきながら、恥ずかしさの余り身悶えたくなる気持ちを堪える。


(まだ、ベルゴがいることを忘れとったわい)


 跪いて不動の体勢を保つベルゴに視線を向ける。


「そうだ、ベルゴよ。私にダンジョンを案内してはもらえぬか?」


 ベルゴの口から聞いたあの言葉。

自分の物という"ダンジョン"なるものは果たして、どれだけ素晴らしいものなのか好奇心が湧いて来たのだ。


主人の命令にベルゴは一言、「御意」とだけ答えると立ち上がる。


(こいつは忠義のようなものはあるようだが、俺はどうも堅苦しいこいつのことが苦手っぽいな)


 部下を持ったことも自分を慕う人間もいたことがない安藤にとっては、堅苦しい騎士気質のベルゴと接すること自体、体に余計な力が入るようで精神的に堪える。 しかし今日、王たるもの"威厳が命"と思うようになった安藤はそれを我慢するしかないのだ。


「無礼であることは重々承知しております。自分如きが主人様の前を歩くことをお許しください」

「お、おう。わかった」


 扉はベルゴが入って来たときから開けっ放しになっている。

ベルゴに続いて扉から出ようとしたのだが………安藤の足は扉の前で立ち止まる。


ダンジョンと聞いて真っ先に思い浮かんだのは「GSO」のダンジョンみたいな広大なものを想像していた。

 入り組んだ迷路のような地形に、そこにはモンスターで溢れ返り、そして険しい道のりを経てやっとボスの顔が拝めるそんなダンジョンを。

けれど、ボス部屋と言えるこの部屋の広さからして、そう規模があるとは思っていなかったがまさか……まさかこの程度とは思わなったのだ。


(マジかよ……ダンジョンの意味わからんのけ?)


 ゲームとは違い、ダンジョンが現実に実在するならこんなものかもしれないと、自分が知っているダンジョンの定義について正しいのか不安になって来た。

そんな安藤の視界に入るダンジョンと呼んでいいのかわからいここの姿は、一本道の洞窟のような感じだった。出口までの道のりの道中には、スケレトン創造スキルで作り出したのと同じスケレトンが三十体程いるだけ。

冒険心くすぐるものや、未知なる何かがあるかもというワクワク感を全く感じさせない。


(ハァーー扉の前から一歩たりとも動いてませんが、もう出口見えちゃってますがな。それに、あいつも案内する場所など何一つ存在しないここを、よく案内する気になったもんだ)


 その通り、ボス部屋から出口のぼやっとした光が見えていた。


「主人様、如何なさいましたか?」


 ベルゴの質問に対し、安藤は案内などもうよいという手振りを見せる。


今、一目でダンジョンの全貌が全てわかってしまったのだから案内など必要なはずもない。

それでも一応、ボス部屋の中を再び確認して見る。

 叩いて肘掛けの片方が壊れたちょっと大きめの椅子が一つと、ぎっしりと本が詰まっている小さな本棚が一つ。それだけ。

 ゲームだとボス部屋のボスを倒せば手に入るであろう煌びやかな宝箱など、どこにも存在しない。


本棚に近づき、そこから一冊の本を取り出してはパラパラとページをめくる。言葉は通じても、どうやら字は読めないようだ。


「ベルゴよ。ここにある本をお前は読めるのか?」


 万が一という事もあるし、一応ベルゴに尋ねてみる。


「本を読んだことがございませんので、お答え致しかねます」

「そうか。ならば、この本のタイトルを読んでみよ」


 ベルゴに本を渡すと、産まれたばかりの赤子を受け取るかの如く、震える手で丁重に受け取る。


「悪魔を倒した三人の勇者と書いております」


 ベルゴが字を読めるということで、幾つかの本のタイトルと、その中から勇者の物語の本を一冊読んでもらった。

聞いてる限り、本棚の本は大体子供が好きそうな童話を集めた感じだった。どの勇者の物語も七転び八起きしながら勇者が敵を倒すという話で、幼稚すぎて聞くに堪えられない。


(金になりそうな貴重な本はなさそうだな。それにしてもこのスケレトンキングは勇者に憧れてたのかね??全部勇者が主人公の本ばかりじゃねーか)


 ある決心をした安藤は、出掛けるとき家のカギを忘れてないか確認するみたいに周りを見渡して最終チェックをする。

当然といえば当然だが、チェックしたところで新たな発見は何もなかった。


「ベルゴよ。私はこのダ…うん…なんだ…このダン…ジョンを捨てようと思っている」


 本当にダンジョンとは呼べないものだったため、本物のダンジョンを知っている本能が、これ今いる場所をダンジョンと呼ぶことを拒絶するような気がしたが、何とか言い切ることに成功した。


「それでだ。お前はここに残るのか、それとも私に付いて来るのかを今すぐ選べ」


 ベルゴは一瞬の迷いもなく、すぐさま結論を口に出す。


「自分に取って主人様こそがすべて。主人様の命に付き従うことこそが至極の喜びでございます」

「うむ」


 気持ちが重過ぎる気がしてならないが、上に立つ者としてこういうことに慣れる必要もあるだろう。

入れ替わる前の主人がどんな人物というかスケレトンだったのかは知らないが、ベルゴの言葉遣いから察するにある程の品格があったと推測できる。


「うむ…では行こう」


 安藤が部屋の扉を出て先を歩くと後ろからベルゴが付いて来る。


洞窟内の一本道を歩くこと三分、出口に到着した。


(やっぱりダンジョンと呼べるものではないな)


 洞窟の入り口に立ち、始めて見る異世界の風景は濃い霧に覆われていて、あまり視界が良好ではなかった。濃い霧でなんとも言えないが、薄暗いがまだ明るいことから日が昇って間もないか、夕方前かのとちらかなのだろう。


安藤は洞窟内を歩く間、ずっと考えていたある事をベルゴに告げる


「ベルゴよ。これから私はルシウス・ヴァーミリオンと名乗ることにする」


 ルシウス・ヴァーミリオンは「GSO」のレイドボスの名で、スケレトン種の中では最強の存在である。

正確には、スケレトンキングとかスケレトンロードとかのような種の名称はない。

ルシウスは神話の英雄が、骨身のアンデット化しただけだが、一応骨身のスケレトンであることには間違いないし問題ないだろう。


「ルシウスと呼ぶがよい」

「ははっ。御身の御芳名、今度こそ確と脳裏に焼き付けます」


 言い方が、質疑応答のとき名無し状態だった安藤の名前を聞かれ、答えられなかったのが相当効いたらしい。


「うむ。どの方向に何があるか、知っておるか?」


 ルシウスよりかはこの世界についてよく知っているだろうと期待したものの、ベルゴも知らないようだ。


(仕方ないな。さてと、俺はこの世界の事は何も知らないのと同じだ。だったら、ゲーム的観点から物事を見た方が色々と気楽に行けるだろう。ということは……まずはレベルアップとか資金稼ぎ、武器や防具の調達が先かな?)


 当面の目標も決まり、適当な方向に向かって二人は歩き出した。


洞窟に置いて来たスケレトン達も連れて来ようかと迷ったが、三十体は多すぎる。敵がいたら、いやおうにも視線を引くことになる。今は目立たぬよう少数での行動が望ましいだろう。


(それに自分の戦闘能力もまだ未知数だし、それに俺スッポンポンなんだよ?肉片は捨ててもまだ、恥じらう気持ちまでは捨てていないつもりだ)


 濃い霧の中、沼を避け、道なき道を只管(ひたすら)歩く。

霧で視界を遮られることに対しては見えないが、昼や夜といった明るさにはなんの影響も受けなかった。


歩き始めてから軽く見積もって二日は経つと思うが全く疲れない。

異世界に来る前の肉体あった頃のルシウス安藤なら、近くのコンビニに弁当や飲み物を買いに行くだけで、汗だくになり疲れを感じていたくらいだ。


(このスケレトンの体は、体自体相当な武器になるな。違う意味で体が資本という言葉が今、"骨"身に染みてわかった気がする)


 どれだけ時間が経ったのかもわからない程この終わりが見えない霧の沼地を、骨体より先に精神的に狂ってしまうのではないかと思い始めた頃、霧が晴れて森林や草原の大自然が眼下に広がる。


(しんどいわ……でも、やっと異世界らしくなったな)


 洞窟を離れてから長い間見たものといえば、霧や沼しかない。だから異世界を旅している気分には全くなれなかった。

 来た道を振り返ると不思議な事に、丸で巨大な壁で区切られているかのように霧がかかっていた。


(なるほどな、今まであれっぽちの兵力で無事だった理由はこれか!アンデットならともかく生物ならあの洞窟まで辿り着くのは難しそうだ)


 沼地帯は道幅も狭く、野営できそなスペースもなかった。野営できたとしても寝返りを打っただけで沼に落ちてしまう。

沼がどれ程深いかは予想も出来ないが呑み込まれたら御陀仏おだぶつだろう。それに加えてあの視界の悪さだ。日が昇っていても薄暗く、夜には弱い月明かりでは光すら届かず真っ暗になる。

ルシウスはあの嫌な沼地帯には二度近付かないと決意を固める。

 

森林または草原、どの方向に進むか迷った末、森林よりは開けて視界のいい草原を進むことにした。草原とはいえ、所々木々が立ち並んでいるところもあるが沼地帯に比べれば言うまでもないことだ。

 前世では狭い範囲の部屋だけが世界のすべてだったこともあり、こういうところは中々新鮮に感じる。


「ベルゴよ。お前は沼地帯から出た事はあるのか?」


 単純な好奇心による問いに


「出た事はございません。自分もこのような光景は初めて見るもので、少々驚いております」

「そうか。我々はこれから色んなところを旅して回ることになるだろう。楽しい旅となるか険しく辛い旅となるかは私にもわからぬ……旅の途中で命を落とすやもしれん。お前もそれなりの心構えをして置いた方かいい」


 主人の言葉にベルゴは静かに覚悟を決めたように見えた。

これはルシウスの取り繕った言葉ではなく本心から出る言葉で、前世と同じ生き方はしたくない。

しかし、知らない異世界で上手くやって行けるのかという不安や未知に対する恐れを断ち切るため、自分を言い聞かせる言葉でもあった。











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