知らない世界編

第2話 知らない世界1

 知らない世界1


 目の前に跪いている一匹のスケレトンが見えた。両腕の下にはそれぞれ、骨で出来ている剣と盾が置いてある。


「えっ?なになに?」


 思わず口から驚きの言葉が漏れる。聞こえてくる声も自分安藤の声とは違う低く重厚感溢れる渋い声だった


「主人様、如何なさいましたか?」


 スケレトンが喋ったことにビックリしてしまったが、それよりも引っかかるある言葉について、ものすごいスピードで思考を巡らす。

周囲を見渡すと、そう広くない石壁の部屋のような場所に、今喋ったスケレトンと一つの本棚があるだけで物は何もない。


(察するに主人とは俺のことなのか?)


 なんか生きているっぽい今の状況に戸惑いを隠せない。


自分は確か、心臓麻痺で死んだはず。

でも、なんとなーく思うところはある。


(まさか……だが、今思ってることはただの推測に過ぎない。それならば…)


 一か八か芝居を打つことにした。そして、アニメで見た王や偉そうなキャラ達のイメージを頭に浮かべる。


「うむ…どうやら私の記憶が急に消えてしまったようだ。お前のことも何も思い出せん…」


 自分で言いながらも無茶苦茶過ぎると、信じてもらえないのではないかと不安に狩られる。


「なんと!!主人様よ!嘆かわしい…一体なぜ…」


 跪いていたスケレトンが慌てふためき立ち上がろうとしたが、主人の前で無礼を働くわけにはいかないと言わんばかりに体勢を戻す。

スケレトンは予想を遥かに超えた反応を見せた。


このことで一つ、不確かなものが確かなものとなり安堵する。


「一時的なものやもしれん。だからと言って無知のままでいるのも、なんだ?あれだろう」


 偉そうにしたことなど人生で一度もない。この芝居はとてもじゃないけどやり通せる気がしない。

それでもボロを出すわけにはいかない。アニメでは無能な王に反旗を翻(ひるがえ)し、王が打たれたりするのも何度か見ている。


「お前が私に色々と教えるというのはどうだ?」


 これで正解なのかはわからんが、ネットが整備されている環境にも見えないのでこの一択しかないはずと自分に言い聞かせる。


「自分如きが主人様を教えるなどと…滅相もございません!」


 スケレトンは畏まりながら答える。スケレトンにとって安藤元の主人は大きな存在のようだ。そうと決まればともっと強気に出て見る。


「ならば、お前は私に無知のままでいろというのか!!」


 激怒する声が部屋の中に木霊する。

ジンーと体の下の方から血液が上って来る感覚にムズッとする。考えて見れば、親以外の誰かに直接怒ったのは初めてかも知れない。


「決してそのようなことでは…」


 スケレトンから怯えが感じられ、静まり返ったこの空間に怒った当の本人も気まずくて仕方がないがぐっと堪える。


「では、なんだ?」


 トドメの一撃に返答に困るスケレトンが、黙り込んでしまったまま動かなくなってしまった。


(上手くやったとは思うが……鞭のばかりでは反感を買いそうだしな)


 今あのスケレトンが襲い掛かって来れば打つ手がない。


「私が許可する。そう畏るな」


 優しく、なおも威厳を込めた声でスケレトンに話す。


「仰せのままに」


 はぁー…。その言葉にようやく、頭の中に広がる靄を取り払うことができそうな気がした。


「では、問おう。お前の名はなんと言う?」


 口調は偉そうに、そして威厳を込めることも忘れない。


「自分はベルゴという素晴らしい名を主人様より頂いております」

「なるほど。ベルゴよ、なぜお前は私に従う?」


 今思うに、一番の心配要素はベルゴの反乱だ。だから答えを聞いて見定めねばならない。


「はい。自分は、主人様がその高貴な御身を削ずられ生み出された創造物に過ぎません。 主人様に従うことは自分にとっては至極当然のこと」

(俺が生み出したと言うのか?なるほど……!!そんなことも出来るのか)


 言葉からしてベルゴの反乱はまずなさそうだ。そして、自分にそんな力があるのかと思うとすこしかなりワクワクしてきた。


「すまぬな。お前のことを忘れてしまって」

「いいえ、滅相もございません」


 空白のパズルに欠けらが一つ埋まったが、それでもまだまだ全然足りない。


「お前の他には誰かいないのか?」

「はい。ダンジョンの警備に当たっているスケレトンが、三十体ほどおります」

(待てよ?ダンジョンだと?後、スケレトンが三十体か…そういえば先、身を削って生み出したとベルゴが言っていたな。スケレトンを作るには、身を削らねばならないのか??そもそも身を削るって、どういうことなのかさっぱりわからない)


 疑問は残るが今は考えないようにする。


「そうか。では、次の質問だ。ここはどこなのだ?」

「はい。ここは沼地近くの主人様が支配なさるダンジョンでございます」

(また出た!ダンジョン。なんだか「GSO」を思い出すな~ ゲームと同じはずはないだろうけど)

 

「GSO」とは"GALAXY STAR ONLINE"の略称で、安藤がやり込んでいたMMORPGゲームのことである。


「では、ここの地名などは知っておるのか?」

「申し訳ございません。自分の知識は生み出されたその時、主人様の知識にある程度基づきますが、残念ながら地名までは…」


 またまた、引っかかる言葉が出てきた。


(俺の知識に基づくか…もちろん安藤のではないけどね。そうだ!俺のことも聞かねばいけないじゃんよ)

「よいよい。ならば私のことを教えて来れ。名前とか」


 問いに、ベルゴの骨しかない顔が今までより一層暗い感じに見えた。


「も…申し訳ございません…主人様の御芳名(ごほうめい)を存じておりません…」

  (なぬぃ??名前を知らないだ??どんな教育受けてんだこいつは。だからといって知らないことを問いただすのもな…)


 迷走する主人にベルゴが話を続ける。


「御芳名は存じておりませんが…主人様はスケレトンの長なる存在であらせられるお方とまでしか…」


 ベルゴが主人に対して知らないとは言え、それでもとんでもない無礼を働いたという恐ろしい感情に言葉を濁した。


安藤もそれを敏感に察する。


自分も学生時代にいつもいじめっ子達の顔色をうかがってばかりいたので、自慢ではないがそういうことを察する能力には長けているつもりだ。

いじめっ子達の行動一つ一つにビクビクしながらご機嫌取りをしていたあの日々を思い出すと怒りが込み上げてくる、


つい座っている椅子の肘掛けを叩いてしまった。


ドンと部屋の中に響く鈍い音に、ベルゴが恐怖でその身を震わす。


(やっちまった………イライラするとキーボードを叩いてしまう癖がつい…)


 この行動に対する言い訳を考える。

いくら自分が生み出したとはいえ、恐怖支配は如何なものかと。


今の自分は無力だ。

反乱は考えられないとはいえ、それでも百パーセントではない筈。


今、下手に禍根かこんを残すような行動ばかりしていては寝首をかかれかねないと。


「すまぬな。何も思い出せぬ自分に腹が立ったのでな…」

(うんうん!我ながら完璧な言い訳だなおい!)


 ベルゴは自分のせいではないと知って安堵した様子だっが…しかし!

些細な問題がある。

安藤は慣れない芝居にそろそろ限界を感じていたのだ。


(これ以上続けるとヘマをやらかしそうだ。それはまずい)

「ベルゴよ、私は少し一人で考えたい。一人にしてくれんか?」


 主人の命令にベルゴは「御意」と答え、置いてある剣と盾を装備すると立ち上がり、木で作られた扉を開け退室した。


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