(休載)

休載

エピローグ

第1話 エピローグ

 プロローグ


「今回のイベントもマジやる気起きんわ。死ねっ」

 薄暗い部屋中で明かりもつけず一心不乱にマウスとキーボードを操作しながら男は呟いた。


 男の名は安藤正樹(アンドウマサキ)。

 年齢:31歳

 職業:暗黒戦士(無職)である。


 安藤は6年もの時間と多額の金を投資し、朝から晩まで食事の時とトイレに立つ時、寝る時以外の時間は

 あるゲームをずっとやっている。


 そのゲームとは「GALAXY STAR ONLINE」である。

 近未来風のMMORPGで、プレイヤーはキャラメイキング時に勢力と種族や性別、容姿そしてキャラ名を設定できる。


 一連の初期設定を終えると、冒険の始まりというわけだ。安藤の設定は種族は人間種で、身長も高く筋肉ムキムキの厳ついカラダの、如何にも戦士ですよ~と言わんばかりの設定にしている。


 現実の安藤正樹は、引きこもり歴9年で顔立ちも悪く、平均の身長に髪は長い間だ切ってないため長く、ボサボサで見るだけで鬱陶しく、130キロのかなりというか完全なメタボリックな体型をしていて、モテないおっさんを具現化したような感じだ。


 幸いと言ってもよいか躊躇われるが、まだハゲてはいない。もちろんの彼女いない歴=年齢の図式も成立している。自分のキャラをそんな風に作ったのには、子供の頃から背が高くガタイのいいスポーツマンみたいな男に憧れがあったからだ。


 顔や身長はともかく、ガタイは努力と根性次第では理想の自分に近くこははできるかもしれないが、残念ながら、安藤正樹という人間は、嫌なことからは目を逸らしいつも逃げていたため、努力や根性なる物は装備されていないのだ。


 ゲーム的な感じで例えるなら、アイテム装備欄を開くと、防具の欄には長くボサボサな鬱陶しい髪のヘルメット、ブサ面、メタボリック型のカラダ鎧などを装備し、武器の欄にはマウスとキーボードまた、称号欄にはモテないおっさんを装備している感じだ。


  しかしながら、肝心なアイテムの幾つかであるはずの努力と根性、そして超激レアの彼女の欄には何も装備されていないのだ。 ゲーム内ならともかく、安藤が生きる現実にとってはとても重要なアイテムばかりだ。


 そんな情けない安藤のゲーム内のキャラ名は安直すぎるが「安藤」だ。笑


 現実とゲーム内の強さは反比例するという言葉通り、安藤は現実をすべて犠牲にしただけあって、

「GALAXY STAR ONLINE」略して「GSO」の世界では、少なくともトップ100には入るほどに強い。

 そんな「GSO」大好き人間の安藤が、ゲーム内のイベントへの不満を口にする。


「あ~最近の運営はマジ糞だわ。ゴミムシ、カス野郎死ねっ」


 込み上げる怒りに身を任せキーボードを拳で強く叩きつける。カシャンとキーボードが叩きつけられる音と、モニター内のキャラの一人がキーボードの設定ボタンに反応し、スキルを使用する姿が目に入る。


 安藤が怒る理由は、一ヶ月前にギルド戦の見直しと、新たの要素が追加され大規模アップデートをするといの予告まではいいが、開始されたイベントが「みんな!大規模アップデートに備え、自分達のギルドをより格好良く飾ろう!」みたいな、ギルドの飾りアイテムゲットを目的とした、安藤にとっては"糞イベント"以外何物でもなかったのだ。


 しかも、アイテムをゲットするには地域別に用意されている、色んなギルドが同時にお互いを殺しまくる紛争地帯に行き、敵ギルド員を殺せばゲットできるイベントコインを使い、アイテムを交換するというイベントだ。


 安藤はPVPがあまり好きではなかった。強いプレイヤーならPVPで相手を倒し、自分の強さを確認すると共に優越感に浸ったり、弱いプレイヤーでも、自分より強い相手を自分のPS《プレイヤースキル》で倒し、弱くても装備のみに依存し、適当なコントロールとスキルボタンを押すだけの、脳死プレイの連中くらいは倒せるなどという満足感を得られるので、PVPを好むプレイヤーは多い。


 特に紛争地帯での戦いはもっと好きではないのだ。他のプレイヤーがうじゃうじゃいる上に、紛争地帯に足を踏み入れれば途端にチャットが物凄く汚くなる。倒された相手を馬鹿にしたり、馬鹿にされ怒りで誤字満載で言い返したり、ギルドの悪口や他プレイヤーを誹謗中傷するものが大半を占める。


 ゲーム内でもアジトにこもり、人とあまり関わらない安藤には唯一、「GSO」で現実の自分が、大晦日の渋谷のスクランブル交差点の、ど真ん中に立っているかのような、地獄のような気分にさせるところなのだ。だから、一応紛争地帯に行く前にチャットをギルド専用チャットに切り替え、何も見えないようにする。気休め程度にはなる。


 安藤の"安藤"は強い。装備の希少度も高く、装備のオプションも大金をかけ最高レベルに仕上げた。なので、並のプレイヤーが十人束になっても掛かって来ても余裕で倒せるくらい強い。


 なのにも関わらず、PVPを嫌う理由は安藤にやられたプレイヤーが、自分に負け犬の遠吠えだろうがなんだろうが何か言っていると思うと、精神的に萎縮してしまったり、ここにいるはずもない他人の目を気にしたりでストレスが尋常ではないからだ。


 安藤も一応ギルドに入っている。正しくは自分が「孤独」という名前のギルドを創設し、ギルドマスターをしている。ギルド員は全部で三人。全員パソコン三台で回している安藤のキャラ達であるため、ギルド員はマスターの安藤以外いないものと同じだ。


 別にギルドなど必要ないが、ギルド関連イベントの中には、報酬でギルドに所属している者のステータスを一パーセントアップとか三パーセントアップなど、ステータスの底上げが可能なため、ギルドを創設しただけのことだ。「GSO」のオープン当初から今まで、イベントを一度も諦めたり見逃したことはないので、今では六十二%ものステータスの底上げに成功している。これはかなりすごいことだ。装備の性能が良ければ良いほど恩恵も大きい。


 イベントはどのイベントも約一ヶ月間実施される。このようなイベントは、ギルド員が稼いだイベントコインの分も合計されため、ギルド員五十名ほどのギルドで、一日一人当たり二十人ほど倒すと計算すれば、十日あれば交換リストの物をすべて交換できる。実質ワンマンギルドの安藤は、もっと時間は掛かるものの、時間を持て余しているため、その気になれば一週間で終われせることだってできる。


 イベントの目的は飾りアイテムの交換だけではなく、普段より紛争地帯にプレイヤーが増えるため、PVPをより楽しめる環境にするのも、運営の狙いなのだろう。そんなもの安藤にはどうでもいいことだ。


 我慢して次のイベントに期待したが、大規模アップデート後も報酬がステータスアップ関連に変わっただけで、また同じようイベントが来たため、怒るのも無理ではない。安藤が好きなイベントはモンスター討伐系というか、相手がモンスターならどんなイベントでも楽しいのだ。


 イベントダンジョンに潜り、バフがけや治療魔法、サーポートに特化したサブキャラを連れ、醜いが愛おしくて愛おしくてたまらないモンスター共を殺しまくり、アイテム製作に使うための素材拾いや、イベント限定モンスターから稀にドロップするレア装備を拾うのが大好きなのだ。


  すでに一般ダンジョンやモンスターから得られるものは、百パーセントオールコンプリートしたほど、もうやり尽くしてしまって、イベントを待つ気持ちは誰よりも強い。


「ハァー」


 深いため息を吐き出しながら視線をパソコンのモニターから外し、付けっ放しにしているDVDプレイヤーに向ける。いつも、ゲームをする時は好きな日常系アニメをラジオのように聴きながらプレイする。何度も何度も見て、聴いているので内容は全部知っているが、付けてないとちょっと落ち着かない。


 しばらく、DVDプレイヤーから流れるアニメを眺めた後、常温でぬるくなったコーラをペットボトルごとガブガブ飲み干す。その時左胸に激痛が走った。心臓がナイフで抉られるような激痛に、頭の中に生存本能が最大レベルの危機信号を送る。


「くはっ!は…やく…救急車…を…」


 一人暮らしなため、助けを求めることはできない。引きこもりではあるが、親からの仕送りなしにRMT《リアルマネートレード》でゲーム内貨幣や、レアアイテムを売って普通の会社員ぐらいの金は稼いでいた。


「け…携帯っ…」


 二週間以上使ってない携帯の姿がどこにも見当たらない。連絡先も親ぐらいで必要性は感じないけど、親との連絡手段がないと心配させたりで一応持ってはいる。


 安藤は苦しみながら、薄暗いワンルームの部屋を見渡す。分別されてないゴミが詰まったゴミ袋だらけで、安藤がゲームをするスペースや寝るためのベッド以外は足の踏み場すらない。携帯はゴミ袋の下に埋もれているのだろうか。


 もはや死を悟る。一瞬にして刹那な時間だが、色んなイメージが頭の中に流れる。


 学生時代のいじめっ子達の顔、実ることもなかった初恋、引きこもりでもそれなりに楽しかった引きこもりライフ、「GSO」への未練、最後に親の顔。


(ごめん、父さん母さん。俺先に行っちゃうみたいだ。他人に自慢できる息子じゃなくてごめん。)


 目頭が熱くなるような感覚がしたが、やがて視界が暗くなり何も感じなくなった。














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