英世2
ㅤ夏目は結構、優しい。千円事件のことを特に問いただすこともないし、オレをパシリとして使うこともなくなった。というか一緒に購買へ行ってパンを買うことも増えた。
ㅤオレはツカイッパじゃなくなったことに、なぜか心に十円玉くらいの穴が空いた気分になったけど、夏目と昼食を買いに行くのは楽しかった。
ㅤ何せ夏目は強い。入学してすぐの頃に、この学校の番長を倒したらしい。そんな夏目に挑もうとする無謀な者はおらず(だって番長が最後に倒そうとした一年が夏目だったから)、夏目の横にいるだけで、偉くなれたような気がした。これが「虎の威を借るキツネとタヌキ」ってヤツか。実際に偉くなったわけじゃないってことはわかってるけど。それでも夏目に近づこうとする女子と会話ができたり、古めかしい手法のラブレターを渡されたり(もちろん夏目あて)するだけで毎日ドッキドキだぜ。
ㅤただこれまでで、一番ドッキドキしたのは、やっぱり樋口に脅されたときだな。あれがいわゆる吊り橋効果ってやつだろう。百年の恋が冷めても、千年の胸ドキがオレを眠らせない。毎晩、まぶたを閉じるたび、獲物を捉えた熊みたいな鋭い眼光がオレを起こす。おかげでオレの目の下には、
「クマができてクマっちゃうとか言うんじゃねぇぞ」
ㅤこうやってまた樋口に脅される妄想をしてしまうようになった。きっとみんなは、樋口がこんな女だって知らないだろう。だからオレは、秘密を閉じ込める。オレだけが知っている樋口……。
ㅤといってもまぁ、付き合いたいとは思わないな。怖いから。あの千円はいったい、どんな使われ方したことやら。
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