第23話 Re:make
「思ったよりも来るのが早かったですねぇ、さて、貴女は何をご所望ですか?」
黒いピエロは両手を広げ、あたしに問う。あたしがここにたどり着くのは織り込み済みだったようだ。なんだか掌で踊らされているような気がして、気味が悪かった。これじゃ自分が道化師のようだ。
「魔術の書……、双葉ちゃんから奪った『蛇の書』を返して」
「いいでしょう、”我々”としてはもう用は済みました、返して差し上げましょう。ただし――」
ピエロはあっさりと承諾してくれると思ったが、
「出来れば貴女の身体を、頂きたいのです」
「えっ?」
あたしの身体?どういうことなの……。
「そういうことですか、このピエロ、”憑依型の天界生物”ということでしたか……」
「おや、そちらのおじいさん、察しが良いですね。知られては少々、マズイですね」
マズイですね、と言うが、表情と発言が噛み合っていない。厳密にはこのピエロ、厚化粧か、マスクかで表情が見えないけども、とても悠々とした雰囲気をしている。
「教授、”憑依型の天界生物”っていうのは……」
そう聞くあたしはピエロを見ている目を逸らさなかった。ピエロの周囲に青紫色の霧がかかり、徐々に濃くなっていく。
「そうですね、説明したいところですが、今はそうさせてくれないみたいですね。簡単に言えば、あのピエロは身体が本体ではでないのです。あれは人間に憑依して活動している。いいですか……ぐっ、これは」
教授は話している途中で苦しそうに胸を掴んだ。
「教授! 大丈夫ですか」
「すみませんねぇ、あまり話をさせるつもりはないのです」
気が付けば、青紫色をした霧はあたし達の方まで来ていた。教授はきっとこの霧に汚染されてしまったのだろう、とても苦しそうにしている。あたしもこのままでは危ない、でもどうしたら……。
「……松原さん、貴女だけでも逃げてください、とても危険で……ゴホッゴホッ」
教授が苦しい顔をしながらあたしに言ってきた。でも逃げるわけにはいかない。逃げたら教授が危ないし、このピエロを捕まえることが出来ない。
――そうだ、思い付いた。
「多分、これなら……!」
あたしは一キログラムのグラニュー糖の袋を取り出し、おもむろに開けて、両手で中身を掴んだ。できるだけ多く掴み、できるだけ多くの魔力を流す。
パチ、パチ、と両手から音がしてくる。熱い、とても熱くなってくる。
「お願い、これでっ!」
あたしは両腕を前に突き出し、両手を開いた。魔力で熱した砂糖は綿菓子となった。更にこの綿菓子、魔力をたっぷりと染み込ませている。これできっと……。
青紫色の霧の流れは、あたしが作り出した綿菓子に向かい、綿菓子に吸収される。両手に浮かぶ雲は2つの大きな球となった。透明なガラスに青紫色が閉じ込められ、綺麗なビー玉のようになった。
「ほう、上手いやり方ですねぇ……、私の魔力も大分持って行かれました」
ピエロは以前悠々と評価してくる。あたしは少し息が切れてきた。魔力切れってやつなのかな。でも上手くいった、よかった。霧は水蒸気だ。それにあの禍々しい魔力を通しているのだろうと思った。だけど、水滴一つ一つを制御するのはきっと難しい。だから霧は恐らく”より大きな魔力”がある方へ流れていくのだろうと考えたわけだ。
案の定、霧はあたしが魔力を凝縮した綿菓子の方に流れてきた。水分を吸い取った綿菓子は当然萎んで水飴のようになる。このビー玉のような球体は水飴。しかも魔力はあたしの制御下だ。
「そうね……、なにがいいのかな」
そう呟きながら教授の方を見ると、教授は依然苦しそうにしたままだった。霧は晴れたけど、教授の体内へと入り込んだものまでは取り切れるわけではない。
このビー玉二つをどう使おう、それを考えていたが、あまり上手いこと思いつかなかった。とりあえず二つを合わせ、剣のような形にしようかな。
「……、松原さん、それは、魔力を吸収することが出来ます。ゴホッゴホッ、しかし、限度があるので注意、してくださ、ゴホッゴホッ」
「教授、今は安静にしててください。大丈夫です、何となくわかります」
あたしは苦しそうにしている教授を制した。剣を思い浮かべて、二つの水飴の塊を変形させた。水飴は思っていたより量が少なく、細身である、レイピアのような形になった。イメージ通りにはいかないなぁ。
「さて、どうしましょうかねぇ、霧がイマイチとなると……、こうですかね」
そう言って、ピエロはどこからともなくステッキを取り出した。否、ステッキを持っているかのような手の形をして、気が付けばステッキを持っていた、と言った方がいいのだろうか。
そうか、多分だけど、このステッキ、空気中の水蒸気を集めて出来たものなんだ。このピエロが魔力を流す”触媒”に使っているのは水。水蒸気じゃないといけないのか、バケツに入った水でもいいのか、わからないけど。
「捕縛せよ!」
ピエロの掛け声と同時にステッキが伸びる。こちらへ向かってくるステッキにタイミングを合わせて……、よし!
――バチン!
弾けるような音がして、こちらへ伸びるステッキの先が霧散する。この剣が当たった部分から魔力を吸い寄せているのだ。制御が効かなくなった部分から元の水蒸気に戻っている。
「困りましたねぇ、しかし、次はそうはいかないですよ?」
「――っ」
ステッキは三股に分かれ、それぞれかなりの速さであたしの方に向かってくる。よし、一つ目、
バチン!
二つ目、
バチン!
三つ……あれ?ない、どこ?
「残念、後ろですよ」
「きゃっ!」
気が付かなかった。三股に分かれたステッキのうち一つがいつの間にかあたしの背後に回っていた。胴に巻きつかれ、きつく縛られる。あたしは剣でそれを叩き切ろうとするが、
「そうはさせません」
「いっ……」
胴に巻き付いたステッキの一部があたしの身体を伝って腕まで伸び、剣を持っている手を縛られた。あまりにもきつく縛られたので、痛くなって思わず剣を落としてしまった。
「残念でしたねぇ、魔力を吸い取られるのは少しばかり、脅威ではありましたが……。まぁ、大人しくなって頂きますかね。貴女に魔力干渉は効き目がないみたいなので、痛くしてしまいますが」
どうしよう……、どうなっちゃうの……。あまりにも呆気なくて、これからどうなるのか全くわからない。
――痛い。身体を這うステッキは徐々にきつくなっていった。
絶体絶命ってこんなときに使う言葉なのかな。
とにかく、誰か。
助けて、苦しい。
痛い。
意識が……、遠退いて……。
――。
キィン、キィン!
凄まじい音がして……、えっ? 苦しくない……。
「わたし達に黙って行くなんて、酷いよ、ヒヨリは」
「全くだな」
「えっ……、どうしてここに」
倒れていたあたしは、声のする方を見上げた。
そこに立っていたのはタブレットを手にした越生くんと、制服姿で拳銃を両手に持ったエルちゃんだった。傾いてきたオレンジ色の太陽が、彼らの影を伸ばした。
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