第21話 Unmask

 図書館へ向かう途中、あたしはエルちゃんから聞いた事を頭の中で反芻していた。


 あたしの魔力の色、つまり魔力相が透明で、何色にでも染まる。干渉されることはあっても、こちらからは干渉しない魔力は、言い換えれば様々な波の形に同調出来る、調和の色だ。ただし、その魔力はあたしの制御を解かなければ、相手の体内を流れる魔力の流れを変えることができる。


 エルちゃんが言うように、魔力回路には動脈と静脈のようなもの、エルちゃんは陽脈と陰脈と言っていたけれど、その流れを塞き止めたり、逆流させることが出来れば、相手の魔力回路を乱す、もしくは破壊することが可能になるということになる。


 机上の空論なような気もするけれど、これで”あの”脅威に対抗できる手段は、まだ心もとないが、出来た。後はあの時の事件、そう、お母さんが行方不明になった、あの縁日の夜について、少し調べたい。図書館に行けば過去の新聞記事なども置いてあるはず。もし手がかりがなくても、次にどこへ向かうのかは決まっているが、情報は少しでも多いほうが安心できる。


 今のあたしは自分らしくないと思う。きっと周りからはふわふわしていて、何も考えていない、ただ明るいだけの一般的な女子だと思われているのだろうけど、本当はそうじゃないんだ。自分で”らしさ”を定義して、それになりきるのは日常の中だけ。


 仮面の下の本当の自分は、くよくよしていて、気が弱いだけのものだと思っていた。だけど、それだけじゃなかった。この十年で本当のあたしは変わっていた事に気付いた。


 ”日常に潜む脅威”から自分の身を守るために作った仮面は、この非日常では使えないんだ。この仮面は剥がせない呪いだと思っていたけれど、この非日常ではむしろ簡単に剥がれてしまう。


 あの縁日の夜はあたしからお母さんを奪ったけれど、いろいろなものを与えてくれた。できれば欲しくなかったものばかりだったけど。




「すみません、過去の新聞が閲覧出来る所ってありますか?」


「はい、只今案内しますので――」


 あたしは大学の図書館に着くや否や、本の整理をしている司書さんを捕まえて尋ねた。アルバイトだろう若い司書さんは作業を中断されたことに難色を示す事なく、あたしを過去の記事が閲覧出来る所に案内してくれた。ここは他にも雑誌や連載誌なんかも置いてある。昼間からこんな所に用のある人はいないのか、図書館内にはちらほらと人がいたが、この空間だけは人がいない。


 さて、小学三年生だから、あたしが九歳の時だ。十年程前の出来事になる。えっと、十年前の八月の記事は……、あった。事件が起きた八月上旬頃の記事から順に読んでいくことにした。


「見つけた……」


 地方記事の小さなコラムに『縁日で起きた神隠し』というタイトルで事件のことが書いてあった。どうしてこんなに小さな記事なんだろ。あの事件は少なくとも十数名が行方不明になった。大きな事件として取り上げられても良いはずなのだ。


「どれどれ、縁日の夜に起きた神隠し、行方不明者多数、一度神社から出た人は再び入れない……」


 あたしはキーワードになりそうな言葉をピックアップして読んでいった。どれも奇怪な現象が書かれていて、これでは事件ではなく都市伝説のようだ。


「……黒いマントと帽子を被った人物を目撃した人が多数、あったわ、やっぱり間違えてなかった」


 これを探していたのだった。この黒いマントと帽子、まさに映画館で対峙したあの黒いピエロと同じ装い。あたしがお父さんに抱きかかえられて縁日から逃げていった時、神社から出る前に目に映った光景を思い出す。うん、間違いない。その前にお母さんと綿菓子を買った時、屋台にいたおばさんだ。奇妙なとんがり帽子が特徴的だったが、あれはあのピエロが被っていたものと同じだと思う。


 その新聞記事をスマホで撮影し、記録に残す。他にも縁日のことが書かれた記事を探したが、結局それしかなかった。


「おや、松原さんじゃないですか。どうしたんです、こんなところで」


 突然、背後から声をかけられる。あたしは少し驚いて振り向くと、そこには六十歳くらいのおじいさんがいた。図書館にも関わらず白衣を着ているが、誰だろう。


「あの、どうしてあたしの名前を?」


「ああ、松原さんはまだ私の講義を受けていませんでしたね。私は化学科の教授です。講義は後期からですね」


「そうでしたか、でも、あたしってまだ一年で、そんなに名前を覚えられる事をした覚えもないんですが」


 大学では優秀だったり、研究室に入ったりすれば名前を覚えられるが、一年のこの時期に知られているとなると余程の問題児か、天才なのだと思う。


「化学科の教授の傍ら、魔法省という国家機関に属していましてね。大学での魔法教育に関わっているのです。勿論、こちらの肩書は公には出来ませんが」


「つまり、今度の魔法の講義に携わるってことですか」


「そうなりますね。差し当たって、私が貴女の名前を存じ上げているのも、ここで話しかけたのも目的があってのことです」


「どこまで、知ってるんですか」


 あたしは恐る恐る、この優しそうな教授に尋ねる。


「昨日の映画館での事件も、十年前の事件も、全てです」


「えっ」


 昨日のことは知っていてもまだ驚くことはなかったと思う。だけど、十年前のことも知っていたんだなんて。


「我々魔法省は、あの黒いマントと帽子を追っていたのです。十年前、突如として現れ、それ以来日本各地で数十件の”神隠し”が起こりました。あの縁日の夜とは違い、規模は本当に小さく、新聞の記事には載らないようなものばかりでした。我々はその犯人を追っていました。事件が起こる度に目撃情報が寄せられるのですが、毎回人相や体格に違いがありました。しかし、黒いマントととんがり帽という、装いだけは同じだったのです」


「そんな、十年も追っているのに捕まらないなんて……」


「そう悲観することはありません。昨日の映画館での事件、かなりの規模でしたよね?あれで犯人の魔力が色濃く残っているのです。貴女と越生くんが戦ってくれたおかげかもしれません。魔法は使用すると、”魔力痕”というものが残るのです。それを辿ることで使用者の在処を突き止めることが出来るのです。こうして松原さんが図書館にいるとわかったのも、昨日の映画館に残った魔力痕を辿ってのことです」


「えっ、それじゃあ、あのピエロはどこへ行ったの?」


「私や貴女のお父さんが調べた結果――」


「お父さん?」


 教授は聞き捨てならない単語を放った。


「そうです、貴女のお父さんは魔法省の捜査官です。知らなかったのですか?」


 知らなかった……。あたしは十年前起きた事件の後、数ヶ月して今住んでいる所に引っ越した。お父さんが転職したからだ。何をしているのか、あまり気にしていなかったから、全然そんなこと考えてなかった。そっか、お父さん、ずっとお母さんの事を探してたんだ――。


「それで、黒いピエロは、どこにいるんですか」


 感慨深くなっているのは後でもいい、今はピエロを探し出して、魔導書を取り返す。それがお母さんに近付く最短ルートだと思う。


「それがですね、どうやら十年前に事件が起きた、あの神社に同じ魔力反応があるんですよ」


 やっぱり、予想していた通りだった。うっすらと過去と今を繋いでいた記憶が、はっきりと一本に繋がった瞬間だった。


 そう、きっとピエロはあたしを待っているんだ。

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