第20話 Has to escape a sigh

「何、あのゆるふわな子、一月の知り合い?」


 そう言って肩を突いてくる青梅は今にもニシシ、といいそうな顔だ。とても嬉しそうな青梅とは裏腹に、俺は人生で三番目にややこしい事態に直面し、大層呆れている、というわけだ。


「まぁ、そうだ」


 適当に返事をし、まぁ、松原を無視するわけにもいかない。俺は青梅と一緒に松原のいるテーブルまで行く。他の友人とこういった状況になるのならまだ良いのだ。これが青梅海斗という男だから……ああ、もう。本当に本当に面倒だ、一応紹介しておくか。


「こんにちは、キミ、一月の知り合いなんだ? 名前は? 俺は青梅海斗。学部は?」


 っておい。俺が紹介する前からぐいぐいと質問していく。この青梅海斗という人物は女の子に対してはいつもこうなのだ。端的に言えば、チャラい。そしてすぐに色恋沙汰に持っていく。


「あの、はい。越生くんとは昨日知り合ったばかりなんですけど。学部は越生くんと一緒です」


 なんだ、松原、敬語使えるんじゃないか。そう思ったがこれは警戒を表した敬語か。松原の怪訝そうな顔を見ればよく分かる。


「こっちは松原日和、いろいろあって、昨日知り合ったんだ。待て、別にお前が想像していることはなかったぞ、そんなにニヤつくな」


 目を輝かせて松原と俺を交互に見る青梅に嫌気が差したのか、松原は目を細めて眉間にシワを寄せる。そして、レンゲを口元に持って行き、防御体勢に入った。


「だってさぁー、一月、女の子の知り合いなんて全然居ないじゃん?なんでもなくてもそれだけで前進してるじゃないか」


 その通り、悔しいが俺に異性の知り合いなどほぼ皆無、晴香ちゃんくらいだろうか。にんまりとする青梅の言い分は正しかった。だが、ここで言わないで欲しい。


「まぁ、確かに越生くんは近づき難いオーラ出てるよね」


 松原はそう言ってチャーハンをパクリと食べた。お腹が空いてきたのか、少しその動きに見惚れてしまった。っておい、なんで二人で俺のことを……。


「ね、越生くん、どうせなら一緒に食べようよ。これも今出てきたばかりだし、あたしは午後の授業ないからのんびり食べてられるからさ?」


 松原はレンゲでチャーハンを指しながら言った。


「残念ながら俺は午後授業があるんだ。一緒に食べるのは構わないが、そんなに時間無いぞ?」


「俺も午後の授業ないんだよ、日和ちゃん、よかったらこの後カフェにでも行かない? 一月を見送ったらさ」


 誘うのが早いんだが。驚くべきスピードだ。こいつ、女の子なら誰彼構わず誘いやがる。いつか地獄に落ちろ。


「え、ええー、どうしよっかな。そうだ、今日はこの後の越生くんの授業に潜ろうかな〜、なんて」


 チラチラと松原がこちらを見てくる。ちょっと困っているらしい。まぁ、助けてやるか。


「好きにしてくれ、潜っても教授には気付かれないだろうから、そこは安心だ」


「じゃあそうしよーっと。ごめんなさい、青梅くん、また今度ね」


 絶対この後の授業なんて興味ないんだろうな、このゆるふわボブは。


「なんだよ、一月、モテモテだな」


 青梅は口を酸っぱくして言う。俺はモテモテなわけじゃない。お前が手当たり次第に誘いすぎなだけだ。


「おっと、もうこんな時間か。少し急いで食べるぞ、青梅、注文しよう」


 腕時計を見ると、次の授業まで時間がない。さっと食べて出ていかないと。


「オッケー、もう決まってるよ」


「二人ともメニュー見てないけど、よくここ来るの?」


「ああ、常連だ」


「あたしもよくここ来るんだよね。いつも最後にマンゴープリンを食べるようにしててね。そう、だから注文の時についでに頼んでくれない?」


「人使いが荒いやつだ。わかったよ」



 隣りに座る松原がマンゴープリンを美味しそうに食べるのを横目に、俺はエビチリ定食をガツガツと急いで食べた。青梅は午後の授業はないからと、のんびり食べ、席に残るというので俺と松原は食べた分の金を青梅に渡して大学へ戻ることにした。まぁ、なんだかんだで本当に面倒なことにはならなかった。一安心だ。


「松原、昨日はその、悪かったな」


 大学へ向かう道中、俺はふと松原に話しかける。


「いいの、もう昨日のことでしょ、過去を省みるのはとても良いことだけれど、悔いているのは何も始まらないわ。越生くんのその謝り方は後悔の念だよ。今はあの黒いピエロから魔導書を奪い返すこと、そのために何が出来るかを考えるべきよ」


 ああ、この女、たくましい。見た目がゆるふわなだけあってそんなイメージはなかったが、そういったことにすぐに立ち直れる性分なのかもしれない。俺は案外くよくよしていた。病院で意識不明になっている妹を見てからと言うものの、頭の中ではマイナスな事ばかり考えていた。日課になってしまっていて、いつもは絶対に欠かさない寝る前のネットサーフィンも、昨日は出来なかった。平然を装ってきたが、それくらい余裕がなく、切迫していたのだ。


 今こうしていられるのもエルによる理論的な説明やら、ちょっとしたお騒がせイベント、今隣を歩いているもっさり頭が安心させてくれるお陰だ。どうもこの松原日和という人物と一緒にいると安心できる。昨日知り合ったばかりなんだがな。



 講義が催される教室に入ると、既に沢山の大学生がいた。昼休みの余韻を残すように賑やかな話し声が響く。昨日の一限目のように異様な雰囲気はない。いつも通りの大学だ。いつもは喧しく思っていた喧騒も、今日ばかりは日常に戻ったようで落ち着く。俺はいつも四列目の席に腰掛けるが、今日は松原日和というイレギュラーがいる、後方の席に座ることにした。これなら目立ったりしないだろう。


「あれ、越生くんの隣……」


「ほんとだ……」


 あちこちから何やら勘違いしているような声が聞こえるが、気にしないでおこう。隣に座る松原はどこか誇らしげな顔をしていた。ちょっと不可解だったが、まぁいいだろう。勝手に噂話をしてくれ、俺はエンターテイナーではないし、俺を養分に話題に花を咲かせても金を取ったりはしない。


「それじゃ、講義始めますよ、資料を配布するので受け取ってください」


 教授が助手達を使って学生達に資料を配る。いつもの退屈な風景だ。この光景を見るといつも紙が勿体無いなと思ってしまう。まぁ、電子媒体で資料を配布したら学生が授業に出なくなるんだろうな。ま、ともかく真面目に聞きますか。



・・・



「でさ、エルちゃん、聞きたいことがあるんだけど」


 あたしは越生くんのタブレットを奪い、エルちゃんと話すことにした。授業中なので、勿論ヒソヒソと話している。聞きたいことがあるのだ。勿論、魔術のこと。あたしの魔法はどんなふうに使えるのか、聞いておきたかった。


「それはね、ヒヨリの魔力相が透明だから。砂糖という、食せるものを媒介して、ただ回復魔法として使えただけなの。魔法の本質はその扱う触媒に重きを置くの。」


 エルちゃんはいつの間にかあたしのことをヒヨリ、と呼ぶようになっていた。少し仲良くなれた証拠かな?


「じゃあ、回復魔法以外でも何かできるってこと?」


「そうね、綿菓子が出来たってことは砂糖の形を好きな様に変形出来るってことだわ。つまり熱ね。恐らくだけど、魔力を熱に変換して砂糖の形状を変化させているんだよ。それを上手く使えば……、例えば飴細工で鋭利なモノを作れるんじゃない?」


「飴細工かぁ、パティシエにでもなった気分だなぁ。でも、ポキポキ折れそうだし、あまり使えなさそう」


「魔力を相手に干渉させるっていうのが魔術を用いた戦いの基本なの。面白い話が魔力が通っていれば豆腐の角でも相手を倒せるんだよ」


「なるほど、でもそうしたら、あたしの透明の魔力は相手に干渉せず、魔力を与えるだけで、回復させてしまうんじゃないの?」


「それがね、干渉しないからこそできることがあるんだよ。逆転の発想だね」


 画面内のエルちゃんが指を振っている。早く教えてほしい。勿体ぶらないで!


「ヒヨリの出力する魔力は相手の魔力回路、身体を流れる血管のようなものだね、それに入っていくの。魔力回路には流れがあって、その中にヒヨリの制御下にある魔力を流したとしたら、何が出来ると思う?」


「……! そっか、ってことは」


「魔力回路っていうのは本当に血管に似通ってて、静脈と動脈のように、酸素を多く含む血と二酸化炭素を多く含む血が流れる場所が別れている、って言えばいいかな?

そうやって、生気が溢れている魔力を流す所と、瘴気が溢れる魔力を流すところがあるの。わたし達はそれぞれ”陽脈”と”陰脈”って呼んでいるわ。ここまで説明すれば後はなんとなくわかるかな?」


「うん、わかったよ、ありがとうエルちゃん」


「どういたしまして〜」


 授業、まだ終わりそうもないな、けど抜け出しちゃおうかな。


「越生くん」


 あたしは隣で真剣に講義を聞いている越生くんの肩を突く。


「どうした? エルから何か聞けたのか?」


「うん、とっても為になった。越生くんもありがと。それでさ、もう授業抜けるね。これから図書館でちょっと調べたいことがあって」


「抜けるのか? わかった。またな。何か魔導書に関してわかった事があったら連絡し合おう」


「うん、早く双葉ちゃん、助けようね」


 これで、いろいろな算段は整った、あと一つだ。越生くんには悪いけど、これはあたしが解決すべき問題だからね――。


 そうしてあたしは教室を後にした。出ていっても教授は咎めることなく、見て見ぬふりをした。

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