第19話 Troublesome

 ピピピピピピピ……


「ん……ぁ……」


 寝起き第一声は必ず腑抜けた声が出るものだ。目覚ましの音で目が覚める。


「ええと……今は、八時か」


 この家を十一時半に出れば今日の講義には間に合うので、ちょっと起きるのが早い。二度寝しようかな。


「こら。起きて、昨日の続きするよ」


 部屋の何処かから声がした。なんだっけ、何か忘れてる。


 ああ、そうだ。昨日映画館でよくわからん奴と戦って、よくわからん力を手に入れたんだった。


「一人で納得したような顔してないで、早くわたしを顕現しなさいよ」


 まだ頭がボーッとしていて、寝癖もついているというのに、急かしてくるこのよくわからん少女の声は俺のタブレット端末から聞こえる。


 俺は机の上に置かれている充電済みのタブレットを手に取り、パスコードを入力した。ホーム画面と一緒に蒼い髪の少女が映っている。この電脳天使はアプリケーション内だけでなく、この端末のどこにでも登場する。そろそろバグってるんじゃないか、このタブレット。買い換えよう。


 俺は瞼を閉じて、少女の形をイメージする。これで四回目だ。少しは慣れてきた気がする。



「そうね、昨日よりも魔力が安定してるわ。家にいる時はこうやって顕現の練習をしよう」


 顕現した後に部屋着に着替えたエルが言う。こいつ、まるで自分の家のようにゴロゴロとしていやがる。


「なんたってタブレットの中は窮屈だからね、外でのびのびしたいんだよ」


 本当は練習させたいんじゃなくて、自分が外に出たいだけみたいだ。


「ところでなんでこんな朝早くに起こしたんだ? 今日大学は昼過ぎからだから、もう少し寝ていたいんだが」


 寝癖の付いた髪を掻き乱しながら聞いた。


「戦う練習するって言ったの覚えてないの? まぁ昨日は色々あったから忘れてても仕方ないかな」


 少しムッとした。寝起きは沸点が低いのと、少し意地悪く言われたのが相まった。


「ああ、確かに言ってたな。しかし、戦う練習って何をするんだ?」


「まぁ、練習って言っても武器の錬成と、今やってる顕現の維持だけだよ。実際に動いて戦うのはわたしだから、別に筋トレとかしなくていいわけ」


「武器はその場その場で作ればいいんじゃないのか」


「そんなの時間掛かっちゃうでしょ、それに意識がそっちに集中したら顕現も不安定になるよ。今、顕現に意識向けてないと端末に戻っちゃうでしょ?」


 まぁ確かに。


「そのうち"顕現"という行為も無意識に出来るようになってくるでしょうけど」


「無意識か、到底考えられないが」


 平然とやっているように見えて割と気を張っているのだ。


「そうね、例えば自転車に初めて乗る時って足でペダルを漕いだり、体全体でバランスを取るのに凄く意識するでしょう? 」


「そうだな、補助輪を付けて乗ったりもするな」


「でも乗り慣れてくると、なにも考えずに乗れちゃう。『身体が覚えてる』なんて表現したりする、そんな感覚になってくるんだよ」


 なるほど、わかりやすい例えだ。しかし、今のところそんな感覚とは程遠いようだった。


「まずは武器を錬成するところからだね。これに関しては意識せずには出来ないけど……」


「昨日拳銃とか、下着とかを錬成したが、とにかくイメージするって感じでいいんだよな」


「うん、そうだね。そうやって出来た装備はこのアプリに保存出来るから、一度錬成すれば次はちょっとタブレットを弄るだけでいいわ」


 よし、どんな武器が良いだろうか。ちょっとやってみるか。



・・・



 ある程度武器の錬成を終えた頃、ふと疑問に思った事をエルに尋ねてみた。


「エル、このアプリの右上にある128GBっていうのは、装備出来る容量で合ってるんだよな?」


 今、エルに装備させているのは下着だけだ。『0.8/128GB』と表記されている。まぁ軽いちゃあ軽い。


「間違えてないよ、このアプリケーションは魔力を情報量に換算して表記してあるの。つまり、わたしには128GBだけの情報を同時に重ねることが出来るってわけ」


「俺の魔力の量とは関係がないってことか」


「うん、ちなみに生物が持つ魔力量はその時の体調や気分によって左右されるから、イツキがどのくらい魔法を使えるか、正確な量は割り出せないの」


 要は気の持ち様ってわけか。


「魔力っていうのは生命の流れそのものだからね。前にも言ったと思うけど、魔力が尽きればその生物は死んでしまうわ」


「だから注意して使えと」


「そういうこと。無茶は禁物だよ?」


 そう言ってエルは人差し指を俺の方に向ける。


 プルルルル……


 そんな質問を終えると、タイミングを見計らったようにタブレットに電話が掛かってきた。


「オウメ、カイト……」


 画面には『青梅海斗』と表記されていた。こいつはまぁ、なんというか、高校時代からの悪友だ。


「もしもし? 何か用か」


 少々面倒だが電話に出る。


『あ、ツッキー? 起きてた起きてた』


「なんだその気持ち悪いあだ名は、鳥肌立ったじゃないか」


 なんだ、朝からテンション高いな。勘弁して欲しい。


『ごめんごめん、イツキ、今日大学昼過ぎからだよな? ちょっと早めに来いよ、一緒に飯食おうぜ』


「悪いがもう少しゆっくりしてから……」


『じゃ、一時間後に大学でなー』


 プツン。


 あの青梅海斗とかいう馬鹿は、人の話を聞かない。そう思って、あのもっさり頭を思い出したが……。


 どうも俺の周りには人の話を聞かない人間が多いみたいだ。


 まぁ、家にいてもどうせぼんやりとしているだけだ。仕方ない。


「エル、これから大学行くからタブレットに戻すぞ」


「えーっ?! もっとゴロゴロしてたい!」


 なんだこのダメ人間は……。自分のことを天使と言っていた気がするが、こんなにもソファでくつろいでいる天使がいるとしたらそれは堕天使だ。


「こらー! わたしの話を聞けー!」


 タブレットに戻されたダメ天使は画面の向こうから出せーっ! と言わんばかりに画面をどんどん叩いている。


「やれやれ」


 言いたくない台詞を吐いて、タブレットを鞄に仕舞う。まぁ、行くか。



・・・



「よっ」


 大学に着くと、金髪で長身、細身の男がわかりやすい所に手を挙げて立っていた。こいつが青梅海斗、同じ大学の文学部に所属している。


「で、昼飯はどこで済ませるんだ」


「ほら、あの中華料理屋行こうぜ」


 ここから歩いて十分くらいした所にある中華料理屋だが、裏路地に店舗を構えていて、昼時でも人が少ない。穴場スポットである。


「行こうか」


 青梅の提案に賛成し、俺達は中華料理屋まで足を運んだ。



「イラッシャイマセ」


 店に入ると中国人のお姉さんが片言の日本語で出迎えてくれる。


「オスキナセキ、ドウゾ」


 言われて店内を見回す。


「あ……」


 すると、もっさりゆるふわな頭をした女と、美味しそうにチャーハンを頬張っているところで目が合った。


 ゆるふわ、もっさりな松原は目を丸くしてこちらを見る。口にチャーハン付いてるぞ、おい。


「え、なになに、あの子知り合い?」


 非常に厄介なことに非常に面倒な男、青梅海斗はその視線に気付き、そわそわしながら聞いてくる。


「はぁ……」


 思わず溜息をつき、俺は額に手を当てた。


 面倒くさい事になりそうだ。

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