第18話 異世界を瞬く流星

・・・



 一難去ってまた一難、それも去ってようやく家に帰ってきた。


「わぁあ!広いね!」


 あの後エルが「少し顕現を維持する練習をしよう」と言い出したので、顕現させたままの状態で家に帰ってきたのだが、まぁ面倒くさそうだ。


「すごーい!ソファもふかふかだー!」


 そう言っていつの間にかソファの上に立ち、ジャンプするエル。スプリングの軋む音を聞いて、顕現させることで体重も持つらしい事がわかる。いや、そんな呑気に考察してる場合じゃなくて、ソファがダメになっちまう、やめさせないと! 練習させたいんじゃなくて俺の家でくつろぎたいだけじゃないのか? こいつは。


「ねぇ、イツキ、部屋着とかないの?ずっと制服姿なの嫌なんだけど」


 ひとしきりはしゃいだ後、エルは聞いてきた。


「あるにはあるが、これで服を作ったほうが良いんじゃないのか?」


 と、俺は手にしていたタブレット端末を叩く。


「そうしたら余計イツキの魔力を消費しちゃうでしょ。わたしの顕現だけなら魔力の回復が追いつくけど、そこまでしたらイツキまた倒れちゃう」


 そんなに魔力ってのは限度があるのか。


「そうか、それなら妹の部屋に――」


 妹の部屋に幾つかあるから借りてきていいぞ。俺は、そう言う前に暗くなった。妹は今、病院のベッドだ。そうだよ、俺はこんなところで何してるんだ。


「……妹の部屋から取ってきてやるからそれに着替えてくれ」


「うん、ありがとう」


 エルに表情を見られないようにしつつ、リビングを出て階段を上がる。


「おいおい、双葉よ、服が散らかってるじゃないか……」


 余程慌てて出ていったのか、着る洋服を迷っていたのか、部屋には洋服が散らかっていた。ああ、今日珍しくスカート履いてたな、私服なのに。


 俺は適当に洋服を片付け、部屋着を取って妹の部屋を出た。


 リビングに戻るとエルは少しモジモジとして、俯いていた。


「どうかしたか?」


「ええと、何ていうかその、イツキにお願いがありまして……」


 随分としおらしいな、トイレにでも行きたいのだろうか。いや、まずこの電脳天使、食事やトイレはするのだろうか。


「その……下着を」


「下着?」


「だからっ、下着だけはそっちで作ってっ」


 八重歯を見せながら叫ぶエルが指を指した先には充電中のタブレット端末が。もしかして……


「エル、もしかして今下着付けてないのか?」


「っ……!」


 図星だったようだ。確かに制服は創造したが、人の洋服はそんなに単純ではない。下着、という奴もあった。完全に失念していた。


「そんな冷静に分析してなくてもいいから!」


「わ、わかった」


 地の文を完全に読んできたぞ、この電脳天使。俺にプライベートがなくなった瞬間である。


「ええと、サイズは――」


「…………」


 無言でこちらを見てくるエル。なんだかすごい圧力だが……。


(…………)


 脳内に直接、沈黙が伝わってきた。相変わらず物凄い剣幕でこちらを見ている。


(……B)


「え?」


(だから…Bって言ってるでしょう早くしなさいよっ!)


 身体を隠すように手で覆い、泣きそうな顔でこちらを見ている。表情がコロコロ変わって面白い。いや、ちょっと怖い。


「わかったから、ちょっと待て」


 充電中のタブレットを取り上げ、アプリを開く。それから下着をイメージする。


 なんだ、やってることただの変態じゃないか。


 下着と言ってもどんなのが良いんだろう。うーん、妹が着けているやつでいいか。洗濯物を干したときに見たあの柄でいいや。


「exe.……っと」


 俺は実行ボタンをタップした。これで下着はエルに着けられたはずだ。


「あの、ちょっと大きいんだけど」


「大きい?妹のをイメージして作ったんだが」


「だからぁ、Bって言ってるでしょ!」


 また暴れだすエル。


「わかった、わかったからこれ以上暴れるな!」 


 ああ、そういうことか。俺は、少しサイズを小さくして作り直す。


「どうだ?」


「くっ……悔しいけどピッタリよ」


 今にも噛み付いてきそうな鋭い眼差しをしながら俺に言う。顔は赤く、少し涙をためていた。今のを失敗したら俺は噛みつかれるか泣かれていたに違いない。


「それは良かった」


 はぁ……やれやれ、年頃の女の子は大変だな。いや、エルって何歳なんだ?


 まぁ、それは後で聞くとして、今は調べたい事がある。そう、父親の書斎だ。



・・・



 俺とエルは軽く食事を済ませ、父親の書斎に入った。因みにエルは顕現しているときには普通の人間と同じように扱って良いらしい。食事もするし、トイレにも行く。


 書斎には本がズラリと並んでいて、照明が暖かかった。しかし、二年間ずっと放置していたため、机にはホコリが被っていた。とりあえず俺は机の引き出しを捜索した。すると、わかりやすい所に手紙があった。


「一月へ。だと? ちょっと読んでみるか」


 手紙には父、宗一郎が開発したアプリケーションは高次元の世界に存在する生命体をこちらの世界に固定するものであること、エルは同意の上でアプリケーションと同期してくれたこと、魔法使いになったことで得た力は人の為に使うこと、書斎の本は自由に使って良いことが書いてあった。


 一通り読み終えて、書斎の本棚を見渡してみると、本はほとんどが魔術に関するものであった。俺はそのうちの一つを手に取った。


「魔術に関する歴史、か」


 この文献には高次元世界、つまり天界についての記述が最初にあった。天界ではこの世界と同じく幾つかの勢力、つまり国があり、エルのような天界人だけでなく、様々な生物が生息しているらしい。


 この世界、まぁ人間界とでも言おうか、と根本的に違うところは生活や事象など、すべて魔術を基盤としているということだ。人間界は科学技術とともに文明が発展してきたが、天界ではそれが魔術に取って代わる。


 魔術と人間界との関わりは古い。原因は不明だが、稀に天界から人間界に天界人やその生命体が落ちてくる事があるらしい。それらが人間界の住民に魔術を教えるのだ。


 例えば、中世の魔女裁判なんかもその一例らしい。天界から降りてきた天界人から魔術について学んだ人間は、魔法を使うようになった。それを気味悪がった人々は魔法を使う人間を裁判にかけ、処刑したらしい。


 このように、魔術は人間界の間では噂や伝説、伝承レベルで伝わってきたのだ。しかし、なぜ人間界に魔術は広まらないのか。それは天界から降りてくる生物は皆一様に短命だったからだ。


 本来、天界の生命体は天界から人間界に降りることは出来ない。人間が一人で宇宙空間へ出るようなもので、天界の生命体が人間界で生命を維持するには、自身の魔力を常に放出している必要があり、魔力が枯渇すると生命は機能を停止する。


 時に、天界の生命体の中には人間界の物に取り憑き、自信の存在を固定する者もいた。そうすることで生き長らえる事が出来たようだ。


「わたしもその物に取り憑くっていう奴の応用なんだよ?」


 ある程度読み終えると、エルがそう言った。なるほど、そうしてこの世界に固定化出来ているのか。


「わたし達はこの世界に突然現れては消える、そうね……、流れ星のような存在だったのよ」


 流れ星、言い得て妙だ。俺は、この秘密の世界に思いを馳せた。どんなところなんだろうか。


 次の項「夢と天界の関連性」について読もうとしたところであくびが出た。時計を見るともう夜中の二時だった。


「明日の講義は昼からだが……、まぁ寝るとしよう。エル、もうタブレットに戻してもいいか?」


「うーん、ホントはベッドで寝たかったんだけど。イツキも疲れてるし、いいよ」


「そりゃどうも」


 そう適当に返事をして、イメージを解除し、エルをタブレットに戻した。

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