第15話 縁日に漂う雲Ⅲ



・・・



 ――。


 お母さん――。


 ……かぁ…さん――。


「お母さんっ! ……って夢……?」


 いつの間にか寝てしまっていた。昔の夢を見ていたみたい。外は暗くなり始めていた。部屋を見渡すと、越生くんが座椅子に座りながら寝ていた。


 あの縁日の出来事をどうして今、夢で見たのだろう。今日起きた事と何か関係あるのかな。よくわからないけども、少なくとも十年前のあれは今日のことと”奇妙”という点で一致している。


 あの悲劇の後、お父さんとあたしはもう一度あの神社へ行き、お母さんを探した。当然見つかるはずもなかった。警察にも捜索願を出した。しかし、十年経つ今でもお母さんは行方知れずだ。


 そして更に奇妙なことに、隣人から神主さんまで、いろいろな人に事件のことを聞いて回ったけれど、誰一人としてそれを覚えていないのだった。みんな口を揃えて「縁日は滞りなく催された」と言うのだった。また、あれだけ行方不明者が出ているというのにニュースにも記事にも取り上げられなかった。あの綿菓子を口にして、倒れ、姿を消した人達は”最初から居ないもの”にされているかのようだった。


 事件から数ヶ月して、お父さんの仕事の都合で今住んでいるところに引っ越すことになった。当時まだ小学三年生だったあたしは、唯でさえお母さんを失っているというのに住む環境まで変わってしまい、塞ぎ込んでいた。要は新しい学校に溶け込む余裕もなく、不登校になってしまったわけだ。


 お父さんは常に忙しそうにしていたけれど、あたしのことをちゃんと育ててくれた。慣れない家事をするのも、あたしのワガママを聞くのも、全部。そんなお父さんを見ていたあたしは、塞ぎ込むのをやめた――。


 中学に上がる頃、あたしは自分に”仮面”を付けた。


 それは、塞ぎ込み、甘えん坊で、内気になってしまった本当のあたしに覆いかぶさるように。あたしは”社交的な、明るいあたし”という仮面を付けて歩くようになった。あたしにとって、外の世界は常に舞踏会だった。


 そうして中学、高校と、あたしは「明るくて元気な性格」として周りの人から見られるようになった。もちろん、友達も沢山できた。ただ、そんな素の顔で接してくれる大切な友人たちに対しても、あたしは仮面を外すことができなかった。いいや、そうじゃない。外そうと思っても、外せなかったんだ。


 いつからかわからない、付けた瞬間からなのか、いつの間になのか、あたしの仮面はあたしの本性と同化してしまっていた。自分でもどっちが本当の自分なのかわからなくなっていた。仮面は呪われてたんだ。


 大学生になった今でもあたしはそうして生きている。


 きっと、お母さんがあたしにかけた呪いなんだ。これはきっと、ずっと外れない。


 映画館で見たピエロのように。見える仮面ではないけれど、気味の悪さではあたしもあのピエロとおんなじだ。


「この仮面が外せたらな……」


 なんて呟いて、越生くんの寝顔を見やる。なにが「近寄りがたい」だ、こんなにも無防備な顔してるじゃない――。


 ううん、あたしもあのピエロみたいにもっと、素顔だけじゃなくて、姿も隠すべきなのかもしれない。あのマントととんがり帽子を……?


「そっか、そうだったんだ」


 あたしは昔の出来事を夢で見て、気が付いた。ううん、どうして今まで気付かなかったんだろう。


 これはまだ推測だけど、もし正しかったら、あれはきっと。


 あたしの問題なのかもしれない。きっとこの”呪い”を解くチャンスなのかもしれない、そうにも思える。


 そう。


 ひょっとしたら、会えるかもしれない。


 ――お母さんに。

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