第8話 .exe

「ーレnーア、ワーーガーーヨ?」


「なんだ?誰だ?」


 どこからか、電子音のような、声にならないような声がした。それも物凄く近い所からだ。


「それなら、わたしが助けてあげるよ?」


 今度は鮮明に聞こえてきた。女の子の声だ。


「頼む、このシアター内に妹達がいるんだ。助けてくれ」


 助けてくれるというのだから、助けてもらおうじゃないか。なんだかよくわからないが今は藁にもすがりたい気分だ。


「お安い御用ね」


「いいから早くしてくれ!」


 そんな呑気なこと言ってる場合じゃない。一刻を争う事態だ。


「でもわたしを動かすのはキミだよ、わたしはキミのものなんだから」


「は?何を言ってんだ」


「とーにかく!キミ!自分のタブレットを出しなさい!」


 声に言われるがまま、俺はタブレット端末を手にした。


「どーも、わたしはキミに召喚されて出てきた精霊です。まぁ、言い換えるならキミの魔力が具現化した召喚獣みたいなカンジ?」


 タブレット端末の画面には女の子が映っていた。蒼い髪が長く、電脳の世界でなびいていた。


「なるほどな、これが俺の魔法……、なのか?」


 タブレット端末の画面内に女の子を召喚したところであの扉が開くはずもない。どうやらすがったのは藁以下だったようだ。


「そうよ、そんな事よりキミ、服を着せてくれない?」


 と、呑気にコーディネートを所望する画面内の女の子。そんな暇はないのに……。


「キミキミうるさいな、俺の名は越生一月だ。服か、どうやって着せるんだよ?」


 ええい、もう知らん、話に乗ってやる。


「じゃ、イツキ、イツキの眼前にもう一つ自分の身体があると想像して?」


 例えばゲーム内で一人称視点から三人称視点に変える感じだろうか。


「こうか?」


「そう、それで一度目を瞑って、強く念じるの」


 俺は言われた通りにやってみた。すると目を開けた瞬間、蒼い髪の少女が俺に飛び込んできた。彼女のせいで目の前が真っ暗になった。


「な、なんだ?飛びつくな!」


「わ、わたしだって恥ずかしいんだよ!?でも今離したら裸見られちゃうでしょ?!」


 両手で目隠しをされている上に、裸のまま抱きつかれているらしい。うわ、近い近い。吐息が当たる。


「わ、わかった早く服を着せるからどうするか教えてくれ!」


 抱きつき合ってる場合じゃない、何が楽しくてこんな時にバカップルの真似事をしているんだ。


「イツキの眼前にいるイツキが、服を身に纏っている感覚を保つの!って、わわわ!?」


 ドスン、俺は足を引っ掛けられ、尻餅をついてしまった。向こうも慌てていたのだろう。驚いて、お互いに身体を離してしまった。目の前に立っているのは驚いた表情の、蒼い髪の可愛らしい裸の少女。


「っっ〜〜!!」


 少女は徐々に顔が赤くなった。まぁ、その後は俺の頬に真っ赤な手の型が付いたわけだが。





「すまんかった、取り敢えず服はそれでいいか?」


 一悶着あった後、俺は彼女に服を着せた。先程この子を念じて顕現させたように、服も簡単に着せることが出来た。女の子の服はよくわからないから、妹の制服を念じて召喚させた。


「いいんだけど……」


「けど?」


「なんでもないっ!」


 恐らく制服姿というのが不満だったのだろう。まぁ仕方ない。


 彼女が召喚されてから、タブレット端末には新たなアプリケーションがインストールされていた。


 魔法ってのは随分と便利なんだな?てっきり自分で全てを構築するのだと思った。


 アプリケーションを起動すると、彼女の3Dモデルが表示される。今なら制服を身に纏った彼女だ。


 画面右上には『3.2/128GB』と表示されている。128GBは彼女が何かを装備出来る上限らしい。画面を左から右にスワイプすると、恐らく装備の一覧が表示される。そこには制服、3.2GBと書いてあり、左のボックスにチェックマークが入っている。


 なるほどな、なんとなくだが、これをタップすると服が消えるのだろう。また叩かれる未来が予想出来る。


 それから右下に赤丸があり、そこに白抜きで「実行」と書かれているが、なんのことなのか良くわからない。


「そのアプリはわたしを管理するものよ、わからない事があったらわたしに聞くことね?」


 俺は随分と難しそうな顔をしていたのだろう、少女が声を掛ける。小さい奴のクセして随分と頼りになりそうだ。


「とにかく、四番シアター内に急ぐぞ、妹達が心配だ」


 まだこの「実行」ボタンは使わなそうだ。質問は後でもいいか。


「りょーかーい」



 俺達は扉の前に立った。蒼い髪の少女は俺に少し離れるように言った。


「アチョーッ!!!」


 綺麗な手刀が扉に炸裂し、扉には青紫色の、よくわからない紋様が浮かび上がる。その紋様が消えたかと思うと、扉はまるでガラスのように粉々に砕けた。


「すごい。こんな簡単に壊せるのか……」


「強い衝撃と共にイツキの魔力を注ぎ込んだの。この扉は他の魔術師の魔力で強化されてるから、イツキのを干渉させれば回路が崩壊するの」


「なるほど、魔力の干渉の結果は崩壊、か」


「まぁ、色々あるけど、一応はそういうこと。魔術の基本よ」


 少女は腰に左手を当て、右手で俺を指差して、ウィンクした。


「わたしはイツキの魔力によって顕現してるから、イツキ自身は触れられるわ、でもある一定の強度を超えた外部からの魔力干渉があると、わたしは具現化できなくなって、そっちに戻るの」


 そう言って少女はタブレット端末を指差した。


「お前の身体全体を強化させることで、戦闘は可能か?」


「できなくは無いけど、重くなって機動力が下がる上に、イツキの魔力の浪費に繋がるわ。バグが発生しやすくなるの」


「皮膚強化は効率が悪いのか。バグとはなんだ?」


「わたしへのコマンドが効かなくなったり、装備されているはずのパーツが無くなったりするわ。一度バグが起きたら一旦武装解除をする必要があるわ……」


「つまり、その制服まで解除されるってわけだ」


「う、うん……」


 裸を見られたのが恥ずかしかったのだろう、彼女はうつむきながら言った。俺悪くないよね??


「と、とにかく、わたしの身体全体を強化するよりも、わたしの身体の一部を強化する方が効率的だわ。もっと言えば、わたしに装備させるものを強化するのが一番良いの」


「そうか、お前の身体の一部を強化するにはどうしたらいいんだ?」


「イツキが強化したいと思った部分に念じれば良いだけよ。さっきこの扉を破壊した時も自然とわたしの右手に魔力が集まった、つまり強化されたってわけ」


「なるほど、身体の部分強化は俺が念じれば出来る、無意識でもある程度されるってわけか」


「ただしこれには欠点があるわ。強化するって事はつまり、身体全体を流れている魔力をある部分に偏らせているって事なの。だから、他の部分が脆くなってしまうの」


「では、お前に何かを装備させるのが理想的だと」


「そう。さっきこの制服を着せてくれたでしょ?その時みたいに作りたいものを想像するの。その間はタブレット端末にある実行ボタンを押しながらするのよ」


「わかった。やってみる」


 それを聞いた俺は「実行」と書かれたボタンを押しながら、手頃な拳銃を思い浮かべた。この小柄な少女が持ち易そうなものだ。


 すると、タブレットの画面には想像した通りの拳銃の3Dモデルが表示された。この拳銃は23.1GBの容量があるらしい。また、銃弾一発毎に0.5GBの容量を食う。容量ってのはつまり俺の魔力らしい。


 しかし、魔力っていうのはどんな仕組みなんだろうか。弾丸として放出した魔力は回復しないのか?魔力はどこからやってくるんだろうか?


 まぁ、考えるのは後だ。装備確認画面がポップアップしたので適用をタップした。画面右上には『26.2/128GB』と表示が切り替わった。


 すると少女はどこからともなく現れた拳銃を手にしていた。


「制服姿に拳銃って、なかなか乙な組み合わせじゃない?」


 少女は皮肉めいて言う。


「ファンサービスだ」


 とにかく妹達を助けるのが先決だ。適当に返事をし、俺と蒼い髪の少女は劇場内に足を踏み入れた。

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