第7話 Fragile

 映画館はガラガラで、松原達はど真ん中の席四つを確保していてくれた。ジュースとポップコーンを購入し、早速シアターへ。もちろん今度は割り勘だ。案内された四番シアターは入ると暗かった。何が起こるわけではないが少しワクワクしてしまう。


 シアター内には俺たちと、後ろの方にチラホラと人がいた。映画館もよくこれで商売成り立つな…とか、平日のこの時間帯に映画を観にきてる輩はどうやって生計を立てているのだろうとかは考えてはいけない。さて、上映開始時間まで、後十分はある。


 グルグル……。

 

 ん?なんか腹痛いぞ?さっきのファミレスで食べたハンバーグが当たったかなぁ……。


「すまん、妹よ。腹が痛いからちょっとトイレ行ってくる。映画始まっちゃったらマズイから、一番端の席を空けておいてくれ。あと、このポップコーンと飲み物よろしく」


「え?うん、大丈夫?わかった、そうするよ」


「ありがとう、双葉」


 そう言って、皆が席に着く前に、俺はそそくさとトイレへ向かった。



・・・



「お兄ちゃん、お腹痛いからトイレ行くって。一番端の席を空けておいて〜だって」


 その隣は当然私が座るからね、ハルちゃんと松原さんだっけ?には座らせないわ!


「えーっと、F列だっけ?あ、ここだ、はい、先どうぞ〜」


 と、松原さん。


「いえいえ、松原さん先入っていいですよ?」


 先に列に入ってしまえば抜かす事は出来ないので、必然的に奥の席に座るしかない。そんな作戦には引っかかりません!


「いやいや、先入っちゃいなよ、後がつっかえてるし」


「いえいえ」


「いやいや」


 譲り合いの応酬になってしまった。でも負けるわけにはいかない、なんたって二時間もお兄ちゃんの隣を奪われるのはたまったもんじゃない、しかも真横で!


「いや、もうあんた達先に入りなさいよ……」


 ハルちゃんの呆れとイライラのオーラを汲み取り、私達は渋々奥へ。結果的に奥から松原さん、私、ハルちゃんの順で座った。くそぅ。


「さーて、あと五分だ。あ、でも最初の十分くらいコマーシャルだよねー、案外観ちゃうけど」


「確かにそうですね、魅入ってしまいますよね、松原さんがお兄ちゃんにそうしていたみたいに」


「おいこら、年上をからかわない」


「いてっ」


 右側に座るハルちゃんにチョップされる。不意打ちやめて……。


「え、え?そんな魅入ってたかなぁ?ははは」


「松原さんも、ちょっとからかわれたくらいで動揺しないでください……」


 ハルちゃんはまったく、もうと言わんばかりの呆れ顔をした。年上のお姉さんにもそんな立ち回りをするのかこの親友、なかなかやりおる。



 ブーーー!!


 そんな事を言っているうちに、映画が始まった。まずはCM。


「こほん。マイクテストマイクテスト。え、そういうの要らない?……、わかりましたよ。じゃあ投影しますねぇ」


 突然、甲高い声が聞こえてきた。え?なんだこれ、マイクテスト?映画館でマイクテストなんてしないけど……?


 そんな事を考えているうちに、スクリーンが明るくなった。そこには合わせ鏡のように私達が映っていた。


 ただ一つスクリーンの方に変化があるとしたら、スクリーンに映し出されている一番前の中央の席にサーカスでよく見るようなピエロが座っていることだ。


「こんにちは。私はただのピエロ……。道化師に過ぎない者です」


 劇場内がざわめく。なんなのこれ、CMにしてはやりすぎじゃない……?


「おっと、いけませんねぇ。部外者の方々は眠って頂かないといけません」


 ピエロがパチン、と指を鳴らしたかと思うと、劇場内にいた人々はバタバタと倒れてしまった。えっ、どういうことなの?隣に座っていたハルちゃんも倒れてしまった。


「ハルちゃんっ!ねぇ、起きて!」


「そんなことしたって無駄ですよ?彼らには魔力干渉を施しましたからねぇ」


「なに?なんなのこれ!?何故私たちだけ起きているの?」


 私の左隣に座る松原さんは起きていた。私達二人だけが起こされている。


「それは、これからお話する事に関係があるからですよ?」


「それは、魔術とか、魔法とか、そういった話よね?」


「良いですねぇ、越生双葉さん……。物分かりが良くて感心してしまいます」


 だけど、なんだかこのピエロさんはあの『図書館』のときとは違って危うい香りがする。シックさんとは全然違う。


「えっ?双葉ちゃん、貴女も……?」


 松原さんが驚いた表情で私に尋ねてくる。


「そうです。今日ここに来る前、夢を見ました。とっても現実的で幻想的な夢を。私はとある魔導書をこの身に宿しているそうなんです。その魔導書は、図書館に返さなくてはいけない。でも私は図書館からその魔導書を借りた覚えがないの。だから、どこにあるのかもわからない。私は自身が魔術師になることで、魔導書の在処を突き止めることにしたんです」


「そうです。そうなんです。その二冊の魔導書……。その内の一冊でも我々『ピース・メイカー』に譲って頂きたいのです。勿論そのためのお手伝いはします。少々強引になってしまいますがね」


 ピースメイカー?なにそれ。


「強引ってどういうこと?」


「まぁ、強引なんですかねぇ。少し、貴女の記憶が無くなってしまう程度ですよ」


「なにそれ。私の記憶に絡みついた魔導書だから、無理矢理切り離すって事?」


「そうです。私の魔力が貴女に干渉するので、もしかしたら記憶の他に貴女の身体にもダメージがあるかもしれませんねぇ」


「イヤだよ、そんなの。私が自力で取り出すからそれまで待ってくれない?」


 もちろん渡す気はないけど。


「残念ながら、待てません。元より貴女に拒否権はないのです。お話、というのも同意を求めるためのものではありません。ただの退屈凌ぎですよ。まぁ、もっとも、同意をして頂けたなら、穏便に事を済ませられたでしょうけどねぇ」


 ピエロが今度は手を叩くと、どこからともなく黒塗りのステッキが現れた。その先端を私に向けて言い放った。


「では、貴女の持つ『蛇の書』、奪わせて頂きますねぇ」


 ステッキは如意棒のように伸びたと認知するや否や、それは三股に分かれて刺股の様になり、二人の胴を捉えた。私と松原は席から動くことが出来なくなってしまった。


「双葉ちゃん!」


 松原さんは私の名前を叫びながら、刺股のようなものから逃れようと必死に藻掻くが、刺股のようなものは先端が切り離され、私と松原さんの周りに輪を作った。その輪は徐々に私達の身体を締め上げる。


 次の瞬間には、きっとこのピエロの魔法で私の記憶が消し飛ぶんだ。どうしてこんなにも、呆気ないの?さっきまで座席の取り合いをしていたのに、どうしてこう、いとも簡単に日常が崩れ去るの……?ああ、お兄ちゃん。助けて……。




・・・




「あー、腹いてぇ……あ、わかった。俺緊張してんだな、これ」


 女の子三人に囲まれて映画を観る、なんて二十年生きてて初めての経験だ。DT感丸出しじゃねーかというツッコミはやめてくれ。俺は唯、純潔を守っているだけだからな!


「あーやべ、もう上映してる……」


 トイレを済ませ、時計を見ると既に上映開始時刻から五分が経っていた。妹は自分は良く遅刻したり、ボーッとしたりするくせに、他人の遅刻には物凄く起こるのだ。ホント、理不尽というか、なんというか……。


 映画を見終えた後に怒られるだろうことを覚悟して、劇場のドアを開けた。否、開けようとしたが、開けられなかった。なぜだ?扉は鍵はかからないタイプのはずだ。ドアが重いのかともう一度今度は強く押してみたが、ビクともしない。



「なんだこれ……」


 俺はチケットを購入したところまで戻り、店員に聞こうとしたのだが、店員達は皆床に倒れていたのだった。ロビーにいる人々もみんな倒れている。意識がないみたいだ。外に出てみようにもそこもドアが開かない。


「大丈夫か!?おい!しっかりしろ!」


 俺は慌てて店員の一人を抱きかかえた。しかし反応はなかった。どうなってやがる。クソ、ひょっとして喫茶店で考えていた事が当たったか?これは魔術的な妨害なのか?


 そうしたら松原が危ない。それに双葉や晴香ちゃんだって危険にさらされている。一刻も早く四番シアターに入らなくては。


「クソ!開いてくれ!」


 俺は映画館のロビーにあった椅子を運び、四番シアターの扉にぶん投げた。椅子は不自然な反射の仕方をし、地面に落ちた。扉はビクともしなかった。椅子を見ると、金属製の脚がぐにゃりと曲がっていた。


 完全に閉じ込められた。クソ、俺に魔法が使えればなんとかできるかもしれないのに……。俺には何も出来ないのか?


 魔法があると知った日に、よくわからない事態に巻き込まれて、ああ、なんて不幸なんだ。


 何か悪い事でもしたか?いいや、そんな事は無いはずだ。至って普通な毎日を過ごしている。


 手詰まりだ。何度椅子を曲げたってこの扉は開いてくれない。


 ――ああ、チクショウ。


 誰か助けてくれ……。


「ーレnーア、ワーーガーーヨ?」


 無力な自分を呪っていると、どこからともなく電子音のような、声にならないような声がした。

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