第6話 A chance encounter

・・・



「なるほどな、お前の家はここの駅が最寄りなのか」


 俺と松原は例の駅前のファミレス前にいた。ちょっとした地方都市の大きな駅だ。新幹線も通っていて駅前には百貨店やファッションビルなどが立ち並んでいる。うちの最寄り駅とは大きな違いだ。喫茶店ではお互い何も食べずにいたので近くのファミレスで飯を食ってから映画を観ようということになった。


 ファミレスは平日のお昼にしてはそこそこ混んでいた。扉を開くと呼び出し音が鳴り、少しすると気怠そうなウエイトレスがやってきた。


「何名様でしょうか」


「ええと、二人です」


「お煙草はお吸いになられますか?」


「ああ、すいません」


 後ろで立っている松原がクスクス笑っている。


「おい、なんで笑うんだよ」


 ウエイトレスに席を案内されている途中、耳打ちした。


「だって、越生くん、すいませんって言うから。煙草吸わないくらいで謝らなくていいのに」


 そんなくだらないことで笑ってたのか……。突っ込む気にもなれなかった。こいつのツボはどこかおかしな所にあるらしい。


 俺達は窓際の席に案内された。窓際の席というのは外から見る人の印象を良くするため、見栄えのいい客、例えばカップルなどが案内される事が多いと聞いたことがあるが、俺達はカップルに見えるのだろう。別に悪い気はしない。


 俺はハンバーグとライスを、松原はカルボナーラを注文した。


 昼の時間帯で忙しいのか、料理が出てくるのが少し遅いなと思った。お互いにスマホを弄っているのも嫌なので、松原にこれから観る映画のことを聞いてみることにした。


「その映画ってのは人気なのか?俺はあまり映画に詳しくないんだが」


「人気だよ!ほら、今良くテレビでCMやってるじゃない」


「うーん、テレビは観ないからなぁ。家ではネットサーフィンが基本だ」


 うちは俺も妹もほとんどテレビを観ない。家にテレビはあるが、生活の中ではあくまでもBGMだ。お陰で電気代が安い。いや、俺が夜な夜なネットサーフィンをしているからそんなに安くないかも。


「テレビ観てないと話題についていけなくならないの?」


「余計なお世話だ。そんな事を話すほど友達いないんだよ、悪かったな」


「じゃあ、これからあたしと話すためにテレビを観るようにしてね?」


「残念ながらネットが忙しいんだ」


 なんでお前に合わせて観なきゃならないんだ。


「はいはい。今日見る映画はね―」


「はぁ?!」


 松原との会話を遮って、突然素っ頓狂な声を上げてしまった俺は席から立ち上がった。なぜ俺がこんなにも驚いているかというとだな、つまりは、その……なぜか妹が目の前にいたのだ。


「おにい……ちゃん?」


 妹は驚きから徐々に落ち着きを取り戻したかと思うと、徐々に危険なオーラを放っていった。なぜだ?いや、自明かな?だって向かいに女の子を座らせてるんだもんね、本来だったら講義中のはずなのにね。でもなんでお前もここに来てるんだ、妹よ……。


「双葉、ちょっとまて、おい、話そう、話せばわかる、いや、わかんないな、いやでもわかるから!わかるからちょっ―」


 ゴシャァ!!!!、と妹のカバンが顔目掛けて飛んできた。中に入っていた財布、携帯、ポーチなどが散乱し、マトリックスのようにスロー再生で飛んできた。うわぁ、避けられねぇ。




・・・




「さて、お兄さん、これは一体どういうことなのか、説明していただきましょうか?」


 妹の先制攻撃をくらい、満身創痍の俺を憐れみながら言うのは、妹の親友、俺の唯一無二の天使である藤島晴香ちゃんだ。彼女がこの場を鎮静化させ、仕切った。ナイス!最高だ、晴香ちゃん!と思ったが、突然俺へ矛先を向けて来たためにショック死してしまいそうだ。晴香ちゃん……そんな……。


 晴香ちゃんは双葉の小学生からの親友だ。今でもよく家に遊びに来たりするので面識はある。そのポニーテールと小動物のような見た目が愛くるしい……じゃなくて何か言い訳を考えないと。


「こいつは大学の後輩の松原日和だ。色々あって一緒に映画を観ることになった」


「その”色々”を教えて欲しいんですけどね?」


 作られたような笑みを崩さず聞いてくる晴香ちゃん。


「怖い、怖いって晴香ちゃん。いや、だからそのあれだ。同じサークルで、その映画を観るのも、そのサークル活動の一環なんだよ、んで、俺達家が近いからどうせだし一緒に観るかーって事になったんだ」


「そうそう、そうなのよ~、別にデートとかじゃないし、ね?」


 デート?そこなのか?まぁ、合わせてくれてよかった。ナイス松原。


「なるほど、それなら安心です。でも午後の講義はどうしたんですか?もしかして、サボり、ですか?」


 晴香ちゃん、そんなに睨まんでくれよう……。いや、これはご褒美なのか?俺にはそんな…、睨まれて嬉しいとかそんな趣味はないぞ!やめろ!


「違う、今日は午後の講義は休講だったんだ。よく教授は気分で休んだりするからさ、大学まで行って初めて休講だと知らされることなんてザラなんだよ」


 自分でもびっくりするくらい言い訳がスラスラと出てきた。すみません。気分で休んでるのは学生の方です。


「あたしは今日の午後授業なかったからさ?」


 と、一学年下の松原も付け加える。一年なら月曜は五限までフルに入っていることが多いが……。こいつもなかなかやりおる。


「だって、お兄さん、疑いはないよ、双葉」


 と、晴香ちゃんは双葉に話しかける。


「ん?」


 といいながら隣に座る我が妹は呑気にズルズルとナポリタンを啜っていた。行儀の悪い……、というかいつの間に料理が来たんだよ。もう双葉にとってはどうでも良い話らしい。


「って、おい!」


 ツッコミを入れる晴香ちゃんに、やはは、と苦笑いする松原は向かいに座っている。修羅場は過ぎ去ったようだ。


「ところで、晴香ちゃんと双葉、どうして二人がここにいるんだ?学校は?」


 一悶着終わったので、こちらも疑問を投げかけることにした。


「お兄ちゃん、私、土曜日まで修学旅行があったでしょう?だから今日は振替でお休み。もう、それくらい知っててよ。それと電車の中で電話しちゃダメだよ」


「はいはい。電話は急いでたんだ、すまん」


 そんなこと知るか。昨日予め言ってくれれば今朝あんなに慌てなかったのだが……。まぁ、その後に恐ろしく奇妙なことがあったからどうでもよくなってくる。


「さて、松原。これから映画を観る、という話だったが……、どんなものを観るんだ?」


 とりあえず、さっき途切れてしまった会話に戻す。


「うーんとね、これこれ」


 松原はここへ来る途中に映画のサイトを訪れていたらしく、鞄から自身のスマホを取り出してすぐに画面を見せてきた。


「え、それ私達も観る予定のヤツですよ!!」


 晴香が食いついてきた。まぁ、なんと偶然。


「じゃあみんなで一緒に観るか?」


「うん!いいと思う!」


 提案する俺にすぐさま同意する双葉。流石は我が妹だ。俺は晴香ちゃんの隣の席を所望するぞ。


「まぁ、いいけどさぁ……。越生くん、来週の件、忘れないでよ?」


「あ、ああ。もちろんだとも」


 松原こいつ、妹達を挑発するためにワザと今言ったな?メールアドレスはさっきの喫茶店で交換しただろうが。それも強制的に。メールでリマインダーを送れ。


「ええ〜、なんなんですか、お兄さん。来週の件って?」


「おっと、いけないもう映画が始まってしまうぞ?ここは俺が奢ってやるからお前らはチケットを買いに行け」


 面倒くさいので話をぶった切る事にした。実際上映開始まで時間がないからな。


「やったー!お兄ちゃんの奢りー!」


 と喜ぶ双葉。


「いや、お前には今朝置いてった千円札があるだろう。それで払え」


「けちー、だからモテないんだよ」


「うんうん」


 となぜか頷く松原。なんなんだこいつらは。ケチで何が悪いというのだ。


「ありがとうございます、お兄さん」


 晴香ちゃんだけが律儀にお礼を言ってくる。言葉は強い。一言で金の流れさえ変わってしまう。でもこの天使の笑顔を見られただけでも得した気分になった。

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