第5話 まったく、もう
・・・
「ん……」
目が覚め、時計を確認すると、時刻は十二時を回っていた。グー、という空腹を示す擬音が聞こえてきた。ああ、おなかすいた。そういえば朝ごはん食べずにまた寝ちゃったんだっけ。というか何故かお尻が痛い。ベッドから落ちたのだろうか。
私はパジャマのままで部屋から出る。着替えるのは後でもいいや。どうせ今日は休みだし、出かける用事もない。最悪着替えなくてもいいかな。階段を降りて、キッチンまで向かった。
冷蔵庫を開けて牛乳パックを取り出し、食器棚から愛用のマグカップを取り出して、それに牛乳を注ぐ。兄は乳糖不耐症気味で、牛乳は飲んだりしないから、別にこの牛乳パックに直接口を当てて飲んでもいいかなと思ったが、お気に入りのマグカップを使うことができないのは寂しい限りだ。
そんなくだらない理由で私の女子力は保たれている。もっとも、お兄ちゃんが飲みかけたペットボトルに入ったコーラとかはさり気なく、こっそり直で飲んでたりするんだけど……。兄妹だし、あんまり気にしてないようだけど、気にしてくれるともっと興奮するかも。って、気にされたらそれはそれで問題かもだけどね!まぁ、ペットボトルと牛乳パックは流石に違うか。
そんなどうでもいい話はごくごくと牛乳を飲んでしまえば忘れてしまえる。ああ、この濃厚なのにスッキリとした後味!これがたまらないの……。
寝起きからの始動は遅いほうだが、お昼まで寝ていたのと、今の牛乳で私の中では五十パーセントは覚醒した。今日は外出する用事はないとはいえ、パジャマのままだと変な気を起こしそうだし、着替えた方が良さそうだ。
二階の部屋に戻り、タンスを開けて、手頃な洋服を取り出した。普段は制服だし、知り合いは多いが、休日に遊びに行くような友達はあまりいなくて、結構ファッションには無頓着な方かもだけれど、兄はそれで良いという。曰く、「あまり着飾ると中身を見てもらえない」のだそうだ。
「でも今日はいいことあったし、お気に入りのを着よう」
いくら無頓着といえど、スカートくらい持っている。もちろん、制服以外で。私自身、スカートと言うもの自体一々脚の位置を気にしていないといけないからあまり好きではないのだが、いいことがあった後はなぜか履きたくなる。私にもオシャレ魂はあるのだろう。スカートを好まない私が何着かスカートを所有しているのはまたしても兄の影響だ。曰く、「スカートを履かない女は女にあらず」だとのこと。
さっきの格言と矛盾している気がするけれど、世界は理論だけでは成り立っていないことを表しているのだろう。今日は本当に面白い事が起きた。いつもは履かないけど、ミニスカ、ニーハイで、上はお気に入りのブラウスを着よう。カチューシャなんかも頭につけてみたりして。
着替えを済まし、全身鏡の前に立ってコーディネートを確認する。いつも私を見ている人はそのオシャレさにちょっとびっくりしてしまうだろう。自画自賛なんかじゃなくて、それだけ普段の私服姿が酷いのだ。こんなにオシャレして外出しないのは勿体無いと思った私はちょっと出掛けようかという気分になった。
「あ、受話器上げっぱなしだった」
そのまま眠りにつくように言われて、そのまま放置していたのを忘れた。恐らくあれはあの夢に繋げる手段みたいなものだったのかもしれない。だから今はもう通話は切れているだろうが、誰かがうちに電話をしてもずっと話し中になっているはずだ。慌てて電話のある一階のリビングに向かい、受話器を置いた。
ピロリロピロリロリーン。
「また電話?」
驚くべきタイミングで電話が掛かってきた。私の家はコールセンターか何かなのかな?とにかく受話器を取った。
「あー、もしもし?双葉?私、晴香だけど」
「なんだ、ハルちゃんか……」
「なんだ、とは失礼ね!大好きなお兄ちゃんの電話じゃなくて悪かったわね?」
「ちっ、違うよ!大好きとかじゃないし……。今日電話が掛かって来たのはこれで三回目なの!」
ハルちゃん、藤島晴香、私の数少ない親友で、小学校高学年に彼女が私の通っていた小学校に転校してきて以来、ずっと学校も同じで、同じクラス。お互いに「隠し事はない」と言い切れるほど仲が良い。私がお兄ちゃんを多少だが意識するようになってしまったことも相談したことさえある。そのことに関してハルちゃんは執拗にいじって来ないし、今のは彼女をぞんざいに扱ってしまった私が悪い、かもしれない。
「なるほど、忙しいわね。じゃああんまり寝てないんじゃない?この時間なら双葉は起きてるだろうと思って電話してみたのだけれど……。何度寝する予定?」
「電話は朝に来て、今起きたところだから。いくら私でも三度寝以上はしないって」
「そうなんだ。それでさ、この後一緒に映画観ない?ちょうど観たい映画があるの」
「いいけど、どんな映画?」
「うーんとね、欧米系のアクション映画なんだけどね、ちょーっとカゲキなセリフとかシーンが含まれてるらしくって、R15指定なのよね。だから一人で観るのも気が引けるし、双葉を誘ったのだけれど」
私は世間の流行に無頓着な方だ。だから映画もタイトルを聞かずに内容を聞く。晴香もその辺は周知だから、言葉を詰まらせたりはしない。
「なるほどね、いいよ、いこう。でもまだお昼食べてないから映画を観る前にどこかでお昼が食べたいなー?」
「そう言うかと思って私もお昼食べてないよ~、食べよ食べよ」
「流石ハルちゃん!私のことわかってるね!」
サムズ・アップ。向こうには見えていないが、伝われ。
「じゃあ、今すぐ迎えに行くね~、十分後で!」
「はーい、ありがとう」
受話器を置いて、支度を始めた。ハルちゃんの家は私の家から歩いて五分位の近所だ。お昼を食べるとは言え完全に空腹では倒れそうなので、台所にあったバナナをガソリンとして摂取することにした。昼バナナダイエット。
それにしても現実では夢の続きを考えることはなかなかに難しい。夢は夢の中で考えろってことだろう。さっきまでの夢のお話はお兄ちゃんにも、ハルちゃんにも相談したって信じてもらえないだろうな。それでも機会があれば話してみようかな?
そんなことを考えながら支度をしているうちに、十分経ってしまっていた。うわ……まだ出した洋服片付けてないよ〜!
ピンポーン。
やべ、ハルちゃん来ちゃったよ!
「ごめん、まだ準備終わってないから上がって!鍵は開いてるから!」
「はーい、じゃ、お邪魔しまーす」
ハルちゃんを待たせるのはいつものことだ。ハルちゃんはいつも怠惰な私を見て「まったく、もう」と言いながら世話を焼いてくれる。
私はバタバタと、放り出した洋服を片付けていた。友人を待たせるのは悪いが、部屋がごちゃごちゃなのはもっと悪い。それが私ルールなのだ。
「どうしたのー?こんなに洋服出して。それにその格好……」
ハルちゃんは私の部屋まで来ていた。
「あーっ!ちょっと!出てって!」
私は慌てて追い出す。別に追い出す必要はなかったかもしれないけど、この格好も相まって恥ずかしくなってしまった。
「ほうほう、双葉もお年頃になったのう」
茶化してくるハルちゃんを無視し、私は適当に部屋を片付け、お出かけ用のカバンを用意して、必要なものをカバンに放り込んで部屋を出た。
「おまたせしました~」
にこにこ。
「まったく、もう」
「あ、いつものだ」
「で、その格好は?どうしたの?いつもそんな可愛い格好しないのに」
「今日はいいことがあってね、オシャレしようと思って、どう?」
私は正直に答えた。ただ良いことがあっただけなのだ。
「うん、似合ってると思うよ!ホントに!!」
「あんまり強調されると信用出来ないのだけれど、まぁ信じておくとしよう」
「さぁ、行こ?この時間帯は電車の本数少ないんだから。いくらお昼の時間も考慮して余裕を持って行動してるとはいえど、待ってるのは嫌だからねっ?」
「次の電車って何分後?」
映画館は家の最寄り駅から五つ離れた駅の前にある。自転車で行くには流石に遠すぎる。
「十分!」
「じゃあ、昼食は向こうの駅に着いてからにしよ?」
「そうだね、急ご!」
そういって晴香は私に背を向けた。ポニーテールが揺れ、シトラス系の香りが漂う。いつものハルちゃんの匂いだ。
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