第2話「僕と魅力的なカノジョ」

「あ〜 もうめんどくさいな〜」


  夏休みに入り、1週間ほどたった。

  この頃にはもう、課題は半分ほど終わっていた。

  だが、課題が進むに連れて気温も上昇していき、僕の気持ちは下降していっていた。


  そんな日に今から外に、しかも大嫌いな海に出掛けないと行けないとあれば、尚更憂鬱になる。


  やっとの思いで服を着替え、財布とケータイを持って家を出た。

  水着は、どうしたのかって?

  そんなの必要ない。

  始めから泳ぐ気など全く無いのだから。


  カノジョとの待ち合わせの駅に着いた。

  9時50分

  集合時間10分前。

  僕にしては遅いほうだ。


「これで全員集まったな」


  カノジョと二人きりという男の夢のようなシチュエーションは、あるわけがなかった。

  そこには、短いズボンを履いた女子や海に行くというのに無駄に髪を整えた男子達が多勢いた。

  僕とは対照的なクラスの中心と呼ばれる人達だった。


『おっ、来てくれたんだ』


  そこには、カノジョの姿もあった。

  制服とは違い、夏らしい、薄い青色のワンピースを着ていた。

  カノジョの私服姿に少しドキドキしたが、この暑さにそんな気持ちはすぐに消されてしまった。


「キミが呼んだんじゃないか」


  僕は少しばかり、ひねくれた返事をする。


『そうだったね!』


  カノジョは嫌な顔一つせず笑って答える。


  僕達は切符を買い、電車に乗った。

 

  3、40分程乗っていると少し長めのトンネルに入る。

  これを抜けると、まるで空が地上にあると錯覚させる様な青々とした景色が辺り一面に広がっていた。


「めっちゃきれい〜」

「ねえ、ねえ、水平線か見えるよ〜」


  男女共にこの景色に感動していた。


「めっちゃ綺麗だな・・・・・・」


  流石の僕も素直にそう感じてしまった。


  電車から降りると5分もしないうちに砂浜に着いた。

  みんなその場で服を脱ぎ、海へと走っていく。

  どうやら服の下に水着を着て来ていたようだ。

 

  誰も僕が水着になっていないことなど気にも止めていなかった。

  いや、気づいていたとしても、ただ興味が無いだけなのかもしれないけど。


「沖野は泳がないの〜 ?」

『私は大丈夫!』


  クラスメートの呼びかけに、まだ服を着たままの女子が答える。

  その女子は、僕を誘ってくれたカノジョだった。

  僕とカノジョは荷物を置くため砂浜にブルーシートを敷いた。


『君は泳がないの?』


  カノジョは不思議そうに聞いてくる。


「僕はいいんだ」

『ふ〜ん』


  カノジョから聞いてきたにもかかわらず、無反応に近い反応が返ってくる。


  それから僕達は、シートの上に座っていた。

  15分、いや10分程だろうか。

  その時間はとても長く感じた。

  波の押し寄せる音と、人のはしゃぐ声だけが聞こえてきた。


『砂遊びでもする?』


  沈黙に耐えられなかったのか、カノジョから僕を誘ってくれた。

  僕は昔から泳げなかったため海では砂遊びを良くやっていた。


  僕はカノジョに連れられ、サラサラとした白い砂浜を歩く。

  海水で少しだけ濡れ、砂が少しだけ茶色くなった場所まで降りてきた。


『なにか、作って見ようよ』


  カノジョの合図と共に作業を始めた。

  僕は湿った砂で形を作り、乾いた砂で固めていくという無駄に凝った手法で小さな家を作った。


『すご〜い、模型みたい!』


  カノジョから褒められたことが少し嬉しかったが、「それ」に視線をせざるおえない。

  僕の前にいるカノジョも僕と同等の、もしかすると、それ以上のクオリティの家を作っていた。


「凄い・・・・・・」


  そのクオリティに思わず、そう言ってしまった。


『でしょでしょ? ありがとう!』


  カノジョは子供の様に無邪気に笑った。

 

  夏の暑さのせいか、その笑顔のせいなのか、僕の体温は上昇したように感じた。

 

  そうこうしているうちに、昼食の時間になった。

  弁当を持ってきていなかった僕は、海の家で焼きそばでも買おうと思ったんだけど、凄い行列でとても並ぶ気にはなれなかった。


『お昼からもまたやろうね!』


  そんな僕にカノジョがサンドイッチをくれた。

  カノジョの手作りだそうだ。

  思えば母親以外の手作りの料理を食べたのは、この時が始めてだったのかもしれない。


  昼食を食べ終わってからは、また砂遊びに没頭した。

  今度は建物だけでなく、トンネルなんかも作ったりした。

  トンネルの開通と同時にカノジョの手に触れた。


「あ、ごめん」

『ん? 大丈夫だよ』


  俺の手の半分くらいしか無いんじゃないかと思う程小さな手だった。

 

  気がつけば辺りは暗くなり始めていた。


『あっちに行ってみない?』


  カノジョは防波堤を指さす。

  僕達は砂遊びをやめ、防波堤へと歩き出した。


『うわぁ。 きれい〜』


  水平線に沈む夕陽をみて、カノジョは、そう言った。


  僕達は、防波堤の一番奥まで歩き、そこに座り込んだ。


『私ね、実は昔から泳げないんだ。だから、今日は君がいてくれてよかったな』


  カノジョは、突然僕に語りかけた。

  カノジョの意外な一面を知った。

  それは、僕に似た一面だった。

  それと同時に夕陽に照らされるカノジョの姿にモヤモヤとした何かを感じた。


  それから僕はカノジョにカナヅチであることを話した。

  自分も泳げないくせに何故かカノジョは爆笑していた。

  でも、それに対して嫌悪感を抱くことは全く無かった。


  太陽も沈み辺りは、薄暗くなってきた。

  そろそろ帰る時間だ。


『よかったら、アドレス交換しない?』


  ワンピースのポケットから、カノジョはケータイを取り出した。

  僕達はお互いのアドレスを交換した。


「西条です」


  僕は、カノジョに自分の名前だけを入力した一文のメールを送信した。

  なぜ、名前を送ったのかって?

  おそらくカノジョは、僕の名前を知らないはずだから。

  だって、ずっと君って呼ばれるのもアレだからさ。


『沖野です』


  カノジョからも同じ様に一文だけのメールが送られてくる。

  そのアドレスを電話帳に「沖野」と登録した。

  女子のアドレスを登録したのは、カノジョが始めてだった。


  電車に乗り、帰宅したのは、21時を過ぎていた。

  疲れが溜まっていたのか風呂に入った後、すぐに眠ってしまった。


「この日、僕は始めてカノジョの名前を知った」

 

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