第6話 アフリカの森のヘンちゃん
宇宙船はヘンちゃんを乗せたまま空の向こうへ飛び立ちました。窓の外で山の景色がどんどん小さくなって、地球そのものが見える景色へ。
宇宙から地球を見た動物はごくわずか。ヘンちゃんはそのうちの一匹になったわけですけど、宇宙というものが何か理解していません。とはいえ、今までと比べられないくらい離れたところへ行くことだけは直感していました。
「オ前ガ暮ラシテキタ星ダ。二度ト戻ッテコラレナイカモシレナイカラ、ヨク見テオケ。思イ出モアルダロウ」
ヘンちゃんは宇宙人からそういわれて「丸いものしか見えないよ?」と答えたくなりましたけど、とりあえずうなずいておきました。
(今までの暮らしにいい思い出なんか……)
何もなかった、なんてわけはありません。でも、ヘンちゃんにはつらいこともたくさんありました。
(ぼくは今度こそアフリカの森に行けるんだ。やっと仲間に会えるんだ)
願っていたことがかなうかもしれないのに、なぜか悲しみもにじんできます。
ビービービー!
けたたましい音が鳴り始めました。ランプを光らせている機械があって、宇宙人たちが近づいていきます。
「忘レ物探知機ガ反応シテイル」
「何それ?」
「出発シタトコロニ残シテキタモノガアルト、教エテクレルノダ」
どういう仕組みなのかはわかりませんけど、すごく便利そうです。宇宙人は、忘れ物探知機を操作していきます。
「誰ガ忘レ物ヲシテイルノカモワカル……へんチャンダ」
ヘンちゃんはきょとんとしてしまいました。
「そんなのしてないと思うけど」
「何カヲ忘レテイルトキハ、ミンナソウイウ。確認シテミヨウ。コノ機械ハ、脳波ヲ読ミ取ッテ忘レ物ヲ特定スルダケデナク、アリカヲ調ベテドコノ何ナノカ見セテクレル」
脳波とか難しい話ですけど、答えを教えてくれることはヘンちゃんにもつかめました。
「デハ、見テミヨウ」
モニターに風景が映って、ヘンちゃんは目を見開きました。
場所はさっきの山。すっかり日が昇っていて、歩き回っているものたちがいます。
『ヘンちゃん、どこ行ったんだ! 返事しろ!』
『本当にヘンちゃんはこの山に入ったんですの?』
『ふもとで他の犬がヘンちゃんを見たのよ。だから間違いないわ』
「ネズ郎、ミーミー、ポチ子!」
機械の名前は忘れ物探知機ですが、残してきた相手でも反応するみたいです。でも、ヘンちゃんにはわからないことだらけ。
「みんな泥まみれになって……特にミーミーはきれい好きだから、あんなかっこうになりたくないはずなのに。大体、三匹ともどうしているの?」
「忘レ物ヲシテイタノハ間違イナイヨウダナ」
ヘンちゃんは宇宙人にうなずきました。
三匹はヘンちゃんをさがしています。放っておいたまま旅立つことはできません。宇宙人たちは宇宙船をさっきの山に戻してくれました。
この宇宙船は、透明になったりレーダーに引っかからなくなったりする機能を持っています。ただしそれは人間の目や機械に対してだけ効果がある力。動物の感覚はごまかせません。
だから、三匹とも大きなものが飛んできたことにびっくりしました。そこから光がスーッと降りてヘンちゃんが出てきたので、またびっくり。でもすぐうれしそうにしました。
「ヘンちゃん、何であんなのから出てきたんだよ? さがしてたんだぞ」
「相変わらず不思議な方ですわね」
「ちゃんと会えたんだからいいじゃない。これでやっと一安心ね」
ヘンちゃんは駆け寄ってきた三匹を見渡して、首をかしげました。
「どうして三匹ともここにいるの?」
「どうしてっていわれてもな」
苦笑いしたネズ郎を、ミーミーが鼻先でつつきました。
「あなたが最初なんですから、あなたが先に話してくださいまし」
「へえへえ」
ネズ郎は軽い返事をしてから話し始めました。
「オレさ、ヘンちゃんが出てってから……落ち着かなかったんだよな。お前はオレを助けてくれたし、群れのために働いてくれただろ? それなのに追い出すのは、やっぱりおかしいって思ってさ」
たしかに、野ネズミの中でネズ郎だけはヘンちゃんをかばおうとしていました。
「それに、アフリカの森ってのが本当に見つかるのかどうかも気になった。だから追ってきたんだ」
アフリカの森のことを鳥に尋ねながら旅してただろ、とネズ郎は付け加えました。どうも「アフリカの森を探してる動物はどっちに行った?」と鳥たちに問いかけながらここまで来たようです。
「そしたらよ……ほれ、次はお前の番」
「わかっていますわよ」
ミーミーが話を引き継ぎます。
「わたくしも、ヘンちゃんがいなくなってから考えていましたの。わたくしたちにつくしてくれたヘンちゃんを追い出すなんて、いけないことだったのではないかと。そもそもヘンちゃんは、わたくしの美しいしっぽをきれいにしてくれるようなやさしい方でしょう?」
ミーミーも、他の猫を止めようとしてくれていました。
「そうしていたら、ネズ郎さんがスズメに『アフリカの森をさがす動物は……』と話しているところを見ましたの。すぐにヘンちゃんのことだとわかりましたわ。だからネズ郎さんと話してみて、一緒にヘンちゃんを追い始めましたの」
ミーミーがチラッと視線を動かしました。先を語るのはポチ子です。
「今ごろいっても遅いけど、あたしだって悩んでたのよ。いくらご主人様のことが大事でも、あたしたちがやったことは一方的すぎたんじゃないかって。ヘンちゃんはいつもフリスビーを取りに行ってくれて、あたしたちは大助かりだったわけじゃない? ヘンちゃんとしても、居場所をさがしててやっとうちに腰を落ち着けたところだったでしょ。それを追い出すのはひどくない?」
ポチ子はため息を一つ付きました。自分にあきれているという雰囲気ですけど、犬一家の中でポチ子だけはヘンちゃんを助けようとしてくれていました。
「そしたら猫とネズミなんて変な
ポチ子は振り返って、ふもとに見える家々をながめました。
「ふもとのおじいちゃんからヘンちゃんのことを聞いて、寒気がしたわよ。ヘンちゃんは山に入った、雨上がりで足もとが悪いのにぼうっとしてた、なんて。だからあたしたち、ヘンちゃんをさがしてたの。そしたら当の
三匹がどういう日々を送ってきたのか、ヘンちゃんはやっとわかりました。わからないこともありますけど。
「ぼくを心配してくれてありがとう。そんな泥まみれになってくれるなんて」
ミーミーは自分の姿に今ごろ気づいたみたいで、あわてて毛づくろいを始めました。
「でも、どうして三匹で一緒にいるの? ほら……嫌いじゃないの?」
ネズ郎たちは猫を怖がっていました。
ミーミーたちは犬を嫌がっていました。
ポチ子たちはネズミを迷惑がっていました。
なのに、三匹はまとまって行動していたのです。三匹はそれぞれに顔を見合わせて、最初に口を開いたのはネズ郎。
「そりゃあ、あんまり猫に近づきたくねえけどよ。こいつもお前の友だちなんだろ?」
「わたくしも犬はさわがしいと思いますけど、あなたの友だちなら我慢してさしあげますわ」
ミーミーは自分の体をなめながら軽く答えました。ポチ子はしっぽを振っています。
「あたしもネズミに困ったことがあるけど、キミの友だちまで煙たがらなくてもいいじゃない」
「ぼく、猫っぽいとか犬っぽいとかネズミっぽいとかいわれて追い出されたんだけど」
ヘンちゃんはそういわずにいられませんでした。三匹は笑うだけです。
「ヘンちゃんもミーミーもツメが危ねえけど、引っかかねえように気を付けるだろ?」
「ヘンちゃんもポチ子さんも、あまりほえないよう注意してくださるのでしょう?」
「ヘンちゃんもネズ郎君も、かじるときに大事なものをさけてくれるはずだし」
三匹と一緒にいた他の動物は、ヘンちゃんの猫っぽさや犬っぽさやネズミっぽさが絶対に許せないといっていました。でも、ここにいる三匹はヘンちゃんが注意してくれると信じている様子。だからこそ、猫や犬やネズミそのものでもヘンちゃんの友だちなら大丈夫だと思えるのです。犬とも猫ともネズミともつかないヘンちゃんは、三匹の架け橋になっていたのです。
「群れで自分と同じやつらと一緒にいるのが普通なんだろうけどよ」
「わたくしたちは、ちょっとおかしなヘンちゃんと一緒にいるのが楽しいんですの」
「だから、山を登ってる途中で話してたのよ。もし、ヘンちゃんのさがしてる森が見つからなかったときは……一緒に暮らさない? あたしたち四匹でさ」
三匹のいってきたことは、ヘンちゃんの胸を貫くようでした。三匹は「ポチ子、お前は飼い主がいるんだろ?」「さみしくさせてしまうのではありませんこと?」「弟や妹がたくさんいるから大丈夫よ」なんていい合っていて、すっかりうちとけているようです。
ヘンちゃんが思ったことをいう前に、宇宙人たちが宇宙船から降りてきました。
「話シテイル最中ニスマナイ。へんチャン、モウ一ツ忘レ物ヲシテイルヨウダ」
三匹はまたおどろいて、見たことがない動物だと話し合います。そうしているうちに、宇宙人たちは小さなモニターを宇宙船から持ってきました。
「コノ星デ『てれび』ト呼バレテイルモノノ電波ヲきゃっちシタ。『忘レ物』ガ出テイルゾ」
ポチ子は映ったものを見るなり「いつもご主人様がつけてるニュース番組じゃない」といいました。
モニターの中の風景は、ヘンちゃんにとってなつかしいもの。悲しげな顔をした人間が最初に話します。
『先月、この
次に映った人も、ヘンちゃんにはなつかしい相手。最初の人間にうながされて話し始めました。
『あれから一ヶ月以上たちました。私たち飼育員もお客さんもみんなヘンちゃんのことを心配しています。ヘンちゃんは、私たちにとって自分の子どもと同じくらい大事なんです。もし見かけた方がいらっしゃったら、どんなに小さなことでもいいですからご連絡を……』
田中さんです。旅立ちのときに置いていった手紙を受け取っていないのかも。今のヘンちゃんは、それどころじゃありませんでした。
「ここにいる宇宙人のみんなは、ぼくをアフリカの森に連れてってくれるんだ」
三匹は口々に「よかった!」といってくれました。ちょっとさみしそうでしたけど。
「ぼくは仲間がいるアフリカの森をさがすためにあっちこっち行って、追い出された。どこもアフリカの森じゃなかったって思ったけど、ぼくと仲よくしてくれる相手はいたんだよ」
ヘンちゃんは、ネズ郎、ミーミー、ポチ子と見つめていきました。
「ぼくはアフリカの森へ行って仲間に会いたいと思ってた。自分ではアフリカの森を見つけられなかったし、夢の中ですら仲間に会えなかったけど、仲間はここにいたんだ。さっき映った田中さんだって、ぼくを大事にしてくれてた」
三匹ともうれしそうにほほ笑んでくれました。宇宙人がヘンちゃんの背中に触れます。
「私タチト行ク必要ハナクナッタカ」
ヘンちゃんは深くうなずきました。
「頼んだのにごめん。でも、ぼくにはもう仲間がいて……みんなのいるところが、ぼくにとってはアフリカの森なんだ」
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