第5話 ???の森のヘンちゃん
ヘンちゃんは、森さんの家から見えていた山に入っていきました。
一体どこに向かっているのでしょう。ヘンちゃん自身も知りません。当てがないのは最初からですが、今は特に自分の目指す場所がどこにあるのかわからなくなっていました。
山へ入るときにすれ違った年寄り犬が、「昨日の雨でぬかるんでいるから気を付けなされ」と声をかけてきました。でも、ヘンちゃんの耳には入っていませんでした。
いわれたとおり、木々の間はまだ泥だらけ。ヘンちゃんはそんな場所をさまようように歩くだけです。
犬たちにはネズミみたいな前歯がダメだといわれました。それならどこへ行けばいいのでしょう。
ネズミなら前歯でかじるのは当たり前のこと。つまり、ネズミの群れに行けばいいです。でもきっと猫みたいなツメがダメだといわれます。
ツメがとがっている猫たちのところへ行ったら? 今度は犬みたいにほえることが嫌がられます。
それなら犬の……いつまでも同じことの繰り返しです。
ヘンちゃんが山を歩き始めたときは夜でした。でも歩いているうちに遠くの空が明るくなってきました。間もなく夜が明けます。ご飯を食べていないヘンちゃんは、もう足がふらふらです。体も泥にまみれていきます。
(ぼくの仲間がいるアフリカの森って、本当にあるのかな)
旅の目的について考えましたが、頭に浮かんだ景色は夢の中で見たときよりぼんやりしています。
(ぼくの仲間って、本当にいるのかな)
犬みたいで、猫みたいで、ネズミみたい。そんな動物は世界中に自分だけじゃないかという気までしてきました。
(アフリカの森なんてどこにもないとしたら、最初に田中さんから聞いた話は何だったんだろう)
田中さんを問い詰めたかったですが、もうどのくらい動物園から離れたのかもわかりません。ヘンちゃんは
「ぼくの……仲間……どこ……」
おかしな感覚におそわれました。オリをよじ登っている途中でうっかり踏み外したときと似ています。今はそれが長く続きます。
ぼうっとしていたヘンちゃんは、ぬかるみで足をすべらせてしまったのです。しかも、すべった先はガケになっていました。
(仲間は……)
ヘンちゃんは落っこちながらでもそんなふうに悩んでいました。この先自分がどうなるかなんて、考えることすらできません。
落ちる感覚が別のものに変わりました。さっきまで下へ下へでしたが、今は逆。ヘンちゃんは上へ上へと昇っていきます。
鳥でもない限り、そんなことは起きません。だからヘンちゃんはようやく仲間のことから頭を離して、自分に起きていることをたしかめようとしました。
ヘンちゃんはまぶしい光に包まれています。もしかして、天国へ行くところなのでしょうか。
上にあるものは、輝いているけど天国の扉っぽくありません。田中さんや森さんが投げるフリスビーと似た形で、大きさはこれの方がずっと上。森さんの家を軽くおおいかくせそうです。
ヘンちゃんは巨大フリスビーに吸い込まれて、気が付けば今までと全然違う部屋にいました。
やっぱり天国じゃなさそうです。床も壁も天井も銀色。あちこちで光ったりしているものは機械でしょうか。ヘンちゃんが見たことのあるどんな機械とも違います。どういうわけか、体中にこびりついていた泥は消えています。
ヘンちゃんのそばに人間が三人いました。いえ、人間じゃないような。
腕や足や胴体の形は人間と似ています。ただ、こっちの方がずっと細いです。着ているものは部屋と同じ銀色で、指先からつま先までぴったりとおおっています。
頭は体に比べて大きめ。特に目が大きくて、顔の半分近くあります。目が黒一色に染まっているせいか、虫みたいだとヘンちゃんは思いました。
「なんて動物なの?」
ヘンちゃんは、今までいろいろな動物に投げかけられてきた質問を自分から出しました。謎の生き物たちはしばらく話し合っていました。
「翻訳機ハ効イテイルヨウダ。会話デキル。自動くりーにんぐ機モウマク機能シタ」
「帰リガケニ危険ナ場面ヲ見タノデトッサニ拾ッタガ、本当ニヨカッタノカ」
「文明ヲ築イテイル知的生命体トノ接触ハ禁ジラレテイルガ、動物ナライイダロウ」
ヘンちゃんには意味がわかりません。声の高さや口調もおかしいような。
やがて話がまとまって、一人がヘンちゃんに答えました。
「私タチハ、トーイホシ星人。住ンデイル星ハ、三百万光年離レタトコロニアル。コノ星ノ日常的会話デ交サレヤスイ言葉ヲ使ウナラ、宇宙人ダ」
「ごめん、よくわからないや。ウチュウジンっていう動物? ぼくはヘンちゃん。イヌネコネズミヘンナモンダっていう種類だよ」
「……マアイイ。トニカク私タチハ遠イトコロカラ来タ。目的ハ、他ノ星ニ住ム生物ヲ観察スルコト。私タチノ星デハ、ソンナ旅行ガハヤッテイルノダ。私タチ以外ノ動物ガ全テ滅ンデシマッタカラナ」
ヘンちゃんは、この動物たちが遠くから来たことだけを理解しました。宇宙人たちの方は、ヘンちゃんをまじまじと見つめています。
「へんチャンダッタカ? オ前ハ何ヲシテイタ。アノヨウナ場所カラ落下シテハ危険ダ。ソレトモ飛ブコトガデキルノカ」
「ううん。ぼくはイヌネコネズミトリヘンナモンダなんて動物じゃないしね。ついうっかり落っこちちゃっただけだよ。助けてくれたならありがとう」
ヘンちゃんはお礼をいいましたけど、ぼうっとしながら歩いていた理由が心に戻ってきてしまってため息をつきました。宇宙人たちはヘンちゃんにより興味を引かれたようです。
「デキレバ話ヲ聞カセテクレ。ム、へんチャンノ腹部カラ『ぐー』トイウ音ヲ感知。コノ星ノ生物ガ空腹状態ニナルト発スルモノダ」
宇宙人はさっきの光で山から木の実をいくつも引き寄せてくれました。ヘンちゃんはそれを見てからやっと自分がおなかをすかせていたことに気づいて、全部たいらげた後で今までのことを話しました。アフリカの森について聞いたことも、野ネズミたちのことも、野良猫たちのことも、犬一家のことも。
宇宙人たちはふるさとから離れた土地の話がよっぽど興味深いのか一つ一つ熱心に聞いて、終わるとまた三人で話し合いました。
「仲間サガシノ旅ヲシテキタトイウワケカ」
「シカモ、歩キデダ。私タチノ星ハ乗リ物ガ発達シテイルノデ、アリエナイ」
「スバラシイ体力ヲ持ッテイル」
ヘンちゃんにとって歩くことは普通なので、何がすばらしいのかわかりません。
「ソコマデヤッテモ仲間ガ見ツカラナイノカ」
「タシカニ、へんチャンハコノ辺リノ生物ト違ッテイル」
宇宙人がボタンを押すと、大きなモニターにいろいろなものが映りました。犬、猫、ネズミ、人間、タヌキ、キツネ、カラス、ハト、スズメ、トカゲ、ヘビ、アリ、ハチ……宇宙人たちは順番にながめてからもう一度ヘンちゃんを見ました。
「コノ星全体ノ生物でーたデ調ベテミヨウ。いぬねこねずみへんなもんだダッタナ」
「『いぬ』マデ入力シタトコロデ候補ガタクサン出テキタ。秋田犬、うぇるしゅ・こーぎー、ごーるでん・れとりばー……へんチャント同ジモノハイナイ」
犬じゃないので犬のリストに入っているわけがありません。でも宇宙人たちはそんなこと知りません。
「へんチャン、オ前ハ本当ニコノ星ノ生物カ?」
宇宙人の一人がかけてきた質問は、ヘンちゃんにとって意味不明でした。他の二人は理解しているようです。
「私モソレガ気ニナッテイル。仲間ガイル場所ハ、あふりかノ森トイッテイタカ」
「ソレハ『アフリカーノ星雲』ニアル『モリー星』ノコトデハナイカ?」
ヘンちゃんはハッとしました。宇宙人たちは、さらに話し続けます。
「アノ星ニハ、サマザマナ生物ガイル。へんチャンノ仲間モイルカモシレナイ。生物でーたヲ持ッテキテイレバ、へんチャント比ベルコトガデキタノダガ」
「カナリ遠イ星ダカラナ。でーたヲイツモ持ッテイルワケガナイ。コノ最新型宇宙船ヲ使ッテモ、着クマデニカナリカカル」
「コノ星ノ時間単位デ計算スルト、約八十六万秒。一週間以上ダ」
「それだー!」
ヘンちゃんは叫ばずにいられませんでした。
「すっかり忘れてたよ! アフリカの森は何とかに乗っても一週間以上かかるところだって、田中さんがいってたんだ!」
田中さんは『飛行機と車を使って一週間以上』と話していたのですが、ヘンちゃんが思い出せたのは『一週間以上』という部分だけ。だからヘンちゃんは感動に身をふるわせながら宇宙人たちへいったのです。
「お願い! ぼくをそこに連れてって!」
宇宙人たちは迷うことなく答えました。
「了解シタ」
「ヨソノ星デ見ツケタモノヲ持チ出スコトハ禁ジラレテイルガ、元ノ星ヘ戻スノナラ許サレルハズダ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます