第7話 バーカっ
「あんた!私の杖!」
リザの緊迫した声が酒場に響く。
ドルフが再び身軽な体捌きでカウンター内に戻ると、酒棚の上から十字短杖を引っ張りだし、「ほいさ」一直線に投げつける。
高速回転し飛来する短杖を、リザは事もなく掴むと胸の前に掲げ、十字の中心に象嵌された宝珠を軸に一回転させる。
短杖の軌跡が青く発光し魔法陣が浮かび上がった。
リザは魔法陣を指先で移動させると、水疱だらけの私の右手に押し当てる。
ピリっとした刺激に体がビクっとした。
魔法陣に波紋が広がり弾けて霧散する。光子になった欠片たちが腕全体に降り注ぐ。
痛みが和らいでいく。
「知らぬこととはいえ、御令孫様には可哀想なことをしました」
私たちを横目に気まずそうな顔のエーゼル。
「リザに任せときゃ大丈夫さ。治癒魔法ぐらい使っても目ぇ瞑ってくれるだろ?」
エーゼルは黙って深々と頭を垂れた。
「そういうことでよろしくな。わっはっはっは」
ジークの豪快な笑声が酒場に張り詰めていた緊張感を和らげた。
「ジーク様、二人だけでお話ししたいことが」
エーゼルは神妙な面持ちでジークを見上げる。
「何か面倒臭そうだからやめとくわ」
即答されエーゼルは呆気にとられた。
「いや、しかし、そういう訳には」
エーゼルは慌てて言葉を探している。
「おい、ドルフ。顔出すだけ出したぜ。じゃあな」
「ちょ、ちょと待って」
ドルフも慌ててポケットをまさぐる。
「貴方に通達(コイン)が来てるんですよ」
翼剣紋章が刻まれた銀色のコインを示してみせた。
恐らくミスリルコインだろう。魔法鍵が掛けられており、本人が触れると開封されミスリル紙になる、神司法庁が機密文章を扱うときに用いる特殊なコインだ。
「冗談きついぜ。俺はとっくに引退した老人だぞ」
ジークはいかにも面倒臭そうに手をパタパタと振る。
「貴方のその体つき見て、誰が老人なんて信じるんですか」
ドルフは肩をすくめると、口を挟まれないよう少し早口で続ける。
「間違いなく勇者殺しの件ですよ。チョコちゃんも派遣されるそうです。魔王退治の英雄ルザロス殿と一緒に凱旋だって」
「おい、ドルフ」
ジークが鋭く咎めた。
ドルフはハッとして視線を移した。その先はもちろん私。
久々に耳にする名が、私の胸をかき乱し無意識に立ち上がらせた。
「バカじゃないのっ! 何が凱旋よ! 何がっ、何がっ」
悔しさに涙がこみ上げてくる。
「バーカっ」
リザおばさんを振り払う。
「俺はバカじゃないだろ」
じーちゃんの股下を潜り抜け酒場から飛び出した。
「ってモコ待て」
「まだ治癒が済んでないわよ」
「ちょっとコイン忘れてる」
「ジーク様お話を」
次々に聞こえる声が遠ざかる。
(悔しさに逃げ出したモコ……。続く)
なんで私だけ勇者じゃないのよっ! 蛭杉ニドネ @zuruyasumi
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