第6話 きゃああああ

 聞き慣れた腹の奥底まで響く声が私の恐怖心を和らげた。

「ジークさん」

 ドルフの声にも安堵が混じっている。

 それを聞いたエーゼルの顔色が変わった。

「あなたが、生ける伝説」

 神司典史上に四度だけ魔王が現れている。中でも三番目の魔王ジャルガ・ニアグドとの戦い、第三神魔戦争は苛烈を極め、大陸中を覆い尽くした災厄に数多くの勇者が散っていった。

 そして十三年続いた戦禍に終止符を打つべく、ボガーナ山脈の絶壁と豪雪、魔獣達に守られた難攻不落の魔城へ、八人編成八戦団で勇者達が差し向けられた。

 精鋭選りすぐりの勇者達であったが、魔城に辿り着いた時には十五人にまで減っていた。そして魔城から出てこれたのは、たったの三人だけだった。更に追い打ちをかけるように、程なくして二人が、魔王が発した瘴気の後遺症で亡くなってしまったそうだ。

 私が教わった歴史書にはそう書いてあった。

 唯一生き残った英雄ジーク・アルゼス。正に伝説級の勇者ってわけなのよ。

 エーゼルが片膝を突き、羽帽子を胸に頭を垂れる。

「しかし、この小娘。あろうことか神司法庁直轄の酒場で」

「俺の孫娘なんだわ」

「っ……」

 エーゼルは言葉を詰まらせた。

 どんな思案があったか分かるはずもない。

 不服そうなエーゼルはレイピアを中空の魔法陣に突き刺し、特にリズムのない早口で呪文を詠唱する。

 私の右腕を覆っていた氷が次々に剥離する。

 全身の硬直が解け、私はその場に倒れ込んだ。冷え切って震える体に力が入らない。

「モコちゃん!」

 リザおばさんが駆け寄って来ると、私を見て青ざめた。

 右腕の表皮は大小夥しい水疱に覆われ、どす黒く変色した指先は、張りを失い壊死しかけの肉が今にも剥がれ落ちそうだ。

 体温と共に感覚が戻ってくる。

「――きゃああああ」

 激痛に身をよじってのたうち回る。鼻や口からも汁が垂れた。

「動いちゃダメ! 今治癒してあげるから」

 リザおばさんにきつく抱きしめられる。


(深手を負ったモコはどうなってしまうのだろうか。続く)

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