第23話 エピローグ

「てなわけで帰ってきました」

「いやいや、どうやって地底湖から戻って来たとか、そこら辺の描写がないよね!?」

 現在いるのは師匠の工房。

 危険領域から帰還して家に帰った後、直ぐに先生の所で診察してから、師匠に用事があって来たが事の経緯を要求されていた。

「じゃあ、ざっくり。魔力が回復した後、手持ちの人工筋肉と人工骨格で水中移動できる人形を作成。形状は小型クジラ。呼吸はドクお手製の肉体保持剤で対応。地底湖から地上へ出るルートは、最大距離の精霊の眼で観て確認。移動は範囲千くらいにして小型クジラに搭乗して操作。地上に出る。以上」

 地上に出てからはいつも通りだ。

 語るべき内容も無い。

「本当にざっくりだ。でも、そうかついに小竜も名を貰ったのか、感慨深いね」

「師匠は気が付いていたのか?」

「当たり前だろ?なんで小竜――いや今はウルか、古語で“輝く”の意味だな。あれ?でも男性名のような、まあいいか――ウルが頑なに名を呼ばなかったと思っているんだ?」

「言われてみれば」

 父さんは狩猟者、母さんは料理人、先生は医者、師匠は鍛冶師。

 ニィーチェ姉やソウル、ハートに至っては姉、上妹、下妹。

 他に至っては、おい、お前などで役職や立場の名前ですら呼んだことは無い。

「フフン齢400超えても女心は、ちっとも理解できていないようだね弟子よ」

「否定の言葉もない。でも一つ訂正。四百越えじゃなくて、五百越えに更新された」

「うわ、精神構造が人やめてるよ私の弟子!」

「実際に時間感覚が人とはかけ離れているからな」

 俺にとって時間は延びたり縮んだりする物だ。

 一秒が五百分の一になったり、一年を一日程度に感じてしまうくらい緩急が激しい。

「つまり屍霊術の熟練度や適性も?」

「五百オーバーです」

 どこか遠い目をする師匠。

 ついでに呪詛耐性も五百を超えた。

「いやね?確かに死に物狂いでやれば、寿命の終わりくらいには私の領域の足元くらいには来るかな~とか言っていた時期もありました」 

 まさか七年で追い抜かれるとは、と放心状態に陥る。

「俺もここに来る前に放心状態になったよ。なんで百以上数値が上がったのか両親と先生に問い詰められたから」

 霊子基盤の正確な数値は549。100以上上がった理由など、死神ティターニアの領域に入ったことぐらいしか思い浮かばなかった。

 あと滅茶苦茶怒られた。

 もうウルが喋ること喋ること、おかげでしばらく家の手伝いに専念する事を約束させられました。

「まあ、死の呪詛の脅威が過ぎたんだ。散々世話になった両親に親孝行しなよ」

「狩猟も禁止だからな」

 中等部に進学するまで、大人しくしている約束をしてしまった。

「それで件のウルは何処?」

 シャツのボタンを外し、胸元の肌を晒す。

「へえ、燃えるような赤、赫色か。綺麗な刻印だな。炎を象った帯が輪を描いているのか」

「ウル出てきてくれ」

 僅かな沈黙の後、輪の内側が光ると小さな頭がちょこんと顔を出す。

「ぷ、はははははははははははははっはははははははっはははははははははっはは、なにそれなにそれ、巣?巣ですか?駄目!巣箱から出て来た鳥にしか見えない!」

 ああ、先生の所で起きた悲劇再び。

 家や先生のところでは、ここまで笑われたわけではない。

 みんなが興味津々に聞いてきたからだが、これは酷い。

 どうやら俺の身体はウルの物になったことで、ウル固有の空間(竜種は大体が持っているらしい)が刻印を起点に構築されたらしい。

「笑い転げている所すまないけど、用事を済ませていい?」

「ひー、ひー、ちょ、ちょっと、はー、まって」

『さっさと立て、コ、コル、コルネ!』

 ハトが豆鉄砲をくらった顔ってこんな感じだろうな。

 過呼吸すら止まる衝撃を受けた師匠の顔が面白い。

「あー、うん。はい。それで?本題ってのは、なんだい?」

『赤竜の骸を受け取りに来た』

「これが、親の承諾証明ね」

 霊子端末に表示された引き渡し許可証を見せる。

「了解。ついておいで」

 師匠の工房の中でもっとも奥深く、もっとも厳重に封が掛けれている区画に案内される。

 中に入ると所々欠けた部位がある巨大な竜の亡骸が、横たわっていた。

「それじゃあ機嫌を直して、やる事をやろうウル」

『分かっておる』

 胸から出て来たウルが足に抱えている物、それは赤い卵だった。

 卵は俺が受け取り、赤竜の亡骸に近づく。

 ウルは赤竜の亡骸に火を灯すと、燃え広がっていく。

 燃えていく赤竜の亡骸は光子となり、その全てが手に握る卵に集まり注がれていった。

 全ての光子が収まりきると、再び刻印の中に収納する。

「なになに、ついに子供出来ちゃったの?出来ちゃったの?」

『違うは馬鹿者!これは、あれだ縁の繭だ!』

「それはそれで詳しく!」

 怨霊を倒し、魔力回復している間に、どうやらウルは条件を満たしたようで、縁の繭の使い方を理解したらしい。

「それでだな師匠。ちょっと師匠に謝らないといけない事があるんだ」

 不思議そうな顔をする師匠。

 すっごい言い辛い。

「このウルの卵?は、一部を除いた赤竜の骸を全て光子に戻して再構築する機能があるらしい」

「ウルが肉体を持つ日が来るんだな?うん?一部を除いた赤竜の骸全て?」

 俺の血肉になった竜の血と継承遺物を除く全て。

「つまり、赤竜の鎧は燃えて卵に戻りました」

 余りの衝撃に、師匠は一時間ほど真っ白になってしまった。

 動けるようになったのは1時間後だったが、正気に戻るまで更に三日間の時間を要した。


「それでこれからの事を相談したんだけど」

 最終目標は赤竜の鎧を超える防具を作る事で変わらずだが、中期目標を大鬼の赫腕を使った防具を作る事に決めた事を告げる。

「中期?大鬼の本体も手に入っているなら、直ぐにでも作ればいいのに」

「本体と右腕で質が違いすぎて、完成品が浮かばないんだよ」

 右腕だけ幻想素材で、本体はやたら強度が高いだけの素材だった。

 下手に作ると赫腕の特性を潰しかねない。

「つまり?」

「赫腕のような幻想素材だけを集めて防具を作るのが、中期目標ってこと」

「いいんじゃない?屍霊術の熟練度を考えたら、竜種の素材だって難なく取り扱え出来るレベルだし。じゃあ、短期目標はどうするんだい?」

「人工筋肉と骨格で色々な物を作ってみようと思ってる。ほら、地底湖から脱出する際に作った小型クジラとか、囮で作った人形が意外と面白くてさ」

 防具づくり以外の面白さに目覚めたのが本音だ。

「霊子端末を出して職能と資格の項目だけ見せてくれるか?」

 何事か考えていた師匠の言葉に促され、霊子端末を取り出し操作すると師匠に渡した。

「やっぱりな。ティファ。君は私との約束をちゃんと守ったんだね」

 師匠が指し示すのは資格の欄だ。そこにはこう表示されていた。

 狩猟者資格Dプロハンター

 ハンターギルドに大鬼の討伐を報告したら、報酬として貰った資格。

「うん。合格だ。そしておめでとう。今日でティファは私の弟子を卒業だ」

「は?いやいや、まだまだ師匠から学ぶことは沢山あるだろ?」

 いきなり何を言い出すんだこの人は。

「うんにゃ、卒業だよ」

 霊子端末を操作して、別の職能欄を指す。

 道具作成D。

 危険領域に行く前までは、Eでしかなかった職能が上がっていた。

一人前Eならば、まだまだ私が面倒を見てやれたが、一流Dの職人を弟子とは言わない。それはね、同輩と呼ぶんだ」

「でもまだ学ぶことは」

「当然だ。生産職は一生勉強。毎日が学びであり、研究である。だからこそ、私の後ろではなく、並び立ち進んでいくんだ。そもそも君は“赤竜の鎧わたし”を超えるんだろ?」

 師匠の手が、優しく俺の頭を撫でる。

「別に工房へ来るなと言うわけじゃない。これからも色々な道具や装具を作るだろう。助言や参考道具を見せることも問題ない。ただ、一緒に先を観たい。競いたい。そう思えたから、今日で師匠と弟子の関係はおしまいだ」

 必要な機能では無い。しかし、俺の眼からは涙が流れていた。

 心が身体から溢れる。

 嬉しいのか悲しいのか、喜ぶべきなのか嘆くべきなのか分からない。

 唐突に荒野に一人で投げ出されたような錯覚。

 果てを夢見るのか、地平線に呆然としているのかも分からない。

「卒業おめでとう。ネクロマンサーのクラフトスミス」


 ただ、この瞬間を忘れないよう、魂に深く刻み込んだ。

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創造NECRO  玉鋼君璽/いの/イノ @tamahagane-inori

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