第19話 赤竜の鎧と負の共鳴り
慣れ親しんだ光景と浮遊感。
虚無の海から見上げる赤い太陽。
水面に近づく程、水底から追いすがる悲しみは深くなる。
仮初の喪失は、幾たび繰り返そうとも和らぐことは無い。
燦然と虚無の海を照らす赤い光。
無を否定する愛しい光を観て思う。
やはり美しいと。
421回目の目覚めは師匠の研究室だった。
寝かされているのは備え付けのソファベット。
仰向けに寝かされているので、死んだ後に必ず流す涙が耳の中に溜まっている。
五感があれば、ぼわぼわしたような曖昧さを感じていただろう。
霊子回路に意思を通し、胸の上に座る小竜を抱きしめ存在を確かめる。
輪郭、匂い、温度、感触、味。
五感ではなく魂魄越しでも、確かに存在を感じる。
小竜の全てが、正体不明の焦燥と喪失を埋めていく。
小竜は慣れたもので、蘇生して直ぐは好きなようにさせてくれる。
『満足したか』
スマートな体形でありながら、ぷにぷに柔らかいお腹に顔を埋める。最高だ!
「うーん。まーだー」
『うむうむそうかーって正気に戻っておろうが!』
尻尾アタックが額に当たる。
まだそんなに怒っていない感じだな。
「目覚めたようでなによりだね」
死ぬ前。
シュミレーター室から出てきた時と変わらない姿で、師匠は椅子に座っていた。
「どれくらい死んでいた?」
「ものの三十分だね。しかし、本当不定期に死ぬようになったね」
十二歳の誕生日を境に周期性のあった死の呪詛は、完全に予測不可能な発動に変わった。
お陰で所かまわず死ぬ。
飯を食っている間、トイレの間、授業中、寝ている間、道を歩いている最中etr。
所かまわず死ぬと言っても、呪詛耐性も異常なくらい高くなっているので、即効で死ぬこともない。
魂に直接訴えかける死んだ方がましな激痛を我慢して、安全の確保をするくらいのには余裕がある。
死んだ回数と同じだけ屍霊術の練度と適性、呪詛耐性、精神構造が増強され、今では肉体と魂魄以外完全に人外枠だ。
逆に死ぬ度に耐久度が落ちていた肉体は、既に限界に来ている。
見た目は何ともないが、中身は罅割れた陶器の器を金継ぎで繋ぐように、練った気で肉体を補強し何とか人の形を保っている状態だ。
半精神生命体化のお陰で、肉体の許容量を超える気を保持出来るようになったから出来る芸当だ。
しかし、今回蘇生した肉体の状態を客観的に観て、あと一回か二回で肉体の耐久限界に到達して俺は完全に死ぬだろう。
半精神生命体であろうと触媒である体が無くなれば、死の向こうから戻ってくることは不可能だ。
「そうだ師匠。赤竜の鎧が凄いのは体感できたけど、あれ人が使いこなすのは無理だぞ」
「やっぱり?」
赤竜の鎧を超える装備を作るには、赤竜を超える素材を手に入れなければならい。
しかし、それを手に入れるだけの実力も財力も無く時間だけが過ぎていった。
残り少ない俺の時間で出来た事は、強化外骨格の質を上げる事だけだ。
そんな時に師匠に呼び出され、赤竜の鎧を仮想現実内で操作するよう言われた。
現実にある赤竜の鎧は、実は未完成品。
本当ならば竜の継承遺物と呼ばれる特別な六つの素材を取り付けた状態が、完全な赤竜の鎧だと身を持って知る。
完全な赤竜の鎧の性能は圧倒的だった。
禁忌国家マベリスクが保有する最大戦力の二つ、人型巨大兵器“人機”と竜種を骨子に作られた“竜機”。
天魔の王すら屠る両機を、歯牙にもかけず悉く粉砕した。
正しく神性存在すら屠れる防具のうたい文句は伊達ではなかった。
だが、その装備を完全に使いこなすのは、人では無理だった。
「精神構造が400越えの俺でも完全に制御出来ないとか、正直頭おかしい」
「当然だ。神を殺す防具がまともな人に扱えて良い筈が無いだろ」
誇らしげに語る師匠に俺は同意する。
仮想現実から戻ってきても、未だ赤竜の鎧との一体感が忘れられない。
赤竜の鎧の霊子回路と繋がり、俺は赤竜そのものになっていた。
全能感にも等しい強大な力の一部に触れた俺の魂には、竜の熱がまだ残っている。
寝ている理由もないので、さっさと行動に移る。
着ていた服を脱ぎ、匣から出した探索用の強化外骨格に着替える
「今から行くのかい?」
「あのな師匠。あんな凄い装備見せびらかしておいて、それは無いだろ?」
「でも死んだばかりだし、ね?」
小竜に同意を求めるが、小竜も一顧だにしない。
「師匠。赤竜の鎧使わせてくれてありがとう」
「フフン。餞別で使わせてやったわけではないのは、分かっているな?」
「ははっ当然。絶対に超える作品を作るまで死ねない」
「それならいい。行ってこい」
「行ってきます」
師匠に見送られて向かった先は狩猟者協会。
いつものように受付を済ませ、応接室に通された。
「ようこそ入らっしゃいました。今日は情報のご購入と言うことで」
応接室で待っていたのは、二十代後半の外見をした女性。
「はい。前年度、特に後期から今日に至るまで、俺が回収した狩猟者の最終記録を購入したいと思っています」
大鬼討伐失敗の後、しばらくして危険領域に入った狩猟者が殺害される事件が多発した。
危険領域で人が死ぬのは当たり前だが、魂まで喪失した状態で見つかるのは珍しい。
俺が回収したのは、13人分の霊子端末と僅かな遺留品のみ。
全ての霊子端末には魂の消失も記録されていたため、未帰還者として記録されていた。
「13人分全てですか?」
「はい。もし他にも未帰還者の記録があるならば、そちらも合わせて」
「となりますと25人分。締めて250万セルとなります」
霊子端末で一括払いする。狩猟で余った素材や加工品を売っていたので、余裕で支払える。
商談用の端末で支払いの確認が終わると、俺の霊子端末に25人分の記録が送られてきた。
「もしそこに記録されている対象を狩られましたら、狩猟者協会へ御一報を。懸賞金が掛かっております」
返答することなく部屋を退室。協会内にある専用の個室を貸し切り、霊子端末内の記録を再生する。
再生される情報はホログラフとなり、室内に危険領域が再現された。
『さすがに25人分は多かったな』
要所要所を省いても2時間掛かった。
25件の最終記録の内、死亡原因が異なったのは2つだけ。
しかし、残りの23件は俺が欲しかった情報で、必要な情報は収集出来た。
『であるか。それでアレが小僧の標的でいいのだな?』
『そうだよ』
23件の最終記録に登場した死の権化。
姿、形、能力、性能、癖、行動範囲、行動原理など記録から取集できる物は全て回収した。
最終記録の内容を一言でいうならば、猟奇に尽きる。
精神耐性が低いと、最悪精神汚染を受けて更生施設送りだ。
案の定、個室を出ると職員に呼び止められ、精神汚染検査を受けたのはご愛敬。
検査結果は相変わらずの異常無し。
他人の死の風景を見た程度で、どうにかなる段階はとっくに過ぎている。
さあ、狩りの準備をしよう。
危険領域に入って、500メートルも過ぎない内に気絶していた頃が少し懐かしい。
今では領域の中層部まで、三日で来れる。
直線距離でも百キロを超え、隆起した大地、乱立する樹林、敵性存在を考えれば驚異的な踏破速度。七年の進歩を実感するには、十分な実績だ。
『現実逃避は構わぬが、死の呪詛は怖くなくとも、親には敵わぬか?』
『それを今言わないでくれ』
狩りの準備を終え家を出る際に、母さんに学校の出席について突っ込まれたのだ。
「あらあら、ティファ?学校をほっぽいてどこに行くのかしら?」
そう。今日は休日でも長期休暇でもない平日。つまり
笑顔の怖い母さんを父さんが、取り成してくれて漸く家を出た。
『正直、ここまでの道中より、母さんとの相対が一番精神を消耗した気がする』
『あやつの本心を考慮してやれ』
『分かってる』
でも、時間が無いのも事実。
雑念を振り払い移動に集中する。
そう掛からず集めた情報から当たりを付けた場所に着いた。
木の根元に腰を下ろし、安全の確保を行う。
『警戒は任せろ』
小竜の言葉に頷き、索敵に必要な準備を行う。
『さて始めますか』
意識的に抑えていた境界を取り払い、世界が一瞬で広がる。
魂が認識し構築していた領域が、爆発的に拡張されていく。
精霊の眼は物理的、術式的な障害を無視して射程圏内の存在を把握する。
しかし、逆に自分を中心にした一定距離以上の情報は収集する事は出来ない。
今の俺だと精霊の眼で認識出来る範囲は、半径430mが限界。
それでも望外の性能だが、この広大な危険領域から一体の獲物を見つけるのは骨が折れる作業だ。
なので裏技を行う事にした。
精霊の眼、特に魂で観ている範囲は魂の覚醒率×(精神年齢÷10)で決まる。
つまり本来の認識領域は100×(436÷10)で4360m。
何故430mが限界と言ったのかと言えば、本来の認識領域にはリスクがあるのだ。
俺は肉体を神経回路ではなく霊子回路で操作している。
そこに外部から膨大な情報が入ってくるとどうなるか。
答えは簡単。
肉体操作に廻す処理能力がなくなるのだ。
範囲が広がる程、魂や精神に掛かる負荷は増加する。
一番の問題は、範囲の拡張と縮小が瞬時に行えない点である。
接敵を察知しても、肉体の操作を行える範囲まで縮小しなければ抵抗する事も出来ない。
故に普段は情報を処理出来て、行動に障害が発生しない430mの範囲に絞り込んでいる。
草葉の揺れ、水の流れ、大気のうねり、大地の律動、蟲の動作、獣の鼓動。
こんな膨大な情報を、魂と精神に流し込まれたら人の精神など霧散する。
人を逸脱した精神構造であっても数分が限界だ。
一回目の探索で本命が見つからないが、痕跡を見つけた。
認識領域を元に戻し、痕跡を頼りに場所を移動し再び探索。
この繰り返しを三回行ったところで、漸く本命を見つけた。
“食事中”のようで、辺りには残骸が散らばっている。
外見も魂も依然と相違点しか存在しないが、間違いない。
仕損じた大鬼だ。
しかし、外見と魂の変化は異常の一言。
欠落した片角と憤怒と憎悪を塗り固めたような異貌。
一回り大きくなった巨躯は四メートルを超え、纏う強靭な筋肉はまるで鎧。
赤かった肌は黒い鋼の様に変わり、武具の侵入を阻む堅牢さ。
しかし、切断したはずの右腕だけは、切断箇所を境に赤から燃えるような赤、
『中層まで踏破できるような索敵と隠密能力が高いハンターたちが、接近や不意を突かれた謎が解けたな』
魂の波長で看破せども存在の一致を疑った原因。
それは大鬼の肉体にあるもう一つの魂。
『大鬼の中に“追跡者”の怨霊が混じっている』
『憑依か』
『だけではないね。一つの身体に二つの魂が個別に存在して、波長が増幅されている――“共鳴り”だ』
『それは――』
『最悪のケースだ』
不死種亡霊系の魔物は、魔物や生物に憑りつく固有能力“憑依”がある。
だが憑依されているだけならば問題はなかった。
何故なら憑依とは本来の肉体の主導権を握る魂と取り付いた亡霊の魂が、肉体の主導権争いが起き行動の精度が極端に低下する。
実行できる体は一つ。
なのに命令系統二つ存在すれば動作不慮が発生する。
しかし、共鳴りは違う。
本来の肉体に宿る魂と憑依した魂が、文字通り一心同体となり驚異的な性能を発揮する。
互いが互いの増幅器として機能し、本来の性能を超える。
その効果を俺達は身を持って知っている。
自我の生まれない筈の物に、自我を発生するさせるほどの力。
制御が効かないほど、魂が暴走するほどの力。
隠形系の業を持たない大鬼が、ハンターを奇襲できたのは怨霊の業を使ったから――。
『いや、業が変わってる』
よくよく観察すると大鬼と怨霊の波長がどちらも変化している。
『
『酷い詐欺だな。純戦闘特化と純隠形特化。相反する性質が矛盾なく両立出来る原因は、なるほど共通項は小僧か』
因果応報。
巡り巡って俺に必要な物となって現れた。
『計画はどうする』
『予想の二段階上の強さだ。“釣り”をしようか』
行動を開始する。
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