第20話 釣りと狩り
樹木や巨岩が乱立する危険領域内で、開けた場所と言うのは珍しい。
存在していても大体が、更地にしてしまうほど強力な獣種や魔物の戦闘跡ぐらいである。
今回見つけた半径20mほどの更地には、赫腕の大鬼と体毛が全て鮮やかな花弁で構成された巨狼が対峙していた。
危険領域フロスの秩序を司る霊獣種の一体。
生まれた時の母乳以外、動物由来の物を口にせず。
フロスに咲き誇る花から取れる種だけを栄養に生存するフロスの申し子。
名を花狼。
このフロスの頂点に立つ個体ではないが、保有する魔力と気の量は今まで見て来たどの存在より最大級だ。
二体の足元には、原型を留めない四体の獣種の死体と血の海。
花狼が現れる前に大鬼の角の一部を埋め込んだ改造小鬼達を使って、四体の獣種と大鬼を広場に誘導し争わせた。
改造小鬼に大鬼の角の一部を埋め込んだのは、獣種と大鬼を争わせるためだ。
その結果は大鬼には傷一つなく、四体の獣種は無残に絶命した。
しかし、本命はその流れ出た大量の血だった。
花狼は縄張り内で大量の魔素を産むような行為や大量の血を流す行為を行うと、その原因を滅ぼしにやってくる。
領域の安寧と平衡を守る秩序の権化と血と肉片の海に立つ混沌の権化。
異なる行動原理を持つ二体。
しかし、始まりの一手は共に己の存在を叩きつける咆哮だった。
魔力を宿した咆哮は、周囲にある存在を悉く塵に帰す。
岩も、樹木も、獣種の亡骸も、血の海さえも震え砕け散る。
二十メートルだった広場が、咆哮のぶつかり合いで五十メートルに拡張された。
俺は花狼の補足の為に広げていた認識領域を、二千から千へと引き下げ次の行動に移る。
『今回の狩りは負荷が掛かりすぎだ。後の事を考えろ!』
『ここが命の張りどころだろ』
普段では考えれない魂魄と精神への過負荷。
その反動を考えれば小竜の忠告は正しい。
しかし、あるかどうかも分からない後より、今この瞬間でしか得られないモノの為に張れない命など意味がない。
俺の意識は、大鬼の赫腕に向けられる。
大鬼と怨霊の共鳴によって生まれた赫腕は、怨霊の魂魄を霊体の鬼の巨腕として顕現させる幻想部位。
四体のEランクの獣種達を、まるで虫でも握り潰すように圧殺した力の権化。
赫腕と巨腕で力を振るうが、花狼は巨躯から想像も付かない身軽さで軽々と避ける。
花狼も避けるばかりでなく牙や爪で大鬼を削るが、鋼と呼んでいい肉体に阻まれる。
回避と防御。
ともに致命傷を与えられないまま、嵐のような攻防は周囲を巻き込んでいく。
殴打し、切り裂き、噛みつき、蹴り上げ、掴み掛り、打ち払い、咆え立てる。
全ての攻撃に膨大な魔力が宿り、己の存在を一撃に込め相手の存在を否定する。
永遠に続くような錯覚。
しかし、それは明確な差で否定された。
花狼は徐々に疲労が見え始め、逆に大鬼は力が増していく。
花狼の動揺が、手に取る様に分かる。
同じように戦っているのに、何故相手は力を増しているのか?
答えは簡単だ。
これは一対一の戦いではない。
大鬼と怨霊と花狼の二対一の殺し合いなのだ。
そこを見誤った花狼は、追い詰められていく。
避けれていた攻撃が、掠り始める。
花狼は疲労の蓄積で僅かな悪手を打ち、巨躯を霊子の巨腕に捕まってしまった。
霊子の手は、花狼の上半身を覆ってしまうほど巨大化していた。
花狼が魔力を乗せた咆哮で巨腕を砕こうと足掻くが、同時に放たれた大鬼の咆哮が打ち消してしまう。
指の隙間から出た四肢を必死に暴れさせるが、切り裂くことも打ち破ることも出来ない。
赫腕に込められる力が霊子の巨腕に投影され、締め上げる手の力に花狼の全身が軋み上げる。
最後の足掻きとして全身に魔力を纏わせるが、それすらも握る潰す殺意が大鬼と怨霊の間で増幅される。
膨れ上がった殺意が最高潮に達し、花狼の首が手折られる刹那――世界が静止する。
加速する精神。
百分の一秒、いや四百分の一秒の世界。
全てが止まった世界で、俺は右手に持っていた大鬼の角で作成した“投げ矢”を構える。
距離五百。高低差二十。風速一。温度二〇。遮蔽物無し。
条件は全て満たした。
大鬼たちの殺意に紛れ込ませ《形骸射出》の最大出力で渾身の一擲を放つ。
静止した世界で鬼角の投げ矢だけが、一条の光線となって宙を駆ける。
だが大鬼の角を最大限強化して作成した投げ矢であっても、今の大鬼の強靭な肉体を貫くことは出来ない。
嘗てEランクだった大鬼は、共鳴りによってC相当まで強化されているからだ。
しかし、一か所だけ他の部位より明らかに耐久度が低い場所があった。
それが赫腕と鋼体の境目、右肩接合部。
二つの存在を繋ぎつつも分かつ接合部だけが、鬼角の投げ矢が刺さる唯一の弱点だった。
大気の壁によってぶれた軌道を《形骸操作》で修正。
体感時間では三秒。
鬼角の投げ矢が、右腕接合部を射た。
接合部に沿うよに侵入した鏃は、内包する魔力と鬼の力を解放。
投げ矢は役目を終えたように砕け、右腕が宙を舞った。
刹那の間は、そこが限界だった。
魂魄と精神への過負荷で、強制的に時間が元に戻る。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ?」
強制的に戻された感覚は、大鬼の絶叫を認識する。
何が起きたのか分からない怒り。
再び断ち切られた赫腕。
二度と戻らぬ砕かれた片角。
尋常ならざる怒りが、五百メートル先にいる俺に向けられる。
隠す必要も無いので隠形を纏うこともなく、寧ろ魔力放出を行って所在を明確にする。
『さあ、来い』
立っていた木の枝から飛び降りる。
大鬼が到着するまでにダメージを極力抜いておく。
回復と並行して、大鬼の迎撃準備を進めた。
大鬼は悪路を無視して二十秒で“俺”が居る場所に辿り着いた。
秒速25m。
危険領域でこの速度は笑いが出てしまう。
右腕から弾き出された怨霊が、大鬼の痛覚を無視して操作した結果だ。
対峙する大鬼達は強化外骨格を纏い顔の分からない“俺”を、この身体に宿る魔力と狂った本能で怨敵と判断した。
「―――――――――ッ!」
声にならないほどの怒りとは、どれほどの物なのだろう。
俺を確実に殺す為だけに、切断された腕を繋ぎ直す選択肢を放棄するほどの狂気。
それが爆発する。
“俺”の身体が、残された左腕で掬い上げるように殴打される。
後方に飛び打点をずらし、弾丸の如く飛ばされ距離を稼ぐ。
装具の強度を以ってしても両腕が砕かれたが問題は無い。
障害物の配置を考え、一番飛距離が稼げる位置を背後に置いたおかげで百メートルほど離れた。
飛ばされている間に何本もの枝をへし折っていることを考えると、大鬼の膂力が尋常ではない証だ。
腕と背の損害を無視して、背後に迫る大鬼から更に距離を取る。
強化外骨格を稼働限界で疾走する。
身体の全てがバラバラになっていくのを理解しながら、魔力が尽きるまで足は止まることは無い。
しかし、死の鬼ごっこも終わりを告げる。
狙撃地点から五百メートル先。
目標地点まで数メートル手前で、強化外骨格に込めた魔力が切れた。
中身は無理な駆動により、筋系、骨格系ともにぼろ屑寸前。
動かすことすら不可能な状態だ。
両膝をついた“俺”を無造作に掴む巨腕。
足掻く暇もなく、蛙を握り潰すように圧殺された。
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