第16話 保護者たちの悩み

 ある日の夜。

 営業時間外の銀の匙亭に大人たちの賑やかな声があった。


「魔猪と真正面からやり合ったらしい。いくら新型装備の性能テストだからって、ワザと攻撃をくらうとかどうなのさ」

「生身は無事だったけど、両腕の人工筋肉が内側から破裂と背部装甲が削れた程度で済んだみたいよ。いい素材が手に入ったって喜んでたわ」

「屍霊術の熟練度と適性EXってとんでもないわ。気と精神をちょっと代価に小鬼の素材で幻想素材作っちゃうんだもん」


「魂の覚醒率はA級上限の100でストップ?」

「覚醒率だけはギリギリ人の範疇で止まったな。代わりに魂の広さが拡張されてるが」

「魔力量がんがん増えていってるもんな」


「新型装備完成で防具作成の職能がE級になっただけじゃなくて、他の職能も順次ランクアップしてるようだね」

「精神構造EXの影響で同じ時間で得られる経験の量が増加したみたいだな」

「精神加速100倍は伊達じゃない!そう言えばティファって精神何歳?」

「138歳」


「日常的に隠形を行っているせいで、存在が希薄すぎて居るのか居ないのか分からなくなると担任から言われた」

「気配を薄くしとかないと子ウサギの群れの中に大型の草食動物がいたら問題があるだろ?」


「戦闘技術については?」

「可もなく不可もなくだな。ぶっちゃけ戦闘関係の才能は無いに等しい。が、不足を思考加速で補っているから、そこそこの戦闘は出来る」


 四人の大人たち。

 両親のレイとリア、師匠のコルネ、教師のドク達が交わす取り留めない話題は全てティファについてだった。

 週に一度集まり、ティファについての情報を共有するのが集会の趣旨だ。

 情報共有が旨く行われずに、魔力圏拡大などの戦闘職に必須技能を取りこぼすという失態は生死に直結する。

 という名目であるが、ティファについての愚痴や心配事の吐き出し場になっているのが実態だった。

 現に四人が集まった机の上にはリア特製の大小さまざまな肴と、自家製酒が広げられていた。

 しかし、今日は一人だけ、どれにも手を付けていない者がいた。

「それでどうした。ただでさえ生真面目さが深刻になって辛気臭いレベルになっているよ」

 酒で体が構成されていると言われる闇精霊族ドヴェルグの更に上位種ハイであるコルネは湯水のごとく出される最高品質の酒を豪快に飲み干していく。

「――これを見てくれ」

 全員の前に投影された霊子画面には、巨大な樹が映し出されていた。

「昨日測定したティファの精神樹形図。精神構造138の規格外認定の大樹だ」

「いつ見ても見事。真っ直ぐではないが歪んでいるわけでもない自由な構造は中立・中庸の属性を良く表している。あれだけ死と蘇生を経験していて構造が歪んでないのは奇蹟だね」

「精神構造と同等の呪詛耐性を持っていても防げない死の呪詛ってなんなのかしらね」

「簡単だろ。より規格外からの干渉以外あり得ない」

 三人の視線がドクに集まり、意を決して話し始めた。

「これまで収集してきた呪詛の作用副作用、ティファの状態からおおよその限界点が弾き出された」

 限界点。

 つまりティファの寿命が予測されたと言うことだ。

 ドクの言葉に会の緩かった空気が絞られる。

「結論から言えば十二歳の誕生日を境にティファの肉体耐久度はゼロとなり、蘇生しても入る器が無く死ぬ…このグラフを見てくれ」

 精神樹形図の横に別の画面が投影される。

 画面には呪詛が初めて発症した時から現在に至るまでの推移が分かりやすく記載されていた。

「ティファが呪詛によって死亡している間、魂と精神は完全に消失している。そして熱量を失った魄が、容器に満ちた水が氷る様に肉体を内側から破壊。現在は薬と小竜の魔力保護で症状が急激に進むことは無くなったが、これまでの情報を元にこれから起こりうると予測する内容がこれだ」

 三つ目の画面には発症の周期がグラフで記載され、要所要所にティファの症状が綿密に記載されていた。

 内容を読み解いてく一同は、重く苦い思考に全身が包まれる。

 ティファの症状は筋肉の衰退から始まり、発症回数が増えるに従い順次肉体の成長停止、感覚器の衰退、消失。運動機能の低下から機能不全。

 最終的には指一つ動かすことのできないまま生死を繰り返し、終末に至るまでの経過が克明に記されていた。

 そしてグラフは十二歳の所で途切れる。つまりそれ以降の活動は観測できない事を示していた。

「なるほど切迫した状態であることは理解した。それで?この予測を見せる前にティファの精神樹形図を態々見せた真意はなんだ?」

「―――――」

 レイの問いには答えず、ドクは手元の端末を操作すると四枚目の画面が現れた。


 五感及び身体機能の人為的消失による延命処置について。


 魄と肉体の接続を人為的に断ち、魄の凝固反応による肉体の損傷を最低限にする。

 人として生存に必要な最低限の機能以外を、人為的に停止させる施術。

 四肢の運動機能から始まり、五感を司る各種器官、大脳の機能停止を行う。

 逆に言えば五臓六腑の生理機能と、脳の一部だけが機能保全されるだけだ。

 告げた者も告げられた者も等しく処置の重要性と必要性、何より非常性を理解していた。

「はっきり言うが、これは医療者として適切な処置とは言えない」

 治すのではなく壊すことで延命措置を行うのだから、ドクから聞いたこともない苦悩に満ちた音が漏れる。

 この処置をしなくてもいずれ体の機能をすべて失う。

 寧ろこの処置を行った時から完全に動くことが出来なくなるのは、症状の悪化を促進しているとも言える。

「でも、これしかないだろ。この処置を行わなければ、来年には骨格の成長は止まり、再来年には五感が消失で寝たきり。だが処置をすれば五感と運動機能を消失するが、肉体の成長と寿命の限界が延命される」

 処置を行えば、後手に廻った筋肉の発達以外は年相応の成長をする。

 なにより十二歳以降の延命が、一番の利点だった。

 ただし十二歳以降の呪詛の発症は、今の様に定期的ではなく不定期に発症すると予測されていた。

「ドクありがとう。そしてあの子の為に医療者としての矜持を汚してしまった事、本当にごめんなさい」

 二人の言葉を聞いて覚悟が定まっていくドク。

 何も言わず画面と眺めていたコルネを見る。

「ん?私?私は特にないよ。これ色々小難しく書いているけど、要はティファを半分精神生命体にするってことでしょ?」

 五感や運動機能の消失などと大仰に言っているが、肉体に依存しないが完全に接続を切らないようにした半精神生命体化の施術だ。

「そうだ。運動機能は神経回路の代わりに霊子回路を通して魂魄と精神で動かす事を基礎理論としている。もっともティファの精神構造が肉体に依存しなくても崩れない強度があるからこその施術だ」

 魄が魂の不在に於いて肉体を内側から破壊するならば、影響が出ないようにすればいい。

 魄と肉体の接続を生命維持に必要な部分以外切断し、魂魄の自由度を広げる。

 体から出た魄は魂が瞬間的に消失することで、落魄することなく凝固する。

 消失した魂が戻れば、魄は液状に戻るので肉体に収まればいい。

 だが肉体との接続を切って消失した機能に関しては、再び魄が肉体に収まろうと機能が回復する事はない。

「竜乳で育ったティファの霊子回路は、質と量ともに最上級だ。だから霊子回路による肉体操作も出来るとは思う」

 ドクは自分に言い聞かせるように呟く。

 言っている難易度の高さを理解しているのだ。

 尻尾がない生物に尻尾を振る事を教えるが如く。

 翼の無い生物に翼で羽ばたく事を教えるが様に。

 霊子回路で体を動かすと言うことは、それを相手に求めるのだ。

 元の身体の動かし方をすべて忘れ、無い端末を動かすように。

 施術は簡単に行える。

 ただティファがまともに動けるようになるのは、どれほどのリハビリを行えばいいのか皆目見当もつかない。

 もしかしたら数か月で動かせるようになるかもしれない。

 でも数年、いや最後の日まで動かす事が出来ないかもしれないのだ。

 これは正しい治療なのか?

 その問いが頭から離れない。


「まあ、どんな大変な状況であれ、ティファにとっては些事でしかないと思うから、ちゃっちゃとやったら?寧ろこの施術やって貰えて喜んでいそうだし」


「は――なにを」

 ドクはコルネの能天気かつ無遠慮な言葉に血が凍るほどの怒りに呑まれ、

「自分の息子ながら否定できないぞリア」

「全くね。必要だからやる、覚える。それだけでしょ?とか言ってそう」

 続く両親の言葉に水を掛けられ一瞬で元の温度に戻る。

「そもそもこの話、ティファと小竜にはしているんだろ?それでここに持ってきているんだから、後は俺らの承諾次第って状態だと思うんだがどうよ?」

「そうだ。二つ返事で承諾を受けたよ。小竜には凄く睨まれたがな」

 説明を終えた時。ドクは小竜が真に竜種であると理解した。

 やり場のない怒り。

 その場では医師としての矜持で平静を装ったが、思い出すだけで汗が溢れる。

「でしょうね。それよりコルネはなんでティファが喜んでいるなんて言ったのよ」

 ドクを慮ってコルネに問う。

 その声には非難より疑問の色が強く表れていた。

「あれ?皆分かんない?」

 一同が首を傾げる。

「結構簡単だと思うけど、好きな存在と近い存在に成れるなら喜ぶんじゃない?それこそ相手を理解するための一歩として」

「「「あ」」」

 両親は、昨日の夕ご飯時妙に機嫌が良かったティファを思い出す。

 なにかいいことあったのかと、問いたくなるほどの上機嫌っぷりだった。

 逆に小竜の機嫌は最悪だった。

 どうしたと問うことを拒絶する無言の圧力を放っていた。

 結局問えないまま、今日の会になったわけだ。

 ドクは思い出す。

 なぜ小竜の震える程の怒りを一番身近にいて、一番影響を受けたはずのティファが何事もなく立ち去ったか。

 彼の足取りがどことなくスキップするようではなかったか?

 承諾を得た時の赤くなった頬は、嬉しさで上気していただけではないのか?

 状況を思い出すほど、疑惑が浮上し混乱に陥る。

「そういえば疑似的な五感や運動機能の消失は私がやっていたわ」

「「「は?」」」

「ほら、弟子入りの時に技能試験したじゃない。項目の中に素材の聲を聴く訓練があって、五感が邪魔でしょ?闇精霊術で一時的に消してたんだ。試験自体は数分で合格したんだけど、その後運動機能も消してたはずの腕を動かして小竜を愛、いや撫でてたから案外霊子回路での活動にもすぐ慣れるんじゃない?」

 どうしてもだめなら小竜に協力して貰えばあっという間だろうし、と聞こえないように呟く。

 ぶっちゃけ小竜を好きなだけ“マッサージ”していいと言えば、あっという間に動く確信があった。

「最後の最後に聞き流せん単語があった気がするが、困ったら精神生命体のことは精神生命体である小竜に任せたらいいんじゃないか?」

 机に突っ伏したドクをリアが慰めている。

 医療者として正しいのか正しくないのかを、自問自答し苦悩していた時間は無駄ではない。

 医療者として自分の施術が正しいのか、常に問うことが無意味なはずがない。

 深刻な内容だったはずだ。現に行う内容は何一つとして変わっていない。

 五感と運動機能の消失は、重大な決断であるはずだ。

 なのになぜだろう。

 悲劇が掌を返して喜劇に変わったような錯覚を覚える。

 酷い疲労感と軽い眩暈が襲ってくる。

「まあ、満場一致で受諾されたってことでいいんじゃないのか?」

「そうね。目や耳が聞こえなくなっても、超感覚の『目』や『耳』が目覚める可能性だってあるんだし」

 自分たちで言っておきながら、他の感覚も超感覚が補えるほどに成長する以外想像出来ない両親だった。

 結局次の日にはティファに延命処置が施された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る