第14話 機能美と様式美

 防具。

 身を守る装具の総称で、その形態と材質で大まかな分類分けされる。

 形態分類法では全身を覆うフルアーマー、全身の半分を覆うハーフアーマー、局所的に覆うパートアーマー、そして機能を拡張するオーディナルアーマーの四形態。

 材質分類法では金属を使ったプレート系、皮を使ったレザー系、鱗を使ったスケイル系、殻を使ったシェル系、骨を使ったボーン系、布生地を使ったドレス系、特殊なので素材が生きているリビング系の七系統。

 四形態七系統の組み合わせによって防具の在り方は決まる。

 例えば金属製の全身防具であればフルプレートアーマー、布製の半身鎧であればハーフドレスアーマーと表記する。

 アーマーと言うと厳ついイメージしかなかったのだが、素材が何であれGランク以上の物理・術式を防ぐ服装・装備を総じてアーマーと呼ぶ。

 その為普通の服にしか見えなくても、性能さえあればアーマーと名が付く。

 俺が師匠に弟子入りして最初に作らされたのは、これら四形態七系統のどれでもなく、ただの珠だった。

 骨で綺麗な真球を作れれば、次は立方体や棒に輪などの様々な造形を作っていった。

 今思えば屍霊術師用に、素材を正確に作る訓練だったと気が付く。

 鍛冶師の他にも、殆どの生産系職能を修めた師匠のカリキュラムは、生産技能を鍛えるのに必要な全てが詰まっていた。

 造形の合格が出ると小さな道具から徐々に大きな作品を製作していった。

 驚いたのは防具より先に武器を作る様に指導された事だった。

 曰く「なんの為になにをどう防ぐのかを知らないと、身に付かない」らしい。

 武器や脅威たる危険領域の生物、魔物の凶器を前に、どうすれば防げるかを常に考えさせられ、形状一つ一つの意味や素材の特性を身を持って学んだ。

 理解すると共に師匠が防具を“作品”と言う意味が分かった。

 形一つとっても意味があり、そこに美があった。



「これは軍騎士の正規基本装備だな」

 魔猪によって全損した防具の代わりに、次に作るの防具どうするか決める為に師匠の作品を見学していた。

 分類上はフルドレスアーマーに属するボディスーツを見分していたら、後ろで見ていた師匠から注釈が入った。

 部屋にはボディスーツ以外にも様々な形状、機能を持った防具が所狭しと精巧なモデルドールに着せられた状態で並んでいた。

「なんで軍騎士の装備があるんだ」

 警察騎士の装備は一般的に知られているが、軍騎士の装備は秘匿情報扱いだ。

 それが師匠の作品の一個として、当たり前のように置いてある。

「なんでって、騎士系の基本装備のたたき台を作ったのは私だよ。多少の融通は効くさ」

「分かった。国家機密情報!とか国家公務員だったのか!とかは、気にしない方向でいく。それよりもこれが軍騎士の基本装備なのか?軍の兵装ってもっとごちゃついてるイメージだった」

「プレート系だと思っていたかい?」

「耐環境、対魔、対人どれであっても、これでは防護機能が低い感じがして」

 軍騎士の活動はどれも過酷な内容だ。

 代表的な任務は国外からの侵略防衛、人類の天敵である天魔種の討伐と高難易度な物ばかり。

 そんな過酷な任務において、全体に厚みは無く要所が補強されている程度のボディスーツでは性能不足に感じた。

「フフン!普通のボディスーツならそうだね。でもこれは触れた感じ薄手のレザーの様でありながら、柔軟性、伸縮性、耐久性、剛性を併せ持つ優れものさ。どんな挙動を取ろうとも体のラインに沿って伸縮し、可動域を制限せず形状が弛むことなく、過酷な環境に適応し、Dランクまでの物理・魔術を弾く優れもの!」

 どこからか取り出したナイフでボディスーツに刃を立てるが、傷一つつかない。

「構造的にも素材的にも身体にフィットするように出来ているが、最適化の術式を素材に直接刻む事で、体格、姿勢の変化にも常に最適化が行われ、服擦れの不快感が一切ない。寧ろ第二の皮膚と言って良いほどのレベルだ。他にもスーツ着用時には、簡単に処理できない汗などの湿気を分解してスーツ内を快適にする。内外に着いた匂いや汚れを分解して衛生を保つ状態最適化や装備の劣化を防ぐ自動修復の術式もある」

 モデルドールを動かし、関節部の弛みが生じないのを実演して見せる。

「物理的な強度はD級だけど、胸部と首後ろにあるパーツには積載型自動術式と手動式術式が刻まれていて、どちらも障壁を展開するんだ」

 精霊術で発現させた《火の弾》が、着弾する直前に不可視の力場に遮られる。

「基本装備と言ったように時と場所と場合と相手によって装備の追加が出来る。不向きな装備では任務の成功率が下がるし、汎用性の低い一点物は画一性を求める集団においてマイナスでしかない。基礎があって、後は脱着式にしたことで多種多様な対応を可能にした。――どうかした?」

 装備の事を一度話し始めると止まらないのはいつもの事だが、軍用ボディスーツを見て疑問が浮かぶ。

「どうでも良いことなんだけど、これってボディラインがしっかり出るだろ?男ならまだしも女性だと嫌がったり、似合わない人とかいたら悲惨だなって思っただけ」

 よほど体に自信がないと、恥ずかしいことになるのは間違いない。

「ティファは知らないのか。さてその説明をする前にこれがなんの装備か分かるかな~?」

 師匠が持ってきたモデルには食い込みの激しいレオタードが着せられていた。脚部と臀部はストッキングで覆われている。

「運動系か戦闘系のアンダーウェア?」

 どこかで見た気がするが、どこだったか思い出せない。

「正解は女性警察騎士の基本装備でした!」

「―――」

 思わず絶句してしまう。公務員はこれを着なければいけないのか?

「フフン、是くするほど驚いてくれたかね?これはストッキングも含めて一式なんだが、さて先程の質問だ。ボディラインがはっきり出るこれらの装備を女性が厭うか?その答えの一つが、一度着てしまうと他の服が切れなくなる程快適さで病みつきになるんだ」

「怖い。それ以外の服が着れなくなる程の快適な機能に恐怖を感じる」

 羞恥心を超える着心地とか、業が深すぎる。

「いやいや、考えてみたまえ。汗をかいても、汚れても、匂いから何まで綺麗にしてくれる服。自分の皮膚のように違和感のない服。身体を外から最適な形に矯正してくれる服。追加装備で儀礼、祭典、戦闘どれに合わせても栄えるデザイン!これらを満たして他の服が切れると思うのかい?」

 タイトスカートとジャケットをモデルに着せると、確かに町にいる女性警察騎士の格好になった。

「いやでも加齢やふくよかな体形の人だと」

「まずそこが間違っている。戦闘職、特に国家公務員である騎士になった者には、ある義務が発生する。なにか分かるかい?」

「命令の厳守」

「それも正解だが、最たる物は制圧能力の習得だ。つまり“身体を鍛えろ”と義務化されているわけだ。おおっと脳筋と言うことなかれ、“健全なる肉体には健全なる精神が宿る”を地で行く連中だ。事務方ですら最低Eランク、実働隊では最低Dの肉体強度と気の練度を要求されるんだぞ」

「…つまり騎士系の職に就いた人は皆老化し辛いってこと?」

「そうだ。因みに騎士の定年退職は七十歳で、退役時点での肉体年齢は三十歳前後。男女共に肉体の最盛期を維持しているので、どの装備を着ても見苦しいことは無い。それに顔の美醜で言えば、気の総量と肉体強度をDランクまで上げておけば、そこそこの見た目になっているから問題ない。そこまで鍛える義務がある奴らが、体を弛ませるわけないし、仮に弛んだとしても矯正されるし、罰則も存在するからな」


 マベリスクには“醜男、醜女は身体を鍛えろ”と言う格言が存在する。

 人の形態や機能は肉体の遺伝情報によって定まるのだが、それは器質的な面でしかない。

 本来遺伝子情報とは、物質と幻想の両面によって構成されている。

 物質としての遺伝子情報がDNAの塩基配列であるように、幻想としての遺伝子情報は気の配列によって定められている。

 かつて人類の発生初期には、美しい醜いなどの容姿の差は存在しなかった。

 しかし、代を重ね物質と幻想の遺伝子配列が細分化して、存在の優劣を産み出した。

 つまり美醜はDNAの遺伝子情報だけでなく気の配列異常も原因だった。

 そこで格言に繋がる。

 生まれつき容姿は決まっていても、体を鍛えると気の遺伝子配列は後天的に変化する。

 だが、ただ体を鍛えるだけでは駄目だ。

 気術を習得し鍛錬する事で魄の劣性配列が組み変わり、優性配列に変わっていく。

 気の配列組み換えは、密接な繋がりのある肉体の遺伝子配列にも反映され、鍛えれば鍛える程肉体は美しくなるのだ。

 余談だが、肉体の老化現象は魄が衰弱することで起きる。

 つまり、気の集合体である魄を鍛え衰弱しなければ、人は何歳になろうと老化しない。

「誰しも老いた自分の姿なんて見たくないもんだ。誰に見られてれも恥ずかしくない肉体を持っていれば、ボディラインが出る服を着ても快適であれば気にしないでしょ」

 羞恥心より実益と取るべきなのだろうか?

「美醜の問題は解決しても寿命は延びないんだよな」

 師匠や先生、ベガさんみたいに種族が上位化すれば、長命種になるのだろうけど簡単ではない。

「老いと美醜は気と魄の劣化現象だけど、寿命は魄の耐久限界だからね。無理に延命すれば人という枠組みから逸脱した存在になるだけだよ。まあ、その話は置いておいて、今大事なのはこの警察騎士の基本装備だ」

 レオタードの横にセパレートタイプのボディウェアを来たモデルドールが置かれた。

「元々はこの二種類が女性警察騎士用の基本装備だったんだが、こっちのウェアタイプは廃れてしまってね。なんでだと思う?」

「レオタードの方が人気だったから」

「正解!皆最初はウェアタイプを選ぶんだけどね。一度でもレオタードタイプを着たら一切着なくなるんだよね。それもウェアに比べてレオタードタイプの方が四倍ほど外部補強性能が違うからなんだけどさ」

 マジか。この後ろが食い込むような、やばいデザインを選ぶほどの差か。

 女性の美と着心地に対する思いの強さに慄く。

「フフン!この尻の部分は食い込んでいて、臀部の矯正がされていないんじゃないのかって?」

「なにも言ってない」

「視線で分かるさ!若くて女の子の様な見た目でもやっぱり男だね。いいさいいさ男は皆獣で、女は受け止める度量ってね」

「それでいいから続き」

 人が肉欲を持て余すのに性別が関係ないのは、先生の講義で聞いている。

「可愛くないぞ~いいけどさ。これは臀部から脚までを別物として考えてあるんだ。つまり脚部専用の矯正タイツを穿くことで問題解決だ。こっちのタイツまで含めてのレオタードタイプなんだよ」

「これ作ったの師匠なんだよな?」

 これだけ理論や説明を聞いても結局のところ、師匠の趣味嗜好が反映されているとしか思えない。

「なんだいなんだい。文句があるなら騎士庁とか国の上層部に言い賜え。因みにこれの形状を許可したのも全員女性だからな。反対意見を言ったのは、ごく一部の男性だけだ。これを採用した当時の上層部も今の上層部も“理に適っているし、機能的で、生産もし易すい。よって見られて恥ずかしい身体な奴が悪い”で一貫してるからね」

「別に文句ない。素材によってはビキニタイプの装備にしかならないのもあるんだし」

 素材の聲を聴いていくと、組み合わせや素材によって奇抜な形を要求されることがある。

 聲に反した形状にすると性能が格段に落ちるなど、素材の注文は素材のランクが上がれば上がるほど頻度は増す。

 制作時だけではない。

 完成後も装備の上から別の装備を重ねた瞬間、ビキニ装備がただの布切れ並みの防御力になったときは本気で驚いた。

 素材が別の素材を拒絶する事で生じる現象。

 寧ろビキニ装備だけだと、露出した部位にも魔力で防御力場が展開されたのには何も言えなかった。

 しかも、これがかなりの高性能と加護があり、理解できない涙が出て来たのはある種トラウマだ。

「さすがにビキニは通らなかったな~。前張りタイプやフロントタイプも候補でコンペに出したけど、色々不味いって却下されたよ」

「…俺の師匠本当にこの人で良かったんだろうか」

 真面目に師匠が赤竜の鎧を作ったのか疑いたくなる。

「ティファ。そんな目で私を見ているけど、君も将来嬉々として結構際どい装備作るよ」

「なにその怖い予言」

 確信に満ちた師匠の言葉と真剣な眼に、冗談を言っていないのは嫌でも分かる。

「なんで君を弟子にしたと思っているんだい。もちろん君の熱意に絆されたのも確かだけど、一番の理由は私と同じ匂いを感じ取ったからだよ」

 思わず身体を嗅いでしまう。いやまさかそんな匂いがするなど。

「匂いは例えだけど、同族であることは間違いないね」

 弟子入り後に確信したなどと、一人納得している。

「俺は人間種で師匠は妖精種だろ」

「違う違う。在り方の話だよ。作り手の業みたいなものだから、そのうちに分かるさ。そうだな今ある情報で証明するならば、それだろう」

 最初に見ていた軍用ボディスーツを指さす。

「色々ある装備の中で、しっくり来たのがこの軍騎士装備だろ?」

「防御性能に不安があったけどね」

「つまり、防御性能さえ解決すればティファはボディスーツタイプの装備を作るってことだよね」

「危険領域で探索する上で、衣擦れや引っ掛かりを心配する必要がなくていいなとは思った」

「対人戦や戦闘面では?」

「無駄が少ないから重さも最小限で済むし、可動域制限が殆どないから戦闘はしやすいと思う。強度の心配がある部分は追加でプロテクターとかで補強すれば――なんでそんなニヤついてるんだ」

「ごめん。私が軍用装備にボディスーツタイプを選んだ発想と同じついね。職人によって様々な理念や思想を持ち、主張が分かれるものだ。プレート最強!とか成長するリビングタイプが最終的に強い!とかね」

 日頃から師匠の指導を共感できた理由に納得する。

 なるほどこれが同族と言うことなのか。

「私とティファは必要と必要でない物をより分け、様々な状況に対応できる汎用性の高い装備を求めた結果がボディスーツタイプだっただけ。でもこれって結構重要な事だよ。教える内容が無駄にならずに済む。あれだ音楽性の不一致がないのはいいことだ」

「音楽グループの解散理由みたいに言わないで。あとボディスーツタイプが好みなら、なんで赤竜の鎧はボディスーツタイプじゃないんだ?」

 赤竜の鎧はプレート素材にしか見えないフルスケイルアーマーだ。

「あれは素材の聲と職人としての技量が戦った結果だな。素材の聲ではプレート系みたいにしろって言っていたんだ。金属じゃないのに無茶言うよね?ボディスーツの設計をインナーに流用して、上から各種装備を追加した形状に落ち着いた。結果は素材の聲が要求した形態よりも、より性能が高い防具の完成だ」

 要求される形にとどまらず、一歩先を提示する事が職人としての技量を問われているのだと師匠は呟く。

「それで?大分横道にそれたけど次の作品は決まったかい?」

「軍用装備を骨子に作ってみようと思う」

「骨子?なにか問題があるのかい?」

「防具に問題があるんじゃなくて俺に問題があるんだ」

 事の経緯を話すと意外な答えが返ってくる。

「あれ?“魔力圏の拡大”について教えてなかったけ?」

 気まずそうに視線を逸らす師匠。

「そ、そうだ!実はとっときの―――」

「キリキリ喋れ」

「―――はい」

 力なく項垂れる師匠にちょっと先行きが不安になったが、教えられた内容に頭の中で描いていた一つの構想が形になった。


「――って分けだけど、ヒントにはなったかな?」

「先生の宿題と師匠のアドバイスで思いついたのはある。基本設計書き出すから後で見てくれる?」

「もちろん!」

 大変いい笑顔をどうも。

 設計を書き出す準備をする傍ら、師匠の話に上がっていなかった案件が気になった。

「女性警察騎士の装備があれなら、男性警察騎士の装備ってどうなんだ?」

 後で見せて貰ったが、セパレートのボディウェアと上下のスーツとシャツ。

 普通の一言だった。

 機能的に作られていたのに酷い感想だと、自己評価してしまった。

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