第11話 精霊の祠と成長
危険領域に入るようになって一年。
どれだけ探索しようと気絶する事は無くなり、前を歩く父さんの背を目印に危険領域を歩き続ける。
この一年間超感覚を鍛えたおかげで、父さんの隠形の正体が分かった。
共鳴術。
自然界の魔力と気である
共鳴術は高感応能力者か”共鳴り”なら身に付く技術らしく、両方に当てはまる俺は見様見真似で周囲から気配を隠せるようになった。
だが、まだ拙く今も気配が漏れて、貫甲蟲が突撃して来ていた。
下手な防具ならば防具ごと貫き、狩猟者を死亡させる貫甲蟲の高速飛翔。
俺は意識を集中し、体感時間が一秒を十秒に感じるほど加速する。
しかし、世界が十倍遅くなろうとも、貫甲蟲の速度はなお早い。
上体を僅かに下げ、貫甲蟲の下方に潜り込み。
すれ違いざまに一呼吸で引き抜いたナイフを蟲の体節に滑り込ませ。
首と胴体に別れるが、ナイフが弾き飛ばされた。
蟲の頭部は近くの木の幹に突き刺さり、胴体は目標を失い地面に向かって墜落。
加速した意識が、元の速さに戻る。
蟲種。
危険領域に生息する生命体で、生命の源流に近づき幻想を享受した生命の総称。
その在り方は多種多様で、形態は必ずしも虫型に限らず、動物や植物の姿を取る蟲もいる。
全ての蟲に共通するのは、魂の核が無い現象に近い存在であると言う事だ。
魂は大きく分けて三つで成り立っている。
外界と自己を分かつ魂殻。
魔力で満たされた魂密。
そして存在の唯一性を与える魂核。
魂殻や魂密は在れど魂核が無いということは、分かたれた体のどちらもが蟲であり肉体と同じように分かたれた魂魂によって活動は続く。
目の前で蠢く頭と胴体のように。
蟲種を完全に殺す方法は、魂を完全に消滅させるしかない。
掌から魔力を出して、蟲の体にぶつけると蟲の魂が霧散し活動を停止した。
―――工程省略。《形状変化》発動。
工程すら省略した屍霊術は、別れた躯を一つに纏め元の姿に戻す。
骸に魔力を少量込めてバックパックに収めると、こちらを振り返り待っていた父さんの元へ最速且つ慎重に行って進んでいった。
今回の目標地点である“精霊の祠”に辿り着いたのは、数時間後だった。
危険領域内において、唯一安息の地と言える精霊の祠は領域に点在している。
祠に必要とされる魔力を奉げる事で、祠の先にある領域へ入ることが許される。
祠の背後に広がる霧を通り抜けると、そこは十メートル四方の開けた場所だった。
「――は」
最初に出たのは安堵の音だった。
いくら圧力に慣れたと言っても四六時中かかれば疲労を感じる。
「休憩は後だ。先に設営するぞ」
「了解」
父さんが手首に嵌めたリングを操作して、設営に必要な道具を出した。
「いつ見ても便利だよね」
「制限も多い道具だがな」
リングは、アイテムボックスと呼ばれる魔道具。
物を自由に出し入れ出来るが、収納するには自分の魔力を宿した物品のみ。
市販製品には盗難防止として、魔力を篭めれないようにプロテクトが掛かっている。
アイテムボックスは職業を収めると購入することが出来る。
例えば俺の場合、屍霊術師や狩猟者、制作系の業、つまり職能を収めているので購入は可能だ。
ただ値段が高いので未購入である。
設営もほとんど終えて、夕食の準備をする。
精霊の祠では、火を起こすことが出来るので調理を行う。
最近では調理は俺が行うようになって、料理も素材の聲を意識する事で調理の熟練度が飛躍的に向上した。
食材の聲を聴き、食材にあった加工を施すことで栄養や効能を十全に取り込む。
母さんは別格として、父さんの料理技能くらいまではあと少しと評価された。
腹も満たされたことで、疲労がどっと押し寄せて来た。
正式に師匠へ弟子入りしてから、この一年間で経験した死の回数は36回。
総死亡回数と蘇生回数は72回。
挙げた項目全てが、A評価判定となら71を超え現在80後半となった。
魂の覚醒率は、本来自分の魂と向き合う“覚座”と呼ばれる訓練でのみ拡大する。
しかし、俺の場合は死を経験する度に魂の覚醒率が上がっていた。
俺は死の呪詛がどのように干渉してくるか分からず覚座を禁止されているので、ある意味死ぬ度に覚醒率が上昇してくれるのは怪我の巧妙である。
屍霊術の適性は、本来最初の適性値から変化はしない。
熟練度は術を使うほど上がり、練度が上がるほど上昇し辛くなる…はずなのだが、どちらも死ぬ度に勝手に増えていた。
精神構造も死ぬ度に増強されている。
精神構造の増強とは、精神年齢の加算である。
今の俺の精神年齢は87歳。
8歳の肉体に87歳の精神が入っていると言われると、問題に感じるが実はこれが役に立っている。
蟲を迎撃した時に行った精神の加速は、精神密度が上がった事で使えるようになった技能。
どうやら時間感覚は精神構造は成長する程、伸縮する物らしい。
他にも術の発動時間が短くなったり、俺の精神構造より格下の相手が発動した術を掻き消したりも出来る。
肉体は気と魔力で強化しても精神の速度に付いてくることは出来ないが、屍霊術は物理的な枷がないので精神の速度についてこられた。
呪詛耐性に関しては言うことは無い。
死んで蘇る度に上昇しているが、大して成果を感じない熟練度Aにも関わらずだ。
一番問題なのは肉体耐久度の減少が、顕著に確認され始めた事だろう。
初年度で問題にならなかったのは、竜の乳で育った俺の自己回復能力と死の呪詛による肉体破壊が拮抗していたからだ。
正確には死の呪詛には、俺の身体を壊す効力は存在しない。
死んでいる間俺の魂が肉体から一切消滅する。
現状は気の鍛錬と薬物治療によって凝固速度を緩やかにしているが、いずれ肉体の限界は来る。
結局俺が出来るのは、制限時間内に夢を叶えれるよう努力する事だけだった。
食事を終え身体を休めるように腰を下ろすと、探索の途中で狩った蟲種を確認する。
術の高速発動のお陰で、素材の鮮度や形を保てるのは嬉しい。
今回手に入った素材は貫甲蟲、弾丸蚤、断切鍬形、鈴蟲、光天道蟲の五つ。
それら一つ一つを術式で加工を施していく。
―――《形状変化》発動。
貫甲蟲と断切鍬形は投げ矢。鈴蟲と光天道蟲は球。弾丸蚤は形状が様々な弾。
全て終えるとホルスターやポッケに収めて、漸く人心地が付く。
下げた視線が、腰に下げたストラップを捉える。
“測定器”と呼ばれる道具で、大気中の魔力や気に反応して色が変わる。
領域評価は白が基準で黄、橙、赤、紫、青、黒の順に危険度が分かる様になっている。
これはどれだけ現実が幻想に侵食されているかを可視化したものだ。
白は物質の法則が優位を表す色で、黄色から黒までは幻想の法則が優位を示す。
現在の色は、白に限りなく近い黄色。祠に入るまでは完全な黄色だった。
『人は面白い物を作るな』
「領域の危険度を知る道具が珍しい?」
食事中、制作中も一切喋ることなく静かだった小竜が口を開く。
『こうやって道具を通して認識するのは初めてだな』
「竜種は違った方法で危険度を認識しているのか?」
俺の質問に小竜は呆れ半分に笑う。
『竜に向かって危険度などと片腹痛い。己より劣る物を危険として知る必要はあるまい。自然の権化である我ら竜にとって、領域は小僧が呼吸する大気そのものだ。小僧は大気が危険だと感じるのか?』
確かに笑うはずだ。
俺が呼吸している時に、誰かが「その空気は危険じゃないですか?」と聞かれたら変な奴だと思うだろう。
「でも竜がどうやって魔力や気の濃度を見分けているのか気になるな」
俺と小竜の話を聞いてた父さんが、小竜に疑問を投げかける。
『我ら竜種は気や魔力を“光”として感じている。魂魄が直接認識している。つまり感応能力ぞ』
「俺たちと同じなのか」
『魂を持つ者は結局は同じところに行き着くものぞ。竜種とそれ以外の違いなぞ、生まれつき感応能力に目覚めているかどうかくらいだ』
「光で認識するってどんな感じなんだ?」
『言葉では表しにくい。ただ一言で言えば、世界に本当の暗闇は存在しないとは言える』
「小竜の見ている世界が見れるといいんだけどな」
『―――――――』
小竜の沈黙は、何を表しているか分からなかった。
「そう言えば、ティファは共鳴術の隠形が上達したな」
「上達したって、ここに来るまでに何度も襲撃されているんだけど」
父さんの突然の誉め言葉に、思わず苦い思いが口に広がる。
「見つかったのは全て蟲種だけだ。獣種を避けてルート選択してはいるが、完全には避けきれない。気配に敏感な獣種の索敵に引っかからないのは十分称賛に価する」
『蟲種は原生生命故に獣種以上の索敵能力を持つ。蟲種に見つかるのは仕方ない事ぞ』
「ありがとう。でも父さんみたいに完全な隠形を身につけないと、先に進めないんだよな」
「安全度が段違いであることは保障する」
一瞬前まで確かに目の前に存在していた父さんが、認識できなくなった。
理論は分かる。
ただ俺の技術が理論に追い付いていないだけだ。
それが堪らなく悔しい。
「今日はもう寝て明日の探索に備えるぞ」
「おやすみ」
有事の際咄嗟に動けるよう座った体制で眠る。完全な睡眠ではなく、意識の一部は起きたままだ。
精霊の祠は基本安全だが、他の狩猟者がいる場合もあり、その狩猟者が悪事を働かないとも限らない。
自分の身は自分で守る。危険領域の鉄則だ。
落ちる意識の端で、隠形を出来るだけ維持しながら眠りについた。
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