第10話 試験と聲
―――証を提示してください―――
ニコスの町から若干離れた山の斜面の中腹。
課題の多さに訪れ事の無かったコルネの家兼仕事場に訪れてみると、玄関に表示されたのは文章の羅列だった。
これは弟子入りの条件のことだろうが、証ってどうやって提示するんだ。
『霊子端末を翳せばいいのであろう』
「あぁ、なるほど」
―――危険物取扱者資格乙種一、二、三、四、五、七を確認―――
―――死の呪詛の影響解析結果確認―――
―――小等部全教科試験成績確認―――
―――開錠します―――
翳した霊子端末から開示許可した情報を読み取り、扉から鍵の開く音がした。
『これは試験も兼ねてるおるな』
玄関を通り来客用の部屋を抜けると、そこには既に息絶え血抜きされている猪が転がっていた。
壁には「技能を提示しろ」と表示されていた。
五つ目の条件である料理人としての技術を見せろと言うことであろう。
壁に備えられた大小様々な形状をした解体道具を手に、猪の解体を始める。
問題は無いが、さらっと道具の鑑定能力も試されている。
金属の様な見た目の生体素材を使った道具。
生体素材の様な金属素材の道具。
素材だけでなく異なる重さ、長さ、形状、機能の道具が、こちらを試してくる。
解体した各部位は、部屋に設置された部位の名前が書かれた箱に収めると壁の表示が変わっていた。
―――解体技能合格―――
―――第二試験、部位:右大腿骨の形を変える―――
「今度は屍霊術の試験か」
今解体したばかりの骨が入った箱から、右大腿骨を取り出しす。形状は解体箱の横にあった球体と四面体、六面体の窪みがある板に、はめ込むように加工すればいいのだろう。
―――《形状変化》駆動
―――《《対象:骨・型:球形・サイズ:10.5》》
―――《《魔力出力:1・変換工程:1・入力完了》》
―――《形状変化》発動。
呼吸するように発動した《形状変化》の術式が、霊子回路から体の外へと伝わり骨の形を変えていく。
魔術は魂の演算処理能力によって行われ、詠唱や発動キーは自転車の補助輪の様な安定して発動する為の補助でしかない。
元々詠唱はせずに発動キーだけで屍霊術を使っていたが、精神と同じように屍霊術の適性と熟練度も上がり、それほどたたない内に発動キーを唱えなくても発動できるようになっていた。
―――術式制御技能合格―――
骨一本を使って三つの立体を作り、微調整を行いながら型はめ込むと次の扉が開く。
―――私を見つけて―――
表示を認識した瞬間、通路に濃密な闇が満たされる。
闇に触れた瞬間、五感の内三つが機能を失う。
音が死んだ。色が死んだ。匂いが死んだ。味覚と触覚だけが生きている。
存在を曖昧にしたり、機能を失わせるコルネの闇精霊の精霊術。
コルネの鍛冶技術そのものであり、俺が望んでやまなかった力。
逡巡は一瞬だったが、床の動く振動が足元から伝わってくる。
コルネの家の“模様替え”が行われているのだ。
入ってきた家は来客用の応接間見たいなものだ。
コルネの家の本体は山の中を刳り貫き、幾つもの立方体の箱が立体パズルのように組み合わさった巨大施設。
制御室と呼ばれるところで操作すれば、箱は移動して施設の構造を組み替える。
つまり只今絶賛移動中。
後ろの扉には、今は別の部屋もしくは何もない空間があるはずだ。
『鍛冶師は、なにを考えておるのだ』
「多分六つ目の条件である狩猟者としての技能試験じゃない?」
『そうであろうが、大掛かりすぎるであろう』
狩猟者としての試験であると言えるのは、辺りから感じる圧力のせいだ。
ここ最近慣れ親しんだ圧力。
危険領域に似た気配が闇から伝わってくる。
移動中特にすることもないので、疑問を解消しておくとする。
「なんで小竜の声や姿は分かるんだ?」
振動は足元からは伝わりはするが、音として大気は震えていない。
自身の声も骨を経由して耳朶に響いているからだ。
しかし、小竜だけは聞こえるだけではなく見えもする。
辺りを占める闇はコルネが使役する闇精霊。
彼らは音や光、匂いも全て飲み込む。その場で音を鳴らそうと携帯照明器を付けようと、それが感覚器に届くことは無い。
『我は大気を震わせて、意思を伝えている訳ではない。姿も然り、物質の器があるわけではない。我の姿や聲を認識しているのは小僧の魂魄ぞ』
どうやら俺は小竜を超感覚を通して認識していたようだ。
今まで意識して居なかった真実に、今回の試験の内容を大体把握した。
「超感覚で探せって事か」
『そう言うことであろうぞ』
五感の内、視覚、聴覚、嗅覚を一時的に消失させているのに、運動器に関わる触覚が健在なので正解なはずである。
足から伝わる振動が止み、試験開始と思っていいのだろう。
主要な五感が封じられたお陰か、超感覚の感度が高い。
気を六感で認識すると、霧や水の中にいる感じに近い。濃度が薄ければ霧で濃ければ水中と言えるが、共通するのは流れがあると言うことである。
闇に全てが呑まれても、闇精霊の気が存在するのだ。
空間全てを満たして、地形の形、障害物に沿って変化している。
認識できる範囲は周囲3~4メートルほどで少ないが、最低限探索は出来る。
魔力を魂の感覚で認識すると熱として感じる。
魔力が大きければ、近づくと熱いし、小さければ温い。
周囲がほのかに暖かいのは闇精霊の魔力のせいだ。障害物や通路に宿る魔力の熱と闇精霊の熱の温度差が通路の形を伝えて来る。
精神の感覚である七感は刺激と言えばいいのだろうか?
周囲の闇精霊から感じる圧力も精霊の意思である。
危険領域ならば、人の侵入を拒む意思が圧力として伝わる。
しかし、この闇精霊たちの圧力は、拒絶ではなく問いだ。
師弟関係ではまだ無いコルネが、俺にお前に資格はあるのか、と聞いている。
周囲を満たす気と魔力の濃度が高くとも、真に身を竦ませることは無い。
「師匠見っけ」
探し始める事10時間。
獲物を観つけたのと同時に体が動いていた。
具体的に言うとドロップキックを師匠の胸目掛けて放っていた。
「合かゲフッ!」
いくら危険領域程の圧力がなくとも、長時間晒されれば精神が消耗してイライラしてくる。
『清々するドツキっぷりぞ』
「褒めるなよ小竜」
「いやいや君たち。私に対する思いやりはないのか?」
吹き飛んだ師匠が、起き上がると辺りに光が戻っていた。
術を解除したのだろう。
「七歳児に吹き飛ばされるのは、どうかと思うよコルネ」
「生憎と耐久度は低い方でね!」
「褒めるなよ」
「褒めてないからね。まあいいや所要時間10時間5分最終試験合格。よろしくな馬鹿弟子」
「よろしく偉大な師匠」
差し出された手を握る。女性特有の柔らかい手でありながら、しっかりと業が刻まれた職人の手。
それはどれほど穢れの無い滑らかな手よりも美しいと思った。
「生産職にとって一番大事な事は何だと思う?」
正式な師弟関係になってからの第一声。
「良い作品を作れる技術だと思う」
敬語は今更気持ち悪いと言われたので、標準語での会話である。師匠呼びだけはけじめなので通した。
「それは一流に必要な条件だね。生産職にとって一番大事な事は“素材の聲”を聴くことだ。素材には気や魔力が宿り、素材の在り方を定め指向性を持っている。その在り方を聴き、望まれた在り方、望んだ在り方に変えていくのが生産職の真髄だ」
「言っている意味がよく分からないんだけど」
「覚えるよりも慣れろだ」
師匠の言葉の意味の1割も理解できないでいると、師匠が何かの素材を投げて来た。それは掌大の大きな鱗。
鱗を掴んだ一瞬で、闇が広がり全てを飲み込む。
再び訪れた感覚の死。
今度は五感の全てが奪われた。
立っているのか倒れているのかすら分からない。
極めつけは闇精霊の気配すらない。
完全なる闇であっても小竜の姿だけは観えていたが、小竜は何も言わずジッと闇を観ている。
しばらく小竜の姿をぼおっと眺めていたら、引き摺られるように別の光が観えてきた。
まず俺の身体が薄ぼんやりと観えて、更に手に握られた鱗が認識されていく。
この観えている光は魂魄なのだろう。
不意に完全なる闇の中で、誰かが囁いたような気がした。
小竜の聲ではない。
在るか無いか判断も付かないような微かな聲。
ここに在るのは俺と小竜、そしてこの鱗だけだ。
ならば今の聲はきっとこの鱗の聲だ。
意識を鱗に集中し、じっと待つ。
『―――――――――――――――』
聲が聴こえた。
言葉にも満たぬ確かな意思。
多分この鱗を素材に何かを作るなら、鋭利な形状の物にするのがいい。
『素材の聲が分かったか?』
耳朶に響くことなく小竜の聲が聞こえた。
『何かの比喩表現化と思ったら本当に聲だったよ』
こんなに細分化していても物には魂があり、その中には意志が宿っていた。
多分同じ素材でも聲によって、向き不向きがあるのだ。
そしてこれは作った物の品質を左右するとても重要な事。
『鍛冶師も料理人や狩猟者と同じで実践型よな。せめてもう少し説明せんか』
『母さんと父さんの座右の銘が“百聞は一見に如かず、百見は一幹に如かず”と“習うより慣れろ”だから仕方ない』
百回聞くより一回見る方がより分かり、百回見るより一回体験する方が理解するという意味だ。
習うより~は文字通り。まず体験在りき、後に学を学べ。
『経験を伴ってからの知識は確かに効率がいいが、その分危険が付きまとう。あやつらの様な先導者が居るからいいものの――なんぞ?』
持っていた鱗はポケットに放り込み、肩に乗っていた小竜を抱きかかえていた。
素材の聲の謎は解けたが、別の謎が産まれる。
小竜はこの鱗の様に器がない魂魄体だが、小竜の中はどうなっているのだろうか?
気になったら即実行。
超感覚が観た体長18センチほどの細身の体の中には、サイズに見合わない気と魔力が渦巻いていた。
膨大な気と魔力の奔流に意識を沈めていくと、全ての流れが同じでない事に気が付く。
流れが速い所、流れが遅い所、流れが密集している所、流れが希薄な所、他より熱が高い場所。
大まかながら小竜の構造が分かる。
疑問が解消されれば、更に次の疑問が沸く。
小竜は日ごろ翼爪で体を掻くのだが、その場所は気の流れが遅い場所だった。
『お、おい!なにをするつもりぞ』
不穏な空気を察したのか、小竜が逃げようとするががっちり掴んで離さない。
まずは流れの悪い所を指先に気を纏わせ強弱をつけて撫でる。
『按摩か、良い心がけぞ』
気持ちが良いのか、目を細め緊張していた体から力が抜けていく。
流れが徐々に改善されていくと、小竜の身体は完全に脱力して眠っていた。
これだけ無防備であれば、もう一つの疑問も探求できる。
流れの次は、他の場所より温度が高い部位である。
昔小竜にキスをした時、小竜の反応が過敏だった場所の殆どが熱の高い場所である事に気が付いた。
これは生産職にとって必須な技能を身に着けるのに必要な事であって、決してやましい気持ちなど…半分くらいはあるが合法であるはずだ。
今度は指先に魔力を纏わせ、温度差がある背側の尾の付け根を撫でてみる。
ビクリと小竜の身体が僅かに震えた。
恐る恐る緩やかに撫でると尻尾がビクビクと震えている。
付け根の熱が徐々に高くなっていくのを、指先で感じ取る。
面白い。
気分が盛り上がった俺は、修行の内容も忘れて夢中になって撫で続けた。
熱が高くなるほど小竜の反応は顕著に表れ、尻尾だけだった痙攣が身体にも波及する。
火傷しそうなほど熱くなると、尻尾をピンと伸ばし全身がプルプルと震えて崩れ落ちた。
魂全体が、刺激する前より熱い。
温度が高い部位の中で、一番熱が高くない場所を刺激してこれだ。
では、もっとも熱が高い喉を刺激したら?
思わずごくりと唾を飲み込んで、指先を喉に伸ばし――
「はい!そこまで!」
――俺の野望は潰えた。
「…師匠か」
「師匠か、じゃないよ!ナニやってんの!?素材の聲を聴く訓練は!?」
「この鱗は鋭利な形状の物に加工するのがいいと思うよ」
ポッケに入れていた鱗を出し、表面をなぞって説明をする。
「…第一段階は分かったみたいだね。いや、分かったからこそのこの惨状か。おーい小竜起きろ、このまま寝てるとティファに全身開発されるぞ」
小竜の小さい頬に指を刺して起こそうとするが、死んだように反応がない。
まるで屍のようだ。
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