第7話 幕間 責任者の判断

 マベリスクの王領パラドクス。

 王が住まう王都パルマプルダートの一角に、派手ではないが権威を示す一つの建物。

 ネフィルト公爵家。

 全ての屍霊術師達の頂点に立つ者だけが座わる椅子の上で、妙齢の女性が部下からの霊子端末に浮かぶ報告書に目を通していた。

「失礼します」

「入りなさい」

 妙齢の女性が、扉をノックする音に下げていた視線を上げ応答する。

 部屋に入ってきたのは、鋭利な刃物のような目の女性だった。

「例の呪詛を受けた少年の報告を読みました」

 妙齢の女性。十代目ネフィルト公爵が先程まで読んでいた報告書の画面に目を向ける。

「ティファニア・ストラトス。人間種人間族。実年齢5歳。屍霊術を習得した時に“事故”が起きたと報告を受けております」

「それ以降の経過報告は?」

「半年間の間に死んだ回数は六回。30日を一回の周期として呪詛が発動。その全ての死の後に必ず蘇生されています。死の定義は“魂の死”ですが、完全なる消失からの自力の復帰が行われているようです。死の周期は短時間ながらも徐々に感覚が短くなっていると報告がありました」

 ネフィルト公爵は、報告書との差異が無いのを確認する。

 死の前と蘇生後の霊子基盤解析で判明した変化項目は6つ。

 適性及び熟練度の上昇。術式を使わない事を少年が師と仰ぐ者に約束しており、呪いの発動が原因と推察。

 魂の覚醒率の上昇は、魂の死という危機的状況に置いて妥当。

 肉体耐久度の低下は死の呪詛が直接の原因ではなく、魂の不在によって魄が凝固化し肉体を内側から傷つけた結果。時間経過で低下した耐久度は元に戻っているのを確認。

 精神年齢の上昇は、死の呪詛発動前後で一歳も変化。

 呪詛が初めて発動する前が15歳だったのに対して16歳に成長。以後5回の死を経て現在21歳となっているのを精神樹形図で確認。

 最後に呪詛耐性の獲得。一回死ぬごとに1ずつ耐性が上がっていた。

 報告書内容と同じ内容だが、やはり呼んで正解だったと思う。

 目の前の女性には、珍しく戸惑いの感情が瞳の奥に揺らめいていた。

「なるほど貴女の報告書通りですね。では貴女の気になることはなにかしら」

「変化する項目も気にはなりますが、一番違和感を覚えたのは変化しなかった精神の項目です。死の呪詛発動時に少年の精神が“魔素”を瞬間的に発生させたようですが、蘇生後の検査結果には精神汚染度は死の前と変わらずN評価のままでした。精神樹形図の構造も大きさや年輪が増える以外に特別な変化は見受けらえません。しかし、本当にそんな事があるのでしょうか?」

「と言うと?」

「我々マベリスク国民は“克己の義務”を負っており、他国の者より精神が強靭であるのは分かります。特に我々屍霊術師や技術研究所の職員、騎士達は特にそうであると理解しております。しかし、強制的な死を何度も経験させられて、精神樹形図が歪まないなどありえるのしょうか?」

 女性の質問に公爵は答えない。否、答えられない。

 資料の中には少年の樹形図が乗せられている。中立・中庸の波形らしい素直な、そして善悪に縛られない自由さを持った形状だ。

 そこには魔素汚染を受けた精神が持つ独特の禍々しい歪さは存在しなかった。

 異常で無いことが異常という矛盾。

 酷い論理破綻だ。

 魂魄乖離症からの生存例などがあるが、このなんの変哲もない精神樹形図の普遍性と比べてしまうと逆に霞んで見える。

 だが、どれだけの人が蘇生が約束されていない強制的な死を何度も享受できるのであろう。

 少年の霊子基盤の数値を見る。そのほとんどが一般の人と大差ない値だ。

 肉体強度がAであることは驚嘆に値するが、この家族においては珍しい値ではないことが記載されている。どうやら母親の特殊技能が理由らしい。

 経営する料理屋と宿屋は完全予約制で、辺鄙な所にありながら収入は多いようだ。

 そして顧客名簿には見逃せない名ばかりが並ぶ。

「観測結果の報告に添えられた本人の嘆願書には目を通しましたか?」

「はい」

 鋭い目の女性を呼んだ一番の理由が、端末から投影される。

「大変良くこちらのこと理解した内容だと思いますが、貴女はどう思いますか?」

「はい。とてもよく考えられていると思います」

 嘆願書に書かれている内容を要約するとこうだ。

 呪われたのは気にしてないから、屍霊術を買いたい。

 呪われた事は必要最低限の者だけに伝え、秘匿を厳守。

 もし完全に死んでも呪いのせいとは言わない。全て自己責任。

 と言ったことが、つらつらと書かれている。

 最後に本人と親の同意、主治医の同意が記載されているのが、これがただの嘆願書ではないことは明白。

 マベリスクに於いて、情報の秘匿性は世界最高峰であると言える。

 携わった関係各位は契約によって強力な守秘義務を負って仕事に就いているので、そこから情報が漏れることはない。

 最初にニコスの霊術院代表が技術研究所に送った資料も秘匿処理されており、情報が洩れる心配はない。

 つまり、本人やその家族関係者が喋らない限り、情報は洩れることはあり得ない。

 こちらが懸念する事を前もって対応して、必要以上に干渉してこないように先手を打ってくる。

 嫌な相手だ、と思う。

 見て見ぬ振りも出来ず、かといってもみ消すことも出来ないこの状況。

「どうなさいますか?」

「そうですね」

 親が経営する料理屋と宿屋の無視できない顧客名の筆頭。レイライン公爵家の名が強硬な態度を削ぐ。

「現状維持で対応しましょう。経過観察は続けますが、呪いの解除は行いません。どんな影響が相互にあるか不明です。報告書によればそろそろ術式を使うようなので、それによる影響も解析してください。もし、術式の使用が問題なければ新しい術式の購入を許可します。ただし、G級までとします」

「分かりました。ではそのように契約書を作成します」

 鋭い目の女性が指示した内容を、書類として作成するために部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る