第6話 師匠と先生
死の呪詛と言う霊術院始まって以来の出来事に、様々な責任者立会いの下臨床試験は執り行われた。
まず再現性を出すために、一度覚えた術式を特殊な手順に従って再び式として抜き出す。
抜き出した式を解析しても、同じ術式の構造と何も変わったところは無いらしい。
案の定、式を失っても呪詛は無くならなかった。
そして同じ時間、同じ場所、術式を刻んだ術士の魔導書で同じ手順をなぞる。
会話まで再現していたが今度読み込んだ《形状変化》の術式は赤黒くならず、紫の光を放つ帯となって俺の中に入った。
読み込んだ術式に意識を向けても、前の術式との差異は無い。
呪詛が発動しないのを確認して、《形質変化》の術式を読み込む。
《形状変化》の術式と同じように、何事もなく終わりドクと解析専門の屍霊術師によって俺の霊子基盤を徹底的に調べられた。
それも結局倒れてすぐの結果と大して変化は無かった。
結局経過観察を行うことで、術式の使用許可が漸く下りたのだった。
「それで、なんでティファを止めなかったんだ?今回は勝手に蘇生したが、次も大丈夫とは限らない。いつか本当に呪い殺されるのは分かっているんだろ?」
赤竜の鎧の製作者であるコルネは、ティファの臨床試験の場に来ていた。
事の経緯はそれぞれの立場から聞いていたが、レイとリアからは聞いていなかった。
「必死の覚悟で言われたなら俺もリアも止めただろうさ。大切な息子だ当然だろ」
「ならどうして」
「決死の覚悟で言われたらどうしようもないだろ」
必ず死ぬからではなく、死ぬと決めたからと。
お前の言った通りだったよと、溢すレイの言葉にコルネは顔を歪める。
「あいつの赤竜の鎧に対する執着がどれほど物か、俺たちより分かっているんじゃないのか?適性検査で屍霊術以外の適性が無かった。それしか目標とする場所に辿り着ける可能性が無いっていうなら、誰がどう言ったって使うだろうよ」
「別に防具を作るのに術式が絶対必要なわけではないさ。多種多様な道具や薬を駆使して」
「それで赤竜の鎧と同等の物を作れるのか?」
コルネは言葉を返せない。自分の言葉がどれほどの欺瞞と虚言に満ちているか理解していた。
決して不可能ではないだろう。だが魔術を使った場合と比べて、難易度が天と地ほど違う。
どれほどの才能をティファが持っていようと、高い精霊術の適性と熟練度、鍛冶の才能を持ち、努力し、研鑽し、練磨した己の五百年分の最高傑作を超えられない。
それは自惚れではなく、職人として生きた経験と知識に裏打ちされた結論だ。
もし不可能に近い可能性を手繰り寄せることが出来るとしたら、全く異なる法則を用いるしかない。
「作るために命を掛けなくていい。生きていてくれればいい。愛する人を見つけ、幸せな家庭を築き、健やかに死んでほしいとでも言えばいいのか?」
無理だと断言できてしまう。
コルネはティファが自分と同類であると分かっていた。
厳しい言葉を掛けた。冷たい態度をとった。
それでもティファを傍から離せなかったのは、嘗ての自分をそこに投影していたからだ。
ただ生きているだけいい?
それはなんていう地獄なんだ?
作る事を渇望し、何を犠牲にしても作るという狂ったほどの強靭な意思。
赤竜の鎧を見ていたティファの姿が脳裏にチラつく。
輝くような瞳で、弟子入りしにきた顔を忘れない。もちろん即行で断った時の顔も。
術式の適性がないと分かった時の心が軋む音を予見していた。
唯一残された手段すら、ティファの夢を困難にする。
ああ、なんて
「なんて愚かしいんだ」
「全くだな」
思わず出た言葉にお互いが苦笑する。
愚かしさはティファではなく、彼を止める手段がない自分たちに向けられていた。
「それでどうするんだ?」
「分かりきった事を聞くなよ。どうあっても死ぬなら、より有効的な死に様ってのがある。燃え尽きるまで私が鍛え上げてやる」
「は、さすが類友だ。リアと同じような事言ってる」
コルネが制作系の技能を教えなくても、ティファはきっと独学でも習得する。
しかし、それでは時間が圧倒的に足りないのだ。
「それも指導者がいれば別だ」
「何か言ったか?」
「いや、それより指導するのはいいが、学校や普段の私生活をおろそかにしないことを条件にしないとな。再来年の九月には小等部に入学だろ?」
ティファは10月生まれで、現在満五才。小等部の入学が九月で、今が11月後半であるから猶予は二年無い。
「毎日修行漬けじゃないのか?」
「馬鹿か。目的の物がいつできるか分からんが、出来上がった後はどうする」
「へぇ、それは興味深いな。なんでそう思ったんだ?」
コルネの言いたいことを理解したレイが笑みを深めて話の続きを促す。
「レイやリアがティファの啖呵に折れたのも本当だろう。でも一人だけ納得するとは思えないのがいるだろ」
口では何だかんだと悪態を付きながらも、常にティファから離れることの無い小さい者。
「全くだ。正直今回の件は俺やリア、あと霊術院もお手上げだ。ほれあの担当官の気難しそうな顔を見てみろよ」
観測者であるそれぞれが皆一様に、眉間へ皺を寄せている。その中にはドクもいた。
「ティファが呪詛から蘇生した後、眠ったティファの上で小竜の奴、胸の痣をずっと睨んでるのな。しかも無自覚で」
嬉しさを多分に含まれた苦笑は、どこか口惜しさも混じっていた。
「俺らではどうしようない事でも、小竜ならティファの事なんとかしてしまうんじゃないかってのが俺とリディアの見解、いや願望だな」
結局ティファを目覚めさせたのもあいつだしな。と溢す言葉には様々な色が混じっていた。
「嫁に出す父親か」
「息子なのにな」
「息子でこれなら、娘三人が嫁に行く時が心配でならない」
確かにと笑い、二人は試験結果の報告を聞いた。
「やあやあ、ティファご機嫌はどうだい?」
ひどく上機嫌なコルネがやってきた。いつも楽しそうにしているが、今日は一層楽しそうだ。
「機嫌?うーん。最高だね!」
「そうだろうそうだろう!いいね最高だ!」
二人して意味の分からない興奮が脳内で噴出する。
俺とコルネの異様な熱狂に回りの人が「やはり」とか言っているが無視だ。
「それでコルネはなんでそんなにぶっ飛んでるんだ?」
「ティファ。君、私の弟子になる気はあるかい?」
「あります!」
言葉の意味を理解する前に脊髄が答えを出していた。さっきまでの興奮がぬるま湯と思えるほど、全身が熱くなる。
「そんなあなたに条件付きで弟子入りを許可しよう。どうする!?」
「お願いします!」
『利用規約はちゃんと確認せんか!あと興奮しすぎだ!』
いつもよりちょっと強めの“しったん”が打ち付けられる。
駄目な時はダメと言ってくれる最高の連れである。
「私もそう思うぞ!馬鹿では困るんだ。もう一度聞くけど――」
「どんな条件でもやるしかないんだよ」
「――うん、そだね。はい。じゃあ条件発表です!」
一つ、再来年の九月までの一年と半年の間に危険物取扱者資格乙種の一、二、三、四、五、七を取得する事。
二つ、前述の資格を取るまで屍霊術の使用を禁ずる。一度でも使ったら弟子入りの話は無し。
三つ、来年の11月までの半年間に死の呪詛が君に与える影響を解析する事。
四つ、再来年の九月に入学する初等部で全教科試験で上位五位に入る事。
五つ、母さんに料理の知識、技術を教わる事。この時に術式を使用する場合は、一つ目の条件が満たされてからとする。
六つ、父さんに狩猟の技術、知識を教えて貰い十二歳までに狩猟者資格D級に合格する事。
七つ、主治医のドクに師事して人体工学、解剖学、生理学、医療学を習得する事。
「以上の七つが最低条件だ。質疑応答を受け付けるけど?」
コルネの霊子端末から投影された画面に口上で述べてくれた内容が表示されていた。
「お願いします!」
「質疑は?」
「今は分かりませんが、すぐに追いつきます!」
頭は下げたまま、答える。
「これレイの教育?」
「うん?ああ、そうだぞ。俺も教えられるだけじゃ馬鹿になるって言われて育ったからな。実際そのおかげで死にそうにもなったし、生き延びれもした」
「あっそ。ティファ顔を上げるんだ」
上げた先には“鍛冶師”のコルネがいた。
「君を弟子に取ることは変わりない。しかし、“鍛冶師”として弟子にするわけではない事をしっかり理解しろ。私は“制作系”の技術を君に教える師匠だ」
「はい!」
「ふむ、条件も了承したし、立場も理解したな。では、一番大事な案件だ。私が君に知識と技術を教える報酬の話をしよう」
「報酬?月謝ってこと?」
「フフン私の技術指導料は高いよ?」
「出世払いでお願いします」
「大丈夫大丈夫!君の目的と私の報酬は同じであり、報酬は実に簡単だ!――赤竜の鎧を超える防具を私に見せろ」
職人であるコルネの覇気が場を圧する。遠くにいた検査員の人達が思わず身構えている。
俺は震えていた。
コルネの覇気が怖かったのではない。期待してくれていることに歓喜したのだ。
「はい!」
視界が滲む。声が震える。それでも心が身体から溢れて来る。
「いい返事だ。いいかい私は報酬が貰えなければ、地の果てまで追いかけてでも取り立てに行くからな?泣こうが喚こうが君に作品を作らせるんだからな?」
頷く事しか出来なかった。いつ死ぬかも分からない。それでも許さないと言ってくれる。死んでも作れと言ってくれる。
嗚咽が留まることなく外に出ていく。思考は白く、心は軽かった。
「落ち着いたか?」
「ドク」
コルネの覇気によって検査結果から意識が浮上してきたドクが、近くに来て俺の眼を覗き込んできた。
普段通りの精神状態のつもりだったけど、主治医から見れば張り詰めたように見えていたらしい。
「あとコルネ。人を勝手にお前の弟子を取る条件にするんじゃない」
「フフン、良いじゃないか私たちにとって、コレは実に面白い題材だと思うだろ?」
コレと指す指先は俺に向いている。ドクも納得しないでほしい。
頭から意識できなかった重さが無くなっている。
心が嘘の様に軽い。
「ドク。順番が逆になってごめんなさい。俺に勉強を教えて下さい」
目指す目標に何が必要かを考え、実行する。
必要なら技術を、知識を、経験を。そして助けが必要なら頭を下げてお願いするのだ
「これはすごい視覚の暴力だな。はあ、五歳児に頭を下げられるこっちの身にもなれ。頭を上げろ」
ドクの困った顔が、冷たく静かな物に変わっていく。
「ティファ。頭を下げれば誰もが願いを叶えてくれるわけではない」
「はい」
「人に縋るしか方法が無い状況に自らを追いやっている時点で、ある意味どん詰まりだ。何故なら生殺与奪の権利を他者に渡してしまっているからだ。もし私がここで“断る”と言ってしまえば、この鍛冶師はお前の弟子入りを取り止める。そうだろ」
そうだねと笑う師匠(仮)。
「危機的状態に陥り、最後に情で訴える方法は下策も下策。相手のほんの気まぐれでお前の人生は変化する。ではどうしたらいいか分かるか?」
必要なのは、頭を下げて願うことではないとドクは言う。
情ではだめだと。
不安定な物を交渉に用いるなと。ではどうすればいいのか、何が必要なのか。
縋ったわけではなく、なんとなく周りを見る。
俺に付き添ってくれた父さん。なぜか来てくれたコルネ。アイシャさんや霊術院の検査員の人達がいる。
霊術院の検査員の人は、俺に掛かった呪いの解明に力を費やしてくれていた。
彼らは、こんな子供の我儘に付き合ってくれたのか?
違う。この人たちの心情はどうか知らない。やりたくない人だっているはずだ。
しかし、“仕事”だから文句も言わずに役目を全うしている人たち。
そしてコルネの“報酬”。
一つの答えが見つかる。
「“仕事”を、ドクに仕事を依頼したい」
「ほうどんな?」
「俺に勉強を教えて欲しい。教科は人体工学、解剖学、生理学、医療学の四つ」
「つまり私を雇うわけだな。そしてその意味を理解しているか?」
「“報酬”は魂魄乖離症の原因解明ってのはどうかな?」
人は情でも動く。でもそれは不確かだ。情が無くなれば途切れる関係。ならば、情の繋がりではなく利益による繋がりで互いの提供できる物を差し出すしかない。
俺が生まれる時に患っていた病名、魂魄乖離症。
肉体から魂魄が離れていく奇病。万能薬(エリクサー)でも治らない不治の病の一つ。
そしてドクが治せない病気の一つであり、父さんが赤竜を討伐した原因だ。
竜の血は様々な効能を持ち、人に不死と言って過言ではない生命力を与える。
しかし、高い効能であればあるほど、竜の血は毒性を持つ。
竜種ではない亜竜種の血であっても、肉体強度がC以下の者が浴びれば全身を焼く毒でしかない。
良くて全身呪詛汚染、最悪死に至る。
高い効能を得るためには、見合った強靭な肉体が必要であり、生まれたての俺では竜の血の効能には耐えられるはずがなかった。
母さんと言う例外が居なければ。
母さんは竜の血を屍霊術で竜の“乳”に変化させた。
母親が赤ん坊にあげる母乳は、血が体内の酵素で変化した物。
親が子に与えるものが、毒であるはずないという仮説から導き出された答え。
結果は乳に変えると効能が多少減少するが、副作用が一切なくなり魂魄の肉体定着が起きた。
精神の発生まではいかなかったが、三年後に赤竜の鎧と出会う事で“俺”は産まれた。
ドクはその事を悔しく思っていたらしい。だから、その原因究明は対価と成りえる。
「意図してやったことだが、いい感じだな。覚えておきなさい。情でしか動かない人もいれば、利益でしか動かに者もいる。信念でしか動かない者もいる。なにをもって目標を達成するのか、しっかり観察するんだ」
手が差し出される。流されるまま自分も手を差し出していた。
「契約成立だ。ああ、私も報酬を取り立てに行くので踏み倒さないように」
「お願いします。“先生”」
「よろしく“生徒”」
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