第5話 呪詛と覚悟

 この一カ月余り屍霊術師の仕事風景を見学したり、屍霊術に関する法律や資格、術式の効果についての講義を何度か受けた。

 屍霊術師の活躍の場は葬儀を始め情報系、士業系、公務員、芸能・芸術系、スポーツ系、医療系、飲食サービス系、そして俺が目指す生産系と多岐に渡っていた。

 講義は一カ月間集中型を選択し、俺が五歳児であろうと真剣に教えてくれた。

 屍霊術に限らず魔術全般は、習得するために幾つかの条件をクリアしなければならない。

 まず行われるのが、ドクにやってもらった霊子基盤解析パラメータークリアだ。

 霊子基盤パラメーターとは、生物を構成する四要素肉体、魂、魄、精神を指す。

 そして霊子基盤を解析し情報化する事で、魔術が習得できるかを判断する。

 適性が無ければ習得できないのは当然だが、適性の度合いによって習得できる術式のランクが変わる。

 ランクというのは1~100までの数値化された適性を、A~GそしてNの八段階で分類した物だ。

 基本的に1~10をNノービス、11~20をGとして10ずつ上がっていきAだけ71~100とする分類方法。もちろん例外も存在する。

 級は適性だけでなく霊子基盤の各項目全てに当て嵌まる。

 俺の屍霊術の適性は13なのでG級。

 そして適性Nでも使える陰陽魔術と呼ばれる魔術を俺は習得できない。

 屍霊術以外の全適性値が、Nの下である0だからだ。

 これは相当珍しいらしくドクも感心していた。

 適性が分かったら、次は精神汚染度検査と精神構造検査。

 精神汚染度とは精神に異常を来しているかの検査で、精神構造検査は力を扱うに相応しい精神年齢に達しているかの検査。

 精神構造を解析し視覚化すると、精神の在り方次第で姿を変容させる樹の姿になる。

 この樹を精神樹形図と呼び、樹を構成する要素である根、幹、枝、葉、花、実は精神性を表す因子。

 その中で精神年齢を表すのは幹の部分で、太さと年輪が経過年齢と成長年齢を表す。

 経過年齢は生きた年月で、俺の場合ややこしい事に実年齢は5歳だが、精神が生まれてから2年、成長年齢は13歳から更に2年成長して15歳。

 一般的に精神年齢は成長年齢を指し、実年齢より幼い大人、実年齢より大人な子供が居るのは成長年齢の違いからくる。

 精神年齢だけが、他の項目とは違いNノービスの値は1~20。以降10ずつ上がるごとに級も上昇する。

 余談だがマベリスクにおいて成人を表すのは、精神年齢が21以上である。

 実年齢が何歳であろうと21以上にならないと成人とは認められないし、逆に精神が21以上なら何歳でも成人となる、

 生産職を目指す俺には今の所必要ないが、破壊に特化した魔術は最低でも精神年齢が21以上でなければ習得は許可されない。

 魔術とは力だ。

 刃物やハンマーと同じ、便利だが使い様によっては危険を伴う道具。

 乳児に爆弾のスイッチを渡せば、どうなるかなど火を見るよりも明らか。

 だから、精神異常者や精神未熟者には魔術習得の許可が下りない。

 基礎的な魔術は精神年齢15歳以上なら許可が下りるので、魔術の修練には問題なかった。

 適性も精神年齢も達成したら、最後に資格試験が待っている。

 講義を受けた内容である法律関連、術式特性関連、歴史、生命の定義と多岐に及ぶ。

 試験は法律関連を除いた科目が九割五分の正解でなければ合格を貰えず、法律に関しては全問正解でなければ合格できない。

 資格はA~Gの七段階あり、今回受けるのはG級の屍霊術師の資格だが、それでもかなりの量を覚えた。

 ちなみに講義を受けた後に行われる小テストで合格を貰えると、Gの下にあるN級の資格が貰える。講義を受けた証みたいなものだ。

 一か月間の講義と勉強の末、昨日漸くG級屍霊術師の合格通知を貰った。

 そして今日念願のG級術式を二つ購入した。

 そう購入である。術式は販売されているのだ。

 級によって異なるが屍霊術は最低級のGですら100万セル。それを二つである。

 一般家庭で一人当たり一回の食事にかかるお金が大体500~1000セル。

 マベリスクで平均月収が20~30万セルとすれば、どれだけ高額な買い物か分かる。

「出世払いでいいからね」

 と、とてもいい笑顔で母さんに言われ頷くしかない。

 子供の買い物で考えれば途轍もなく高い買い物だった。

 姉のニィーチェが術式を購入する時は、家の手伝いをして購入したらしい。

 ニィ姉には大変申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 がしかし、今の俺には夢への一歩が踏み出せる期待の方が大きく、年相応に霊術院の修練室でそわそわして待っていた。

『ええい、落ち着かぬか馬鹿者。焦っても変わらぬだろうが』

「分かっているんだけどさ、なんて言うか楽しみだろ?」

 いつも通り頭の上にいる小竜が、気持ちと連動したように動く頭の動きに苛立っている。

と りあえず頭の上から降ろして、抱きかかえる。小竜から諦めの溜息が漏れて、言葉を飲み込んだ。

「お待たせしました。ストラトスさん」

 屍霊術を管理運用する組織“霊術院”。

 ニコスにある霊術院の分社代表であるアイシャさんが、二つの本を抱えて部屋に入ってきた。

 講義で見せてもらった屍霊術の術式が記された書物“魔導書”だ。

「まず最初にG級屍術師合格おめでとうございます。今日からストラトスさんは屍霊術師になります。屍霊術の技能が貴方の人生を豊かにしていくことを祈っています。前置きはこれくらいにしましょう。こちらが≪形状変化≫と≪形質変化≫の術式になります」

 俺の前に置かれた二冊の術式《形状変化》と《形質変化》。

 どちらも術式の系統が変化系に属する術式だが、屍霊術の基礎であり最も普及している術式でもある。

 母さんの料理は、この二つの術式を使って作成されているらしく。術式の講義を聞いて、夢へ到達するのに必要な術式だと思い購入した。

 二つの術式は、素材の形や在り方を変える効果がある。

 《形状変化》は骨などの素材を球体に変えたりする術式。

 《形質変化》は皮から革、果実から酒、血を乳など質を変化させる術式。

「ストラトスさんは魂の起動は既に済んでいますので早速習得しましょう。どちらから習得しますか?」

「じゃあ《形状変化》から覚えます」

 俺の魂は常時起動状態を維持しているので、魔導書を開くと直ぐに反応した。

 目の前に開かれた魔導書には紫色に光る文字、記号としてすら認識できないナニカが見開き二頁に渡って刻まれていた。

 術式を左上から順に読み解いていくと、読み込んだ箇所が紫から赤黒い光へと変わる。

「え?」

 脳では理解できないナニカを魂が意味ある式として理解していくほど、直接脳に擦り付けるような痛みが走る。

 しかし、その痛みすら目指す場所への原動力でしかない。

「ちょ、ちょっと!?」

 最後の式を解読すると赤黒く光っていた“意味ある”式が魔導書から浮かび上がる。

 アイシャさんが駆け寄ってくるのと同時に、光の帯となった式が俺に飛び込んできた。

 瞬く間に滑り込んだ式の端を、アイシャさんの手が空を切る。

「大丈夫ですか!」

「はい?」

 すごい剣幕でアイシャさんが俺の肩を掴んでくるが、何を大丈夫かと問うているのかが理解できない。

 式は無事に解読して、魂に記録された。

 魂に《形状変化》の式がある事を実感できる。

「別に、なにも変な所はないです―」

 よ。と続けられなかった。不意に襲われた胸の激痛に全身の筋肉が強張る。

『小僧!』

 体を丸めると小竜が視界一杯に映る。その顔には確かに焦りが浮かんでいた。

 初めて見る表情に、良いねと言うことすら潰される。

 まるで内側から心臓を直接握りしめられているような痛みだった。

 一層の事一思いに潰してくれれば、苦しまないと確信できる悪意。

 心臓の上を掻き毟るが、内側へと至ることの無い痛み。

 突然の激痛は、唐突な消失によって終わりを告げる。

 まるで糸が切れたように全身の筋肉が弛緩し、その場に崩れる。

 受け身を取ることなく、打ち付けられる頭。

 そんな自分に駆け寄るアイシャさんと小竜の姿が、どこかドラマの一シーンのように現実味がなかった。

 何かを話しかけられているのは分かるが、言葉一つ発する熱すらない。

 何かが瞳に映るが、それを追う熱すらない。

 全身の筋肉が弛緩しているから、ちょっと下が大変なことになってそう。

 などとどうでもいい思考が自分と言う輪郭と一緒に溶けていった。


 明かりを認識する。

 赤い光。生まれて初めて美しいと思った荒々しい光。

 光は怒っていた。狼狽えていた。悲しんでいた。しかし、何よりも求めていた。

 無を照らし出す光は、境界を塗りつぶされていた自分と言う輪郭を明確に表す。

 朧げな存在でいることを否定する。

 無の海を揺蕩う無我の精神が問う。

 まだなにもしていないのではないか?と。

 覚醒は一瞬だった。

 耳の中がぼわぼわとする。閉じた目から涙が溢れ、耳に溜まっているみたいだ。

 胸の上には、この世で最も安心する温度と重さが存在を主張している。

「おはよう。小竜」

『遅い。どれだけ微睡に浸かっているつもりだ』

 自分の腕とは思えない重い腕を動かし、小竜の背に手を乗せる。

 小竜の温もりが手に伝わり、漸く自分の腕と認識できる。

「術式を読み込んで、アイシャさんに駆け寄られて、それから」

 はて?どうしたのだろう?

 重たい体を起こすと病衣に包まれていた。

 激痛を感じて倒れて、いつものように気絶した?

 いや魂の強制停止の様な酩酊感ではなくて、あれはもっと深く重たいモノだった。

『医者が来たら説明がある。それまで大人しくして―』

 不意に胸の奥に穴が開いている気がした。

 寒く虚しい大きな穴。

 激痛とは違う喪失の痛みに、思わず近くにいた小竜を抱きしめる。

 その存在が、その光が、その温かさが、どうしようもない虚を埋めてくれる。

 何故泣いていたのか分かった。

 痛みに苦しんでいたわけではない。

 理解のできないことが起きたのを恐れたわけではない。

 胸にある自分のモノではない喪失感が、只管に悲しかったのだ。

 この悲しみは、この世のどんな悲しみより深く、辛い。

「――いつも思うけど小竜っていい匂いするよね」

『藪から棒になんだ』

「小竜って食後に花を食べるだろ。アレのお陰かなと」

 小竜の大きさだと大輪の花一本で十分だが、何かしらの花を食べている。

 特定の花ではなく様々な花を食べているせいか、どの花でもない小竜だけの香が鼻を擽る。

 匂いに釣られ、内から湧き出る衝動。

 作戦名はガンガン行こうぜに決定された。

「んッ――――――――!」

 唇に触れる小竜の口は体からの匂う香とは別の甘い香りがする。こう脳がしびれる感じだ。

 甘さに誘われるように、唇が口から僅かに膨らんだ喉を含むように口付ける。

「―――――ッ!」

 声にならない絶叫。口に触れている時よりも動揺が激しい。

 唇を離したら、まるでまな板の魚の様にピクリとも動かない小竜。

 これ幸いと全身に唇で触れる。

 額、角、胸、背、腕、翼膜、鉤爪、腰、下腹部、尻尾、脚。

 触れてないところは無いと言えるまで、その行為は続く。

 途中何度かピクリと反応するが、大した抵抗なく最後まで終えた。

「ふう満足したッ!」

 さっきまであった虚しさは掻き消えて、幸せな気持ちで一杯だった。


「おい。止めなくていいのか?」

 倒れたティファが目覚めた反応があったので、主治医のドクと両親が病室前まで来てみるととんでもない場面に出くわしてしまった。

「小竜も嫌だったら本気で抵抗するでしょ。傷つけてもいいからちゃんと抵抗しなさいって言ってあるわ」

 幼子と言っても過言でない少年が小竜の全身にキスの雨を降らしていた。どうしてそうなった。

 少年というよりも少女と言った方がしっくりくるその横顔は、幼児とは思えないほど妖艶で背徳的なまでの色香があった。

「おい。ビクビク震えてるんだが」

「くすぐったいのかしらね?」

「一応聞くがあれはペットに対する親愛の表現かなにかか?」

「その可能性が僅かでもあると思ったなら、あなた女として終わってるわよ」

「余計なお世話だ。独り身でも困らん」

「ドクはティファのもう一つの夢は知っている?」

「初耳だな」

 かの少年が日頃から言っている夢以外にあるとは、初耳だった。

「まあ、例の件で叶うかどうか怪しいけど、期待はしているのよね」

「「とーさん!かーさんとどくはなにみてるの?」」

「はは、なんだろうなー」

 当事者である息子より更に幼い双子の娘に、教育上まだ早い感じの事をなんと説明したらいいのか困る父がいた。

 いやそもそも話、その当事者が五歳児なのはどうなのだろう?

 覗いている二人の大人に早く入れとも言えずに、待つばかりだ。

 しかし、さっきまで悲壮感が全員の心を占めていたはずなのに、今では全員の頭の中がお花畑である。

 まあ、なんとかなるかと思って二人の娘をあやす父だった。 

 

「“死の呪詛”ですか」

 しったん!しったん!と手加減抜きの魂に響く鈍痛を無視して、ドクの言葉に耳を傾ける。

 病室に入ってきたドクが、俺が屍霊術を習得してから起きたことを説明してくれた。

 端的に言えば、呪われたらしい。

 それもとびっきり強力な奴だ。

 呪った相手を殺す。

 言葉にするとこれほど安っぽい物は無い。

 呪詛が発動してから、極短時間ながらも四つの死の一つ、魂の死を経験したようだ。

 起きてすぐの身体の重さは、熱量を失ったエネルギー不足が原因。

 五分間消失した後に、俺の魂は勝手に蘇生したらしい。

 肉体には魂が戻っていたが、意識が戻らずドクの病院へ担ぎ込まれた。

 霊子基盤の精密検査を行っても、消失依然とほとんど変わらない波形と数値になった。

 この胸に刻まれた赤黒い痣以外は。

 病衣の前を緩めると鏡に映った胸に獣の手の様な痣があった。痣は痛みのあった心臓の真上に位置している。

 間違いなくこの痣が関係しているとしか思えなかった。

「魂が消滅して、勝手に蘇生されるなんて奇蹟聞いたこともない。いいか消失だからな?人が寿命でなくなるのは“魂の乖離”であって―」

「先生。ネフィルトの方が訪ねられていますが」

「通してくれ」

「失礼します。報告に来ました。魔導書の解析と術式を刻んだ術師の霊子基盤の解析。どちらも“白”です」

「第三者機関は?」

「ネフィルトの解析結果がご不満ですか?」

「不満か不満じゃないかではないだろ?お互い“大人”なんだ。馬鹿を言う時ではないのは分かるな?」

「――技術研究所に資料と経緯を送付します」

 大人二人の間にひりつく空気が漂うが、正直そこらへんはどうでもいい。いや、どうでも良くないが、一番大事なのは――。

「屍霊術使っていいよね」

 驚く二人に俺が驚く。

「君はことの大事さが―」「貴方の命が危険に晒され―」

 二人の言葉は最後まで語られない。やはり俺の顔を見ているが、どうでもいい。

「ドク。俺に掛けられた呪詛は解呪可能?」

「無理だな。強力な呪詛である事もあるが、呪詛はお前の内側から掛かっている。例え一時解呪しても、次の瞬間には呪われているだろう」

「アイシャさん。屍霊術で術式を読み込んだ相手を呪う術式はありますか?」

「存在しません」

「では一番大事な質問。術式を使って呪いが活性化することはありますか?もしくは使わないからと言って呪いは発動しませんか?」

「それは――分かりません」

「そこで提案です。事の真偽判断を簡単に付ける方法があります。俺が購入した術式《形質変化》がまだ未読ですよね」

「まさか自分で臨床実験するつもりか!」

「驚きすぎでしょドク。これって俺の命云々を除けば、要は面子の問題でしょ?なら大丈夫だよって証明すればいい」

「おい。二人ともこの子にちゃんと説明してやれ!」

「ごめん父さん母さん」

 ここで止まるわけにはいかない。その先に死があろうと。

「ティファ。死ぬ覚悟はあるんだろうな」

「父さん。俺には夢がある。叶えないで死ぬのと叶えて死ぬ二択しかないなら――俺は夢に向かって死ぬ」

「明日死ぬかもしれない」

「ならば明日死ぬと思って今を生きる」

「あははははははははは!やばいな此奴は!俺の息子ながら相当ぶっ飛んでる!はー可笑し。なんだ結局あいつが言った通りだな」

 “あいつ”って誰だよ。

「すまんな。ティファの覚悟があまりにもアレだったからな。それに比べてこの大人連中の腑抜けっぷりはどうだ?ああ、もちろん俺もその腑抜けに入っているから怒るなよリア」

「本当にどうしようもない親子ね。まあ、私もなんだけど。ティファの選択肢は褒められたものではないのは分かっているわね?関係者各位に迷惑をかけることも承知しているわね?」

「はい」

「ドク。アイシャさん。どうか臨床試験をお願いします。限られた息子の時間が少しでも彼にとって価値のある時間である様に」

 母さんと父さんが頭を下げる。慌てて俺も頭を下げるが、恥ずかしさに顔が熱くなる。

 誰よりも先に俺が頭を下げなければいけなかったのだ。目的に到達するために、必要な最善手を知らない無知な幼稚さに憤りを覚えた。


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