第4話 生死の定義と屍霊術
生命のカップ。
俺が住む国、禁忌国家マベリスクに於いて生命体を表すとき使われる表現であり定義。
生命体はお湯の入ったカップに例えられる。
カップは肉体。
液体は気の集合体である
熱は魔力の集合体である魂。
これらはそれぞれの特性を正確に捉えている。
肉体は魂魄の入れ物であり、明確な形を持たない魂魄を肉体の形に止め守っている。
魄は水の特性を持つ。
器である肉体に収まっているときは液体であるが、肉体から離れてしまうと気体となり大気に霧散し、体内で気の密度が上がると粘性を持つ。
魂は熱の特性を持つ。
呼吸をする、体を動かす、物事を知る。
そんな全ての行動に必要なエネルギーは魂の熱量によって運営されている。
前述の気が完全な固体にならないのも、魂の熱が存在するからだ。
魂魄を合わせて“生命のスープ”と呼ぶ。
このスープが器の隅々まで循環することで生命活動が行われる。
そしてお湯の入ったカップをどうするかを決めるのが精神だ。
精神はカップを持つ“人”として表現される。
人がいなければカップは、その場に置かれたままで状況や状態は変化しない。
人がカップを持ち、どこへ持っていき、なにに使うのかを決める。
これを“カップの人生”と言う。
生命として認識されるのは“生命のスープ”であり、生命体として認識するのは“スープの入ったカップ”である。
しかし、“人”である精神がないと“生きている”とは認識されない。
ただそこに在るだけの物を生きているとは言わないのだ。
以上を生の定義とするなら、死の定義とは?
死の定義と状況は四つある。
まずは肉体的な死。
肉体を損傷した状態は、カップに罅が入った姿で表現される。
ちょっとした
罅が入る場所によっても重要度が違う。
四肢の末端や人体の急所以外なら、カップの中部から上部の罅や欠損なら総量は減るが、中身である生命のスープが完全になくなる事はない。
しかし、損傷した部位が人体の急所ならば、カップの底部に罅や欠損が入ったようなものだ。
底部にある微かな罅や欠損でも埋めなければ、中身であるスープが流れ出てしまう。
次に魄の死。
これは結構簡単だ。器の中から液体が無くなることだ。
無くなる原因は様々だ。
生命活動を行うことで、魂の熱によって大なり小なり液体を消費する。
休みなく活動し、休息を訴える肉体を無視して更に動くけば過熱が命の水を蒸発させる。
水や食事はカップに液体を追加する作業だ。水や栄養を取らなければ命は補充されずに、いずれ空になるのは道理だ。
魂は液体である魄を触媒にその存在を定着させている。もし魄が無くなり魂だけが肉体に残っていても熱は空気中に霧散してしまう。
では魂の死とは?
肉体や魄が無事でも魂を魔力や魔術として外に放出しすぎると、液体だった魄が凝固して固体となる。
液体が流体であるから命は動いていられる。しかし、液体が固まってしまうと命は停止する。
本来なら一定以上肉体から魂が抜けると安全装置が働く。
まずは酩酊感を感じ、それを無視して更に出すと気絶する。気絶しても放出すれば死に至る。
魂の死の原因は魂の保有量を超える術式の行使が最も多い。
では“人”と表される精神の死とは?
精神は別に存在しなくても“生命活動”には問題ない。
しかし、魂魄の一部が交じり合い生まれた精神は、肉体、魂魄の三つは精神と密接に繋がっている。
その繋がりの強さは精神が死を認識すれば、肉体と魂魄はその死を投影してしまう程だ。
つまり精神の死とは全ての死と同義になる。
ここまでで生と死の定義を唱えた。
では、どちらに当てはまりどちらでもない例外事項を上げよう。
肉体の死によって器を亡くした魂魄。
器が無ければ、中身はぶちまけて消えてしまう不確かで不安定な存在。
しかし、稀に肉体を消失しても生命が存続する事がある。
形を消失した不定形の生命を、強靭な精神が肉体の代わりに内と外を分かつことがある。
それは魂魄体と呼ばれる生命。一般的には霊体や精霊などとも言う精神生命体。
魂魄体は、外界から生命を守る殻である肉体を持たない。
つまり、生命がむき出しの状態だ。
外界からの影響を直接受けるため、強靭な精神でなければ不定形の魂魄は存在を変質してしまう。
強靭な精神であることには違いないが、存在する事と維持する事は必要な労力が異なるのだ。
つまり、お腹をぱんぱんに膨らませて寝ている超絶に愛らしい小竜は、そんな強靭な精神の持ち主であるらしい。
『なんぞ用か小僧』
「屍霊術の講義内容を思い出していただけ。小竜ってすごいんだなと再確認していた」
『褒めてもなにも出んぞ』
「ラベンダー食べる?」
『食べるぞ!』
母さんから渡された食後のデザートを仰向けに寝転がっている小竜の口元に持っていくと、むしゃむしゃと食べ始めた。
本来肉体を持たない魂魄体が食材を食べることは無い。
なのに小竜はむっしゃむっしゃ食べる。
膨らんだ柔らかそうな腹を押してみる。ぷにっとした最高の抵抗が指先を押し返す。
ぷにぷにぷにぷにぷにしったんぷにぷにぷにしったんぷにぷにしったん!ぷに。
『ええいやめぬか!落ち着いて食えぬだろうが!』
「だが断る!」
あまりの剣幕に小竜は『我が悪いのか?』と混乱している。
俺が悪いと思うよ。やめないけどね。
『それで講義のなにを思い出しておったのだ』
「屍霊術の触媒について、かな」
「生命体の四つの死か」
屍霊術。正式名称をネフィルト式屍霊術と言い。
ティターニア・ネフィルトを開祖とする血統魔術。
俺達が住む超大国マベリスクを禁忌国家足らしめる一因であり、マベリスクという国を作った全ての始まりでもある。
屍霊術の触媒は四つの死。
肉体の死、命の死、生の死、精神の死。
そのどれかが起きた物であれば、屍霊術が干渉できる。
「あと俺の場合、精神が生まれてすらいなかったから死んでもいない。つまり効果対象外だったんだなとか考えてた」
屍霊術は“在った”物が消失した空白を触媒にする魔術。
最初からなければ喪失も発生しない。
屍霊術師である母さんが、俺の精神が自然発生するまで待っていたのも納得だ。
母さん曰く「私は屍霊術師として欠陥が多すぎるから、どっちにしろ無理だったけどね」と笑っていた。
屍霊術は大まかに二種類に分けれる
肉体や魄の死に干渉する術式を屍術。
魂や精神の死に干渉する術式を霊術。
術式の効果は術者の魂の覚醒率や適性、熟練度によって強弱が発生する。
魂の覚醒率は1~100まであり、洗礼によって目覚めるのは1~10程度だ。
残りの約90%は修練によって覚醒し、覚醒率が高いほど魔術の演算速度、出力、回数が上がる。
因みに俺は共鳴りのお陰で覚醒率13だった。普通の洗礼ではあり得ない異常値でも、共鳴りならば正常な数値らしい。
適性は術式との親和性を表し、覚えれる魔術の難度を表す。
熟練度は術式を繰り返し発動することで、魂の演算が最適化されて発動にかかる時間が短くなったり、高い効果を産み出したりもする。
そして屍霊術の効果を決める最たるものが触媒の質だった。
触媒の質はA~GとNに分類され、最高品質をA、最低品質Nとされている。
同じ術式でもAとNでは要求される熟練度も効果も雲泥の差になる。
「竜の“血”を“乳”に変えれる母さんのどこに欠陥があるっていうだろうな」
『黙ったと思えば、脈略が無さすぎる。気になるなら本人に聞けばよかろう』
生まれてすぐに死ぬはずだった俺が存命したのは、母さんがA級の最たる例である竜の血を乳に変え俺に与えた結果だ。
「はいはい。悩める息子の為に答えて進ぜよう。何を隠そう実は私適性はG級です!それも変化系の術式しか適性が無いのです。まあ、これが私が術者として欠陥があるって要因ね」
屍術、霊術と分けるのを対象分類とするなら、術式の効果で分ける効果分類がある。
付与系、変化系、構築系、放出系、操作系、特殊系の六分類。術式によってそれぞれの分類が複雑に混じった複合系と言うのもある。
それぞれ例を挙げれば、魂を失った素材に魂を定着する、血を乳に変える、霊体を実体化させる、骨や魂を飛ばす、死体や霊魂に命令し操作する、霊魂を原初に送るなどだ。
「じゃあ、変化系の熟練度は?」
「Aですがなにか?」
しれっと言う母さんにちょっとだけ感情がざわつく。きっとこれが嫉妬と呼ぶ感情なのだろう。
赤竜の鎧はA級の竜素材を使った作品だ。つまりそれを加工できたコルネの精霊術は熟練度A。
目指す領域に母さんが既にいる。それに羨望と僅かな嫉妬がむくりと顔を出す。
「大丈夫よ。だって少なくとも私だって術式を覚えて三十年で到達できたわ。私と貴方は別の人だけど、“出来る”と言う証明にはなるでしょ?」
諭すように、あやすように、俺の頭を撫でる手は優しさに満ちていた。
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