6 二人
「珍しいね、君がその棚の前に居るの」
声がしたので顔を上げると、双子の片割れが横に立っていた。
昼食後の休み時間。図書室には人がまばらだ。
「そう…かな」
「うん。いつもは900番台の文学にいることが多いよね。でも今日は美術・工芸の700番台だ。」
「ちょっとね、本を読んでいて気になったところがあって」
「そうか。中は勉強熱心だね」
邪魔すると悪いから、と片割れはその場を離れていった。
中と同学年である双子は、見た目は全く区別がつかない。
「今のは上原か…」
ページを捲りながら頭の片隅で考えていた。見分けがつかない二人だが、ひとたび口を開けばその差は歴然だ。上原は物腰が柔らかく、必要以上に踏み込んでこない。もう一方はそれとは正反対。口調がぶっきらぼうで、無愛想。しかも相手を心底嫌っているらしく、彼をうっかり上原と間違えた場合は激昂し、しばらくは口も聞いてもらえない。中も一度「洗礼」を受け、それ以降双子に出会った場合は、名前を呼ばずしばらく会話をしてからどちらかを特定している。
ページを捲る手が止まった。目的の文字列を探し当てた。
「というか八幡は、そもそも図書室なんて来ないか」
「来て悪いか」
びっくりして本を閉じて横を見ると、先ほど声をかけたのと同じ顔がそこにはあった。
「いや…てか、声出てた?」
「お前、普段ボソボソ喋るくせに独り言はでかいのな」
棘のある言葉。上原じゃない。
「いいじゃん別に…」
「図書室では静かにしろよ」
君に言われたくない、と言おうとしてもっとめんどくさくなりそうだったので喉の奥に押し込んだ。
「ところで、八幡くんはどうして図書室に?」
「上原を呼びに来たんだよ。世界史の吉崎が俺とあいつを間違えやがって、キレたらじゃあ呼んでこいって逆ギレされた」
不貞腐れながら首を巡らし、八幡は上原を探しているようだ。その目が、中の持っている本をとらえた。
「あ、箱根細工」
「八幡くん、知っているの」
「意外みたいな顔してんじゃねえよ。俺んちにある」
そういえば佐々木家は瀬之島で土産屋を営んでいた。
「じゃ、じゃあ…開け方知ってる?」
「はあ?」
「は、箱根細工の…匣の」
「知るわけねーだろ。ウチはただ仕入れて売ってるだけだ」
中は落胆したが、同時にまあそうだろうなとも納得していた。上原はともかく、八幡が箱根細工の匣の開け方なんて知るわけがない。と口に出したら十中八九八幡にどつかれるだろうが。
しかし。
中は突如として身を翻し、八幡の腕を掴んだ。
「なんだよいきなり!」
「八幡くん、図書室では静かに」
苛ついて声を上げた八幡は、先ほど自分が発した台詞がそのまま戻ってきたため、口籠った。
「似合わねえことするな、痛えじゃねえか」
「八幡くん」
「…何だよ」
「八幡くん、その匣の仕入れ先知ってる?」
謎小匣 名浦 真那志 @aria_hums
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