5 四人(家族会議③)
両親の沈黙を了解と得たのか、中は真ん中に置かれていた匣に手を伸ばした。
丁寧に磨かれたうえ、ニスが何重にもかけられている。木製のはずの匣は、むしろプラスチックさを中の手に与えた。
手に持ったまま、水平方向にゆっくりと回転させる。
さまざまな色味の木片がさまざまな方向に形に組み合わされ、一定のパターンを成している。それだけでも緻密で美しく鑑賞に耐えうる作品だが、その美しさの裏には得体の知れない「なにか」を秘匿しているという神秘性、あまつさえ匣中にはりめぐらされた仕掛けで外の者を翻弄する諧謔性を持ち合わせている。美しい木片の連繋は、仕掛けの手がかりとなる継ぎ目を隠している。
中は回転させながら、匣の一面一面を指で押してみた。が、びくともしない。東はもうすでに試したというように一度深く頷いた。
「ひっくり返してみていい?」と中は聞いた。
「いいわよ。私もやってみたけど、開かなかった」と南が言った。
中はそれに答えず、箱をひっくり返した。匣の上部とほぼ同じ模様があらわれた。
ほぼ、というのは、匣の上部を飾っていた模様が、色味が反対の木片で作られていたからだ。
匣の模様はどちらかといえば白木のような、白っぽい色の木片を地として茶色の木片で模様を描いていたが、底の一面だけはむしろ茶色の木片が多く使われていた。
中はおやと思った。
一つは底面の模様を目にしたこと、そしてもう一つはひっくり返した時に中から全く音がしなかったからだった。
匣の中の音–中は勉強ができる、というより自分では活字中毒だと思っている節がある。
というのも、己の目に入る文字は反射的に全て「読んで」しまうからだった。彼がまだ小さかった頃、父の同僚がくれたチョコレートの缶の裏に成分表示があったことに気がつき、読もうと思ってひっくり返した。途端にがらがらと凄まじい音と不穏な手応えを感じた彼は、思わず缶をその場に投げ出してしまった。音に気がついて飛んできた母は、彼のその習性を知っていたため怒らずに慰めの言葉をかけてくれた。もちろん、件のチョコレートはひっくり返した時に缶の間仕切りを越えて滅茶苦茶になってしまっていたが。
その時の事がふと頭に浮かんだため、全く中からの気配を感じないこの匣に、改めて薄気味悪さを覚え、中は匣をそっとテーブルの上に戻した。
「まじで開かないの?」央が無遠慮に手を伸ばしたが、南に叩かれ、その手を引っ込めて恨みがましい目で睨む。
「なんで中が良くて俺がだめなんだよ」
「あんたが触ったら壊しそうじゃないの」
「壊さねーよ」
「あんた手洗ってないでしょ!」
「洗ってるよ!」
高校生にしてはいささか幼稚な応酬に、中は聞こえないようにため息をつく。。
東の方を見やると、日常的に繰り返される定型的なやり取りに、疲弊したよう面持ちで眼鏡の位置を直していた。
中はもう一度匣に目を戻す。
両親が開いた「家族会議」はあまり会議の体をなしていなかった。しかし、意味がなかった訳ではない。少なくとも中は2つのことを確信していた。
両親は祖母の遺した謎を解く事ができず困っていること。
そして、央と自分にも知恵を借り、あるいは頼りに思ってくれているということ。
中は少し胸が高鳴るのを感じていた。
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