第61話 灯火の夢

 


 ◇ ◆ 灯火視点 ◆ ◇



  --スン

 --スン


「これは、岩鹿肉用の香草」



 匂いの場所へ行くと生い茂った藪(やぶ)を掻き分けて、赤色をした目的の葉っぱを見つけた。

 まだ葉っぱの開いてない柔らかい部分だけを選んで、その部分を毟って籠の中に入れていく。


 付近の香草を一通り毟り終わったら、また次の香草を探して移動する。

 藪から抜けて、再び周囲を見渡して...目の前に広がる草木の隙間から目的の匂いを嗅ぎ分ける。


   --んっ、あっちからはツンとした匂いがする



「あれは、魚肉用の香草」



 すりおろして生の魚肉に付けるやつ。


 匂いのする方まで歩いて行って、地面の草を手で掻き分ける。

 少し濡れた土の上から、目的の香草を見つけ出して引っこ抜く。


 これは選ばなくて良いやつだから適当に毟り取って籠に入れる。



「んっ?」



 籠がいっぱいになった。

 予定よりも沢山とってしまった。



「んっ、そろそろ帰る」



 私は毎日、こんな風に集落で香草を集める仕事をしてる。

 今日も昼から集めに来て予定通りの時間まで毟ってた...。


  --けど、今日も採り過ぎた...


 何時(いつ)も思う、自分はこの仕事に向いてない。


 採りすぎると次が生えてこなくなる。

 だから気をつけないと駄目なのに何時も集める量に失敗する。


 それに、仕事が簡単すぎるのも不満。

 香草の匂いを探して、歩いて行って、葉っぱの良い部分を毟るだけ。


  --何も難しくない


       --つまらない...


 でも何故か皆はこれが苦手みたいで、私に香草の仕事が割り当てられる。


 私は戦士になりたかったのに、そっちは弱いから外されてしまった。


 それでも戦士になりたい、お母(かあ)ちゃんやお姉ちゃんみたいな戦士が良い。


 だけど、集落で決められた仕事は絶対。

 不服があるなら実力で示すしか方法が無い。


  --強くならないと...


 だから何時も早めの時間に仕事を終わらせて、夕方の門が閉まる時間まで戦士の練習をしてる。

 でも練習の事を考えすぎて、どうしても大雑把に香草を採り過ぎてしまう。

 

 予定通りの数だけ香草を摘(つ)めばもっと早く戦士の練習が出来るのに。

 これだと本末転倒...。



「んっ」


  --もう大雑把なのは辞める...


 仕事をもっとしっかりすれば、いっぱいいっぱい練習できる。


 それで。


 戦士の練習をしてる場所は香草を採る場所の少し行った所にある。


 外からみたら大きな岩だけど、一箇所だけ穴が空いてて藪(やぶ)で隠してある。

 中に入れば周囲が岩に囲まれた広い空間になってる。


 ここなら、仕事を早く終わらせれば見つからずに練習出来る。

 もし仕事が早く終わってるのが見つかると、新しい仕事を任されて練習が出来なくなるから、隠れて練習しないといけない。


 だからこの秘密の場所は教えてくれた友達と、お母(かあ)ちゃん以外は誰も知らない。


 ホントはお母(かあ)ちゃんにも秘密だったけど、この場所で練習を始めたその日にバレた。

 でもお母(かあ)ちゃんは秘密にしてくれて、『母(かあ)ちゃんは戦士だから』って私達に稽古をつけてくれた。


 それから毎日ここで、戦士になる為の練習をしてる。


 最初の頃は一緒に香草集めをしてた皆と戦士の練習してたけど、みんな強くなって戦士になった。

 だから今は、私が一人でこの場所を使ってる。


  --次に戦士になるのは私......灯火(トウカ)の番


「んー...」



 でも、練習相手が居なくなったから戦う練習が難しい。


 戦士になった友達の明(メイ)ちゃんや秋(アキ)ちゃんが時々顔を出して戦い方を見せてくれるけど。

 普段は私が一人だから、戦う練習の相手が居ない。


 それに見せてくれる技は斧とか槍の技で、私にはどうしてもうまく出来ない。

 集落で一番身体が小さいから、どうしても振り回される。


 そのせいか、皆も私に教える事が無くなって。最近は皆も顔を出さなくなってしまった。


  --ちょっと寂しい



 斧とか槍とかは無理だったけど、今度は短剣と弓の練習をしてる。


 短剣は素材を剥ぎ取るための物だし弓も獲物に印を付けるものだから、これで戦ってる戦士は居ないんだけど。

 でもこっちなら槍とか斧よりもうまく使えてる気がする。


 これで皆に追いつけば、私も戦士になってまた一緒に練習出来る。 

 だけどこれを戦闘で使うには、お手本になる戦士が居ないからそこがちょっと難しい。


  --せめて戦いの練習が出来れば


 そしたら、今の自分がどれだけ戦えるのか分かるんだけど...。

 誰か私と戦ってくれる相手が欲しい、でも...今は狩りの季節だからみんな忙しい。



「んー......」


  --暇になったら頼んでみよう


 それより今は練習、早く強くならないと。


 斧も槍も練習は打ち込みだった、だから短剣も多分打ち込めば強くなる。


 もうすぐ歳が14になるから、仕事が完全に決まる15までに頑張らないと。

 集落では仕事が決まってしまうと、そう簡単には変えれなくなってしまう。


  --だからもっと頑張る


「ふんっ」


   --ブンッ

     --カンッ


「ぬんっ」


    --ブンッ

  --カンッ

「んっ」


  --ブンッ

      --カンッ

「ん?」


   --スン

  --スン


 お母(かあ)ちゃんの匂い。



「お母(かあ)ちゃん!!」


「灯火(トウカ)、また練習してたのかい?」



 気が付いたら夕日の色になってて、その下にお母ちゃんの姿があった。

 でも、お母(かあ)ちゃんの顔は夕日に照らされて、笑ってるのに何処か寂しそうな感じがする。



「んっ、お母ちゃ...母様は?」


「近くまで来たからね、様子を見に来たんだ」



 思わずお母(かあ)ちゃんって呼びそうだった。


 お母(かあ)ちゃんから、灯火(トウカ)はもっとお淑(しと)やかな言葉遣いをしろって言われた。

 多分、言葉遣いも戦士になる為に必要、だからもっとしっかり直さないと。



「それでどうだい?」


「んっ、いっぱい打ち込みした、です」



 確か、母様が言葉の最後に『です』をつけるのが『敬語』だって言ってた。

 歳上の人に話す時はこの話し方が良いらしい。


 だけどどうしても何時もの話し方になってしまう。

 お淑やかになるのはとっても大変......。



「そうか、打ち込みか...」


「んっ」



 母様がそう言って、短剣を打ち込んでいた木の方に目を向けた。

 もうずっと叩いてたから、木の皮が剥げ落ちてしまってる。


 だけど、それを見る母様の顔が少し暗いのは、私が何か失敗したからなのだろうか。


  --何を失敗したんだろう...


 母様は私の横に屈み込むと、私の目を見て話し始めた。



「なぁ...灯火(トウカ)」


「んっ?」


「灯火(トウカ)は戦士じゃなくて、今の『匂いを辿る』追跡者の仕事に就く気は無いのかい?」


「んっ、戦士になる、です」


「そうか...」



 何でだろう、母様の顔が寂しそうに見える。

 やっぱり私がなかなか戦士になれないのが残念なんだろうか?



「戦士は灯火(トウカ)の夢だものな」


「んー...戦士は夢じゃない、です」


「えっ...? そうなのかい?」



 何故か母様が驚いたような顔をした。



「夢は見るだけ、です

 私は戦士になるから、夢じゃない、です」


「...そうか」


「んっ、目標、です」


  --それに夢だと覚めてしまう...


 でも何で、母様は私を見て困った顔をするんだろう。

 私はまた何か間違えた?


 多分、間違えてるから、私は戦士になれない。


 まずは言われた事から1つずつ直してるけど...。

 まだ言葉遣いも間違えるし、他にも直す所が沢山ある。



「...よしっ、明日は母ちゃんが特訓してやるぞっ」


「ほんとっ!?」


「あぁ、母ちゃんが絶対戦士にしてやる」


「んっ!」



 母様と特訓、母様が特訓してくれたらきっと沢山戦士に近づける。


   --やった!


 母様と特訓、そうだ、練習した短剣見てもらう。


  --それから弓もっ


 やっと矢が真っ直ぐ飛ぶようになった、きっと褒めてもらえるっ!



「それじゃあ、今日は遅いし帰るかい」


「んっ、帰る、です」



 昼間集めた香草の籠を背負って母様の後ろを付いて行く。


 隣に並ぶと、母様が私の方を見て優しく微笑む。

 今の笑顔は良い、やっぱり母様の笑顔は安心する。


 私も姉様や母様みたいに立派な戦士になったら喜んでくれるかな。



  --カンッ


 --カンッ


    --カンッ



 帰路についてすぐ、乾いた音が夕焼け空に響いた。



「...っ!」



 その音が聞こえた瞬間に、母様の表情と気配が険しく変わった。

 そうだ...この音は確か、集落に何かあった時の音。



「ごめん灯火(トウカ)、先に帰ってて」


「んっ」



 私が返事すると、母様は一回振り返ってから集落に向かって走っていった。



「よしっ」



 私は家に戻って母様が帰ってくるのを待つ。


 何があったとしても集落には強い戦士がいっぱい居る。

 きっと直ぐに問題は解決して、母様が御飯を持って帰ってくる。


 だからそれまでにお水を用意して、火を炊いて、お皿も用意しておかないと。



  --ん......


 何か眩しい。


   --お腹減った



「んん...お母ちゃん?」


「トウカ...やっと起きたか......」



 んっ、えーっと、タツヤ。

 そうだ、昨日お肉くれた。タツヤだっ。



「んー......?」



 そうか、さっきまでのは夢だった。

 私がこの月が3つある場所に来る前の出来事が夢に出てきた。


 ちょっと前の出来事だけど...何故か凄く懐かしかった。


  --ぐぅぅ~


 ......。お腹が減った。


 そうだっ!


 お肉っ!



「タツヤ、お肉っ!!」


「オマエ...寝起き最初のセリフがソレかよ!?」


「んっ...」



 あっ、そうだ。



「タツヤッ」


「あん?」


「おはよっ」


「お、おう......おはよう」



 

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