第24話 酒場での日常
◇ ◆ 冒険者 ◆ ◇
--んぐっ
--んぐっ
--んぐっ
--ダンっ
「ぷはぁぁぁああっ たまらんっ!」
やっぱり仕事終わりの酒は格別だぜっ。
注文した酒を一気に飲み干すと、ツマミを一口食べてから追加の酒を注文する。
ここは冒険者ギルドの連中が贔屓(ひいき)にしてる酒場の一つで、俺も仕事を無事に終えた後には、いつもここに通っている。
この夜が近い時間になると酒場は一気に客が増えて、今も店員があちこち忙しそうに走り回ってる。
それを眺めながらこうやってチビチビ酒を飲むのが、今や楽しみの一つになっている。
ああー...ここの慌ただしさを見ると街に帰ってきたって気がするな。
俺が駆け出しの頃から通ってるから、かれこれもう10年くらいか。良く無事にBランクまで這い上がってこれたもんだ。全くもって奇跡だなっ。
「よぉ、ラッツじゃねーか」
「んっ? おお、デアッドか」
程よく酔いながら己の無事を実感してると、冒険仲間のデアッドが俺に声を掛けてきた。
こいつとは殆ど同期で、良く一緒に依頼(クエスト)を受けた間柄だ。
今日も相変わらずの無精髭に草臥(くたび)れた革鎧姿の中年がそこにいた。
...まっ、それは俺も大差ねーんだけどな。
「おいおいラッツ、最近見なかったが遠征でもしてたのか?」
そう言いながらデアッドは店員に酒を注文すると、カウンター席に座ってる俺の隣にドカッと腰を降ろしてきた。
「んー...遠征っつーか、最近森に上位種のゴブリンが増えてただろ? それの原因調査をしてたんだよ」
「なんだ生態調査かよ、Cランクのやつらがやるような仕事じゃねーか」
俺がこたえるとデアッドはつまらなそうに言葉を返してきた。それから運ばれてきた酒を店員から受け取ると、それを一気に飲み干した。
「まー、そうだけどよ、そのCランクに最近目をかけてやってるヤツがいてな。そいつのパーティが調査依頼は初めてだっつーから、頼まれて臨時でパーティを組んでやってたんだよ」
「ああ、そういうことか」
「まぁな。だけど実際ヤバかったぜ」
「ん? ゴブリンだろ? ヤバイことなんて何もねーだろ」
まぁそうだよな、こいつの反応が普通なんだろうな。
実際ゴブリンなんてDランクの駆け出しが狩るような魔物だ。例え上位種でもCランクで対処できる。だけどな、あれだけは別だ。
「......キングの痕跡があったんだよ」
「おいそれ、マジかよ...」
「ああ、マジだ」
ゴブリンキング。
やつが出るとゴブリンの強さが一気に跳ね上がる。
統率を取り始めるし、上位種の中でもキングが居ないと出現しないような強力なやつまで出始める。
こうなってくると討伐難易度は一気に上がってBランクだ。
この討伐難易度のBランクってのは、同じBランクの冒険者パーティが出会っても、ギリギリ死なずに逃げ切れるって意味だ。
だからこいつを討伐するには、最低でもBランク上位の連中を集めて来るか、Aランクの連中が必要だ。
「って事は...依頼が出んのか?」
「いや、それがよ。どうやらもう狩られたらしい」
「はあっ!? なんだよそれっ!?」
いや、わかる。ものすっごくわかるぞデアッド。
俺もグラディスさんに報告して、一応討伐依頼がでるまで勝手に行くやつが出ないように黙ってろって言われてよ。
討伐依頼が来るなら今のうちに準備しとけば、稼ぎ時に一番乗りできるんじゃねーか...って思って討伐の準備に取り掛かってたんだが...。
それが、次の日の早朝にギルドへ顔を出したら、気まずそうな顔のグラディスさんに『討伐された』って言われたんだからな。
俺だって完全に肩透かしをくらって面食らっちまったよ。
「まー...今は『蒼天の剣』が街に帰ってきてるらしいし、あいつらが倒したんだろ。多分...」
「なんだよ、折角久々に稼ぎ時かと思ったってのに」
「んな事言っても狩られちまったんだから仕方ねーだろ。まぁ、俺は調査依頼の収入があったし、酒くらいなら奢ってやるから諦めろ」
「はぁ...。蒼天の剣かぁ。あいつら凄まじい『闘技』までもってるし、あそこの魔導師も宮廷魔導師並の腕前だろ? 才能のある連中が集まるとやっぱすげーな」
「ああ、まったくだ」
そんな感じで二人して飲み始めた。
ここまでは何時も通りの日常で、何時も通りの酒場だった。
--ゴゴ...
--ゴゴゴゴゴゴゴ...
ん? なんだ? 地震か?
「なぁラッツ?」
「なんだ?」
「今なんか揺れてたけど、俺が酔ってるだけか?」
「いや、今のは俺も感じた。地震なんて珍しいな...」
火山地帯なんかでは良くあるらしいが、ここらの火山は大昔に活動を停止してるはずだ。火山地帯の魔物素材が欲しくて調べまくったから間違いない。
「おいラッツ」
「なんだよ?」
「外、なんか騒がしくねーか?」
唐突にデアッドがそんな事を言い出した。言われてから俺も外に意識を向けてみると、なるほど確かに騒がしい。
「なんかあったんかね?」
「そう......だな」
--バダンッ
そんな時、勢いよく酒場の扉が開かれた。
そこから血相を変えた何時もギルドで見かける冒険者が飛び込んでくる。あいつは...。つい最近まで俺が組んでやってたパーティ『旋風戦団』のリーダーをしてるカルツだ。
カルツはキョロキョロと周囲を見渡すと、俺を見つけてまっすぐこっちに駆け寄ってくる。
あー...なんかすげぇ嫌な予感がする。
「ラッツさん!!」
「あー...なんだ?」
「きっ、緊急事態です! ゾンビです! ゾンビが降ってきました!!」
「......。」
えーっと、何言ってんだこいつ? ここは街中だぞ?
「さっきまでギルドにいたんスけど、すぐに避難依頼が出されるってリィナさんが」
カルツがそう言った瞬間、酒場の喧騒が一気にひいて静かになった。
「えっ、ええと、どうしたんスかこれ」
いや、お前が避難依頼が出されるとか口に出したからこんな雰囲気になっちまったんだが。まぁ今はそんなこたぁどうでもいい。
--それよりも......
「おい...それ、嘘じゃねーんだよな?」
「お、俺がラッツさんに嘘言うわけないじゃないっスか!!」
「あー...そうか。なぁデアッド、俺が酔ってカルツの幻を見てるわけじゃぁ...なさそうだな」
振り向いたらデアッドも変な顔をしてやがったし。そりぁ、こんな平和な街中に突如としてアンデッドが湧いて、ギルドが『討伐依頼』じゃなく『避難依頼』を出したって聞いたらそんな顔にもなるわな。
なんせその話しが本当だと、ギルドは討伐が不可能で避難を優先するって判断をしたって事だ。そんな強さのゾンビがいきなり街中にでるか? でるわきゃねぇ。
「おいカルツ、一体どういうことだ? 状況をしっかり離せ」
「は、はいっ。今も、此処に来るまで空から沢山ゾンビが降って来てるんスよ!」
「何? 沢山だと? 沢山ってどれくらいだ」
「そ、そんなの分かんないっす。だってもう雨みたいに降ってて...」
--ガタッ
「おいデアッド聞いたか?」
「おうよ、ラッツ」
ここが地下なうえ酔った連中の喧騒で気が付かなかったが、どうやら外は相当酷い状況になってるらしい。ならもう行くしかねぇだろ。
「おい、行くぞ!」
それだけ言って立ち上がると、デアッドも残った酒を煽ってから立ち上がった。約一名、カルツだけは意味がわからずに呆けてやがるが、まぁついでだし、こいつのパーティにも教育してやるか。
「おいカルツ」
「は、はい、なんスか」
「避難依頼っつーのはな、緊急依頼だ」
「は、はい」
俺がカルツにそう言ってる間にも、酒場の冒険者はどんどん出ていく。デアッドも横から目線で急かしてくる。
そして肝心のカルツはなんもわかってねぇ。あれだけ勉強しとけっつったのに、緊急依頼の事すら知らねぇってことは、コイツ何にも勉強してねぇな。
--はぁ......。
溜息が漏れる。
「あのな、緊急依頼は報酬や評価が3倍以上になる」
「ま、マジっすか!!」
「ああ、だから他の連中も出てっただろ? 丁度良いからお前もパーティ集めてギルドに来い。死なないギリギリで稼ぐ方法ってのを教えてやる」
「はっ、はいっ! わかったっス!」
そう言うとカルツも出口から飛び出していった。
--さてと...
「おれらも行くか」
「おうよ」
久々の稼ぎ時だ。
良かったぜ、キング狩りの為に準備しててよ。
この準備費用と肩透かしくらった分も含めて、今日はガッツリ稼がせてもらうぜ!
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