第23話 聖都は美味いらしい

 


 


「そうだな、その通りだ、職業のような些細な事はどうでも良い。オマエの言う通り、それより大事な話があるぞ」



 妾の言葉にギルドマスターが肯定の言葉を述べて、ニコニコと此方に近づいてくる。

 どうやらうまく話しを流せたみたいで良かったのだっ。


  --これでこの職業(ジョブ)の話題は完結なのだっ


   --ガシッ


 ......。



「んむ?」



 な、なぜ、ギルドマスターは妾の肩を掴むのだ?



「そうだな...ヒラヒラ。オマエの職業(ジョブ)なんてどうでもいい。だがな、冒険者登録情報の詐称は問題になるんだが?『剣士』? ん?」


「ぬぐっ...」


  --て、手の平をかえされたのだっ



「さて、ギルドから登録を抹消されて監獄に送られたくなかったら私の言うことを聞け、いいな?」


「な、なぁ、別にそんな登録詐称くらい普段から普通に...「黙ってろハゲ」うぐっ...」



 異論を唱えようとしてくれたグラディスを、ギルドマスターが殺気だけで止めてしまったのだっ。


  --もっと頑張って欲しいのだっ!!


 あっ。だ、駄目なのだ、グラディスが完全に怯んで固まってしまっているのだっ。


  --ほ、他に助けは...?


 助けを求めて周囲を見回してみたのだが、どう見てもこの状況を助けてくれそうな人は此処にはおらん。

 今ほど『親友』とか『仲間』とか、そう言った者が居て欲しいと思った事はないぞ...。


 ここで断って登録を抹消されてしまえば、御金を稼ぐアテが無くなってしまう。

 こないだの報酬でかなりの期間は大丈夫であろうが、収入源を絶たれるのは痛いのだ。


  --しかし...


 言いなりになるのは、どんな命令をされるかわからんしな...。



「まぁ悩むのも分かるが、そんなに悩むな」


「む?」


「やって欲しいのは聖都に活動の場所を移して欲しいだけだ」


「聖都?」


「ああ、そこから先はケイトと話し合ってくれ」


「ちょっ、レイナ様!

 もしかして全部僕に押し付けるつもりですかっ!?」


「押し付けるも何も、元々は教団の不手際だろ? 私は知らんぞ...」



 むぅ...。

 妾を抜きにしたまま、また話が進んで行くのだ。


 しかし活動場所を聖都とか言う場所に移すだけで良いのか。

 住みにくい場所ならば嫌なのだが、普通の街ならそうだな。この街とは違ったうまい物が食えるかもしれんしな。


  --悪くないかもしれん


 それにしても、まだ2人で言い合っておるのだが。これでは話しかけるタイミングに困るのだ...。


 んー......。

 どうしたものか。



「おっ?」



 どうやらギルドマスターが押し切ってケイトが折れたようだなっ。


  --よし、話しかけるなら今なのだっ



「ところで、聖都と言うのはどんな街なのだ?」


「んっ? ああ、この世界で最もでかい街だな、導きの女神を信仰してる教団が仕切ってる」


「ほう」


「温泉があって酒が美味くて...あー、後は...私もよく知らんな。まぁあれだ、詳しい事はそこのケイトが教えてくれるだろ」


「む?」


「あの、そうやって何時も途中で丸投げするのは、いい加減やめてもらいたいんですが...」

「無理だ」


「えっと、無理...ですか?」


「当たり前だろ、丸投げすれば私が楽になるんだからな。それをしない道理が無い」


「......。」



 むぅ、また二人が言い合いを始めてしまったぞ。

 結局教えてもらえたのは温泉があって、酒が美味いという事だけなのだ。


 だが、まぁ...そうだな。

 酒を飲んだ事は無いのだが...美味いと聞けば興味があるし、是非とも飲んでみたいところだ。


 後は料理が美味ければ言う事はないのだが。美味いのだろうか? その辺もちゃんと聞きたいのだが、この言い合いに割って入るのは難易度が高すぎるのだ...。


 むぅー......。


 ...。おっ?


 どうしたものかと悩んでおったが、今度の言い合いはすぐに決着が付いたみたいなのだ。

 よしよし、それでは早速料理の事も聞いてみるか。



「なぁ、ケイトとや...ら」



 ......えーっと、どうしたのだ?


 話しかけようとしたらケイトが暗い表情で俯いてしまっておるのだが。これでは結局、言い合いが終わるのを待っていたというのに話しかけ難いではないか。



「あ、あの、ギルドマスター」


「ん? 何だジョニアック」


「レムさんとは昇格試験で一緒に依頼(クエスト)をする予定なので、すぐに聖都へ行かれると困ってしまうんですが...」



 妾がケイトにどう話しかけようか悩んでおると、ジョニーがギルドマスターに話しかけたのが聞こえてきた。


 そう言えばジョニーとの依頼(クウスト)があったのだったな。完全に忘れておったのだ。



「あー、そうなのか。昇格試験か...。

 ええと、パーティランクの方か?」


「は、はい。そうです...」


「『蒼天の剣』か...。よし、じゃあAランクに昇格。試験は免除でいいぞー」


「え、えっと...そんなので良いんですか?」


「私の権限で許可するんだ、別に問題は何もないだろ。あー...それともなんだ、試験をしたいのか?」


「はい、流石に何もなしに昇格するのはちょっと...。周囲の目もありますし」


「あー、まぁ他の冒険者に示しがつかんか。んー...確かに他の冒険者(やつら)から苦情を言われても面倒だしな。仕方ない、私が後で別の昇格依頼(クエスト)を出してやろう。面倒だが何か考えといてやる」


「そう...ですか、実はレムさんと一度組んでみたかったんですが、残念です」


「あー...アイツの境遇が色々面倒だからな、教会の連中も来ちまったし今回は諦めろ」


「そう...ですね、わかりました」



 むぅ......。


 何だか話しを聞いておると、次に受ける予定だった依頼(クエスト)が取り消しになってしまったみたいなのだが。

 妾は今回の準備で色々と買い込んでしまった後だし、今更になって取り消されるのは辛いのだ。


 何か、キャンセル料みたいなものは支払われたりせんのだろうか?


 んー......。


 まぁ、そのあたりはグラディスに後で苦情を言えば何とかしてもらえそうな気はするな。

 もし依頼(クエスト)がキャンセルになったら言ってみるとするか。



「あーもういいか? 今後の事は部屋で話すから、いつまでもこんな所に居ないで全員とっとと移動するぞ」



 そう言って一人で歩き出したギルドマスターの後ろを皆がぞろぞろと付いて歩き出した。


 そして取り残される妾。

 皆はこちらを向いていない。


 よし、帰るのだ。


 今なら皆の視線が扉の方を向いておるし、こうやって気配を消せば抜け出せるだろう。

 このままこうやって潜んでおれば、面倒そうな話し合いからは離脱できるのだっ。


 明日になったら、迷子にでもなっていたと言い訳をすれば問題ないだろう。迷子なのだから仕方がないのだ。


 それでは早速......。


  --そーっと


   --そーっと...



「おいヒラヒラ、何してんだ。とっととついて来い」


「んなっ!」



 き、気付かれたのだっ。

 うまく気配を消しておったはずのに、何故かギルドマスターから声をかけられてしまったのだ。


 ぐぬぬ...。

 バレてしまってはもう迷子作戦は使えんではないか。難しい話しは眠たくなってしまうから嫌なのだが、しかしこれはもう大人しく付いていくしか無いか。



   --ズズズ......


  --ズズズズズズズ......



「なんだ、また地震か?」



 妾が諦めて歩きだした瞬間に、先程と同じ魔力の波動が頭上を通り過ぎて、遅れて振動が地面を伝わってきた。

 この魔力の感じは、相当強力な魔法を組み上げてるみたいだな。先程から言いそびれておるが、この魔力量は...。流石にそろそろマズイのではないか?


 んむ、丁度良いタイミングだし、ここいらで妾の魔導に対する知識を見せつけておくのも悪くないかもしれん。



「ふっふっふ、いまの地響きなのだが、あれはだな...」


    --バタンッ

        --ゴッ


 妾が話だして周囲の視線が此方を向いた瞬間に、目の前で訓練場の扉が勢い良く開け放たれた。

 そのせいで、折角集まりかけていた妾への注目が此方から扉の方へと一斉に移り変わってしまったのだ。


 ぬぅ、いったい何事なのだ?

 せっかく妾が大事なことを話そうとしておったのに、また会話が中断されてしまったぞ。



「ギッ、ギルドマスター! 大変です!」


「あー......。なんだ?」



 その扉から飛び込んできたのは何故か慌てた様子のリィナお姉さんだった。

 そんなお姉さんに、心底嫌そうな顔でギルドマスターが言葉を返す。

 しかしそんな事を気にする余裕も無いのか、お姉さんは切羽詰ったように話し出す。 



「アンデッドが。あっ、あのっ、街の中にっ!!」



 

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