第21話 オ・マ・エ・かっ!?

 

 

 ◇ ◆ レイナ視点 ◆ ◇



「レイナ様っ!!」



  --お、この声はケイトか?


 そろそろかと思っていたら案の定、入り口の方からケイトの声が飛んできた。

 だが、なんだか声に焦りが混じってるような...?


 そう思って声の主に視線を向けると、切羽詰った表情で此方に向かって駆け寄って来るのが見えた。



「うーあー......」



 あれは誰がどう見ても良い知らせがある様には見えない。終わった...私の平穏。



「おいケイト、まさか緊急事態か?」


「はっ、はいっ! そ、そのっ」



 私が先手を取って声をかけると、ケイトが何かを言いかけて口をつぐんだ。どうやら周囲に人が居るのを気にしてるみたいだ。



「ああ、周りの連中はこれから全員が関係者になる、気にせず全部話せ」


「え、ええ。わかりました。

 それが、召喚の儀式が数日前に行われたようなんです」


「な...んだと。それでどうなったんだ?」


「...何者かが...呼び出されたようです」



 最悪だ、強制的に追い還(かえ)す方法なんて存在しないし、話の通じない相手だったとしたら大規模な戦闘になる。

 いや、だが、数日も経ってるのにこの街はまだ無事だ。もしかしたら無害なやつが呼び出されたのかもしれん。



「...それで、喚び出されたヤツは城に居るのか?」


「いえ、それが...。喚び出されたのがエルフだったらしく、国王が城から追い出した...と」


「あん?」



 エルフだったから追い出した...だと?

 実に人族至上主義の国王(ゴミ)らしい行動だ。あれか、これはダークエルフの私に喧嘩を売ってるんだよな?


  --やっぱ次に顔を見たらぶっ殺そう


「詳しい話はアルティナが情報を持っていますので...」


「そう言えばアルティナは無事に助け出せたのか?」


「はい、神殿への伝言を受付でお願いしてから来ると言っていたので、もう少ししたら来るはずです」


「そうか、アルティナは無事だったか」



 どうやら国王に乱暴されて従わされていた様ではなさそうだな。

 だが、それなら何で国王に従って召喚を行ったのかが謎だ。まぁ、もうすぐ此処に来るようだし本人に聞けばいいか。


 しかし喚び出されたのは『エルフ』か...。


 エルフってのは変なヤツが多いからなぁ...。特に頑固で頭が固くて面倒なヤツが多い。

 無差別に暴れるようなのが喚び出されなかったのは吉報なんだが、エルフとの交渉が必要だと考えると億劫だ。

 

 今日は面倒事ばかり増えやがる。

 それもこれも全部あの糞野郎(こくおう)がいらん事をしたせいだ。

 これ以上なんかあったら私は逃げるぞ? もう知らん。



「け、けど、喚び出されたのが邪悪な存在じゃなくてよかったですねっ、レイナ様!」


「...ふんっ」



 私がストレスで殺気を放ち始めると、ケイトが慌てたように話し始めた。額には冷や汗が滲んでいる。

 邪悪な存在じゃないだと? ついでだ、冷や汗ついでにもう少し脅しといてやる。



「楽観もしてられんぞ、誰にも気取られんくらい狡猾で邪悪な場合もあるんだ」


「そ、そうですか...」



 確かにケイトの言うとおり『凶暴』な邪悪が喚び出されなかったのは良かった事だ。

 だが、世の中には『狡猾』な邪悪ってのも存在するんだ。


 そいつらはそっと静かに機会を伺い続ける。ケイトの様に安心仕切っていると虚(きょ)を突かれて一気に国ごと崩されかねん。


 だからこそ、今はまだ気を引き締めて冷静...。


 --カンッ


  --カキン


 あー...。冷静に今後の事を考えて。


 --ザザッ


  --ザッ


    --キン

  --キン



 か、考えて...。



   --ガガッ

 --ズザッ



 取り敢えずそろそろウザイから模擬戦してるコイツら止めるか。



「おいっ、模擬戦はもう中止だっ」


「えっ!? あっ、はっ、はいっ」



   --キンッ


 --カキンッ


  --ザッ



 うんうん、エルは素直で良い子だな。私の言うことをちゃんと聞いて武器をおろした。後で頭を撫で回してやろう。


  --だが


「なぁお前ら。良い度胸だな...?」



 尚も撃ち合い続ける2人に向かって、殺気を込めつつ火球(ファイアボール)の詠唱を紡ぎ始める。



「燃やす...」


「んむっ?」

「ぎっ、ギルドマスター!?」



 そこでようやく私の存在に気がついたのか、ジョニアックが慌てて戦闘を中断した。

 もう一人のヒラヒラしたヤツは何かキョトンと首を傾げて佇んでいる。



「おいお前ら緊急事態だ、ちょっとこっち来い」


「はっ、はいっ!」



 取り敢えず別々に説明するのは面倒くさい、全員集めて今後の事を話してしまおう。


 ......。 


 あー...私が呼ぶとジョニアックはすぐに駆け寄って来たんだが、あのヒラヒラした服のやつは余裕そうに歩いてきてやがる。私に任せたい新人だとか言ってたな? これは後でみっちり教育が必要みたいだな。



「あの、留守だと聞いていたのですが、何か問題でもあったんですか?」



 駆け寄ってきたジョニアックが聞いてきた。良い質問だ...。



「そうだ、緊急依頼が発生した。今からお前ら...『蒼天の剣』に指名依頼を出すぞ」


「は、はい、ギルドマスター」

「ジョニー、このちっこいのは誰なのだ?」


「れ、レムさんっ、この方はギルドマスターですよ!」


「ぎるどますたー?」


「この国の冒険者ギルドを取り纏めている偉い人です」


「おおっ、そうなのかっ」



 ふふ...ふふふふふ。

 私を指さして『ちっこい』とか言うとは良い度胸してやがるなこのエルフ。その生意気な口の利き方が出来なくなるまでぶっ転がしてやろうか?



「まず、そこのヒラヒラ、私に指を差すのはやめろ」

「れっ、レムさんっ、指をさすのはまずいですよっ」


「お、おおっ、すまんかったのだ」



 私の怒気に気がついてジョニアックが窘(たしな)めると、ヒラヒラが申し訳なさそうに腕をおろした。


 てっきり私を舐めてるか怒らせたいのかと思ったんだが、今の様子を見ると悪気がまったく感じられない。


 まさか、こいつ...天然か?


 天然なのか!?


 天然でこんな態度のやつだとしたら、ものっ凄く付き合うのが面倒なんだが。

 あー...もう良いや。こいつに付き合ってると時間が無駄になるだけだ、先に話しを進めよう。



「ジョニアック、緊急依頼の内容なんだが、もうすぐ此処に神官が来る。それでその神官が証言する人物を探して欲しい」


「人探し...ですか?」


「ああ、普段は低ランクへの依頼になるんだが、今回は探す人物がちと問題なんだ」



 まぁ、本当はちょっとどころじゃないくらいの問題なんだがな。

 さて、ニナ。私が『緊急依頼』って言ってから少しずつ距離をとってるのは気付いてるからな。



「ジョニー、私はこのあと「勿論ニナにも私からの指名依頼が出る」......くっ」


「悪いが『蒼天の剣』のメンバーは全員参加してもらう」



 さて、ニナが逃げ出すのはきっちり防いだ。ひとまず人探しはこのメンバーでなんとかなりそうだな。

 後はアルティナが来るのを待つだけか。



「れ、レイナ様っ!」



 っと、丁度いいタイミングで訓練場に見知った姿が飛び込んできた。

 教団の神官服を着て、栗色の髪を三つ編みにした少女が駆け寄ってくる。



「アルティナ、無事だったか?」


「はい。その...すみませんっ!」



 私が声をかけるとアルティナが勢い良く頭を下げてきた。ええと...何か謝られるような事はあったか?


 ......。


 ああ、そうか。



「もしかして『召喚』の事を謝ってるのか?」


「はい...どんな処罰も覚悟してます」



 いや、別に私はアルティナを責める気はないんだが...。でも何で国王(ばか)の言いなりになったかは気になるな。丁度いいし聞いておくか。



「アルティナ、何で教団の許可なく『儀式』をしたんだ?」


「それは...その...」


「ん? どうした?」



 私が聞くと、何故か歯切れが悪そうに言葉を詰まらせて黙ってしまった。

 それで再び理由を聞くと、彼女はポツリポツリと話し始めた。


 で、その話しの内容なんだが。正直言って事態をさらに面倒にするものだった。


 彼女が言うには『聖印』の命令書を見せられたそうだ。

 『聖印』ってのは教団が発行する命令書に押される印(しるし)で、これは決して偽造する事は出来ないものだ。

 で、これがどう言うことかっていうと、『聖印』が使えるような上層部に裏切り者がいるって事だ。


 しかしこれで納得がいった。

 『聖印』の押された命令書に、教団の神官は逆らえない。だからアルティナは『召喚』の儀式をしてしまったのだ。

 そしてケイトからそんな命令は出されていないと聞いたらしい。


 彼女は私に一通りの事を話し終えると耐えられなくなったのか、俯いたまま黙り込んでしまった。

 騙されたとは言え、教団の禁忌に手を出してしまったんだ。責任感の強いこの娘(こ)にはそうとう堪(こた)えたんだろう。


  --可哀想に...


「わ...私...」


「...気にしなくて良い

 それよりも召喚した者の特徴を教えてくれるか?」


「.......はい」



 こんな状態で深く聞くのは酷なんだが、今の事態は一刻を争う。本当なら落ち着くまで待つんだが。私の立場上、ここで全部聞くしか無い。

 

  --まったく糞(クソ)な立場だ...


「喚び出した方は......っ!」



 やっぱり酷だったのか。

 話し始めたアルティナは、言葉を急に失って口をパクパクさせている。


 やっぱり精神的にきてるのかもな。少し時間をあけた方が良いかもしれん...。



「その...」


「ん?」


「そこに居(お)られる...御方(おかた)です...」


「は?」



 そう言ってアルティナが私の方を指をさした。何で私を指さすんだ? だ、大丈夫かアルティナ?


  --えーっと...


 あれ? いや、これは......私じゃないな。


 アルティナの視線を追っていくと、その先には首を傾げたヒラヒラが居た。

 皆の視線も私に続いてヒラヒラの顔へと突き刺さる。



「皆で妾を見つめて...。いったいなんなのだっ?」



 どうやら本人は何で注目されているのか分からんらしい。さっきまでその理由(ワケ)を話してたってのに何も聞いてなかったのかよコイツ。


 しかし探す手間が省けた。

 本人も私達が探そうとしてたとは気付いとらんみたいだし、逃げる素振りも無さそうだ。


 あー...。こいつの馬鹿さ加減は本当に天然みたいだし、どう見ても悪巧みが出来るようなヤツには思えん。

 なんだよ、こんなヤツの為に私は楽しみを諦めてまで此処に帰ってきたのか?


  --はぁ......


 まぁ...。なんだ。


 取り敢えず街に被害が出て無くてよかった。

 もしも死人なんて出てた日には、アルティナのやつが耐えられんかっただろう。


 後は審問官が国王をひっ捕まえて神殿に帰れば全て問題は解決だ。いやぁー...楽に解決出来てヨカッタナー。


 ......。


 ...。


 何だか今日はどっと疲れた。後は軽くヒラヒラと話してから、残りの仕事は全部グラディスに任せて帰って寝よう。



「さてと、それじゃあ」



   --ズズンッ



「ん? なんだ?」



 私が締めくくろうと口を開いた瞬間に、僅かな地響きと共に大きく地面が1度だけ横に揺れた。


  --ズズズズズズズズズ......


 それから低い地鳴りを響かせながら、今度は縦に地面が小さく震え始める。



「なっ 何でしょうか?」

「これは....?」

「...なんで地響きなんか...」


  --これは地震か?


 しかし皆が騒ぎたててる間に、揺れはすぐにおさまった。


 まぁおさまったんなら問題ないだろう。

 さて、それじゃあ中断された続きを話して、私はもう家に帰るぞ。



 

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