第19話 嗚呼...私の楽しみが...

 

 

  ◇ ◆ ギルドマスター視点 ◆ ◇



 私は聖都クラリスに来ていた。商業やら鍛冶やらの各ギルドの重鎮に国や教団まで交えた重要な会議に出席するためだ。

 で、その重要な議題と言うのは『勇者召喚』についての話しなのだが。



「では、魔王の復活に関する神託があったというのだな?」


「はい」



 会議早々、行き成り誰かが確信を突く質問を教団へと投げかけた。

 あれは...確か隣国の外交大臣だったか。彼の質問に教団からは肯定の返事だけが返って来た。


 せめて何処に復活するとかいつ復活するとか内容を教えて欲しいんだが。まぁ教団の事だ、情報はどうしても必要になるまで絶対に出してこないだろう。


 それで会議はそこから徐々にヒートアップして行き、結局魔王の信託に関しては何もわからないまま『勇者召喚』の話へと移って行った。


  --眠い...


 勇者の召喚は過去に2度行われ、その都度『魔王』の危機は回避されて来た。


 そもそもが何故、魔王と我々が対立しているのか...って話なのだが。それには『魔族』の特性が深く関わってくる。


 『魔族』と言うのは、強烈な魔素の中で生きる精神体なのである。


 その魔素と言うのが普通の生物にとっては危険な代物で。濃密な魔素に晒され続けると、生物に魔物化が引き起こり凶暴化してしまう。要は肉体が魔素で変質して精神が崩壊するわけだ。

 まぁ、元々自然界は魔素で埋め尽くされてはいるのだが。それ自体は魔法を使うのに必須だし、薄い魔素は肉体や精神にも基本的に害はない。問題になるのは、肉体が耐えられない程の濃密な魔素だけだ。


 そこまで踏まえれば対立の理由は簡単に説明できる。


 『魔族』は種族を繁栄させるために魔素の濃度を上げ、我々は魔素の脅威からそれに反発している。ただそれだけなのだ。


 そして世界を強力な魔素の中へと沈める力を持った『魔神』を、我々の『女神』が封印していて、『魔王』は言わば『魔神』を開放するために、魔族の中で時折産まれたり湧いたり、封印されてたのが解かれたりして出て来る飛び抜けて強いやつだ。

 その飛び抜けて強い魔族が我々に『魔王』と呼ばれていて、決まって『魔神』を封印している『女神』を倒そうと動くのだ。


 結果、我々は『魔王』を倒さなければならず、その為には高濃度の魔素や魔神の力にも適応できる勇者の力が必要になってくる。

 しかしこの世界の人間では高濃度の魔素には耐えられない。そこで高濃度の魔素にも耐えられる人間を異世界から召喚するわけだ。


 しかも『魔王』復活の信託があった後に召喚される異世界人には、信託の女神から強力で特殊な力が与えられる。

 そして、そんな人間が召喚されるとなると...だ。



「勇者の召喚だが、何処で行う?」


「勿論我が首都で行うのは確定だろう、教団への支援も我が国が一番だしな」


「待て、そこは国から独立した中立であるギルド側で仕切るべきだ」



 ...と、こんな感じで延々話し合う事になるわけだ。


   --もう帰っても良いかな?


 当たり前だが『勇者』が国に居れば安全がある程度確保される。更に将来は勇者の排出国として利益まで見込める。

 だから『何処』で勇者を召喚し『誰が』管理するのかが重要になってくる。


 まぁ、『誰が』...の部分はどうせ何時も教団になるのだが。

 なにせ召喚をする為には信託の女神から加護を授かった神官が必要不可欠で、それらは全て教団に所属してしまっている。


 だから教団側に召喚場所を決める権利があり、基本的に召喚した場所が勇者の拠点に使用されるのだ。

 そのせいで『何処』の席を奪い合って、話し合いは永久に平行線のまま続いている。


  --私の様な小国担当のギルドマスターには関係ないがな...。


 私は前回と前々回の召喚時に、勇者と一緒にちょっと魔王を倒しに行った...ってだけでこんな場所に呼ばれている。本来なら冒険者ギルドの代表が来るべき会議なのに、何故私が来なければならんのだ。


 因みにギルドっていうのは国に1人ずつギルドマスターが居て、ギルドマスターは首都のギルドを仕切っている。

 それ以外の街や村にはギルドリーダーが配置されていて、ギルドマスターはギルドリーダーで対処しきれなくなった案件を片付けるのが主な仕事だ。


 で、そのギルドマスター達を束ねるのにグランドマスターって役職があって、最終決定やら責任やらはそのグランドマスターが負うことになっている。だから本来此処はアイツが来るべき場所であって私が来る場所じゃないはずだ。

 そもそも、この平行線で面倒な話に此方からわざわざ加わる気は微塵もないし、はっきり言って私が此処に居るのは完全に無意味なのだ。


 それに何処が勇者の拠点になろうが、問題が発生すれば教団から勇者が派遣されてくる事になってる。

 神殿には各都市を移動できるポータルが設置されているんだし、救援には然程(さほど)時間はかからんはずなのだ。だからぶっちゃけ何処で召喚しようと大して変わらん。


 要は此奴ら...魔王討伐の後に、あわよくば自分の国に勇者を取り込んで...とか考えておるんだろうな。

 実際、過去の勇者達も最後は召喚された都市に骨を埋めたし、自国に勇者が居着いたとなれば色々と利益が発生してくる。口には出しとらんが要はそこが論点なんだろう。


  --気持ちは分からんでもないが...


「はぁ......」



 私は早く話を終わらせて部屋に帰って晩御飯を食べたい。

 聖都には温泉もあるし、この後はのんびりお湯に浸かりながら酒を飲む予定だ。むしろその為に来たと言っても間違いではないだろう。



 それから2時間くらい同じ話をしてようやく会議は終結歩迎えた。結局は『教団が選別して後ほど知らせる』っていう事で終わった。教団が都合のいい国を選ぶっていう予想通りの結果だ。

 っていうかそれなら最初からそう言えよ、そしたら会議なんてすぐ終わっただろうがクソが。



「さて」


  --気持ちを切り替えよう


 煩わしい会議も漸(ようや)く終わったのだ、今夜は風呂で羽を伸ばすぞっ!


 私は滞在している旅館に着くと、一目散に酒や拭き物の支度を始める。



「ふんふ~ん」


   --おっふろー


 --おっふろー



   --バンバンバン!


「緊急事態ですっ!」

「留守だっ」



 いきなり扉が勢い良く叩かれると、一番聞きたくない言葉が飛んできたので留守だと応えてやった。

 本当にヤバイ事態じゃなきゃ、緊急でもこれで察して諦めてくれるだろ。



「冗談は止めて下さい、レイナ様っ」


「クソッ!」



 何時もの伝令ならこれで察して帰るのに、これは本当に緊急なのか?



「あの...レイナ様?」


「あー...もうっ」



 折角の楽しみを邪魔しやがって、これでくだらん用事だったらブっとばしてやるからな。


  --ドバンッ!

      --ガンッ


「何だよ、緊急事態って?」



 取り敢えずドアを蹴破ると、何かか打つかる感触がした。

 そして目の前には頭を抱えた見慣れた優男が蹲(うずくま)っている。



「んん?」


  --ああ、ドアが直撃したのか


 此奴(こいつ)は昔からの知り合いで名前は『ケイト』、主神殿で神官たちを衛護する仕事をしている青年だ。

 って言うかこれくらい避けろよ、そもそもなんでドアの可動範囲に立ってんだよ此奴(こいつ)。


 女性みたいに小柄で金髪に色白の青年で、『こんなヤツに衛護なんて出来るのかよ...』って最初は私も思ったんだが。普段は頼りないのに実は凄腕で回復魔法まで使える護衛のエキスパートだったりする。

 確か......。なんとかっていう護身術のマスターランク継承者だったはずだ...。それが今、目の前で涙目になっているコレだ。こんなの見たら伝授したやつが泣くぞ。



「はぁ......」



 私がため息を吐いて機嫌の悪そうな目を向けると、彼は私に抗議の視線を返してきた。



「ドアを蹴り開けるのは止めて下さいって...前から言ってるじゃないですか」


「ふんっ、そんな事を注意しに来たのか?

 私は今忙しい、注意はしっかりと受け止めたからもう帰れ」


  --ガッ


「ちょっ、ちょっと待って下さい、本当に緊急事態なんですって」



 私が閉めようとしたドアをケイトが抑えて引き止めてくる。



「ちょっ...離せよ、私は今から風呂に行くんだ」


「何言ってるんですか、御風呂は今度にしてくださいっ

 貴女のギルド管轄で問題があったんですっ」


「むぅ...?」



 誰だよ、私の最大の楽しみを妨害した馬鹿はっ。

 こんな糞みたいな会議にきたのも、全てはこの温泉の為だっていうのに。



「国王が...「ああ、あの馬鹿か、分かった殺してくる」」


「まっ、ちょっ、何言って、話を聞いて下さいっ」



 殺気を放って部屋から出ていこうとする私を、ケイトがしがみついて止めてくる。



「なんだよ、あの国の国王が問題なんだろ?

 あいつは先代の七光で、性格も何もかも問題だらけだ

 大臣が優秀なだけで、アレは居なくなっても問題ないぞ?」


「そんなに嫌うって...何があったんですか...」


「それはな...」


「いっ、いえ今は良いです、今度聞きますから

 それより、その国王が神官を拉致したみたいなんですよ」


「はぁ?」


「連絡が取れなくなっただけなので確証は無いですが、城に連れて行かれたっていう証言がとれてるので間違いないはずです」


「あー......マジか」



 よりにもよって神官に手を出しただと? 周囲に居た大臣達は止められなかったのか?

 そんな事をしたら確実に終わるぞ、あの国王。


 ああでも、もしかしたら大臣たちはそれが狙いかもな、国王がうざくて破滅させたいのかもしれん。


 だが何れにせよ神官の拉致だと私の所に依頼が来る。そしたら私が対応するしか無いじゃないか...。折角...折角あのクソ面倒な会議を耐えたと言うのに。


  --許さん!


 私の楽しみを奪ったやつは絶対に許さん。ぶっ殺してやる!!

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