第14話 あれはどう見ても剣士じゃない

 



 ◇ ◆ ジョニアック視点 ◆ ◇



「指定された時間より早く着いちゃいましたね」


「そうね。だけどやっとAランクになれるんだもの、試験内容が気になるのは仕方ないわ」



 僕達は今、冒険者ギルドの前に集まっている。僕がリーダーを務めるパーティ『蒼天の剣』が、晴れてAランクの試験を受けられる事になったからだ。

 それで試験の内容を今日の夕刻に伝えると言われて、はやる気持ちに負けて昼前にこんなところに集まってしまったのだ。



「別に、少しくらい早く聞きに行ったって問題ないわよ」


「けれど、僕たちはAランクになるんだから時間はちゃんと守るべきだよ。それに少しどころじゃなく早い時間だと思うよ?」



 よほど試験の内容が気になるのか、パーティメンバーのニナが聞きに行こうと急かし始める。


 まぁ気持ちは痛いほど良く分かるけど、この時間は流石にまずいと思う。

 Aランク試験ともなればこういった時間厳守の部分も判断材料にされる可能性があると聞いた事があるし、出来る限り慎重になって試験に対する不安材料を排除しないとね。


 それがリーダーとしての仕事でもあるし。


 ......。

 ああ、なんか凄く不満そうな目でニナがこっちを睨んで来てる。

 いやさ、僕だって本当は今すぐにでも聞きに行きたいんだけどね。ここは我慢して時間まで待機する方が得策なのだ、我慢だ我慢!



「取り敢えず、ギルドの待機席で時間まで待たせて貰わないかい?

 そしたら時間が来ればすぐに聞きに行けるから、ね?」


「はぁ......。

 ほんと、ジョニーって真面目よねぇー...」



 僕がそう提案すると、ニナがため息混じりにそう応える。

 いや、あのさ、そんなジト目で抗議の視線を送るのはやめてくれないかな?


  --んー


 だけど、ニナの言うとおり僕ってそんなに真面目なんだろうか?

 自分ではそこまで真面目だと感じた事はないんだけど。


 いや、そもそも...。



「リーダーが真面目なのは良い事だよね?」



 っていうより、いい加減なリーダーだと大抵Bランクになる前にパーティが成り立たなくなって消滅してしまう。腕力だけでやっていけるのはランクCまでなのだ。



「それに、真面目にやってたおかげで、こないだの騒ぎもお咎めなしで済んだじゃないか」


「あれはそもそも私のせいじゃないわ、あのクズ共が悪いのよ。だから真面目かどうかは関係ないわよ」


「いや、でも、馬鹿にしてきた相手の装備を全部焼き払うのは少し過剰すぎだと思うよ?

 まぁ、僕も仲間を馬鹿にされたから抗議するし、やり返すのが悪いとは思わないけど...」


「わ、私も、あれは少し過剰だと思います。いきなり燃やしたから恐かったんですよ!?」



 僕がニナと話しをしてるともう一人のパーティメンバー。『エル』が会話に混ざってきた。


 そう言えばエルの真横でいきなり燃えたんだっけ。あの日は『髪の毛が少し焦げました』って恨めしそうにニナを非難していたけど、どうやらまだ少し根に持ってるみたいだ。

 これは僕が間に入って、もう少しフォローしておいた方がいいかもしれないな。



「あれはちゃんと謝ったじゃない。あんまり細かい事を気にしすぎると人生つまらなくなっちゃうわよ?」


「人生とこの事とは関係ないですっ、次からは私の位置もちゃんと確認してから燃やして下さい!」


「はいはい、わかったわよ」


「いや、僕としては街中で軽々と燃やすのはやめて欲しいんだけど」



 建物の中で炎なんて出したら燃え移るし危険すぎる。確かにニナの魔法制御は信頼してるけど、それでもやっぱり燃やすのはまずい。



「ほらジョニー、置いていくわよ」



 そんな僕の意見をニナは何も聞かなかったように無視すると、話題を切り上げてギルドの入り口へと歩き出して行ってしまった。

 どうやら街中で魔法を使うのはやめてくれなさそうだ。


 それにしてもエルも街中で魔法を使うこと自体は注意しないのか。確認してから燃やして下さいとか言っちゃってるし。


  --あれ?


 もしかして僕の常識が可怪しいの?

 普通は街中で攻撃魔法なんて使ったら、例え死傷者が出なくても怒られるだけじゃすまないよね? 


 はぁ......。



「もういいや」



 いや、本当は良くないんだけど。言うだけ無駄な気がするし、無駄な事を言うのはやめとこう。

 今まで通り僕がちゃんと管理して、犯罪者にだけはならないようにするしかない。


 あぁ...それにしても、リーダーがここまで大変だと知っていればきっとやらなかっただろうなぁ...。



 さてと、気が滅入る内容の考えはここらで一旦置いといて。

 今日から待ちに待った昇格試験が始まるんだ、時間になるまでじっくりと試験に向けて連携を見直さないとね。


  --と、思っていたんだけど......


 ギルドの扉を開くと、いきなり目の前にグラディスさんを見つけてしまった。

 なんでギルドの受付カウンターなんかに立ってるんだろう。


 緊急依頼でも出るんだろうか?


 まぁ何にせよ、無視して待機席に行くわけにもいかないし、挨拶ついでに何かあったのか聞いてみよう。



「お久しぶりです、グラディスさん」


「おぉ、ジョニアックか」



 ◇ ◆ ◇ ◆



 ......で。


 何故か今、僕達は待機席では無くグラディスさんの執務室に居る。


 受付に居た彼に声を掛けたら『丁度いい、試験の説明(はなし)をするからちょっと来い』と言われ、そのまま此処へと通されてしまったのだ。

 待たずに説明が聞ける事になったのは良いんだけど、全く心の準備が出来てなかったから緊張する。本当なら夕方までに話し合いたい事がまだ色々とあったんだけど。


 もしも、このまますぐに試験になったら対応出来るだろうか。

 仲間たちの心の準備も必要だろうし、ここは少し時間をもらって...。



「ニナさん、すぐに説明を聞けて良かったですね」


「ええ、待たなくてすんだのは良かったわ」



 ああ...。ニナ達は全く動じてないね。僕だけなのか...。



「よし、それじゃあ試験の話しを始めるぞ」



 皆がソファーに座ったのを見届けるとグラディスさんが口を開いた。


 

「それで、試験なんだが。あぁー、ええと...」


「「「......」」」



 ええと、いきなり会話が途切れて不穏な空気が流れ始めたんだけどどうかしたんだろうか?


 どうやら話しの切り出し方に迷ってるような感じがするんだけど、普段のグラディスさんなら言いにくい事でももっとズバっと言うはずだ。

 それなのに言い淀むってことは......。どうしよう、まだ試験の内容を聞いてないのに不安な気分になってきた。



「えー...。今回の試験内容なんだが。

 産卵期に入ったグリフォンの巣が、街の北の方に発見されてな」


「グリフォン...ですか?」


「ああ、そうだ」



 言い淀んでいたわりには、試験の内容はまともそうだ。


 確かにグリフォンって言うのは、例え単体であったとしても対応するのが非常に危険な魔物の一種だ。


 安全に狩るためには、最低でもAランクの戦闘力を持った冒険者が二人は必要になるだろう。

 空を飛ぶ魔物というのは非常に倒すのが困難で、討伐難易度が一気に跳ね上がるので有名だ。


 しかしうちには高い戦闘力を持った二人が居る。だから倒すのは問題ないだろう。


 ただ......。


 それは相手の数が単体だっていう場合での話だけど。


 当たり前だけど卵は一匹で産むことは無い。だから巣には確実に2匹が居るわけで、場合によっては4匹や6匹以上で群れてる場合すら存在する。

 うまく1匹ずつ誘い出せればいいのだが、警戒心の強いグリフォンはそう簡単に誘い出せたりはしないだろう。


 だから先に巣を調査する依頼が先に出されて、次に敵の数に合わせた人数の冒険者で討伐依頼が組まれるのが普通だ。

 なので数を聞かないことには何も始まらないし決められない。もしも番を僕達だけでって事になると、誘き出す為の準備が色々と必要になってくる。



「それで数は?」


「不明だ」


「......」



 だから準備の為に必要な情報を聞いたんだけど、『不明』って言う返答はさすがにボクも予想してなかった。


  --どうしよう


 いくら僕でも、情報の無い討伐依頼は断るしかないんだけど。


 依頼っていうのは受けてしまうと辞退には手数料やペナルティが発生する。

 だからここでこの依頼を受けて、もしもグリフォンが10匹近い群れを組んでいたら、それを3人で倒さなければならなくなってしまう。


 もしも3人で倒すのが不可能だった場合は、自腹で他の冒険者を集めたり、最悪の場合はペナルティを受けて辞退する事にもなりかねる。


 だから先に調査依頼を出してもらわないと、こういった高難易度の依頼は軽々しく受ける事ができないのだ。

 

 しかし、それをグラディスさんが理解していないわけがないし、情報が無い事が試験と何か関係があるんだろうか?

 本当なら断る依頼なんだけど、もう少し詳しく聞いてから結論を出した方がいいかもしれないな。



「ええと、調査して可能なら討伐といった試験なんでしょうか?」


「いや、試験はグリフォンの巣の排除と、卵があればそれを持ち帰って来る事だ」


「それは、グリフォンの数が何体居たとしてもでしょうか?」


「ああ、そうだ」



 なるほど、普通の依頼ではなさそうですね。


 けれどこの人が無意味にこんな依頼を出すとも思えないし。

 Aランクになるなら、この程度の依頼はこなせと言う事なんだろうか。



「とうとう頭だけではなく、脳味噌までハゲてきたみたいね?」


「ぐぬぅっ」

 


 僕が試験の内容に考え込んでいると、ニナの毒舌が何時もの様にグラディスさんへと突き刺さった。

 なんというか、いつもの事ながら容赦がない。


 一応、ギルド職員の中でもグラディスさんは結構高い地位の人なんだけど...。

 そんな事、きっと考えてないよね。


 また僕が後でフォローするしかないのか。



「どう考えても普通では考えられない依頼内容じゃないかしら?」


「それは...。今回の依頼はお前達だけじゃないからだ」


  --ん?


「僕達だけじゃないと言う事は、助っ人が居るんでしょうか?」


「そう、なるか」



 そうなると、これは飛び入りで入った助っ人との連携を見る試験というのが考えられそうだ。


 ......。あー...。


 ニナが毒舌を発揮して、助っ人の人達と喧嘩になる未来しか見えないんだけど。連携以前の問題だ。

 そうか、だからグラディスさんはこんな試験を用意したのか。このあいだも問題を起こしたばっかりだもんなぁ。


 でも助っ人か。


 グリフォンが相手となると、複数だろうし、そこそこ名のしれた人物が来るはずだ。

 この街をホームにしてる冒険者だと、鉄壁のトム』や『震撃のジガルガ』なんて言う二つ名持ち有名だ。


 その人達が来てくれるなら、後は僕がうまくニナを押さえ込めれば何とかなる。


 最悪、二つ名持ちじゃなくとも、ランクの高い冒険者の助っ人が来るはずだ。

 問題はその人物がどんな性格で、連携がうまくとれる相手かどうかだ。


  --この助っ人で試験の難易度が大きく変わる...



「そ、そのっ、どんな方が助っ人に...?」



 皆が固唾を飲む中、エルが真っ先に助っ人の情報を聞きに口を開いた。

 遊撃として動くエルにとって助っ人との連携は死活問題になってくるからね。少しでも早く相手の情報が欲しかったのだろう。


  --さて、いったいどんな人物が来るか...


「あー...そうだな。最近Cランクになった冒険者で、本人は『剣士』だって言ってるな」


「成る程、ボケてしまったのね? 可哀想に......」



 すかさずニナの毒舌が突き刺さる。

 けど、実際にCランクと聞けば僕だって文句を言うだろう。

 ニナが言わなければ多分僕が何か言い返してた。


 はぁ...。


 これは、この試験は断るしかないか。



「あの、グラディスさん、今回の試験ですが...」

「まぁ聞け」



 断ろうとしたら、グラディスさんに遮られてしまった。何か他に言うことがあるみたいだけど何だろう。

 どんな事を言われても、Cランクが助っ人だと断るしかないんだけど。



「実はそのCランクが問題でな」



 ええと、あの、グラディスさん?

 問題まで抱えてるとなると、それはもう助っ人とは言えないと思うんだけど。


 ま、まぁ、最後まで話しを聞いてみようかな。グラディスさんだってわかってるはずだし、何か理由があるはずだ。

 断るのはそれを聞いてからでも遅くはないし。



「取り敢えず、今までの試験内容は建前だ」


「建前...?」



 いや、いきなり今までの説明が建前だとか言われても困るんだけど。



「それなら本当の試験内容はなんなんですか?」


「本当の試験内容は、その助っ人の正確な実力を調べる事だ」


「えっと、それはどういう事ですか?」



 ランクCの冒険者なんだから実力はもうわかってるはずだよね?

 わざわざ僕達が調べることじゃないと思うんだけど。

 


「それがな、俺が直に戦ってみたんだが実力が全く測れなかった。おそらくアイツの実力はAランクを越えてやがる」


「「「......は?」」」


「それで本当の試験内容なんだが、その助っ人を使って正確な実力を確かめてきてもらいたい」


「ちょっ、ちょっと待って下さい! Aランクを越えてるって、それは...」


  --Sランク...。


 冒険者のSランクは、世界に9人しか存在しないはず。

 そもそもSランクというのは、目指してなれるものではない。才能があるのがまず前提で、そこから努力を積み重ね、さらに命の危機をいくつも乗り越えて、そしてようやくたどり着ける領域だ。


 グラディスさんの言葉が信じられないわけではないのだけれど、正直Sランクと言うのは信じきれない。

 それにグラディスさんだって、はっきりと『Sランク』とは言い切らず『Aランク以上』と言っているし。きっと自分で自信がないのか、一人では判断しかねているのだろう。


  --なるほど


 だから僕達に確認してきて欲しいのか。



「わかりました、その試験お受けしましょう」


「そうか、助かる」


「それで、本当に試験内容はその『助っ人の実力を確認する』だけで良いんですよね?」


「ああ、確認した結果、グリフォンの討伐が不可能なら帰ってきてもいいぞ、その場合はアイツの方に依頼失敗のペナルティをつけといてやるからな」


「あの、それは流石に理不尽すぎじゃあ...」


「いいんだよ、ちょっとくらいやり返さねえと、放っといたら何処まで調子乗ってソロで突撃するかわかんねぇからな

 出来る事なら、ここいらで一回くらい失敗を経験させといた方が良いだろ」


「わ、わかりました。それではその助っ人についての詳しい情報は?」


「そうだな、ギルド登録では『剣士』ってなってるな」


「と、言う事は前衛ですね」


「んー......。いや、アイツは多分『魔術師』系の職業だと思うぞ」


「あの、『剣士』で登録されてるんじゃなかったんですか?」


「いや、それがな。

 こないだそいつが『空間魔法』の『収納(アイテムボックス)』を使ってやがったんだよ」


「なっ......!」



 収納(アイテムボックス)は確かにかなり上位の魔法だ。うちのニナだって使えるようになったのはついこないだで、それくらい難易度が高い魔法のはずだ。


  --ありえない


 魔法に詳しくない僕だってわかる。空間魔法は『剣士』が使えるような魔法じゃない。

 それを冒険者になったばかりの人間が使っただって?


 それがどれだけ異様な事なのかは簡単に理解できる。

 その証拠にいつもなら毒を吐くニナですら、完全に呆けて固まってるじゃないか。


 ......。


 あのニナの様子だと、このあとすぐに荒れそうだなぁ。それを考えると今から胃が痛い...。



「確かに、このハゲの言う通り『剣士』が『空間魔法』を使うなんて有り得ないわね」



 予想通りニナが不機嫌そうに口を開いた。



「そもそも『空間魔法』自体、制御が非常に難しいのよ?

 もしそれが本当に使えるのなら、『五大属性魔法』を簡単に使いこなせる実力がある事になるわ

 そんな人間が『剣士』? 笑わせてくれるじゃない」


「やはりそうか」


「ええ。それでその『剣士』とか宣(のたま)ってる馬鹿は、どんな人物なのかしら?

 碌でも無い様なら、ジョニーには悪いけど私は試験から降りたいわね」



 ああ、予想通りニナが荒れだしちゃったか。

 こうなると、なだめて試験を受けさせるのが大変そうだ。



「ねぇニナ、試験をおりるかどうかはもう少し話しを聞いてから決めないかい」


「......ふん。まぁ、リーダーはジョニーだし内容を聞くのはかまわないけど。少しでも怪しいヤツだったら私はすぐにおりるわよ?」


「うん、話しを聞いてどうしてもダメなら試験を辞退する事も思案に入れるよ」



 まぁ、多少の問題程度なら辞退せずに説得させてもらうけどね。



「はぁ......。それで、いったいどんなヤツなのよそいつは」


「そうだな、見た目は14歳くらいの女の子で、貴族っぽい服装をしてるな」


「「「......」」」



 いや、うん、そりゃみんな黙っちゃうよね。

 だって14歳だとエルと殆ど変わらないじゃないか。



「ジョニー、やっぱり私は『剣士』と偽ってることが気になるわ」


「そうだね、それは僕も少し気になってる」



 偽ってるって事は、何かやましい事があるってことだからね。

 しかし、何か事情がある可能性だって考えられる。


 だから偽ってる人間が一概に悪い人間だとも言い切れないし...。これは一度その助っ人と会ってみる必要があるみたいだね。

 でもそのためにはニナを説得しないとダメなのか。これは骨が折れそうだ...。



「すみませんグラディスさん、少し仲間と相談させて下さい」


「ああ、わかった」



 取り敢えず、仲間とどうするかしっかりと話し合わないと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る