第8話 ゴブリンよっ、妾の金となるが良い!

 





 朝になって目が覚めると、真っ先に宿を出てギルドへと向かう事にした。今日はやることが沢山あるのだ、計画的に行動しなければならない。

 まずはギルドで依頼(クエスト)をして御金を手に入れなければ、今日中に銀貨1枚以上稼がないと宿代すら払えないのだ。


 そして何より食事の改善が必須だからな、美味しい物が手に入る店も調べておかねばならんのだ。

 昨日出てきた食事は最低だった、あんな物を食べて過ごすなど絶対に耐えられんぞ。


  --ぐぅぅ~...


「うぅ」



 腹が減ったのだ...。


 実は朝御飯を食べておらんかったりする。

 と、いうのも...。



「寝過ごしたのだ...」



 やることが沢山あるのに完全に出遅れてしまったのだ。

 時間は既に朝と昼の丁度真ん中あたりで、ぶっちゃけ朝と言っていいのかどうかも怪しいところで、先程から昼に向けて食べ物を仕込んでおるのか、美味しそうな匂いがそこら中から漂ってくる。


 まぁ、寝過ごさなくてもあの宿屋の食い物は食べる気はせんのだがな。


 銅貨8枚で何か食えるといいのだが、ここで使い切ってしまうと依頼(クエスト)がうまく出来なかった場合に晩御飯が食べられなくなってしまう。

 それに、依頼(クエスト)の自前準備に何か必要な物が出てこんともかぎらないしな。その時になってから御金が足りんなど、冗談にもならんのだ。


 だからせめて食事は依頼(クエスト)の内容を聞いてからにしようと、我慢して...は、いるのだが...。



「くっ...」



 数々の誘惑が妾の嗅覚を刺激してくるのだ。何とか耐えてはおるのだが、これ以上は耐えられん。


 たまらず早足で正面にあるギルドの建物へと突き進んで行く。目の前までの短い距離だったというのに、ものすごい匂いの誘惑だったのだ。


  --パタン


 扉をくぐると、脇目も振らず一直線に受付カウンターへと歩みを勧める。


 

「依頼(クエスト)をくれっ!」


「え、えぇと...」



 受付にはリィナお姉さんではなく、ちょっと気の弱そうな少女が居た。

 どうやら妾の剣幕に押されているようで、困ったような表情を顔に貼り付けてオドオドしている。


 だが、今の妾には気にしている余裕がないのだ。すぐに依頼(クエスト)を受けて何か美味いものを口にしなければならんしな。悪いのだが早くしてほしいのだ。



「その、あの、れ、レムリアさんでしょうか?」

「そうなのだ」


「...えっと、グラディス様からお話は伺っているのですが、まだパーティ依頼(クエスト)は決まってないらしく...」

「なっ! ちょっと待つのだっ!」


「ひうっ」



 依頼(クエスト)が無いとか困るのだ! このままでは今夜は野宿になってしまう。

 


「い、いえっ、代わりに用意してあるソロ依頼(クエスト)がありますっ」


「そうかっ 本当なのだなっ!?」



 良かったのだ...本当に良かったのだ...。

 これで今夜は宿で眠れそうだし、あの不味い食事を食べなくてもすみそうなのだ。


 実は宿を出る前に、カウンターであのサンドイッチ以外のものが無いか聞いてみたのだが。アレしか無いと言われてしまった。

 あの時は、ちょっと本気で最大級の攻撃魔法を叩き込もうかと思ったぞ。


 だから、露天が開いてるうちに依頼を終わらせて何か買って帰らねばならん。だから依頼(クエスト)内容によってはすぐに出なければ間に合わんのだ。



「それでどんな依頼(クエスト)なのだっ?」


「えっと...ゴブリン退治なのですが」


「なにっ! そ、それはあれか? 小さくて気持ちの悪い、あの魔物の事か?」


「え、ええ...」


「あの、初心者が戦闘訓練を兼ねて狩る...あれか?」


「......はい」



 むぅ、何だか嫌な予感がしてきたのだ。

 『ドラゴンテイルズ』と同じ仕様だとしたら、あまり美味しくない依頼(クエスト)だぞ。



「むぅ」



 あまり聞きたくはないが、それでも聞くしか無いのか。



「...報酬は?」


「銀貨1枚...」

「おい...」


「...っ!」



 おっと、思わず殺気を込めて睨んでしまった、受付嬢が怯えてひいてしまったのだ。

 しかし仕方ないだろう、銀貨1枚だと宿代にしかならんのだ。


 

「い、いえその報酬は基礎報酬ですのでっ!」



 妾の殺気に焦ったのか、少女が慌てて気になることを言ってきた。

 


「基礎報酬?」


  --なんだそれは?


「はっ、はい、1匹でも倒していただければ銀貨が1枚出ますっ

 それとは別に、ゴブリン1匹につき銅貨が5枚支払われます」


「ふむ...。

 なら、2匹倒せば基本報酬の銀貨1枚と、ゴブリン2匹で銅貨10枚がもらえるのか?」


「そうです、合計で銀貨2枚が支払われます」


「そうか...」



 それならば沢山狩ればそれだけ金が手に入ると言う訳だな。どれだけ数が居るかわからんが、うまくすれば結構稼げるかもしれんのだ。



「えっと、グラディス様から伝言が。

『すまんがレムと組める人間がまだ見つかってない。

 代わりと言っては何だが...最近南の街道から外れた森でゴブリンが異常発生している。

 そこならレムの実力で余裕だろうし、稼げるからな。今日はこの依頼(クエスト)を受けてくれ』

 ...と」



 な、なんだ...と。



「沢山居るのか?」


「は、はい、一応『上位種』のゴブリンメイジなんかも確認されていて、そちらを倒して頂ければ銀貨30枚に...」


「ホントかっ!?」


「はっ、はいぃっ」


  --よしっ


   --よしよしっ


「それで、倒した魔物の証明はどうすればいいのだ?」


「ええと、魔物の証明は全て魔石で行っておりますので、魔物の体内にある魔石をお持ちいただければ討伐報酬が支払われます」


「魔石か。名前からして魔力が込められてる石なのか?」


「はい」



 ふむ、それなら見ればわかりそうだな。



「ふふふ...」



 グラディスもなかなか気が利くではないかっ! まさか、稼げる依頼(クエスト)を受けさせてくれるとは!!

 森のゴブリンには悪いが、妾の財布のために今日で絶滅してもらうとしよう。......絶滅させていいよな。



「狩れるだけ狩っても良いのだな?」


「えっ、ええ...大丈夫だと思います」



 ふふ、ふふふふ。これは笑みがとまらんのだ!



「それじゃあ、もうこのまま狩りに行っても大丈夫なのか?」


「は、はい、受領の処理は此方でしておきますので...」

「頼んだのだ! では、行ってくる」


「えっ、あっ、ちょっ...」


  --スタタタッ

    --バタンッ!


 カウンターに居た少女の返答を待たずに、組合(ギルド)の扉を思い切り蹴り飛ばして外へ出た。

 寝坊したせいで時間も結構たっておるのだ、のんびりしておる余裕などない。


  --確か南の街道とか言っておったな...


 場所を詳しく聞かずに来たが、取り敢えず行ってみればわかるだろう。探知(サーチ)の魔法を使って、ゴブリンの反応がある場所を探せば大丈夫なのだ。


 それから街の南の方へ歩いていくと、出口の所に食べ物の露天が並んでいた。無茶苦茶美味しそうな匂いがするのだ。


  --ぐぅぅ~


 ......。

 そうだな、依頼(クエスト)の準備にお金は必要なかったし、ゴブリンの報酬も手に入るしな。此処で全財産を使ってしまってもかまわんだろう。

 むしろ食わねば力が出んからな、これはある意味クエストの準備なのだっ。


 よし、そうと決まればどれにするか...。

 うむっ、串焼きだなっ。


 炭火で炙られた肉の香りがたまらなく食欲をそそられるのだっ。


 そうと決まれば露天へと向かうと、肉を焼いていたおじさんから串焼きを手に入れる。


 ついでだったので店主に南の街道が何処か聞いてみたら、なんと教えてもらえたのだ。

 どうやらこの露天の店主は隣町から出稼ぎにきている商人らしく、なんとゴブリンが大量発生している場所まで教えてもらえたのだ。


 しかも妾が依頼(クエスト)で倒しに行くと言ったら、迷惑してたから頑張って来てくれと串焼き1本おまけしてもらえたのだっ。


  --ふふふ、妾にまかせるのだっ


 さて、それで言われた場所のあたりまで来たのだが。ふむ、あそこに見える森がそうだろうか? 

 街道の近くにある森だし、多分あれで間違いないな。



「探知(サーチ)!」



 試しに探索系の魔法を使って調べてみると、予想通りゴブリンみたいな小さな反応が森の中に沢山あった。



「ふむ...結構な数がいるみたいだな」



 しかも、ところどころ強い反応が混じってるみたいだな。これは上位種(おかね)が沢山手に入る予感がするのだ。

 そんな期待を胸に抱いて、森の中に足を踏み入れると...。


   --ゲギャッ


    --ゲギギャッ


  --ゲギャーッ


 ちょっと入っただけで銅貨が15枚も落ちて......じゃなくて、ゴブリンが3匹も飛び出してきたのだっ。

 色は知ってるのと少し違うようだが、見た目は完璧に『ドラゴンテイルズ』のゴブリンと同じやつだ。


  --よしっ、稼ぐぞっ


「死ぬが良いっ!」


  --ボフッ


 出てきたゴブリンに向けて、さっそく生活魔法の着火(ディダ)を無詠唱で叩きつける。

 ゴブリンは一瞬で炎に包まれると、跡形もなく灰へと燃え尽きてしまった。


 妾のレベルになればゴブリンなんて攻撃魔法すら必要ないのだっ。


 本来ならば、着火(ディダ)は触れた物に火を着ける生活魔法なのだが。この魔法は魔力を叩き込めば幾らでも火力が上げられる。

 さらに『空間魔法』の『座標指定』を使えば、視界内の好きな場所を瞬時に燃やせる便利魔法だったりもするのだ。


 これを使えば余裕でサクサク狩れるのだ。



「...あっ」



 いかんいかん、忘れる所だったのだ。ゴブリンの体内にある魔石とか言うのを持って帰らんといかんのだった。


 まさか着火(ディダ)で一緒に燃え尽きたりしてしまっとらんだろうな。



「むぅ......」


  --う?


 いや、灰の中に魔力を発している石が燃え残っておるな、おそらくコレが魔石だろう。

 どうやら着火(ディダ)で燃やしても大丈夫みたいだな。これなら片っ端から燃やせば良いから楽ちんなのだ!


 さっそく灰の山から魔石を拾い上げると、すぐにメニューからインベントリを選んで放り込む。



「ふふっ、ふふふ...。

 これで銀貨1枚と銅貨5枚...」



 この調子で狩れれば金貨くらい余裕で手に入りそうなのだ。

 ようし、狩って狩って狩りまくるぞっ!!


 その後も順調に、銅貨(ゴブリン)は次々とやってきた。

 中には銀貨(ホブゴブリン)も混じっていて、妾の懐はがっぽがっぽでもう笑いが止まらない。



「フーハハハハハッ 雑魚は全部死ぬのだーっ」



 景気良く着火(ディダ)で、目に入ったゴブリンを片っ端に燃やしていく。



「ぬあああっ」



 やばいっ、焼き払いすぎて木に引火したのだっ。


  --えっと


   --えっと


 そうだっ。



「重力魔法(グラビティ)!」



 よしっ、燃えた部分が『重力魔法(グラビティ)』でちゃんと圧縮されて沈下したな。



「んー......」



 圧縮しすぎて森が所々禿げてしまったが、まぁ木は沢山生えておるし大丈夫だろう。


 『重力魔法(グラビティ)』で魔石まで圧縮してしまわんように気をつけて、『空間魔法』を使って次々とインベントリに収納していく。

 なんとその数は早くも100個を越えていて、しかも上位種の魔石が20個もあるのだ!



「んはぁーっ! 大量なのだぁっ」



 歓喜の悲鳴を上げながら、『探知(サーチ)』を使って次々と獲物を探していく。


  --むぉっ?


 あっちの方に、ありえない数の御金(ゴブリン)が蠢いているぞっ。



「んぅー...これは...。集落だなっ」  



 結構な数の『上位種』の反応がある。しかもその中の1匹には『異常種(ボス)』クラスの反応がするのだ。

 この御金(ゴブリン)は絶対に手に入れたいぞっ!



「むぅ、しかし厄介だな」



 この数をまとめて一気に『着火(ディダ)』したら、森が全部焼けてしまいそうなのだ。

 それに数が増えると『座標指定』に失敗して取り逃がしてしまうかもしれんしな...。



「よしっ」



 ここは燃えない範囲魔法で一気に殲滅してしまおう。


 だが、あんまり火力を上げすぎると魔石ごと消失してしまいそうだしな...。

 そうなってくると広範囲で行動を阻害する魔法が一番だなっ。


 そうだ、中級魔法の『吹雪(ブリザード)』でまとめて凍らせてしまえばいいのだ。そしたら1匹ずつ着火(ディダ)で灰にすれば取り零(こぼ)しなく魔石が手に入る。



「うむっ 完璧な作戦だなっ!」


  --よしっ


 魔術起動式構築


 効果範囲指定


 自身への保護防壁展開


 詠唱短縮起動


 

 頭の中で1つ1つ項目を確認しながら、魔力を練りあげて魔法を組みたてて行く。

 『詠唱短縮』の技術(スキル)を使って、詠唱無しでもすぐに起動可能なところまで完成する。後はこれを発動するだけだ。


 『無詠唱』の技術(スキル)だとこのまま発動できるのだが、『詠唱短縮』だと最後に魔法名を口に出す必要がある。

 妾は良く魔法を誤爆するので、被害がでそうな魔法は発動名(トリガー)だけは詠唱するようにしているのだ。


  --それに発動名(トリガー)を叫んだ方が格好良いしなっ


「ブリザードッ!」



  --ヒュゴォォオオォォォッ



 --ヒュゥゥゥゥゥゥゥ



 目の前の集落ごと森が白銀の世界に染まっていくのだ。


   --ピシッ


  --ピシッ  


 風の中で時折、氷が軋む音だけが聞こえてくる。

 次第に生き物の気配までもが完全に凍りつき、妾の魔法は異常な静けさを撒き散らす。




 

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